人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。


39話 休日のすごし方

 5月4日(日)正午

 

 ~部室前~

 

「あと一分! もう少しテンポ良く、ガードが下がってる!」

「はい!」

 

 俺と天田は部室の前で向かい合い、一定のテンポで左右に独特のステップを踏んでいる。

 明日は祝日(こどもの日)で休みだし、影時間以外の予定が無かったためやる気に満ちていた天田に付き合うことにした。

 

「……よし休憩!」

「ふぅっ、腰を落として動くのって結構疲れますね」

「今の“ジンガ”はカポエイラの基礎だからな。右に行くときは左足を右足の後ろへやって、左手を顔の前でガード。左に行くならその逆。これがしっかり身につくまで反復練習あるのみ。

 カポエイラは蹴りが中心で不安定な体制になりやすい、だから体幹部の強化やバランス感覚を養うにはピッタリだ。これからも続けていくぞ」

「はいっ! ところでこれって先輩は何処で習ったんですか?」

「実家の近所でパルクールの練習してた公園にな、カポエイラの団体が週二で練習に来てたんだよ。練習中は楽器ジャカジャカ鳴らして歌うから凄く目立ってた。向こうも俺の練習に気づいていて、何度も遭遇したら自然に顔見知りになって、いつの間にか練習にも参加させてもらってた」

「へー、他は何かありますか? 格闘技で」

「そうだな……まず前に話した空手。サバットってフランスの格闘技のジムに通った時期もあるけど、そのジムは入門して一年くらいで潰れた。あと中学三年間は授業で剣道やってたし、爺さんが教えてくれてたのが沖縄空手だった関係で棒術も少し。あとはまぁ、ネットで動画見て調べたり映画見て真似てみたりが多少な」

 

 期間を比べると 空手>>>カポエイラ>剣道>サバット=棒 になる。

 ゲームの天田の武器は槍だったし、武器を教えるなら棒がいいのかもしれない。

 ただ問題は、棒を習っていたのが本当に短い期間だったこと。

 

 爺さんは社長としての仕事で忙しかったから基本は型を教わって自主練習し、帰ってきたら見てもらう感じで教わっていた。つまり目を離している時間が多くなってしまうので、自分が見れない間に棒という武器を振り回させるのはどうかと小学生の内は棒を教えてもらえなかった。

 

 中学に入ってようやく人に振るうな、責任を持てと言いつけられて許されたが、その後爺さんが俺に指導できなくなったので型を少ししか知らない。というか棒はその型すらも怪しい。はっきり言って棒は指導できるほどの腕が俺には無い。

 

 タルタロスで鍛え直すか……そういや足技もタルタロスでは全然使ってないな。走って飛び掛って吸ってを繰り返すなら小回りの利く拳の方が便利だし……今日は一階から足技だけで戦ってみようか。変形との合わせ方は……サバットならつま先を尖らせた靴に刃物がいいだろう。

 

「先輩? どうしたんですか?」

「ああ、なんでもない。時間もいいころだし昼にしないか?」

「いいですね。僕も運動したらお腹すいてきました。どこか行きますか?」

「あ~……着替えてからだと面倒だな。中の冷蔵庫見てみようか」

 

 江戸川先生から配布された合鍵で部室へ入る。

 

 本来日曜日は活動日じゃないし、普通は学校が開いてないから生徒は部室に入れない。

 しかしそれは各校舎の校門が閉まっているからで、校門の前までは誰でもいつでも入れる。

 たとえば俺が寮に入った翌日、順平と案内されて校門前まで来たときのように。

 

 そして俺たちの部室は学校側でどんなやり取りがあったのか、校外にある。

 だから鍵さえあればいつでも入れるんだ。……気づいたのは昨日だけどな。

 ドッペルゲンガーで周辺把握を使っていれば人目にもすぐ気づける。

 ここで俺たち以外の人なんて見たこと無いけど。

 

