人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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34話 天田の入部前日(前編)

4月29日(火)

 

 ~部室~

 

「…………」

 

 ……どうしてこうなった……

 

 天田少年の入部が明日に迫った今日。

 俺は人生最大の窮地に陥っている、かもしれない。

 体からは嫌な汗がとめどなく出ている。

 できることなら数時間前まで時間をさかのぼりたい……

 

 俺は目の前の現実から目をそらすように、まだ平和な時間を思い出す。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 放課後

 

 俺が部室へ向かっていたところ、校舎の近くで天田少年を見かけた。

 

「天田君!」

「あっ、葉隠先輩。これから部活ですか?」

「そうそう、天田君も明日から来るんだよね?」

「はい! よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしく。ところで高等部の校舎近くで何を?」

「え、っと……することなくて適当に歩いてたらここに」

 

 ああ、桐条先輩が言ってたやつか。

 

「ってことは、今は暇? この後、予定は?」

「暇です。予定もありません」

「そっか…………ならちょっと巌戸台商店街まで付き合える?」

「? 寮の門限までならいいですけど……! 練習ですか!?」

「いやいや、解禁は明日から。だけどそのための準備は今日中にできるだろ?」

「準備?」

 

 俺は天田少年にパルクールの練習に伴う怪我の危険と防具の必要性を説明した。

 

「というわけ。練習で使う防具なんかはやっぱり体に合うものじゃないといけないから、天田君と一緒に用意した方がいいと思ってね。本当は明日部活の一環として連れて行くつもりだったんだけど、今日行ければ明日はすぐ練習に入れるだろ?」

「たしかに、でもお金……」

「お金の事なら心配無用。練習に使う防具は部の備品、備品は部費で買うから」

「いいんですか? 僕としてはありがたいですけど、僕のサイズに合わせたら他の人は使えないんじゃ……」

「天田君も部員になるんだから当然だ。なるべく調節の利くやつにするし……ただ部費はあまり潤沢じゃないから、買った防具は大事に使ってくれよ?」

「……分かりました! お言葉に甘えます!」

「よし! なら早速行こうか」

 

 こんな感じで俺は江戸川先生と山岸さんに買い物に行くと連絡し、巌戸台商店街へ向かった。

 ……ここで電話連絡でなく、部室に顔を出していれば悲劇は起こらなかったかもしれない。

 

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

「で、パルクールを行う際の注意点だけど……まずはこんな風に人の多いところでやらないこと。他人に迷惑をかけやすいし、下手すると巻き込んで怪我をさせるかもしれないからね」

 

 道すがら天田少年にパルクールの歴史や注意点を説明しつつ、以前宮本と西脇さんから教わったスポーツ洋品店へ向かい、店ではスノーボードなどでも使われる尻パッド入りプロテクター(子供サイズ)を始めとする防具を購入した。

 

 ついでにラーメン屋「はがくれ」に連れて行き、かるく食事をすると同時に叔父さんに天田少年を紹介もした。

 

「はふ、はふっ」

「どうだ、美味いか?」

「はい! 美味しいです!」

「そうか! そら、味玉おまけだ」

「っと、ありがとうございます。……葉隠先輩、先輩の叔父さんってすごいですね。体格も大きいし、豪快だけど優しい大人の男って感じで」

「自慢の叔父さんだよ」

「うははははっ! ほめんじゃねぇよ! オラッ、チャーシューもおまけだ」

 

 もしかすると叔父さんは気前が良いだけでなく、おだてにも弱いのかもしれない

 

 ……

 

「ごちそうさまでした!」

「また来いよ! あと影虎はちゃんと坊主の面倒見ろよ!」

「分かってます、ありがとうございました!」

 

 食事を終えて、店を後にした俺達はのんびりと商店街を駅に向かって歩く。

 

「先輩、ご馳走様でした」

「口に合った?」

「とっても。それに外食なんて久しぶりだったから、さらに美味しかったです」

「普段は外で食べないのか?」

「小学生一人じゃちゃんとしたお店には入りづらくって……ワイルダックバーガーとかなら行けますけど、あんまりそういう所ばっかり行ってると、寮で食事指導されるんです。健全な成長のためにって。それに小等部は原則朝昼晩、寮の食堂で食事をするのが決まりですから」

「そうなのか? なら今日のは違反?」

「大丈夫です。買い食いとかおやつは禁止されてませんから。ただそれで寮の食事を何度も抜いたりすると指導室に呼ばれますね。でも僕は普段ちゃんと寮の食堂で食べてるので平気ですよ」

「そうか、安心した」

「はい、だからまた誘ってください」

「ああ、また奢ってやるさ」

「あっ、僕そんなつもりじゃ」

「いいっていいって。そういうのは年上が奢ったり多めに払ったりするものだろ? 小学生にご飯を奢る高校生、これが逆の場合を考えてみなよ」

「小学生にご飯を奢ってもらう高校生……かっこ悪いですね」

「かっこ悪いどころじゃないって。普通に白い目で見られるぞ、俺が。だからまぁ、その時は奢られていてくれ。先輩の顔を潰さないのも大人の対応だ」

 

 まぁ潰れるときは潰れるものだけどな。

 

「あ、そうだ。先輩知ってますか? 僕や先輩が住んでる寮の食堂のご飯と月光館学園の給食って、作ってる人は同じらしいですよ」

「そうなのか? 知らなかった」

「だから学校でも寮でも出てくる味付けが同じで、長く学園にいる生徒は飽きて高等部から外食が多くなるそうです」

「へー。言われてみれば給食ってメニューは多いけど、味付けなんて早々変わらないもんなぁ」

「新メニューとかも増えませんしね」

「真面目に食堂で食べ続けたら、他所の学校と比べて食べる機会は三倍。それを何年も食べ続けたら飽きるだろう」

 

