~巌戸台商店街付近~
特別課外活動部は黒服の男の姿をしたシャドウの群れによって、完全に囲まれている。
「クソッ、倒しても倒してもキリがねぇ!」
大剣を振り抜く順平の顔に、終わりの見えない戦闘に対する焦りが浮かぶ。必死に敵を倒しても、倒れたそばから次が湧き続けるのだから当然だ。他のメンバーも徐々に疲労が溜まり、動きは精彩を欠き始め、包囲網は狭まってきている。
「前に出過ぎないで!」
指示を飛ばす公子の声にも普段の明るさはなく、こちらも焦りが滲み出ていた。
大剣を振り回す順平、短刀を咥えて駆けまわるコロマル、レイピアを扱う訓練も積んでいた桐条、そして救出された真田。近接戦闘が可能な4人が背中合わせで壁を作り、残るメンバーが中央から援護射撃を行うことでどうにか耐え凌いでいる。
しかし、影虎が生み出した“エージェント・スミス(改)”は、本能のままに襲いかかる通常のシャドウとは根本的に動きが異なっていた。統率された動きで死角を突き、関節技で動きを封じにくる。そして一度捕まれば、
「しまった!」
桐条の苦悶の声が響き、彼女の顔が苦痛に歪む。レイピアを避けたスミスの一体が腕に組み付き、強引に体力を奪い取ったのだ。
「桐条先輩!」
すぐさま岳羽が弓を引き絞り、桐条に群がろうとしたシャドウを射抜く。彼女の肩で息をする様子から、後方支援組も限界が近いことが見て取れた。
スミスの“吸魂”はダメージこそ少ないものの、抗う気力を確実に削ぎ落とす。戦線が崩壊するのも時間の問題……と思われた。
「こんなところで、終われないのにっ」
負担が集中した公子の疲労は特に激しく、薙刀を杖代わりにしてかろうじて立っている状態。リーダーとしての責任感が彼女を突き動かしていたが、その瞳からは徐々に光が失われつつある。
視界を埋め尽くす敵の群れ。仲間たちの荒い息遣い。絶望的な状況が、彼女の思考を歪ませていく。
「私の……せいで。私が、もっと……」
不意に公子がうわ言のように何かを呟き始めた。
「公子? おい、どうした!?」
「リーダー! しっかりして!」
異変に気付いた順平と岳羽が叫ぶが、その声は届かない。公子は虚ろな目で召喚器を取り出し、こめかみに当てる。
「お願い。皆を、守って」
公子の指が引き金を引けば、彼女の願いに呼応するように、彼女の背後に青白い光が弾けた。しかし顕現したペルソナは仲間を守るものとは到底思えない、禍々しいオーラを纏うもの。
「────ッ!!!」
「なっ!?」
「これは新学期の!?」
骨のような頭部に周囲を取り巻く棺桶。召喚された“タナトス”が絶叫と共に両腕を振り上げた瞬間に竜巻が発生。
「きゃあぁぁっ!」
「伏せろ!!」
竜巻はスミスの群れを無慈悲に飲み込む。直前まで特別課外活動部を苦しめていた黒服の男たちが、圧倒的な暴風の中で木の葉のように舞い上がっては霧散していく。しかし、暴走した力はシャドウだけを的確に狙うほど器用ではない。
暴風の余波は、周囲の建物にも被害を与える。ガラスが粉々に砕け散り、看板が引き剥がされた。岳羽の悲鳴をかき消すほどの破壊音に、仲間達は咄嗟に地面に伏せて頭を抱えて耐えるのみ。シャドウの群れは瞬く間に一掃されたが、周囲の被害も甚大。
「……信じられない、一瞬であの大群を……」
竜巻が消え、顔を上げた山岸が周囲の惨状を見て身を震わせる。一歩間違えれば味方である自分たちも巻き込まれていたかもしれない。
だが、呆然としている暇はなかった。
「公子! 待て、どこへ行く気だ!」
桐条が鋭い声で制止するが、公子は景虎が向かった商店街へと駆け出した。瞳はいまだ虚ろで、顕現したままのタナトスを背後に従えて、異常な速度で駆けていく。
「聞こえていないのか……ッ、追うぞ!」
真田の号令で他の仲間も疲弊した体に鞭を打ち、一も二もなく後を追う。公子の様子は明らかに異常であり、保護することが最優先。そこに異論を挟む余地はないものの、疑問は生まれる。
「先輩! 公子の状態に心当たりとかないんですか!? あれって最初の大型シャドウを倒した時と同じですよね!? その時に何か調べたとかないの!?」
「マジ!? なんか知ってるなら教えてくれよ!」
順平も岳羽の言葉に同調して叫ぶ。真田と桐条は走りながら一瞬だけ視線を交わし、苦渋の色を浮かべた。