「ほとんど、何も無いな……天田、そっち何かある?」

「インスタントとかレトルトは無いです。江戸川先生が全部食べちゃったんでしょうか?」

「たぶんなー」

「あっ、お米はありますよ!」

「米だけじゃなぁ……」

 

 あるのは卵、ハムのパックが二つにジャガイモが五個、あとパンに乗せて焼くチーズ……調味料は結構揃っているし、オムレツくらいなら作れるか。

 

「オムレツなら作れそうだけど、どう?」

「先輩料理できるんですか?」

「……とりあえず食べられはする」

 

 聞いてみると、天田はそれでいいそうだ。というわけで調理開始。

 

 まずは手を洗ってまな板と包丁を用意。

 皮を剥いて千切りにしたジャガイモを水にさらしておく。

 同じようにハムも千切りに。

 全部切り終えたらフライパンを用意して、切った材料を少量の油と塩コショウで炒める。

 ……あまり手馴れていない俺の調理でも、ハムが焼けていくいい香りが出てきた。

 

「あ、そうだ天田、お米炊ける? できたら頼んでいい?」

「分かりました!」

 

 いい返事をして手を洗う天田を横目に、冷蔵庫から卵を取り出す。

 そして器に卵、牛乳、適当にちぎったチーズを入れて混ぜておく。

 炒めていたジャガイモとハムに火が通ったら、半量を別の器に移してフライパンに混ぜたものを投入。

 ジュワッと鳴る卵が固まらないうちに菜箸で具を散らせ、蓋をしてちょっと待つ。

 

「あれ? こう、ぐるぐるっとやったりひっくり返さないんですか?」

「あー、あれな。俺それで綺麗に作れるほど料理に慣れてないから。今日のはスパニッシュオムレツだ」

 

 スパニッシュオムレツは具を卵とじにする感覚で簡単に作れる。

 これなら俺でもまず失敗はない。

 本来のスパニッシュオムレツはもっと具をぎっしり入れてボリュームがあるんだが、今日のところは米でカバーしてもらおう。

 

 慣れないなりに作業は順調だった。

 

 ……だが、俺と天田の分を焼いたところでちょっとした問題が発生。

 

「タイミング間違えたな」

「お米、もうちょっと早く炊き始めるべきでしたね」

 

 米を炊き始めるのが遅く、オムレツだけ先に焼きあがってしまった。

 今オムレツを食べ始めると、後から白米だけを食べることになってしまう。

 

「待つしかないな……」

「ですね……先輩水飲みます?」

「いや、今はいいよ。ありがとう」

 

 天田は一人でコップを手に取り、俺はポケットから携帯を取り出す。

 

 暇つぶしに掲示板でも見てみるか。たしか山岸さんから教わった月光館学園の掲示板のアドレスが……見つけた。

 

 “月高生交流掲示板”

 

 画像も何も無いシンプルなページについたタイトルの下に、様々な項目が羅列されている。

 一応新しいスレのピックアップや分類はされているが、特に見たい事はない。

 

 見つけた検索機能で俺の名前を検索してみると……

 

 “該当するスレッドは、以下の57件です”

 

 微妙だな!?

 

 俺個人のであれば多いけれど、どうも話に少し出たらそのスレも表示されているようだ。例えばトップにあったのは陸上部の有望選手スレ。俺の名前が挙がり、投稿者がそいつは陸上部じゃないと突っ込まれる。その部分にしか名前が出ていない。

 

 適当なスレッドを流し読みしてみると、俺の名前が頻出するのは江戸川先生と桐条先輩関連のスレッドだ。

 

 江戸川先生のスレッドでは悪魔に魂を売った生徒、生贄、人生オワタ? と被害者的な見方をされていて、桐条先輩のスレッドでは最近先輩から呼び出された事が話題になっていたようだ。何アイツ、美鶴様に呼び出されるなんてマジ羨ましい。そんな言葉が飛び交っている。

 

 まぁ、そこは最終的に俺の部活設立の経緯と会わせて仕事を全うする先輩カッコイイ! 新入生に気を配る先輩優しい! と桐条先輩を賞賛する方向で収まっているようだけど……個人的に連絡取り合ってると知れたら間違いなくこのスレは炎上するだろう。桐条先輩への大勢からの人気と、一部の心酔を画面から感じる……うん、絶対に秘密にしておこう!

