今年は3月以降、投稿が滞っており申し訳ありません。
仕事の方が忙しくなり、執筆と投稿に時間が取れなくなっていましたが、
年末で少し時間ができたため、少しでも執筆の感覚を取り戻すべく、
また、投稿を待っていてくださる皆様に、年内最後にと思い、番外編を書いてみました。
今後番外編が続くかどうか、そして本編の投稿予定も未定ですが、
執筆の意思はありますので、待っていていただけたら嬉しいです。
来年もよろしくお願いいたします。
番外編1-1・大切な日の前日に
12月23日 影時間
~タルタロス・16F~
明日に大きな試合を控えた夜。
コロ丸と別れても、まだ寝付けずに今日も来てしまった。
まぁ、これが俺のいつも通りとも言える。
そんな言い訳をしながら、散々殴り倒した壁を眺める。
そしてなんとなく、いつものように壁の前へ立つ。
「ふぅ……」
立禅での瞑想、からの一撃。
放つは脳裏に思い描く、これまでで最高の一撃。
「……破ァッ!!」
それは壁に穴を開けるに留まらず、端まで完全に破壊する。
これが、今の俺にできる、俺が学んだことの集大成。
「…………」
しかし、この技の成功率は1割以下。たっぷり集中しても、極まれにしか成功しない。
実戦で使えれば強力な武器だが……仕方ないな。それは今後の課題だ。
こうしていると、また練習を続けてしまうかもしれない。
心を落ち着けて、もう帰ることにしよう……
「なっ!?」
転送装置に足を向けた、その時だった。
感じたのは、地震かと思うほどの“衝撃”。
それは俺の足元を、おそらくはタルタロス全体を震わせて、消えた。
「……何だったんだ?」
周囲に見て分かるような変化は――
「壁が、消えた?」
つい先ほどまで殴りつけていた、通行を阻むオーロラの壁が消えている。
「まさか、さっきの一撃で壊れた? んなバカな……これまで何度殴ってぶち破っても再生してたのに。いや、何度もやったからこそ壊れた? さっきの揺れはそれが原因か?」
少し考えてみたが、何も分からない。
「……歩くか」
考えて分からないなら、行動してみる。
ただ、今日は探索までする予定はなかったので、装備はドッペルゲンガーのみ。
明日もあるし、20階まで行って、変化がなければ帰ろう。
……
…………
………………
30分後
~タルタロス・19F~
「ふぅ……」
20階まであと1階。
ここまで上ってきて思ったのは、出現するシャドウがいつもより、かなり多い。
ただ、シャドウの種類や強さは変わっていないので、異変と言えるかどうかは微妙。
そういう日もあるだろうという程度でしかない。
……ちょっと休むか。
少し壁を殴って帰るつもりが、予定にない探索と戦闘をしてしまった。
これで明日の本番に力が出せなくなっては大変だ。
迷路のような道の中、敵が来る方向を一方向に絞れる適当な袋小路を見つけ、座って壁に寄りかかる。いざという時は転移魔法でエントランスに飛べばいい。
……
…………
………………
「!」
休憩していると、突然爆発音が聞こえた。
おそらく、アギ系の魔法が使われたんだろう。
だが、いったい誰が? シャドウ同士の争いか?
……!?
警戒していると、周辺把握の感知可能範囲に反応あり。
それはとても、慣れ親しんだ反応であると同時に、ありえない反応。
反応は4つ。その内の3つは天田、荒垣先輩、そして順平だ。
天田だけなら、荒垣先輩だけなら、まだ分からなくもない。
だけど2人が一緒に、しかも順平まで同行しているなんて……
さらに不可解なのはもう1つの反応。
この反応は、俺がこれまでに会ったことのある人物ではない。
しかし、おそらくは間違いない。そんな確信があった。
最後の1人は“主人公”だと。
理解不能、と思考停止しかけた頭を、必死に動かす。
しかし答えの出ないまま、更に失策を重ねてしまった。
「おい山岸! 行方不明者はこっちでいいのか!?」
「!」
しまった! と思った時にはもう遅い。
俺がいる袋小路に繋がる唯一の道を、彼らがこちらに向かってきていた。
ここは転移魔法で逃げ――
待て、荒垣先輩の声からエントランスには山岸さんがいて、既に補足されている。
メンバーが揃っていることから、彼らは特別課外活動部の活動に来ている?