 そんな無駄話をしながら、俺たちはモノレールに乗って辰巳ポートアイランドへと戻る。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~辰巳ポートアイランド駅前~

 

「つきましたね、先輩。これからどうします?」

「そうだな……天田君の寮、門限五時半だよね?」

「そうです」

「ならもう帰ったほうがよくないか? ほら」

 

 駅前にあった時計を指差す。時間は五時五分前。

 時間にきづいた天田君は帰ることに同意し、俺たちは二人で小等部の寮まで歩いた。

 その途中で今日買った防具は持ち帰って良いのかと聞かれた時、一応部費で買ったということにした手前、まだ正式には部員でない天田少年に預けるのも変な話かと思ってしまい、一度預かって明日の部活動で渡すという話になった。

 

「じゃあ俺はここまでで」

「はい、先輩今日もありがとうございました。防具の事よろしくお願いします。それから先輩、この間から思っていたんですけど、僕のことは呼び捨てでいいですよ。年上ですし、部活でも先輩後輩になるんですから」

「ん、そうか? なら……天田、また明日。明日部室に来るのを待ってるよ」

「はい! さようなら!」

 

 こうして俺は天田と別れ、暇があったので一度防具を部室に置きにいくことにしたのだが…………来なきゃよかったと今は心底後悔している。いや、それは問題を先延ばしにしているだけか……

 

「……君、葉隠君。どうしたの?」

 

 ああ、もう現実逃避もできないようだ。

 

「いや……女の子の手料理とか初めてでキンチョウシテルンダヨー」

「そっ、そんな言い方……べつに大した物じゃないよ。ちょっと焦がしちゃったし……」

 

 目の前の山岸さんが顔をうっすらと赤くしているが、俺の顔は青白くなっていないだろうか? 山岸さんが気づかないくらいは普通の顔色なんだろうな……はぁ……

 

 目の前には山岸さんがシチューと呼ぶ灰色の液体が入った皿がある。

 その中身は俺がいくら見つめても減る事はない。

 

 どうも山岸さんは俺が天田少年と買い物に行く事を連絡した直後、自分も何かしてあげたいと明日に備えて冷蔵庫に残っていた使いかけの食材で歓迎の料理を作ってみたという。シチューを選択したのは一晩寝かせたら美味しくなるから。

 

 ……まず一つ言いたい。寝かせて美味くなるのはカレーだろう。

 シチューでも美味しくなるかもしれないが、一般的にまず思い浮かぶのはカレーだ。

 ついでにあれは一晩時間をかけなくても、一度冷ますだけで同じ効果が得られるそうだ。

 ……そんな事は今どうでもいい。

 問題は山岸さんが部室に顔を出した俺に、できたシチューの試食を頼んできた事。

 ……俺には笑顔の山岸さんをみて、即座にいらないと跳ねのける“勇気”がなかった。

 その後の空気が悪くならないよう、断り方を考えているうちに用意が整っていた。

 

 マジであの時部室に行くべきだった。そうすれば未然に防げたのに。

 

「でも早く食べないと冷めちゃうから、ね? 材料も元々は葉隠君のだから、遠慮しないで」

 

 ……前に買った食材の残り、早いとこ使い切っておけば良かった。

 そうすればこんな事には……と後悔ばかりが脳裏に浮かぶが

 

「いただきます」

 

 原作主人公は何度食べても死にはしなかった。

 だから俺も死にはしないだろう。

 このままでは無駄な時間だけが過ぎる。

 今もおいしそうには見えないが、冷めればまずくなる。

 そう自分に言い聞かせ、俺はスプーンで灰色の液体をすくう。

 

 ……具が見当たらない。全ての具が形をなくすほど煮込んだのだろうか?

 

 何処を食べても同じだと判断し、スプーンを恐る恐る口に含ん

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ……………………

 

 …………………………

 

 死はふいに来る狩人にあらず

 

 元より誰もが知る…

 

 生なるは、死出の旅…

 

 なれば生きるとは、望みて赴くこと。

 

 それを成してのみ、死してなお残る。

 

 見送る者の手に“物語”が残る。

 

 けれども今、客人の命は…………

 

「ファーーーーーーーー!!!!!!!」

「えっ!? 葉隠君!? どうしたの葉隠君!? どうして痙攣してるの!? ……先生! 江戸川先生!!」

 

 口に入れた瞬間意識が飛びかけ、客人になった覚えもないのに脳裏にゲームオーバーの詩が流れた。

 奇声を上げて意識を取り戻したが、体が上手く動かない……

 近くで聞こえていた山岸さんの声が遠ざかっていく。

 目がかすんで良く見えないが、俺は倒れているようだ……

 何なんだこれは……このままじゃヤバイ、さっきのシチューに毒でも入って……!

 

「ドッペル、ゲン、ガー」

 

 気を抜いたら落ちそうな意識を気合で繋ぎとめ、眼鏡型のドッペルゲンガーを召喚。

 

「ポ、ズムディッ!」

 

 気づけば俺は、一か八かペルソナの力で毒の治療を試みていた。

 そしてスキルを発動した次の瞬間……苦しかった体が楽になった気がしたと同時に、俺の目の前が暗くなった。




 影虎はめのまえがまっくらになった!
 解毒魔法の習得は毒物摂取のフラグだった!

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