人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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332話 試合開始!!

 天田視点

 

 ~試合会場~

 

 龍斗さん、雪美さん、ジョナサン、そしてMr.コールドマンと一緒に、薄暗い関係者席で試合開始の時を待っている。

 

 すると、うしろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「どうやらここみたいだな」

「っし! 間に合った~!」

「!! 順平さん!?」

 

 いや、よく見るとその後ろには、コロ丸を除いた特別課外活動部のメンバーが揃っていた。

 しかも、最後尾には幾月理事長まで……

 

「おっ! 天田っちじゃん」

「あっ、天田君も来てたんだ」

「ゆかりさん。いや皆さん、どうしてここに?」

「こいつがわがまま言いやがったんだよ」

「おい、シンジ……」

「あ? 間違ってねぇだろ」

「け、喧嘩はだめですよ!」

「2人とも、山岸の言う通りだ。他の観客の迷惑になる」

 

 桐条先輩がそう言って2人を止めると、少し遅れて理事長が出てくる。

 

「やあ、天田君、元気かい?」

「幾月理事長」

「状況をざっくり説明すると、みんな葉隠君の試合を直接見て応援したかったんだね。それで桐条君がコネを使ったら、関係者席のチケットが手に入ったわけさ。ちなみに僕は付き添いね。ほら、一応クリスマスイブだし、間違いがあっちゃいけないからって、うるさい人もいてね」

「そう、だったんですか」

 

 関係者席には他にも雑誌の記者やテレビ局のスタッフさん達がいる。そのどこかから招待してもらったんだろう。理事長まで来て、大丈夫かな……

 

「天田君にも連絡したらしいけど、連絡つかなかったみたいだね」

「えっ? あっ、すみません。気づかなかった」

「ここで会えたしいいんじゃないかな? ところでさ……その、お隣って」

「私のことかね?」

 

 これまで黙っていたMr.コールドマンが振り向く。

 と、同時にMr.コールドマンの存在に気づいた皆さんが固まった。

 

『Mr──』

「おっと、落ち着いてくれたまえ」

『……』

「失礼、驚きました。まさか、貴方がここにいるとは」

「ふふふ。今日の私は貴女と同じ1人の格闘技ファンだよ、桐条のご令嬢」

「そうでしたか。しかし、貴方ほどの方が護衛もつけずにいるとは、いささか無用心では?」

「No problemさ。私のプロジェクト的にもこの試合は大切だからね。会場の警備は万全、不審者の立ち入りを許すような警備はしていないさ。それに万が一入り込めたとしても、優秀な護衛役がいるからね」

 

 彼はそう言って、僕の肩に手を置く──って! 

 

「護衛って僕ですか!?」

「君はこれから試合をするタイガーの一番弟子みたいなものだろう? もしもの時は頼りにしているよ」

「……」

 

 理事長が驚いているのか、無言になる。

 

 怪しまれてる……? と、思ったその時。

 

 薄暗い会場がさらに暗くなっていく

 

「おや、どうやら始まるようだね。皆、早く席に着いた方がいいだろう」

 

 Mr.コールドマンに言われて、皆さんが僕らのすぐ後ろの列に並んで座っていく。

 

 その間にも暗い会場の中心では、金網で囲まれた八角形のリングがスポットライトを浴び、試合開始前のアナウンスが始まっていた。

 

『レディィィースゥ!!! アンッ!!! ジェントルメェェェンンッ!!!』

『えーご来場の皆様ー、今夜限りのエキシビジョンマッチ、もうすぐ開幕のお時間となっておりますが──』

 

 試合観戦の諸注意などが伝えられた後、リングを照らす光が、北と南に用意された2箇所の入場口へと伸びた。そして心が奮い立つような音楽が流れ、片方には日本の国旗、そしてもう片方にはアメリカの国旗が照らし出される。

 

 そしていよいよ、選手入場。先に入ってきたのは……

 

『赤ーコーナー。アメリカから来た超人! その身の丈はなんと2mと3cm! 体重は152.5キロの巨漢! “テキサスの重戦車”こと──ウィリアーム!!! ジョォォォーンズゥウゥゥゥ!!!!』

 

 格闘技独特のアナウンスで一気に湧き上がる観客。そして開かれた扉からは、背中に戦車の絵が入ったガウンを着て、諸手を掲げたウィリアムさんが堂々と出てきた。

 

「うっ……やっぱデケェな、あの人……」

「葉隠君、大丈夫かな……」

「ちょっ、順平も風花も応援しに来たんでしょ! 自分が戦うわけでもないのに、何弱気になってんの!」

「明彦、実際どうなんだ?」

「さて、俺は今のあいつがどれだけ強くなっているかを知らないからな。今回はそれを見に来たというのある。葉隠がそう簡単にやられるとは思えんが……リーチと体重の差がある分、ハンデは大きいだろう」

