人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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38話 天田の部活動初日(後編)

 午後六時四十分

 

 ~部室~

 

 天田が門限で帰ることになると、練習を見ていた順平も帰った。

 それから俺と山岸さんは部室で江戸川先生を呼び、部内で会議を行っていた。

 内容はもちろん今後の活動について。

 天田の門限の事だけでなく、俺のバイトのことも早めに話す必要があったからだ。

 

「では五時までは天田のための練習中心に、その後七時までは俺の自由に練習ってことで」

「天田君の門限は変えられない以上、それしかありませんねぇ」

「天田には先に来たら準備運動などを一人でやっておいてもらって、少しでも時間を有効に使わないと。俺もシフトによりますが、毎週土曜と平日に数日はバイトに行く事になりますから」

「葉隠君のアルバイトの日は部活お休み?」

「本決まりはオーナーと相談してからだけど、天田の休みにちょうどいいかと思う」

「私も賛成ですねぇ。彼はまだ体が未成熟。無理をさせてはいけません。まぁ影虎君がバイトの日でも私はここに居ますし、彼が来たらランニングと健康チェックをするようにします。それで問題がなければ徐々に練習量を増やしましょう。

 今度部室の合鍵を作って皆さんに配れば、天田君が外でまちぼうける事もないでしょうしね」

「あの、やっぱりそれダメなんじゃ……」

「ヒッヒッヒ、黙っておけば平気ですよ。ラベルを貼ったりしていない限り、鍵を一目見てどこの鍵かが分かる人なんてまず居ませんから。もし何かの拍子にどこの鍵かと聞かれれば、実家の鍵とでも言っておけばいいのです。一応人目には気をつけてくださいね」

「え、ええ~……」

「あと、バイトのシフトなんだけど」

 

 山岸さんを戸惑わせながらも会議は続く。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 その後

 

 会議が終わると山岸さんは活動報告書を書き、江戸川先生経由で手に入れた天田の小等部の体力テスト結果と今回の会議の決定事項をパソコンに打ち込んで先に帰った。

 

 俺も軽く自分の練習もして、桐条先輩への報告メールとBe Blue Vに提出する履歴書を書いた後で帰ろうと江戸川先生に挨拶をしようとすると

 

「江戸川先生、今よろしいでしょうか?」

「手が離せませ、っ! 扉を開けないで! そこからどうぞ!」

「えーと、それじゃ……今日はお先に失礼します! Be Blue Vに寄って帰るので、今日も部室の戸締りをよろしくお願いします!」

「分かりました! 気をつけて! さぁ、暴れないでくだっ!?」

「江戸川先生もお気をつけて! ……いったい部屋の中では何が行われているのか……ま、いいか」

 

 ビーカーか何かが割れる音が聞こえてくるが、よくある事なので特に気にせず部室を後にした。

 

 明日の練習には格闘技も加えてみようか? いや、予定通り体力作りからか? でも同じ練習ばかりじゃ飽きもくるだろうし、勝手に難しい事をやられると危ない。その辺はきっちり指導しなければならないが、早めの反抗期と言うものもある。あまり言いすぎるのも逆効果ではないか? あの日、俺は運よく天田からは大きな好感を得た。天田も素直だと思うが、今後反発しないという保障はない。

 

 せめて死ぬ前に人を育てた経験があればもう少し匙加減もわかっただろうけど、子供どころか恋人もいなかったし、会社では新米からようやく脱したくらいだったからな。……天田と上手くやっていきつつできるだけ鍛えるには……天田にとって適度な壁になってやるとか? なんにしても探っていくしかないか。やっぱり後輩ができると考える事も増える……あ、帰りにコンビ二にも寄らないと。

 

 

 

 

 

 ~自室~

 

 影時間

 

 Be Blue Vに履歴書を提出し、シフトは火・水・木のいずれかが都合が良いとオーナーに伝え、連絡先を渡して帰宅。これでバイトの件はひとまず向こうからの連絡を待つ。あとは寮に帰って食事をしたり、学生である以上避けられない宿題を片付けたりと色々していたら影時間を迎えた。

