夜八時
~自室~
数学の宿題をしていると電話がかかってきた。
「はいもしもし、父さん?」
『おう影虎、義兄さんから聞いたぞ。あの桐条グループのお嬢様から仕事とってきたそうじゃねぇか』
「たまたまね。で、どうなった?」
『もう引き受ける方向で進めてるよ。でな、要望の細部を詰めてぇから今度そっち行くわ』
「はっ!?」
『だからそっち行くって言ってんだよ。俺とジョナサンと雪美で。電話じゃまずいんだろ?』
「そうだけど仕事は?」
『これも仕事だっつの。引継ぎも一区切りついたところだったし、雪美もお前の様子を見てぇって言ってんだ。義兄さんも後押ししてる。桐条のお嬢様をないがしろにして得はねぇからな。だから影虎はお嬢さんに面会できるか聞いといてくれ。スケジュールはそっちに合わせる』
そこまで桐条への対応が重要と判断されたのか。
「分かった、そう伝えるよ。こっちに来てくれれば直接合えなくても俺の携帯なら連絡は取れるし」
『頼んだぞ。……しかし、あれだな。まさかお前が桐条のお嬢様と親しくなるなんてなぁ』
「親しいっつーか、部活のことなんかで世話になってかかわる事が多かっただけだよ」
『違う違う、そういうこと言ってんじゃねぇよ。お前、なんでか昔から桐条グループが嫌いだったろ? 銀行口座も買う物も、極力桐条関係の物を避けてたしな』
「言われてみれば、そんなこともあったね……でも父さん、その話は桐条先輩には」
『馬鹿野郎、わざわざ取引相手の気分を害しそうな話なんかするわけねぇだろ。念を押されなくても話さねぇよ』
「そりゃそうか」
『それに桐条よりも学校だ。そっちで楽しくやれてっか?』
「そこそこね、最近部活に後輩も入ったし」
『そうか。ならいいじゃねぇか。頑張れよ』
「分かってる。先輩から返事が来たらまた連絡するよ」
何度か言葉を交わして電話が切れた。
俺はすぐ桐条先輩へメールを送る。
しかし送った直後にまた着信。
また先輩かと思って画面を見ると、表示されているのは知らない番号だ。
誰だろう……?
『夜分遅く失礼します。そちらは葉隠さんの携帯でよろしいでしょうか?』
聞こえてきたのはBe Blue Vのオーナーの声だった
「はい、こちら葉隠です。オーナーさんですか?」
『ええ、こんな時間にごめんなさい』
「いえいえ、俺はいつも夜遅くまで起きてますから。オーナーから連絡という事は、アルバイトのお話ですか?」
『ええ、そうなの。急な話なのだけれど、できれば明後日と明々後日の午後に来てもらえないかしら?』
「
『本当? 入る予定の子が一人、急に都合が悪くなって困っていたから助かるわ。では明後日から、お願いするわね』
「そのままお店に向かえばよかったですよね?」
『ええ、昨日話した通り必要な物は用意があるし、細かい仕事内容は当日教えるわ』
「承知しました」
ここでアルバイトの話は済んだが、電話が切れる前にふと先日のストレガの話を思いだした。
「オーナー」
『何かしら?』
「つかぬ事を伺いますが、“自分で理解できていない自分”を理解する方法はご存知ですか?」
『あら、そちらの話? フフフ……熱心ね。あるわよ』
「! どんな方法が?」
『そうね……まず人には顕在意識と潜在意識というものがあるわ。顕在意識は人が普段自覚できている意識の事。潜在意識は反対に自覚できていない意識の事、これは無意識とも呼ばれていて、貴方が知りたいのもこれよ。
潜在意識は無意識の領域、だけれどそれは顕在意識よりも多くの情報が集まっているの。例えば何かが飛んできたときに、貴方はその時に飛んできたものが何か、速さは、どう避けたらいいかと考えてから避けるのかしら?』
「特に考えずに避けますね、考える間に当たりそうです」
『そう。それらの情報を一瞬で処理して、行動に移すことができる無意識。私たちのように魔術を習得しようとする人は、大抵この潜在意識やその先にある超意識を求め、自らの意識をより高次な物にするため研鑽を積むの。そのための方法として代表的な物は……瞑想ね』
「瞑想」
『瞑想は静かに心を落ち着けて、呼吸を楽にして行うけれど、ここで注意が一つ。瞑想は心を“無”にするとよく言われるけど、それはダメよ。“無”とは何も無いこと、自分が自分であるための支えまで無くなってしまう……トランス状態でコントロールを失えば心身虚脱、魔法であれば暴走の原因になるわ。
だから瞑想を行うならば、まず自分の行動ややるべき事を振り返って心の内を見直したり、何かの目的について集中する。あるいは何かの象徴を用意するといいわ。そうして自分の心の内を探り、気づいていない自分自身や、やるべき事を見つけだしていくの。
それから、瞑想をするなら先日あげたアイスクリスタルを持っておきなさい。あれは瞑想の助けになるから』
「……分かりました、試してみます」
『気をつけてね。良い結果に繋がる事を祈るわ』
「ありがとうございました、明後日からもよろしくお願いします」
それを最後に、オーナーとの電話が終わった。
早速やってみよう。瞑想のために用意するのは象徴とアイスクリスタル。
アイスクリスタルは貰ったのがあるけど、象徴……やっぱドッペルゲンガーかな?