 

 ウィリアムさんに注目する声が後ろから聞こえてくるけど、僕はもう1つの入り口に目が向いていた。

 

『続きましてー、青ーコーナー。日本の若き超人! 身長1m71cm! 体重69.9kg! 高校一年生の“特攻隊長”──葉ー隠レェーカーゲートーラーァアアアア!!!』

 

「来──」

「っしゃあ!!!! 気合入れて行けよ影虎ァ!!!!」

 

 特攻服を羽織った先輩が出てきた途端、これまで黙り込んでいた龍斗さんが声を上げる。

 その声は他の大勢の観客からの歓声を一瞬かき消すほどで……耳が痛い。

 

「うおっ、誰かと思えば影虎の親父さんじゃん」

「全然気づかなかった。っていうか、向こうも気付いてない?」

「……ご夫婦揃って凄まじい集中力だな」

 

 大声によって周囲の注目がこちらへ向いたのは一瞬。

 

 2人がリングに上がると、観客は釘付けだ。当然僕も。

 

「!!」

 

 2人が向かい合った瞬間、空気が変わる。唐突な圧迫感。

 

『お、っと、これはどうしたことでしょう? リング上でにらみ合う、というには双方穏やかな表情ですが、ただならぬ“戦意を感じる”といいましょうか──』

 

 実況者や観客もそれを感じているみたいで、騒がしかった場内が静まり始める。

 

 まるで授業中におしゃべりをして、注意を受けたクラスメイトのように。

 

 そして完全に雑音の消えた……“静寂”という言葉の意味を現したような環境の中。

 

 機械的なゴングの音だけが、会場に響いた。

 

「!!」

 

 試合開始を認識したと同時に、音が戻る。

 

『さあ始まりました話題の一戦! 超人対超人のガチバトル! 先に動いたのは葉隠選手! 事前情報ではどっしりと構え、防御に重きを置いた戦い方をするという話でしたが、序盤から前後左右に、積極的に動いている! 不思議な動きだ!』

『あれは……まさか“躰道(たいどう)”? 葉隠選手が躰道を学んだという話は聞いていませんが……いや、少し違うような? 躰道ではない?』

「ケン、あれは何かね? タイガーの学んだ格闘技の情報――もちろん映像にも目を通しているが、あの動きは見たことがない」

 

 知らないはずの答えが、もう頭に浮かんでいた。

 

「あれは、先輩の集大成です。これまで学んだことを復習して、追及して、分解して、一番経験の長い空手をベースに再構築したみたいです」

「向こうの解説が躰道という日本の格闘技に似ていると話しているが」

「空手がベースですからね。似ているところがあるんじゃないですか? 先輩の場合は……上半身は空手の構えで、下半身、フットワークはカポエイラってところですね。今のところ」

『あーっとここでウィリアム選手が前に出た! 速い! 巨体に似合わぬ驚くべきスピード! だが葉隠選手も負けじと足を使って避ける避ける避ける!!!』

 

 先輩は軽快なフットワークで動き続けているけれど、体の軸にブレがない。

 ウィリアムさんのジャブを、足を使って避け──

 

「!!」

『入った!! この試合、先にクリーンヒットをとったのは葉隠選手! 独特の蹴りでウィリアム選手の巨体が大きく後退させられた!!』

『いえ、どうやらギリギリですが腕が入って、ガードはできていたようですね。綺麗な一撃ではありましたが、ダメージはないでしょう。しかし一瞬完全に相手へ背を向けて、地面に手がつくほど体を倒していましたが、あれはカポエイラでしょうか? 先ほども申し上げた躰道にも“海老蹴り”という似た蹴り技がありますが』

 

 

 実況が直前の一撃について話している間にも、先輩の追撃は始まっている。

 器用な蹴りと長い腕での攻防が激しくなる。けど、

 

『おっと!? これはどうしたことか? 徐々に、徐々にですが、ウィリアム選手が防戦に! 葉隠選手が押している!?』

 

 既に先輩の作戦は始まっていた、

 

「……ウィリアムの動きが悪い、いや、どこか戦いづらそうだね」

「先輩がそうなるように戦ってますから」

「ほう? どうやってかね?」

「それは──」

「“アリ・シャッフル”だ!!」

 

 説明しようとしたことが、後ろから聞こえてきた。

 

「明彦?」

「葉隠のやつ、アリ・シャッフルを使ってるんだ」

「……世界チャンプの技だったか?」

「ああ、しかもあの縦横無尽に動くフットワークの中に、自然に混ぜる形でな。俺との試合の時、あいつはダンスのステップを組み込んで翻弄してきた。それをさらに洗練させた感じだ。動きが読みづらいし、タイミングが微妙に狂うんだ。あれは戦いにくいぞ」