だとすれば、おそらくエントランスには真田や桐条先輩達も待機している。
その可能性に気づいて、ギリギリで思い止まる。
ここでとるべき最善の、最も不自然でない行動は何か?
思いつくと同時に、俺はその場に座り込んだ。
――ここは行方不明者を装う!
ただ、山岸さんがナビをしているなら、こちらの健康状態はバレる可能性が高い。
知らない間に、見知らぬ場所に迷い込み、時間の感覚が麻痺。
疲弊した体を休め、体力を温存に努めている。
心の中で自分自身にそう言い聞かせた。
そして、
「――!」
「あっ!」
「見つけました!」
「行方不明者発見! って」
荒垣先輩を先頭に、天田、そしてやはり原作の“女主人公”。最後に少し遅れて順平が曲がり角から姿を現した。彼らは俺を見て驚き、発見した場所から動かずに様子を見ているようだ。
「誰か、いるのか……人、なのか?」
遭難者を装って声をかけてみると、彼らは明らかに反応を示す。
「意識がある、だと?」
「――あっ、はい先輩! 発見しました! でもこれまでの人と違って、意識があるみたいで」
「と、とにかく助けましょうよ!」
「まぁ、それしかないか……」
「だよな! おーい!」
女主人公が連絡。天田、荒垣先輩、順平が俺を救助するために近づいてくる
「大丈夫か? えっと、誰だか知らないけど」
「おい、名前は言えるか? ケガは?」
「先輩達と同じくらいの年頃ですね」
……この反応、まるで3人とも俺を知らないみたいな……
タルタロスにいるはずのない知人を見たからごまかすため?
いや、こんな至近距離で、顔もはっきり見えているのに。
何より適性のない人間なら、ここでの記憶は消えると知っているはず。
そんな演技をする必要はない。つまり本気で、ここにいる彼らは俺を知らない?
「……聞こえてるか?」
「あ、ああ……少し意識が朦朧としているけど、大丈夫……俺は葉隠影虎。申し訳ないが、何か食べ物持ってないか……」
「食べ物? 確かアキから没収したプロテインバーがあるはず」
「あ、僕チョコ持ってますけど……食べます?」
「飴玉1つでよければ」
感謝して受け取り、それらを空腹に任せて一気に食らう!
「おお……ちょっとしかなかったのにすげぇ食いっぷりに見えたぜ……」
「そんなにお腹空いてたんですか?」
「ああ、助かったよ。糖分が回ったのか、意識もはっきりしてきた。質問ばかりで申し訳ないけど、ここはどこなんだ? 気づいたらここに迷い込んでいて……」
「説明は難しいな……チッ。とりあえず外に出ればもっと詳しい奴がいるから、話はそいつから聞いてくれ」
「分かった。えーと……」
「? ああ、俺は荒垣だ」
「あ、僕は天田乾っていいます」
「俺は順平、伊織順平な。そんでもって」
「こんばんは! 私は公子。えっと、これから外に出るまでかもしれないけど、よろしくね!」
エントランスとの連絡を終えた女主人公まで来て、自己紹介を始めた。
「ご丁寧にありがとう。改めまして、葉隠影虎だ。助けてくれてありがとう」
「いいっていいって! それよりここから脱出しよう。桐条先輩が早く連れてこいって言ってるし」
「マジ? じゃ急ごうぜ、桐条先輩を怒らせたらシャレにならねぇよ」
「順平さん、前に何かで怒られてましたもんね」
「あの時はマジでブルったぜ……」
「くだらねぇ事話してないで、行くぞ。葉隠は大丈夫か? 必要なら肩を貸すが」
「いや、問題ない。腹が減って困ってはいたが、体力は温存していたから。それよりここ、生き物って言っていいのか分からないのが襲ってくるだろ」