 

「さて……」

 

 ドッペルゲンガーを呼び出し、帰り道のコンビ二で買った数個の南京錠を手に取った。

 旅行バックなどに付ける小さな物だが、鍵としての機能はしっかりとしている。

 会議で江戸川先生が合鍵を配ると言い始めたとき、ふと思いついた。

 

 ドッペルゲンガーを変形させて合鍵にできないか? と。

 

 南京錠を一つつまみあげ、鍵穴を覗く。

 周辺把握を使い、鍵穴内部の構造を確認……

 購入時に当然ついてくる本来の鍵を参考に、指先に鍵の形を作り、差し込んでみる。

 

「こんな感じか……? いや、成型が甘いか……」

 

 途中で引っかかってしまった。

 周辺把握で鍵の形状を見直し、その場で形状を修正する。

 

 太さや長さを合わせていくと徐々に奥まで届くようになり、内部の金具が引っかかる。

 それをゆっくりと回していくと……

 

 カチリ、と小さな音を立てて本当に鍵が開いてしまった。

 

 そこでもう一つ。また新しい南京錠をつまみあげ、今度は正しい鍵を見ずに開けてみる。

 とりあえずさっきの鍵で奥まで届かせ、内部の金具に引っかかるように作ればいいと分かった。構造も意外と単純だ。

 

 先ほどの経験を参考に、内部構造を把握してドッペルゲンガーの形状を合わせていく。

 すると最初の鍵よりは時間がかかったが、二分もかからずに開錠に成功してしまう。

 

「……やってみたはいいが、これ不味くないか?」

 

 ドッペルゲンガーの隠蔽で気配とか足音を隠し、保護色で姿を隠す。

 周辺把握があれば近づく人の動きや監視カメラの位置と方向はたぶん分かる。

 変形能力で全身包めば毛髪や指紋は残さないだろうし、靴跡は自由に偽装可能。

 そこにこの開錠能力が加わったら……もう空き巣とか楽にできそう、としか考えられない。

 

「いやいや、まさかそんなに上手くはいかないだろ。最近は鍵も進化してるんだし」

 

 自分で自分の考えを否定してみるも、考えは消えず。

 

「ちょっと外で試してみるか……鍵開けるだけ、開いたら閉める。それなら問題ない。能力の確認も必要だし……」

 

 ……俺は誰に言い訳をしているんだろう?

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~駅前広場はずれ~

 

「こんな所でなにやってるのよ」

「……自分の能力を確認していただけだ」

 

 大通りでは落ち着かず、人目につかない場所の鍵で実験をしていたらストレガが現れた。

 周辺把握で気づいたため決定的瞬間は見られていないが、どうも気まずい。

 

「なんや、嫌そうやな? 人に見られたない事なら滅びの搭でやったらええんちゃうか?」

「それはできない。街中でなければ」

「それは興味深いですね。どのような能力なのですか?」

「…………知りたいのか?」

「先日貴方のペルソナが持久型と聞いてから、少々興味がでてきまして」

「私も。……貴方のペルソナは変」

 

 あまりこちらの情報は渡したくない。しかし……

 

「ペルソナについて話を聞かせてもらえるのなら、こちらも多少は話してもいいが?」

「ほう、情報交換ですか」

「私はペルソナの知識が乏しいのでな」

 

 注意は必要だが、ストレガとは敵対していない。

 つまり俺が今接触できる貴重な情報源でもある。

 

「……タカヤ、どないする? 今日の影時間が終わるまで、あんま時間無いで」

「……いいでしょう。私には彼のペルソナが今までに見たどのペルソナともなにかが違う、異質な存在に感じられます。情報料としては金銭で支払われるよりも面白い」

「話に乗る気がある、ということでいいのか?」

「貴方が何を聞きたいのか、どんな情報を教えていただけるかによって、何処まで教えるかを考えます」

「ならば交互に話題を出すとするか。そのうちに情報の価値を判断してくれ。どちらかが納得できなければ話は終わりとしよう」

「それでいいでしょう。ジン、あなたは」

「わかっとる。俺は今日の仕事を片付けとくわ。チドリ」

「私はここに残る」

「……さよか。まぁええわ」

 

