~鍋島ラーメン“はがくれ”店内~
「らっしゃーせー!」
店に入ると威勢のいい若い男性の声が俺達を出迎えて、カウンター席の端へと案内される。
俺は席についてからカウンターの中に居た男性に声をかけた。
「すみません」
「はい、何にしましょう!」
「あ、いえ、注文の前に、店長さんに甥の影虎が来たと伝えていただけますか?」
「ああ! 店長から聞いています、ちょっと待っていてください。店長!」
その男性店員が立ち去ると、一分も経たないうちに大柄で頭に手ぬぐいを巻いた男性が豪快に笑いかけてきた。
「久しぶりだな、影虎!」
「お久しぶりです。営業時間中にすみません。今年のお正月は会えませんでしたから、前回から一年以上空きましたね」
「おう。見ての通りこの店が忙しくてな、嬉しい悲鳴ってやつだ。時間の事は気にすんな。いつでも来いって言っておいたろ? それよりそっちはどうだ?」
「業者のミスで少し引越し作業と荷解きが遅れましたけど、それ以外の問題はありません。友達も出来ましたし」
俺の視線を追った叔父さんが俺の隣に目を向けると、順平が少し慌てながら自己紹介をした。
「あ、俺、伊織順平って言います。こいつ、じゃなかった。葉隠君の部屋の向かいの部屋に住んでます」
そんな順平にまた叔父さんが笑いかける。
「そうかそうか! ダチができたなら安心だ! 時々妙に固っ苦しいところがあるが、悪い奴じゃねぇ、コイツをよろしくな?」
「は、ハイっす」
「おし! お前ら何か食ってけ、今日は俺の奢りだ」
「マジっすか!?」
「おうよ」
叔父さんはカウンターから身を乗り出して、声を潜めて言う。
「せっかくだ、ウチの隠しメニュー。“はがくれ丼”食ってみるか?」
「隠っ……そんなメニューあったんすか?」
「“隠し”メニューだ。影虎のダチだから教えるが、あんまり広めてくれんなよ? 仕込みに手間がかかるし、何よりつまらんからな。その代わり味は保証するぜ、どうだ?」
「はい、俺それにします!」
順平のメニューははがくれ丼に決まったようだ。そして俺は
「俺は普通にラーメンをお願いします」
「なんだ、ノリの悪い奴だな」
叔父さんがそんな事を言ってくるが
「いや、俺、叔父さんのラーメン食ったこと無いから。普段の味を知ってから隠しメニューでしょう。隠しメニューは次回ってことで」
「それもそうか……わかった、はがくれ丼とはがくれ特製トロ肉醤油ラーメンの大盛りを食わせてやるから待ってろ」
叔父さんはそう言って調理に取り掛かるために去っていく。
「なんか、迫力あるけどスゲェいい人だな、お前の叔父さん」
「昔から、会うたびに良くしてもらってるよ」
それから俺は奢りと隠しメニューで気を良くした順平と適当に話しながら待ち、やってきたラーメンに舌鼓を打った。
食べ終えるとトロ肉醤油ラーメンで俺の中で何かのパラメーターが上がった! ……かどうかはわからないが、ラーメンはどうして今まで作ってもらわなかったのかと思うくらい美味かった。これは流行るのも当然だわ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまです! マジ美味かったっす」
食後、満腹で苦しい腹をさすりながら叔父さんにお礼を言うと
「気にすんな。毎回奢ってはやれねぇが、また来てくれよ。それから影虎、これ持ってけ」
差し出されたのはラーメンのどんぶり型キーチェーンが付いた鍵。
「この店の合鍵だ。何かあれば電話するか、直接ここに来て開けて入ってこい」
「いいんですか?」
「俺は仕込みやなんやらで鍵は閉めるが、閉店後も遅くまでこの店に居るからな。家よりここに居る時間の方が長いんだ。仕込み中で電話に気づかねぇ事もあるかもしれねぇから一応持っとけ」
「……分かりました。大切にお預かりします」
俺はその鍵を受け取って早々に、上着のポケット(ジッパー付き)の中に入れて、ラーメン屋・はがくれからお暇する。
「次どこ行く? もう大体俺らが行くとこは案内しちまったけど」
階段を下りている最中、順平にそう聞かれる。
「そうだな……」
巌戸台分寮、はダメだな。一人で探すならともかく、怪しまれない理由無しに順平に聞けば後々のリスクが高まる。
「生活に必要な場所は十分教えてもらったし、特に見たい所も思いつかないな」
「そっか。んじゃ長鳴神社って毎年夏祭りとかやってる神社があるから、腹ごなしにそこまでぶらついて寮に戻ろうぜ。
そういえば、影虎って何で