アイスクリスタルを手に持って、ベッドに腰掛け、眼鏡型のドッペルゲンガーをかける。
そしてまずは目的に集中、か……生き延びたい? いや、まずは目先の事から。
自分にできることが知りたい。とりあえずこれだけを考えてみる。
…… ………… ………………
…………
………………
三十分後
何もなかった。
何かが流れ込んでくることも無ければ、暴走した時のような声も聞こえない。
これではダメなのかと思えてくるが、まだたったの三十分。諦めるには早いと自分に喝を入れ、今度は今日の一日を心の中で見直してみる。
…… ………… ………………
…………
………………
さらに三十分後
順平たちが先に夕食を食べ終わってたから、今日は珍しく一人で食べた。
一人で食べるのは久しぶりな気がする。
こっちに来てからは基本、友近や順平と誰かと一緒だったからだ。
ここの食堂で一人。新鮮だったけど、若干わびしくてさっさと食べて部屋に戻った。
それで数学の宿題を始めて、因数分解なんかを解いていた。
中学の復習みたいなものだったし、一度死ぬ前に習ったことのある内容だから楽勝で解いていたら途中で電話が……
それから……
宿題が途中だ。片付けないといけない。
瞑想の結果、ここに行き着いた。
「確かにやるべき事と言えるけれども……」
望んだ結果とは違ったことに落胆はあるが、体はすんなり机の前へ向かう。
そしてペンを手に取り開いたままの問題集へと目を向けて、俺は言葉を失った。
“答えが見える”
問題集の数式を見ると、その解答が視界に表示された。
式を見れば正しい答えであることが分かる。
別の問題に目を向けるとまた別の式が現れ、それもまた正しい解答だった。
「これって……」
間違いなくドッペルゲンガーの力だと分かる。
「……もしかして」
1+1=
ふと考えた途端、小学一年生で習うような非常に簡単な数式が表示された。
思いつきを試そうと、問題集の余白に書こうとした数式だ。
しかし難易度はどうでもいい。問題は次の瞬間に起こる。
1+1=2
視界の端に映る数式に解答が表示された。
「マジか」
俺は一度攻撃して情報を記録する自分のアナライズをメモ帳と呼んでいた。
だけど、俺のアナライズには本当にメモ帳みたいな機能があったらしい。
しかも計算機能付き。
……とりあえず宿題片付けるか。
驚きつつも表示される答えが間違っていない事を確かめながら書き写していくと、数式が頭にすんなり入っていくような感覚を覚えて十分程度で残りの宿題終わった。
そこからは実験の始まり。
まずPCをネットに繋いで小中高の数学の問題をピックアップ。
それぞれ問題が解けるかをチェック……問題なく解けた。
続けて公開されている大学の過去問で試すと、これも正解。
調子に乗って有名な数学の難問、フェルマーの最終定理に挑戦して初めて失敗。
なぜかと考えたら自然に答えに気づく。
改めて見れば小中高の問題や大学の過去問も、昔大学入試のために勉強した内容を使えば解ける問題だ。ドッペルゲンガーがなくても解ける。
対してフェルマーの最終定理は名前と難問だという事は知っていても解き方なんて知らない。
実際にやろうとしても解けない。
試しに他の数学の難問を探して見てみると、やっぱり解答は表示されなかった。
「これって、瞑想の成果か……?」
たまたま条件が揃っただけの偶然? でも大学の受験勉強とかうろ覚えになりかけていたけど、一度は勉強した内容だし……まさか潜在意識から引っ張り出してきたとか?
明確な返事は無かったが、とりあえずそういう事にしておこう。
元からあった機能に気づかなかっただけだとしても、今気づいたのは事実。
効果があったと考えればモチベーションが上がるってもんだ。
さて、そうと決まればもう一度瞑想を……
と思ったらまた電話……じゃなかったメールだ。桐条先輩から。
なになに? …………なるほど。
挨拶やら礼は程々にすっ飛ばして重要なところを読むと、今週なら火曜・木曜、来週なら月曜と都合のつけられる日が書いてある。
ならこれを父さんに伝えて、と……
……
…………
………………
やっと終わった……
あれから父さんも桐条先輩も携帯の前で連絡待ちをしていたのかと言うくらい速い返事が来ていた。それを中継し続けると時間はどんどん過ぎていき、父さんと先輩の面会は今度の木曜にと話が纏まるまで止まらなかった。
親父が来るのも木曜日だから5月8日か。
バイトもあるし携帯とドッペルゲンガーにメモっておこう。
5月6日(火)
アルバイト初日
5月7日(水)
アルバイト二日目
5月8日(木)
両親とジョナサンが先輩と面会……5月8日?