「あー、やっぱ見たのか。ってかよく無事だったよな。あ、影虎って呼んでいいか? たぶん歳近いし、俺も順平でいいから」
それでいいと答えると、続けて天田から、
「僕も気になります。葉隠さん、シャドウを知ってるって事は、襲われたんですよね? どうやって助かったんですか?」
「基本は逃げた。けど逃げ切れない時は殴り倒した」
「殴り倒した!?」
「シャドウを拳で倒すとか、真田さん以外にいるんだな」
そんな会話をする俺達、いや俺を、荒垣先輩は納得の目で見ている。
影時間のタルタロスで問題なく活動し、シャドウも倒す。
この時点で俺が適性持ちだと推察できるのだろう。
それはそうと、
「なぁ……今気づいたけど、順平達の服装……」
そう言った瞬間、天田と順平が気まずそうに目をそらす。
荒垣先輩に至っては、話しかけるなと言わんばかりの雰囲気を放ち始めた。
おそらく3人とも、自分の意志で着ているわけではないのだろう……“執事服”を。
そしておそらく着せたのは、
「わかっちゃいました? 私の趣味です!」
そう言った女主人公こと、公子も来ているのは“メイド服”だ。
確かにそんなネタ装備もゲームには存在したが……
「あんな化け物みたいなのが襲ってくる場所でコスプレって」
「言うなよぉ! 俺達皆そう思ってるんだからぁ!」
「僕達も反対したんですよ……」
「そこを私がリーダー権限で押し通しました!」
「こいつ、変なところで無駄に口が回りやがって、桐条も“装備についてはリーダーに一任している”としか言わねぇし……」
男子3人が暗くなる一方、唯一の女子である公子はとても楽しそうだ……
「大丈夫だよ皆! こう見えて意外と頑丈でそれなりの防御力はあるし! それに変な格好といえば、葉隠君も負けてないよ」
「執事服とメイド服の集団に言われたくないんだが。というか、何か変か?」
タルタロスに入る前は街をぶらついてたし、ごく普通のジーパンにシャツ、あとはジャケット。別におかしなところはないと思うけど……
「え? だってそれ冬物でしょ? ジャケットも厚手で真冬に着るようなやつだし、流石に早すぎない?」
「――」
その言い方はまるで、今が冬じゃないような言い方。
嫌な予感を覚えつつ、俺は理解できないフリをして、確認する。
「早すぎってことはないだろ、“今は12月なんだから”」
「えっ?」
「12月?」
「葉隠さん、何言ってるんですか?」
「今日は“9月10日”だぞ、2009年の」
嫌な予感が的中したようだが、最後の希望を込めて、
「9月10日? そんな馬鹿な、だって俺がここに来たのは2008年の12月23日。明日がクリスマスイブで、大事な試合も控えてたんだ。日付に間違いは絶対にない。ここでどれだけ時間が経ったかは正直分からないけど、半年以上も経ってるなんてありえないだろ。本当だったら俺は餓死してるはずだ」
「んなこと言われても……」
「葉隠さん、今日は間違いなく2009年9月10日ですよ」
順平が困惑し、天田が同じく困惑しつつも、彼らの知る今日の日付を伝えてくる。
彼らの感情を表すオーラの色には、噓の色が混ざっていない
……タルタロスを生んだ実験の本来の目的は“時を操る神器”を作り出すことだった。
その影響か、タルタロスには時間的、空間的な異常が恒常的に存在していた……
これはそんなタルタロスの性質のせいなのだろうか?
どうやら俺は、もといた場所とは“違う時間軸のタルタロス”に迷い込んでしまったようだ。
……どうしよう……マジで……