「うちの父さんが海外に転勤することになったんだ。それで一緒に海外に行くか、万一の時に頼れるさっきの叔父さんが居るここで寮生活かの二択を迫られて、こっちを選んだだけだよ。幸い成績は問題なかったし」
「親父さんの都合か……」
ん? なんか順平の様子がおかしいな……そういや順平は父親と上手くいってなかったんだっけか? というか原作キャラは全員家族に何らかの問題やコンプレックスがあったっけ……
一瞬の沈黙が流れたが、順平の質問でまた会話が始まる。
「影虎の親父さんって何してる人?」
「バイク好きで速水モーターってバイクメーカーに勤めてる」
「速水モーター……聞いたことないな」
「一般向けのバイクも作ってるけど、客層はバイクの愛好家の方が多い会社だから仕方ないさ。父さんも元ヤンのバイクオタクだし」
「え、マジで?」
「マジで。ちなみに名前は
まぁ転勤は来年からだから今年一杯は地元の高校にも行けたけど、高校1年からの方が輪に入りやすいだろうってことで今年から来たんだよ」
「なるほどなー」
そのままたわいもない話に花を咲かせて歩いていると、見覚えのある建物の前を通りかかる。
「!?」
建物の看板にはこう書かれていた。
私立月光館学園学生寮・巌戸台分寮、と
おいおいおい! 探してないのに見つけたよ! ここが、巌戸台分寮か……
「どうかしたか? 影虎」
知らず知らずのうちに足が止まっていたようで、少し先から順平が戻ってきた。
「いや、この看板がちょっと気になって」
「看板? 私立月光館学園学生寮・巌戸台分寮。へー、ここも寮なのか。それも俺たちの男子寮と同じ月光館学園の」
「そうそう、だからこんな所にも寮があったんだなーと思って」
「そういや俺も知らなかったな」
なんとか順平には怪しまれずにすんだ。と胸を撫で下ろしたところで
「おや? 君たち、ここに何か用か?」
いきなり建物の扉が開き、出てきた“桐条美鶴”に訝しげな声をかけられた。
うわぁ、見たことある顔がまた一人……順平も知ってるのか、めっちゃ慌ててる。それじゃ余計に不審だろ!
「すみません、この寮の方ですか? たまたま通りがかってみたら、この建物と看板が気になったもので」
「建物と看板?」
俺の言葉に疑問符を浮かべる桐条美鶴。そこに再起動した順平が説明を加えた。
「こいつ昨日こっち来たばかりで、街の案内してたらここを通りかかったんすよ。んで、見たら立派な建物に月光館学園学生寮・巌戸台分寮って書かれてて、ここも寮なんだな~知らなかった~って話になって」
「……なるほど、そういう事だったか。疑ってすまない。
ここは古いホテルを改装して作られた寮で、改装時に入れ替えた設備も古いものが多くてな。
現在は入寮の受付を断り、入寮者は設備の整った新しい寮へ行くようになっているんだ。そのため入学についてのパンフレットや広告媒体にこの寮の事は書かれていない。君たちが知らないのも無理はないだろう」
「そ、そうなんすか」
「教えていただいて、ありがとうございます。それでは僕達はこの辺で」
教えてくれた事に礼を言って立ち去ろう。
「待ってくれ」
と思ったら呼び止められた。
「何でしょうか?」
平静を装って返事をすると、桐条美鶴が俺を見た。
「今のやりとりを聞く限り、君は高等部からの新入生だな?」
「はい、そうです」
「私は月光館学園高等部2年、桐条美鶴だ。少し早いが、月光館学園へようこそ」
えっ? ようこそ?
「3年間という短い期間だが、悔いのない学生生活を送って欲しい。君を含めた生徒がより良い学生生活を送ることができるよう、我々生徒会も尽力する所存だ」
「ご丁寧にありがとうございます。今年高等部1年に入学させていただく葉隠影虎です」
少し戸惑ったけど名乗られたので名乗り返すと、桐条……先輩は笑顔を見せる。
「葉隠影虎、だな。覚えておく。何かあれば生徒会に相談するといい。要望や意見など、学生の声は常に募集している。
……呼び止めてすまなかった。私も出かけるところだったので、これで失礼する」
桐条先輩は俺と順平に別れを告げて、そのまま去った。
「な、なんだったんだ? いや、あの有名な桐条先輩って事は知ってるけどよ」
「とりあえず歓迎された、のかな?」
俺がペルソナ使いとは気づいてない、よな? 気づいてたらもっと何かアプローチがあってもおかしくないし……
でも、今の桐条先輩はイメージよりいい人っぽかった。影時間の適性所有者の勧誘と戦力増強に熱を上げていて多少強引なイメージがあったけど、影時間やシャドウが関わらなければ、普通にいい人なのかもしれない。
よく考えてみれば、学校ではかなり慕われてるんだっけ?