「……ペルソナとシャドウは表裏一体の存在だ。何かの拍子にコントロールを失えば、本能が暴走して制御を失い暴れ出すことがある。私達は昔、暴走したペルソナを見たことがあるが、今の公子のペルソナと同じような状態だった。
だが、その時はペルソナ使いまで正気を失うようなことはなかったはずだ」
桐条が絞り出すように答えると、岳羽と順平は息を呑む。
「そんな、じゃあ今の公子はどうして」
「わからん! だが、暴走していてもあれは公子のペルソナだ! 暴れれば暴れるだけ公子の負担になる!」
「今はとにかく彼女を止めることが最優先だ! 急ぐぞ!」
真田と桐条が迷いを振り切るように叫び、岳羽もそれ以上の追及を辞める。
リーダーを除く特別課外活動部のメンバーは、沈痛な面持ちでさらに足を速めた。
……
…………
………………
~巌戸台商店街~
「厄介なことになった……」
スミスの群れを一撃で吹き飛ばすほどの魔法を放たれて、気づかないほど影虎は鈍くない。魔力と破壊音を感じてすぐさま高所に昇り、街の惨状を望遠能力で確認して、思わず舌打ちをした。
「ようやく確保に成功したところで、封印を試すのはまだこれからだってのに」
地上に降りた影虎の背後には2体の大型シャドウ“ストレングス”と“フォーチュン”が、イス(氷・停止・凍結)を中心としたルーン魔術によって仮死状態となり、分厚い氷に閉じ込められていた。
影虎が特別課外活動部との邂逅以降、一切姿を見せることなく準備を整えてきた成果だが、これはあくまでも一時的な拘束でしかない。封印としては不十分なため、放置すればすぐにでも魔術の効果が切れ、2体は再び暴れ出すだろう。
封印用の術も別に用意してはいるが、試すチャンスは今しかない。だが、暴走したペルソナを伴って女主人公が迫る現状では、封印を完遂する時間がない。拘束を維持するためには、この場から離れることもできない。
交渉は一度決裂し、そもそも今の状態で会話ができるとは思えない。つまり選べる選択肢は“迎撃”のみ。単独で大型シャドウ2体に挑み消耗した状態で主人公、それも暴走ペルソナとの戦闘は流石に苦しいが、それ以外に手段はなかった。
「救いなのは、向こうもそれなりに消耗してるであろうことか――」
とうとう商店街、周辺把握の範囲にまで踏み込んだ公子を察知して、影虎が身構えた次の瞬間。
「――おい馬鹿待てこのクソがっ!」
普段ならまずここまで悪態はつかないが、この時ばかりは流石に影虎の心も荒れた。まだ距離のあるうちから、タナトスがまるで獲物を見つけたかのように空虚な目線を固定。圧倒的な魔力が収束して生まれたのは、万能属性魔法の輝き。
“メギドラオン”
純粋な破壊の光が遠距離から、周囲の被害を一切考慮することなく放たれた。
光の奔流は空間を歪めながら、影虎へと殺到する。
「ッ!」
逃げる時間がないことを悟った影虎は、咄嗟に両腕を顔の前に交差させて防御姿勢をとった直後……周辺一帯が数回、光に包まれた。
……
…………
………………
「グォオオオオッ!」
遅れて特別課外活動部の仲間たちが現場に到着した時、彼らが目にしたのは崩壊した商店街の一角。そして暴走したペルソナが雄叫びをあげ、氷漬けから解放されたフォーチュンを何度も殴りつけて粉砕している光景だった。
「公子ッ!?」
為す術もなく殴られ続けたフォーチュンは歯車の破片を飛び散らせていたが、まもなく限界を迎えて消滅する。
「終わった、のか?」
「公子!」
「公子ちゃん!」
結果的には大型シャドウを討伐し、本来の目的を果たした。
しかし、真田を始めとした特別課外活動部のメンバーには笑顔も達成感も存在しない。
勝利の安堵よりも、味方の暴走に対する戸惑いが強く表れている。
なによりも公子が敵を倒した状態のまま動きを見せない。
本人もペルソナも動きを止めていれば、仲間としては心配が勝つ。
警戒しつつも彼女の周囲には仲間が集まるが……誰もが彼女にかけるべき言葉を見つけられず、立ち尽くしていたところ──離れた瓦礫の山が崩れた。
「よくも邪魔をしてくれたな」
『ッ!?』
濛々と立ち込める土埃の中から現れた影虎の姿に、全員が息を呑んだ。
忍者装束は衝撃で引き裂かれ、両腕がだらりと不自然な角度で垂れ下がっている。
誰の目にも、骨折していることが明らかだ。
だが、それ以上に仲間達を戦慄させたのは、影虎が放つ怒気。