 

 心に決めたその時だった、噂もしてないのに桐条先輩から着信が入る。

 

「ちょっと電話が来たから外出てくるな」

 

 内容的に天田の前では話せないので、俺はそう言い残して部室から出た。

 

「はい、葉隠です。出るのが遅れてすみません、桐条先輩」

『こちらこそ突然すまない。息が乱れているようだが、何かあったのか?』

「日曜で部活は休みですが、個人的に天田と練習をしていたので。休憩と言って離れました。で……用件は天田についてですか? 報告に何か不備でも……」

『今日は別件だ。君は良くやってくれている。だが、それが君にとって大きな負担になっていないか?』

「? 確かに天田の練習内容はこれでいいのかと悩んだりもしますが、本人が素直ですからそれほどでもないです。けど、どうして突然?」

『先ほど会った知人から、先週の水曜に君と江戸川先生がポロニアンモールで警官に職務質問をされていたと耳にした。間違いないな?』

「え、ええ、確かにそうですが」

『その時に君はそこに居た理由に精神的な疲労が溜まっていて、リラクゼーションの心得がある知人を紹介してもらった帰りだと答えたそうじゃないか』

「随分詳しく伝わってますね……」

 

 たぶん黒澤巡査から聞いたんだろう。

 

「たしかにそう答えましたけど、天田や先輩のことがあったからじゃないです。引越しや新しい環境だとか、色々あってちょっと疲れただけです。それに話に出た方も紹介していただきましたし、もう平気ですよ」

『江戸川先生の知人と言うことに不安を覚えるのだが……大丈夫だと言うなら信じよう。しかし無理はするな』

「お気遣いありがとうございます。今日はそれで電話を?」

『それもあるが、まだ君に聞きたいことがある。私は以前、君に君の伯父上が経営する会社のバイクカタログを貰っただろう? それを読んでいて購入を検討しているんだ』

「はい……?」

 

 バイクを?

 

「それはバイクを買い換える、ということで良いんでしょうか?」

『まだ決めたわけではないが、購入するならできるだけ多くの物が積めるバイクが欲しい。カタログにはそういうバイクも乗っていただろう?』

「あったと思いますけど、あれは出前とかバイク便向けの業務用バイクだったはずで……もしかして、オーダーメイドですか?」

『そうだ、カタログに請け負っていると書かれていたのを見てな』

「日常生活で使うならカタログのバイクで十分だと思いますが……キャンプにでも行くんですか?」

『そのようなものだ。多く積めたほうが便利だからな』

 

 先輩のバイクは影時間用に改造されて通信機材が積み込まれているはず。そういう改造をして、シャドウに対抗するために必要な装備としてバイクの所有を認めさせているって設定があった。となると積み込まれるのは十中八九通信機材になる。

 

 従来の物ではダメになったとしたら、俺のせいか? 以前転びかけたのも夜中に俺の事を調べていたっぽいし、戦力や装備の強化一新を図っているのかもしれない。

 

「今現在使っているバイクは?」

『そちらのバイクを購入する場合は手放すことになるだろう。今のバイクを用意した桐条グループの自動車・バイクを取り扱う部署で処分されるな』

 

 ? おかしくないか?

 

「同じ会社でなくていいんですか? そちらに話せば相談も」

『そこが問題だ。カタログを貰った日にも少し話した気がするが、私がバイクに乗る事は周囲に快く思われていない。今のバイクも周囲の反対を押し切って所有している』

「……相談できないんですか」

『向こうは明言していないが、上から指示を受けているらしくてな。改造や交換はいつも検討しますの一言で時間を取られ、挙句の果てに許可が下りないこともある。すぐに対応されるのは大がかりな整備と修理くらいさ』

「俺にかけてくるってことは、直接会社のほうにも依頼を出せないと?」

『直接連絡を取るとすぐに本家に知られてしまう。私が持つ携帯やその他の通信機器の通信記録は、全て本家がチェックしているからな』

 

 はぁっ!?