 仕事前だったんだな……

 

 ジンは一人、影時間の町に消えていった。

 あっちも気にはなるが、今は目の前に集中しなければ。

 

「まず私から話そう……私が今日試していたのは、鍵開けの能力だ」

「鍵開け。なるほど、それで滅びの搭では試せなかったのですね?」

「そうだ。あそこには鍵のついた物がない。時々見つかる箱に鍵がかかっている物があるかもしれないが、私は見たことがない。街中の方が手早く、多種類の鍵を試せると思った。

 電子式の鍵は装置自体が動かず開錠できない。しかしアナログな鍵であれば、今のところ開けられなかった鍵はないな」

 

 一番楽だったのは自転車とかに着けるダイヤル式のチェーンロック。あれは中にある円盤の一部が欠けていて、欠けが指定の場所へ一直線になるようダイヤルを回せば開いた。そうでなくても鍵穴に差し込んでみて、内部で動く金具の場所と意味が分かれば、多少手間取っても開けることはできる。

 

 傍にあった自動販売機の前に立ち、商品補充用の鍵穴に手の平を押し付けて実際に鍵を開けて見せる。そしてほんの十秒程度で自動販売機は大きく開き、内部があらわになった。

 

「何か飲むかね? 話すのなら飲み物の一つもあった方がいいだろう。一本ずつ奢ろう」

 

 言いながらお金が入っている場所に見当をつけて鍵を開け、回復時計用の千円札を一枚入れる。

 

「我々以外の誰も見ていないというのに、律儀な方ですね。南船橋人工水をお願いします」

「ミニマムコーヒーのホット」

「……ここか」

 

 俺は二人の希望した飲み物と自分の255茶、あとは千円から三本分の代金を引いた六百四十円を自販機から取り出して全ての鍵を閉めて飲み物を二人に渡す。

 

「ほら」

「……いただきます」

「見事なお手並みでした。影時間は私たちのように適性を持たないものは活動を停止します。電子式の鍵はそちらが動かなかったのでしょう。しかし鍵開けとはまた変わった能力だ。あくまでペルソナの能力としては、ですがね。

 では次は私が答える番。何が聞きたいのでしょうか?」

 

 飲み物を開けて考えてみる。

 

「色々あるが……まずどうして俺はペルソナを使えるのかだ。俺は初めて召喚したときや新しい能力を覚えた時、必ず頭の中に声や情報が響いて使い方が分かった。あれは何なんだ?」

「ふむ……何故ペルソナが使えるのかという根本的な問題には、貴方が高い適性を持っているからとしか言えません。声については貴方の声、と言う表現が正しいでしょう」

「私の声?」

「ペルソナは我々の心の内より現れる物、と言われています。すなわちペルソナとは貴方の心が形を成した存在。……貴方は初めから自身のペルソナの全てを知っているのです、自覚する事が困難なだけでね。貴方は自身の全てを完全に理解できていると言えますか?」

「……言えないな。迷うことや分からないことも多い。……つまり声は知っている事を自覚させただけなのか」

「そういう事です。もしくは何かのきっかけで貴方が理解できるようになった、とも言えます」

 

 ということは、自分について理解を深めればもっと色々分かるのだろうか?