影虎の瞳にはかつてないほどの怒りと明確な敵意が宿り、立ち尽くす公子を鋭く射抜いている。
そして2人の視線が交差した直後、公子の体が前触れもなく崩れ落ちた。
「リーダー!」
「公子ちゃん!」
岳羽と山岸、同級生の女子2人が駆け寄り、地面に倒れた公子の体を抱き起こすが、
「退け」
影虎が、低い声で威圧するように一歩前に出た。
「近づくなッ! 葉隠、何をするつもりだ」
桐条がレイピアを構え、真田が拳を握り、順平が大剣を振りかざし、コロマルは低い体勢から唸り声を挙げて影虎の前に立ち塞がる。アイギスは倒れた公子達の傍に駆け寄り、護衛を優先。しかし影虎は歩みを止めない、
「間違っていた。
二度と立ち塞がれないようにするだけで、命までは取らない。取っても面倒なことになりそうだしな……他も良いからそこをどけ」
「はいそうですかと退く訳があるかっ!」
「これ以上手出しさせっかよ!」
「なら、力尽くで押し通る」
影虎が動いた。腕が使えない怪我を負っていることを微塵も感じさせない、異常な速度の踏み込み。転倒しそうなほど前傾姿勢で突っ込んだ影虎は、迎撃に来た真田と接触する直前でその身を放り出し、勢いのままその場で大きく足を振り上げて落とす。
「“鉄塊──輪”!!」
「ッ!? 総員回避!!」
「ぐうっ!?」
すんでのところで桐条の判断が間に合い、身を固めた真田を防御の上から叩き潰した時には、もう一方の足が振り下ろされる準備が整っている。重心を操作し移動と攻撃で勢いを削ることなく“鉄塊”で固めた両足の打ち下ろしを中心とした縦方向の回転蹴り。
「うおっ!?」
「キャイン!!」
「避けるであります!!」
「うくっ!?」
「きゃあっ!?」
地面の舗装を薄氷の如く軽々と砕きながら、鋼鉄の車輪と化した影虎が一直線に公子に向けて疾走。幸いにも桐条の指示に反応できた仲間達は辛うじて重傷は逃れた。非戦闘員の山岸も、公子を抱えたアイギスに押しのけられる形で影虎の軌道から外れている。
「くっ!」
標的を外した影虎が悔しそうな顔を見せたのはほんの一瞬。突進の勢いを殺さず、そのまま地面を蹴って特別課外活動部の面々から大きく距離を取ると、折れた腕をドッペルゲンガーで締め上げることで位置を整え、回復魔法による強引な治療を行う。
そして追撃を行うべく、また一歩前に踏み出したところ、
「グフッ!? おぁっ!」
突如としてむせ込み、苦悶の声と共に嘔吐したのは少なくない量の
出血量からして内臓が傷ついている可能性あり。興奮により痛みが麻痺している。なるべく早く治療に専念すべき。大型シャドウの氷漬けによる消耗も含めると、限界に近い。特別課外活動部もここまで戦ってきただけはあり、意外と粘り強い。
興奮する一方、影虎の冷静な部分が戦闘続行は無意味だと訴える。
「……今日は、ここまでにしておく」
影虎は苦々しい表情と冷たい視線を特別課外活動部の面々に向けた後、超人的な跳躍力でビルの壁面を蹴り上がり、無事だった建物の屋根へ。そのまま夜の闇へと溶け込むように姿を消してしまう。
「立ち去ったのか……?」
「……葉隠君の気配、完全に消失。探知を妨害する能力があるとしても……近くにはいないと思います」
「なんだったんだよ、あいつ」
順平が呆然と呟いて膝をつく。他の特別課外活動部の面々も満身創痍のまま、ひとまず生き延びたことに安堵した。
「皆さん! 気を抜くのは早いであります! まずは撤退しましょう!」
「そうだな、アイギスの言う通りだ。公子を病院に連れて行かなければ。あとは……街の被害確認も必要だ」
「まだ当分休めそうにないな……」
「ワウン……」
「山岸、もうしばらく警戒をしておいてくれ。なさそうではあるが、葉隠が戻ってこないとは限らない。それから……巻き込まれた被害者がいないかも調べて欲しい……」
「分かりました!」
破壊された商店街の中、特別課外活動部は撤退を始める。影虎の襲撃は失敗に終わったが、撃退したと言えるようなものではなく……特別課外活動部メンバーの表情は一様に暗かった。
【お知らせ】
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
本日は今後の活動について考えたことがあり、活動報告も更新しました。
活動をやめるという話ではありませんので、その点はご安心ください。
活動報告:今後の活動について