神社に向かう道すがら順平に桐条先輩の事を聞いてみると
「あの桐条グループの総帥の一人娘。去年は一年生なのに生徒会長に推薦されたって噂もあるし、非公式ファンクラブはもう公式じゃね? ってくらい堂々と活動してる奴いるしで、学校一の有名人よ。
生まれからして天と地の差。月とすっぽん。住む世界が違う月光館学園で一番有名な女子生徒。それがあの桐条先輩だぜ。
……つーか、今日会ったなんて絶対に学校で話すんじゃねーぞ。いや、学校じゃなくても話しちゃダメだ。俺とお前の秘密、これ絶対な!」
「何で?」
「ファンクラブの奴に知られたらマジで面倒臭い事になるんだよ……たまに、本物のストーカーじゃね? って思っちまう奴とかいるしさ……
それに今日の先輩、私服だったじゃん? プライベートの先輩に会ったなんて知られたら、熱狂的なファンが押しかけてどんな服装かとか事細かに吐かされっぞ。覚えてないって答えても、独占とか言われて詰め寄られる」
うっわ、本当にめんどくさそう。
「やけに具体的だけど、経験あるのか?」
「去年のクラスに、桐条先輩と話したって自慢した奴が居たんだよ……」
「ああ、それで」
「でもお前はバレたらそれ以上だと思うぜ。名乗って、覚えておくって言われてただろ? アイドルの握手会に毎回行ってる常連の自分が流れ作業で握手して終わり、見覚えのないぽっと出のファンがアイドルに名前覚えられてたらどう思うよ?」
順平の言葉が頭に響き、軽く頭が痛む。
「説明ありがとう。そして、俺は、何で名乗った……」
「とりあえず黙っときゃなんとかなるって。おかしいのは一部の熱狂的ファンだしさ」
「万一バレたら?」
「そん時は……お手上げ侍?」
入学前からちょっと気分が重くなる。
「そんなに心配すんなよ、半分は冗談だって」
半分本当じゃないかと突っ込みたいところだったが、そうこうしているうちに神社に着いてタイミングを逃してしまった。
~長鳴神社・境内~
「ここが長鳴神社。それほど大きくない神社だけど、木が多くて夏場も割と涼しいし、たまに散歩するにはいい所だぜ。せっかく来たんだしおみくじでも引いてみねー?」
順平の提案でおみくじを引く事になった。
「まずは俺からな! オラー!!」
順平が必要のない気合を入れておみくじの筒を振る。そして出たのは
「三番、吉。微妙だなぁ。可もなく不可もなく、だとさ。次、影虎な」
筒を受け取り、適度に振る。
「七十二番……大吉!」
「マジで!? うわ、ホントだ。影虎って運が良いほう?」
「わからないけど、おみくじで大吉を引いた事なんてほとんど無い気がする」
「へー、で、なんて書いてある?」
「健康運、絶好調。金運、臨時収入有り。待ち人、待たずとも来る」
この待ち人って、原作キャラの事じゃないよな? そうだとしたら当たってる。今日だけで順平に桐条先輩……ん?
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
また来ちゃった……
遠くから変わった毛色の柴犬、“コロマル”が境内にある砂場を歩いている。
「犬?」
この順平の声を聞きつけたコロマルが俺達に気づき、そのまま逃げ出してしまった。
「あ、逃げた」
「やべ、脅かしちまったかな?」
コロマルと会話はなかったけど、一日で二人と一匹か。そういえば体調もいつの間にか良くなってるし、このおみくじ、当たっているかもしれない。
それから俺達は寮に帰る。
しかし帰り道で一万円札を拾い、当たりすぎるおみくじに軽い恐怖を抱くことになった。
これで大凶を引いていたらどうなっていた事か……まぁ、今日は大吉なのでよしとする。
体調が良くなったおかげで、今夜からペルソナの訓練を始められそうだ。