「なんの事でしょうか?」
とっさにとぼけてしまったが、白々しい……つーか何でそんな質問を突然!? 使ったよ! ドンピシャだよ!?
「話したくなければ無理に聞き出そうとは思わないけれど、私たちはそうだと考えて話しをさせてもらうわ。まず、魔術の取り扱いには気をつけなきゃダメよ。視てみたら貴方、力を使いすぎて魂の輝きまで弱っているの」
「まさかとは思いましたが……」
「先生、どういうことですか?」
「ヒヒヒ。視点を変えてみたのです。君の症状について、肉体的に問題が見つからないならば原因は霊的な方面にあるのではないかと。しかし私は肉体的な診察と治療はできますが、霊的な処置はできません。そこでスピリチュアル・ヒーリングの心得があるオーナーにご協力いただいたのです。
魔術と言う物は扱いを間違えば術者の身の破滅をも招いてしまうもの。使用には十分な注意が必要なのです。……と言っても、本を渡した私が言える事ではありませんね。まさか一足飛びに使えてしまうとは……もう少し慎重になるべきでした」
「でも不思議ねぇ……本を読んだだけの初心者が自滅するまで力を使えるなんて。普通はマスターの下で修行を続けてようやく実感できる効果を出せるようになる。本を読んだ程度では試しても効果が出ずに、やっぱり魔法なんてなかった、と諦めるのが関の山なのに……」
「………………」
なんだこの状況……どこまでバレてるの? そもそも魂の輝きって何よ? つかこの人たち本物のそういう能力者とかそういう人なの? 非日常に両足突っ込んでる俺に否定する権利はないけどマジか……どうする、というか、この二人はどこまで知っているんだろう? ペルソナについては知っているんだろうか? 江戸川先生が桐条グループの元研究員だったりしないよな? 桐条先輩からは得体の知れない人扱いされていたけど……
「……俺にそんな力があると思いますか?」
「あると思うわ」
躊躇いなく答えたのはオーナーだった。
「どうして? 先ほど言っていた魂の輝きというやつですか?」
「それもあるけれど、貴方からは初めて会ったときから他の人とは違う感じがしていたのよ。それに、さっきアクセサリーを見せる前、貴方はこう言ったでしょう?“前貰ったアクセサリーに似たものか、それより効果の高い物がないか?”って」
「ええ、言いました」
「このお店に置いてあるアクセサリーは、ほとんどが他所から仕入れたもの。だけど、貴方に見せたアクセサリーは全部私が石を選び、磨き、ルーンを刻み、力を込めながら作った物なの。……あの時の私は、貴方にはラックバンドがいいと感じたからラックバンドをあげた……でもあの時私、ラックバンドに力があるなんて教えたかしら?」
「っ!」
「似たものと言うのはデザインの話にも取れるけれど、効果の高いものという要求は効果を知り、その原因がラックバンドにあると分かっていなければ出てこないと思うの。
私はラックバンドを手にした貴方に何が起こったのか、貴方が何をできるのかは知らない。だけど、無自覚に私が込めた力を感じ取れるのではないかと思っているわ。……深読みのしすぎだと言われればそれまでだけどね」
「優れた霊感か……陳腐な言い方になりますが、才能ですねぇ。特に誰から何も教わらなくとも霊を見てしまう、存在や力を感じ取ってしまう人はいるものです。特に幼少期に何かが見えるという話は多いですね」
ラックバンドの効果を知っていたのは原作知識とタルタロスでの検証の結果。
だが、何も聞かずにそれを言葉にしたのは失言だった。
しかし、どうやらこの二人は俺に霊感があると思っているらしい。
ペルソナでないのなら、ここはそのまま話に乗っておこう……
「……実を言うと、昔から変なものを見ることがたまにありました」
「なるほどなるほど。では影虎君には元々素養があったという事で……一つお話が」
次に何と言われるのか。
もう予想ができず、ただ息をのむ……
「影虎君は以前、アルバイトを探していましたね?」
「は? っ、はい」
「今も探し続けていますか?」
「はい。先日短期のアルバイトをしましたが、もう二日間だけの仕事だったので。新しいバイト先は見つかっていません」
「でしたら、このお店で働くというのはいかがでしょう?」
どういうこと?