 

 真田さんは一度先輩と試合をして、元となる技を受けたからか、誰よりも先に気づいたみたいだ。

 

 彼は興奮しながら大きな声で喋っていたから、それを聞いたMr.コールドマンも納得した様子。

 

「と、まぁそういうことで、あれが葉隠先輩の編み出した新技の1つ。“アリ・ダンス”です」

 

 アリ・ダンス……敵の攻撃の命中率を半減させるスキル。先輩はそれを体重移動とダンスのステップに、数々の中国拳法の歩法を応用した複雑かつ自由自在に動けるフットワークを編み出したことで習得した。

 

「ウィリアムさんを相手に、最も警戒すべきは圧倒的なパワー。一撃でも大ダメージを受ける可能性が高いので、先輩は回避に重点を置いています。……でも、それだけじゃありません」

 

 アリ・ダンスで相手を翻弄するのは回避のためだけじゃない。

 

 “しっかりと守りが身についているからこそ、前へ出られる”

 

 それが、先輩が学んだことの1つ。

 

 狙い済ました攻撃が空振り、ウィリアムさんに僅かな隙が生まれた。

 その隙を待っていたかのように、先輩が仕掛ける。

 

 空振った腕を引き戻す前に素早く。

 八卦掌の円を描く歩法で、ウィリアムさんを中心に、回り込むように。

 遠心力を加えた電光石火の連続攻撃が、瞬時に、全身に叩き込まれる。

 それはまるで、凶暴化した熊を屠った時の再現。

 

 ──“連撃・熊殺し”

 

『──!!』

 

 その瞬間、会場が沸いた。

 

『おーっと! 入った! 今度こそ間違いなくクリーンヒットォ!』

『凄まじい連打です。葉隠選手は一撃が軽いという前評判でしたが、あれだけまとめて全身に浴びればいくらかは効いたでしょう。顎にも入っていました』

 

 圧倒的体格差のある相手に対して、優勢に立ち回る先輩の姿に会場が沸いた。

 機械で増幅された実況の声が聞き取りづらくなるほどの熱狂。

 まるで先輩の勝利が決まったようだ。けど、

 

「────」

 

 声が聞こえた。

 熱狂の中でも耳に届く。

 込められた力を感じる。

 猛獣が吼えたような、その声が聞こえた次の瞬間、

 

『ああっ!?』

 

 実況者の驚きの声に合わせたように、先輩の体が吹き飛んだ。

 誇張ではなく、宙に投げ出されている。

 先輩はそのまま放物線を描いて、リング端の金網に衝突。

 直前まで先輩がいた場所には、拳を振り抜いた状態のウィリアムさんがいる。

 

 ウィリアムさんは文字通りの意味で、先輩を“殴り飛ばした”んだ。

 その衝撃的な光景に、会場は一転して静まり返った。

 けど、

 

『な、あ、ちょっ、嘘でしょう!?』

『人が飛んだ? 殴られた勢いで? リング中央付近から、端のあんな高い位置まで?』

『それよりも! いやそれもですけど! 立ってます! 金網まで殴り飛ばされた葉隠選手、平然と立っている!? あれだけの攻撃を受けて無事に着地!? まさかのダウンすらしていない!? 一体どうなっているんだ!?』

『私にもさっぱり……』

「ファ、ファイッ!」

 

 吹っ飛んだ先輩を見て、反射的に試合を止めていたレフェリーが再開を宣言。

 するとまたさっきまでのように、いや、激しさを増した攻防が繰り広げられる。

 

 ふぅ……一瞬ヒヤッとした。

 

 でも、どうやら先輩もギリギリでガードが間に合ったみたいだ。

 

 空手の三戦や剛体法に、地功拳の呼吸や気功を1つにまとめた防御用の技──“鉄塊”。

 

 先輩はこの一週間で磨き上げた新技を使って、再度ウィリアムさんに立ち向かっていく。

 本当に全力で、一切の出し惜しみをしていないのが分かる。

 

 強烈な攻撃をお互いに受けて、さらに試合はヒートアップ。

 むしろ良い攻撃を受けて、お互いに相手を認め直したみたいに。

 

 気づけば第1ラウンド終了のゴングが鳴っている。

 2人が一旦離れて、それぞれのコーナーへ。

 

 そして自分が、試合に熱中していたことに気づいた。

 手に汗握る。それどころか脇にも額にも汗。

 

「たった1ラウンドで凄い熱気だね」

 

 Mr.コールドマンの言葉に、黙って頷いて同意する。

 だけど、僕はもう感じていた。

 

 “試合はまだこれから。さらにヒートアップする”

 

 リング上の2人の雰囲気がそう語っていた。

 そしてこの時、僕の頭にはもう2人の試合を見届けることしかなくなっていた。

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