何かが引っかかる。何だろう……?
それから俺は、何かを忘れている気がしてモヤッとしたまま影時間を迎えることになった。
影虎は瞑想を始めた!
しかし効果は定かではない……
新しいスキルを覚えることはなかった!
しかしアナライズの機能が拡張された!
今回の成長
アナライズの機能拡張
+文章記録(メモ帳)
+計算機能(自力でも解ける問題のみ解ける)
40話ということで、一度成長した主人公の能力を整理した物を掲載したいと思います。
主人公設定
名前:葉隠(はがくれ)影虎(かげとら)
性別:男
格闘技経験:空手、カポエイラ、剣道、サバット、棒術。
特技:パルクール。
備考:タロット占いとルーン魔術を勉強中。
行動方針:いのちをだいじに。一番大きな目的は生き残る事。
そのためにできる事を日々模索中。複数の格闘技に興味を示していた。
手段にそれほどこだわりは無いが、できるだけ身奇麗なまま生きていきたい。
すでに原作キャラの行動を変えたことで、原作介入を覚悟。
必要性や好機があれば、こっそり動こうとする。
影時間の特別課外活動部メンバーとは接触を避ける。
しかし日中はばれない程度に交流がある。
ストレガとは敵対せず、距離を取って付き合いを続けている。
ペルソナ:ドッペルゲンガー
アルカナ:隠者
耐性:物理と火氷風雷に耐性があり、光と闇は無効。
ペルソナのスキル一覧
固有能力:
変形 ペルソナの形状を自在に変化させられる。
防具や武器として戦闘への利用が可能。
刃や棘を付けることで打撃攻撃を貫通・斬撃属性に変えられる。
後述の周辺把握と共に使えば鍵開けもできる。
周辺把握 自分を中心に一定距離の地形と形状を知覚できる。
動きの有無で対象が生物か非生物かを判断できる。
敵の動きを察知できるため戦闘にも応用できる。
ドッペルゲンガーの召喚中は常時発動している。
ただし他の事に集中していると情報を受け取れなくなる場合がある。
周りの声が聞こえるくらいの余裕を持つことが重要。
弱アナライズ 敵を攻撃すると、その属性の攻撃に耐性や弱点を持っているかが分かる。
(メモ帳) たしかめた結果を記録しておき、情報を集めていく。
文章記録(メモ)機能と計算機能が追加された。
保護色 体を覆ったドッペルゲンガーを変色させて背景に溶け込む。
歩行程度の速度なら移動可能。
速度により、周りの景色とズレが生じてくる。
隠蔽 音や気配などを消し、ペルソナの探知からも見つけられなくする。
単体で使うと姿は見えるが、保護色と同時に使う事でカバーできる。
擬態 変形と保護色の合わせ技で、姿を対象に似せる事ができる。
ただし体のサイズは変えられない。
暗視 その名の通り。暗くてもよく見える。パッシブスキル。
望遠 これまた名前通り。注視することで普通は見えない遠くまで見える。
アクティブスキル。
物理攻撃スキル(オリジナル):
爪攻撃 変形で作った爪で攻撃する。敵に食い込み吸血と吸魔の効率が上がる。
槍貫手 ドッペルゲンガーの変形を応用して槍のように刃をつけて伸ばした貫手。
射程距離は五メートル。
アンカー 敵に食い込ませたまま爪を変形させ、糸のように伸ばす技。
伸ばした部分で敵の動きを絡め取れるが、細ければ細いだけ強度も落ちる。
攻撃魔法スキル:
アギ(単体攻撃・火)、ジオ(単体攻撃・雷)、ガル(単体攻撃・風)、ブフ(単体攻撃・氷)
回復魔法スキル:
ディア(単体小回復)、ポズムディ(単体解毒)
補助魔法スキル:
対象が単体のバフ(~カジャ)全種。
対象が単体のデバフ(~ンダ)全種。
バッドステータス付与スキル:
対象が単体のバステ全種。
淀んだ吐息(バステ付着率二倍)
吸血(体力吸収)
吸魔(魔力吸収)
特殊魔法スキル:
トラフーリ ゲームでは敵から必ず逃げられる逃走用スキル
本作では瞬間移動による離脱スキル。一日一回の使用制限つき。
その他:
食いしばり 心が折れていなければ一度だけダメージを受けてもギリギリ行動可能な体力を残す。
もはや根性論に思えるスキル。