 

「ならこの電話や今までの話もですか?」

『通信記録はチェックされているが、会話内容まではチェックされていない。そこまでプライバシーを侵せば問題だからな。その分定期的に報告書を書くことが義務付けられているが、そちらは私のほうでごまかせる』

 

 いや、通信記録のチェックだけでもプライバシーの侵害じゃないかと思いますが?

 普通そこまでする? 同意があればいいのか、それとも家柄を考えたら当然なのか? 先輩の家のことだし、俺には何も言えないけどさ……

 

『しかし連絡に毎度公衆電話を使うのは不便かつ、先方からの連絡が受けられない』

「連絡先を教えても使えないんじゃ意味ないですよね……名乗って連絡されたらアウトなんですから」

『そうなんだ。私もこういう時は面倒を感じずにはいられない』

「でしょうね……ところで先輩、失礼かと思いますが、一つだけ聞かせていただきたい。俺から伯父の会社に先輩の要望を伝えることはできますが、その場合桐条から伯父の会社に報復はありませんよね?」

 

 これは何かあったら俺個人では済まないかもしれない。

 伯父と父親の働く会社だし、他の社員の方々とも面識がある。

 それが桐条グループに睨まれるのは万が一にも勘弁だ。

 何と言っても企業規模と営業力に歴然の差がある。

 桐条先輩はまだいいが、桐条グループ(・・・・・・)は信用できない。

 

『それについては心配ない。お父様に話を通してある』

「桐条グループの総帥に?」

『そうだ。他社に話を持ちかける事は既に許していただいている。いくら上からの指示とはいえ、対応の悪い店から客が離れ、他店に客が向かうのは道理だろう?

 私の言葉ならばともかく、桐条のトップであるお父様の言葉を彼らは無視できない。最悪でも話が白紙に戻るだけ、それ以上の迷惑はかけないよう取り計らうと確約をいただいた』

「……それなら初めから総帥にバイクの開発をするよう指示を出していただけばいいのでは?」

『お父様はこの件については中立を貫いている。一定の理解はいただいているが、反対したい気持ちもあるそうだ。お父様なりの親心なのだろう』

「あぁ……反対されると問答無用で取り上げられそうですね。なにせ桐条のトップですから」

『だろうな。お父様が賛成と反対のどちらかを表明すれば、それはもはや決定事項だ。賛成なら周囲の者は口を噤み、少なくとも大きな顔はできない。だが反対であれば間違いなく反対する者は勢いづき、挽回はほぼ不可能だ。

 中立のままで居ていただけるのがありがたい。まだ私の努力で手が出せるからな』

 

 本当に面倒な家だこと、俺なら絶対嫌だそんな生活。

 

「……お話は分かりました、伯父と父に連絡を取ります。おそらくすぐ返事は来ますから、連絡が来たらまたメールします」

『ありがとう。だが急がなくていい』

「分かりました。それでは失礼します」

 

 話が終わった事を確認すると、先輩の方から電話が切られた。

 

 ……今回の事で父さんたちの顧客が増えるかもしれない。

 受ける受けないは会社の判断、俺が口を出すことでも出せることでもない。

 あっちはこの話を聞いたらまず断らないと思うけど……!

 あぶねー、今ろくでもないフラグ立てそうになった……

 

 不穏な事態にならないように願う言葉を慌てて飲み込む。

 するとここで部室から天田が出てきた。

 

「先輩、なにしてるんですか? 電話終わってるのに。ご飯炊けましたし、オムレツ冷めちゃってますよ」

「おっ、そうだった。今行く!」

 

 俺は気持ちを切り替えて、食事に向かうことにした。




影虎の格闘技経験が明らかになった!
影虎は天田にカポエイラを教えてみた!
桐条はバイクの購入を検討している……どうやら家は窮屈なようだ。





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