 

「では私から次の質問です。貴方はどうやってペルソナでその身を包んでいるのですか?」

「……これもペルソナの能力だ。私のペルソナは形状を自在に変化させる事ができる」

「形状を? なるほど、それで貴方はペルソナを服にして着込んでいるという事ですか。先日の話からすると防護服としての効果を期待しているようですが……効果はあるのでしょうか?」

「どういう事だ?」

「ペルソナやシャドウは様々な魔法を使い、またそれに対する弱点や耐性があることは?」

「知っている」

「その弱点と耐性はペルソナ特有のものであり、普通の人間にはありません。火に焼かれたり氷漬けにされたりしても平気な人間なんて、普通は居ませんよね?」

「ああ……」

「ですが、ペルソナ使いは別なのです。ペルソナはペルソナ使いの内側より生まれたもの。目覚めた時点で外から内に働きかけると同様に、内から外へ……」

「待ってくれ。まさか、こうして着なくても魔法攻撃からは守られるのか?」

「そうよ。そうやって着込んでいるのは貴方しかいないわ」

 

 黙ってコーヒーを飲みながら聞いていたチドリが発した一言が、俺の心を容赦なく抉る。

 

 言われてみれば、他のペルソナ使いは皆呼び出したペルソナに戦わせてるよな……

 

「ペルソナを呼び出していなくても変わりません、これは体質が変わったと考えればいい。それに貴方は我々と同じく選ばれた人間なのですから。目覚めてしまった以上、もう戻すことは不可能です」

「自分の考え違いに頭が痛むが……懸念が減ったとでも思っておくよ。これはこれで便利なのでね。このように」

 

 右手を上げて手元を丸い盾に変えてみせる。

 

「変形能力はそういう使い方をするのですか」

「それなりに頑丈な服だ。……次の質問だが、私は搭で戦い続けていくらか新しい魔法を身に付けた。これは一体何なんだ? 初めから知っていた事なのか? また、覚えられる能力に限界はあるのか?」

「そうですね……魔法や技などはスキルとも呼ばれ、元々覚えている物もありますが、ほとんどはペルソナと貴方自身の成長によって身に付けていくものです。覚えるスキルは各個人に向き不向きがありますが、基本は長く使ううちにより上位のスキルや新しいスキルが身につきます。

 強力なスキルであれば習得も困難になるとは思いますが、限界は個人差ではないでしょうか? 今以上の成長を諦めたとき。それが貴方の限界かと」

「……スポ根漫画か?」

「精神の成長という意味では間違っていないのでは?」

 

 そういうものか……

 

「しかし、何事にも例外はあります。スポーツにおけるドーピングのように、この世にはスキルカードというペルソナに新たなスキルを与える道具が存在します。それを使えば労せず新しいスキルをペルソナに覚えさせることができますね」

「! それはどんなスキルが? どうすれば手に入る?」

「その前に、今度は私から……」

「待って。そろそろ時間」

 

 タカヤの言葉をチドリが遮る。

 

「おや? もうそんな時間でしたか」

「……影時間が終わるならば、話はここまでか」

「このあたりの連中は喧しい。面倒ごとを避けるには、そうすべきでしょうね。今日は中々楽しい時間をすごせました」

「こちらも、有意義な話を聞かせてもらった」

 

 いい所だが、この辺りの不良に見つかると本当に面倒なので話は終了。実際俺は一度復讐依頼を出されかけていた。

 

 それに、大きな情報には対価も増える。

 あまりがっつくとタカヤに足元を見られかねない。

 ……敵対してないってだけで、信用はできてないんだろうな。俺は。

 まぁ、今日はペルソナの情報とスキルカードの存在が知れただけでよしとしよう。

 

「またいずれ、機会があればお会いしましょう」

「ああ、またいつか」

 

 

 タカヤとチドリは軽い挨拶で広場から立ち去り、俺は適当な路地からトラフーリで寮に帰った。




影虎は変形と周辺把握の応用で鍵開けを覚えた!
影虎はストレガと遭遇した!
影虎はペルソナの情報を得た!
影虎はスキルカードの存在を知った!



どうも皆さん、うどん風スープパスタです。
私がこの話を今年の四月に書き始めて、なんだかんだで今日まで続きました。
大勢の方に読んでいただいたり、感想をいただいたり。
ありがとうございます。皆さんが楽しめていたら幸いです。
年内の投稿はおそらくこれが最後になりますが、来年もよろしくお願いします。

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