どうにか追求を乗り切ろうと思ったら、いつの間にかバイトを進められていた。
しかも経営者じゃない江戸川先生に。
「すみません、話のつながりがよく分からないのですが」
「以前、私が君にアルバイト先を紹介しようとした事を覚えていますか? それがこのお店なのです」
「うちで働いている子は女性ばかりで、力仕事が大変なの。それで江戸川さんには前々から学生でもいい子がいたら紹介してもらえないかと話していたのよ。あの日、貴方を置いて商談をしていた時にも少しね。
貴方は真面目そうだし、力もありそう。貴方にその気があれば、ぜひ働いてほしいわね。お給料もちゃんと払うし、もしも貴方がルーン魔術の習得を望むのなら勉強の助けにもなれるわ」
「! それはこのアクセサリーを作れるようになる、と?」
「どれほど時間がかかるかは貴方しだい。だけど勉強を続けていれば可能だと思うわ」
「私もそれがいいと考えます。何事にも先人はあらまほし。難解な魔術の習得となればなおの事。マスターとなる師匠、親方がいなければ習得はまず不可能です。また、先ほども話したように、扱いを間違えば修行者自身が破滅に向かってしまいます。その破滅を避けるためにも、魔術の習得を望むのならばマスターの存在は絶対に必要なのです。
君に本を渡したのは私ですが、残念ながら私の専門はカバラ。ルーン魔術についての造詣は深くありません。ですからルーン魔術の勉強を続けるというのであれば、オーナーに師事する事を強くおすすめします」
おかしな話になった。
しかし、給金だけでなく特殊なアクセサリーを自作できる知識は非常に魅力的だ。
ペルソナ以上によくわからない人たちだが……
「……是非、こちらからもお願いしたいです。アルバイトは週何日ほどでしょうか?」
「フフッ、興味をもってくれたようね」
俺は無言で頷いた。
「そうね……平日に二日か三日、それと毎週土曜日には来てほしいわ。他所から仕入れたアクセサリーの搬入に、一週間の締めくくりの掃除や片付けをするのが土曜日だから。日曜日は定休日よ」
それなら無理はなさそうだ。俺のパルクール同好会の活動日が日曜以外、山岸さんの文化部が火・水・木。天田少年にも休みが必要だし、山岸さんの文化部の日に入れれば放っておかずにすむだろう。でも一度話し合ったほうがいいな。
「すみませんが、少々時間をいただけますか? 日数は問題ないと思いますが、部活の部長をしているので、部員と部のほうをどうするか相談したいので」
「もちろんいいわよ。こちらもシフトの調整が必要だから今日明日からとは行かないし……そうねぇ、来週までに一度、履歴書を書いて来てくれるかしら? その時に聞いてシフトを入れましょう」
「分かりました。よろしくお願いします!」
紆余曲折があったが、俺は新しいアルバイト先の内定を得た。
そして話がまとまると、忘れかけていたヒーリングの話になる。
「これで良いのですか?」
「ええ、そのまま体をリラックスさせておいて」
施術のためにソファーに寝かされ、祈りをささげた後に俺の体へ手をかざすオーナー。
するとペルソナを召喚していないのに、徐々にではあるが普段の吸血で力が流れ込んでくるような、満たされるような感覚を覚える。これなら本当に治るだろう。しかし、吸血とは何かが違うような……
「あら? もしかして私が今流している力も感じ取れているの?」
「はい」
「そう……スピリット・ヒーリングは始めてかしら?」
「スピリット? スピリチュアルではなく? どちらにしろ初めてですが」
治療を受けつつ話を聞くとスピリチュアル・ヒーリングは治療動作が同じでも使うエネルギーによって三種類に分類されるそうだ。
一つめは霊界の霊が作り出すスピリット・エネルギーを用いたスピリット・ヒーリング。
二つめは人間の霊体が持つサイキック・エネルギーを用いたサイキック・ヒーリング。
三つめは人間の肉体が持つマグネティック・エネルギーを用いたマグネティック・ヒーリング。
人間は霊・精神・霊体・肉体で構成されており、霊的純度(エネルギーの質)が一つめのスピリット・エネルギーに近づく(純度が高くなる)ほど治療の効果が高いらしい。つまり今俺が受けているのは最も効果が高い治療になる。
「エネルギーの違いは効果の違いだけでなく、施術者がはたらきかけて治療できる領域を決めるわ。マグネティック・エネルギーなら肉体だけ、サイキック・エネルギーなら肉体と霊体。スピリット・エネルギーなら霊から肉体までと、より広い範囲を癒せるわ。
ただしサイキック・エネルギーとマグネティック・エネルギーは人の肉体の中で作られるエネルギーであり、その人自身にも必要なエネルギー。治療のためだからといって人に与えすぎてしまうと、今度は施術者の方が倒れてしまうの。貴方の場合は魔術の失敗の結果だと思うけど、症状はこのケースに近いわね」
理屈に心当たりがありすぎる……ここで学ぶのは正解だと思えてきた。
「? オーナーは平気なんですか?」
「スピリット・ヒーリングで治療に使うエネルギーは外の霊から受け取っているの。私は霊からいただいたエネルギーを治療に使えるように転換し、貴方に渡す中継役にすぎない。無限にとはいかないけれど、サイキック・ヒーリングほどの負担はかからないわ」
「そうなんですか……」
「ええ。自分の健康維持に必要なエネルギーを確保した上で、余りを使って施術するのがサイキック・ヒーリングとマグネティック・ヒーリングの鉄則よ。そうして霊からの力を受けて扱えるようになるまで修練を重ねてスピリット・ヒーリングを覚えるの。
貴方も気をつけなさい、自分の体調を崩すほど力を使っては絶対にダメ。エネルギーの確保を忘れれば、やがて破綻し破滅を招くわ」
そこまで言うと、オーナーはかざしていた手を下ろした。
そこで気づけば、体のだるさが嘘のように消えている!
「調子は戻ったようね」
「オーナーのおかげです。ありがとうございます!」
ペルソナを使わずにこんな事を実現したオーナーにわずかに尊敬を抱き、礼を言うとオーナーは笑っていた。
「あっ、この治療のお代は……」
「今日はいらないわ。ヒーリングで商売はしていないから、今いくらかと聞かれても困るし……どのみち働き始めてからしばらくの研修期間はお給料をちょっと少なめにさせてもらうから」
「分かりました、気合を入れて働かせていただきます」
「期待しているわ」
「ヒッヒッヒ。体調は回復し、アルバイト先と人手が見つかり、いやぁいい結果で終わって良かったですねぇ」
こうして俺の体調は改善されたが、もう夜の八時を過ぎていたためお暇する事になった。
しかし、いざ店を出ようとしたところで店舗まで来ていたオーナーに呼び止められる。
「葉隠君、ちょっと待っていて頂戴」
「? はい、わかりました」
「影虎君、私は先に外へ出ていますね」
オーナーは急ぎ足で奥へ戻っていき、江戸川先生は店内に数人いるお客様の目が気になったのか出て行った。
「…………あ、どうも」
「どうもー」
待つ間、店内を見ていたら女性の店員さんと目が合った。
なんとなく気まずいが、ここで働くなら挨拶しておくべきか?
と思ったら店員さんは他のお客に呼ばれてお会計に行き、オーナーも戻ってきた。
「お待たせしたわね」
「いえ、そんな事ありません」
「フフッ……葉隠君、これを持っていなさい」
俺の右手をとって、手の平に乗せられたのはピンク色の小さな石だった。
表面は解けた氷のような光沢と凹凸があり、すべすべして冷たい。
「これは?」
「アイスクリスタル。主にインドの北部で産出されるパワーストーンでヒーリング効果があるの。それから瞑想や超意識との同調を助ける働きもあるわ。アクセサリー作りの過程で出た破片だけど、気休めのお守りにはなると思うから。
パワーがなくなってきたと感じたら月光浴をさせたり、水晶か塩の中に埋めて浄化して頂戴。水と日光は変色の可能性があるからおすすめしないわ」
「ありがとうございます、こんな物まで」
「フフフ、うちで働くなら次は元気な状態で来てくれないと困るからね。アフターサービス……あら?」
「? 何かあったんですかね?」
言葉を途中で止めたオーナーは、外を気にしているようだ。
そちらに注意を向けると、どうも店の前が騒がしい。
二人で店の入口に近づいてみれば、そこでは……
「あなた、職業は?」
「月光館学園の養護教論です」
「ここで何をやっている」
「人を待っているんですよ、うちの生徒を」
「生徒と? 教師が生徒とアクセサリーショップに?」
江戸川先生が職務質問を受けていた。それも原作にも出てくる黒澤巡査に。
「って何やってんですか江戸川先生!」
「むっ? 君が、この人の生徒か? 一体何故こんな時間に」
それから俺と江戸川先生は黒澤巡査の職務質問を受け、精神的な疲労が溜まっていた俺に、先生がリラクゼーションの得意な知り合いを紹介してくれたという事で納得させて事無きを得られた。
「ようやく解放されましたねぇ」
「せっかく癒されたのに、また疲れた気がします」
「今日の職質はまだ短いほうです、お二人のおかげで早めに話が終わりました」
「いつも受けてるんですか……?」
「ウフフ……困りますねぇ」
「ええ。それでは、また職質を受けないうちに帰るとしましょうか?」
「そうしましょう。オーナー、今日は本当にありがとうございました」
「ええ、次に来るときを待っているわ」
絞まらない最後ではあるが、こうして俺達は帰路につき、今日の一日が終わった。
影虎は誤解された!
しかしアルバイト先と成長への手がかりを手に入れた!