人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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42話 休日のすごし方、その二

 5月5日 こどもの日 朝

 

 ~男子寮・食堂~

 

「うーっす影虎~……飯食い終わってんのか」

「おはよう順平、たった今な。寝不足? 目の下にクマができてるけど」

「昨日隣の部屋で集会やっててうるさくてさー。文句も言いに行くのもコエーし、終わるの待ってたら夜中の四時まで話し合ってんの……せっかくの祝日だけど、食ったらもう少し寝るかも……」

「四時まで? そりゃ災難だな。怖いって不良?」

「いーや、そんなんじゃねーよ。ほら、あっち見てみ?」

 

 言われた方向を見てみると、食堂の一角に陣取って話し合いをしている男子が二十人くらい居た。その中には不良っぽい生徒もいるにはいるが、大半が普通の生徒に見える。

 

「何あの集団」

「桐条先輩のファンクラブの一部」

「桐条先輩の?」

「なんか桐条先輩の誕生日が近いんだってさ。それでプレゼントを贈りたいけど、桐条先輩だから下手なものは贈れないからブランド品買うために金を出しあってるんだとよ」

「へー、そこまでするんだ……って、誕生日? いつ?」

「5月8日、今度の木曜日だってよ。隣の集会で話してた」

「5月8日……!!」

 

 昨日の気がかりはそれか!

 どうしよう。俺も昼は世話になってるし、木曜は父さんを寮まで案内することになってる。どうせ会うならなにか持って行った方がいいよな……

 

「影虎? どうした?」

「俺も世話になったし、何か贈ろうかと」

「ふーん……あの集団に混ざる?」

「いや、俺は自分で探すよ」

 

 桐条先輩はブランド品なんて見飽きているだろう。それにそういう物は好みもあるし、桐条先輩へのプレゼントと言ったら日本人形か遮光器土偶と決まっている。

 

 問題は今から手に入るかだ。

 

「……俺ちょっと出かける」

「いってらー」

 

 寝ぼけ眼で気の無い返事をする順平と別れ、部屋に戻ってネットで検索をかけてみる。

 

 この近くで遮光器土偶を取り扱っている店は該当なし。

 ポロニアンモールの骨董屋もまだ開いてない。

 

 日本人形ならどうかと思ったが、こっちは高級店しかない。

 値段はピンキリ、でもその店のは最低十万円。流石に手を出すのを躊躇ってしまう。

 

 ……足で調べるしかないか。

 俺は散歩がてら心当たりを当たってみることにした。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 心当たりその一

 

 ~辰巳博物館~

 

 たしかお土産コーナーにレプリカがあったような気がして来てみたが……無い。

 目を皿のようにして探しても、やっぱり無い。あるのは埴輪ばっかりだ。

 

「おや、葉隠君じゃないか」

「小野館長」

 

 お土産コーナーを見ていたら、後ろに相変わらず目立つ服装と角髪の小野館長が立っていた。

 

「今日はどうしたのかね? やけに真剣に見ていたようだが」

「実は……」

 

 俺が事情を説明すると、小野館長は急に元気になる。

 

「ほう! 誕生日のプレゼントに遮光器土偶を? 縄文時代に作られたあの土偶を選ぶとは、なかなか分かっているな!」

 

 何がだろうか?

 

「流石に本物は無理ですから、レプリカは無いかと」

「本物は保護のための法律があるからな。しかし残念ながら今ここに遮光器土偶のレプリカはない……だが! よく分かっている君のためだ。私もツテを使って協力しようじゃないか」

「! 本当ですか?」

「レプリカなら手に入れるのは簡単だよ。ただし、期日に間に合うかは約束できないね……ところで縄文時代の事なのだが……」

 

 プレゼントの用意に協力してくれるという言葉に釣られた俺はつい話を聞き始めてしまい、解放される三時間もの長話を聞き続けるはめになった……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 心当たりその二

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「あら、葉隠君じゃない」

「こんにちは、オーナー。今日はお店に出てらっしゃったんですね」

「ええ、昨日シフトの子が来られなくなったって話したでしょう? その分、私がお店に出ているのよ。でも私が表に出ると人が来ないのよねぇ……せっかくおめかしまでしたのに」

 

 そう言うオーナーは、着ている薄い生地で作られた漆黒のローブで顔が見えにくい。

 見えるのはローブの中から伸びる、触れたら折れそうなくらい細い指先と着けている指輪。

 それから爪に塗られた鮮やかかつ毒々しい紅のマニキュアが目を引く。

 非常に怪しげな魔女スタイル。

 

 まず間違いなくそのおめかしが原因です!

 

「それで今日はどうしたのかしら?」

「実は……」

 

 ここでも事情を説明すると、オーナーは考えこんでしまう。

 

「プレゼント用の日本人形を探してる、ねぇ……」

「はい、オーナーのところには古いものが沢山ありましたから。もしかしたらと思って」

「あるけれど、おすすめできないわ。人形は人の念がこもりやすいのよ……今あるのは夜に髪が伸びて持ち主の体調を損なわせる人形だけなの」

「……オーナーのコレクションだけでしたか」

「そうなのよ。贈る相手が対処できるならまだ譲ることも考えたけど、一般人なんでしょう? やめたほうが無難ね」

 

 俺も呪いの人形は贈りたくない。

 幸い期日までは多少時間がある。ギリギリまで探すか……

 でもダメだったら新しいプレゼントを探す暇なんて無いだろうし……

 

 それから俺は店内を見て回り、勧められたアクセサリーから良さそうな物を一つ選んで購入することにした。

 期日ギリギリまで探して、二つとも手に入らなければそれを渡そう。

 

「3200円ね」

「5000円でおつりお願いします」

「はい、おつりと……ちょっと待っていて」

 

 オーナーが今日も奥へ走り、持って来たのは一冊の分厚いファイル。

 表面には“パワーストーン一覧”と書かれたシールが貼られている。

 

「これは?」

「参考書よ。新人のアルバイトさんには必ず渡しているの。ここで働いているとお客様から石についての質問を受けることもあるから」

 

 なるほど、勉強用か。

 アルバイトでも、仕事をするのであれば覚えなければならないことはあるだろう。

 

「細かいことは仕事をしながら覚えていけばいいけど、暇があったら目を通しておいて。フフッ……明日までに全部覚えてこい、なんて無茶は言わないから」

「承知しました。それじゃまた明日」

 

 俺は買ったアクセサリーとマニュアルを受け取って店を後にした。

 

 

 

 ……腹が空いてきたな。昼も過ぎてるし、どこかで何か食べようか……

 

「あっ、葉隠君だ」

 

 突然名前を呼ばれた。それも上の方から。

 誰かと思えば、西脇さんが路地の横にある階段を登っていた。

 そのまわりには宮本、順平、友近、岳羽さんと岩崎もいる。

 

「何やってんの?」

「部屋で寝てたら遊び収めじゃー! って友近に襲撃されてさ。男三人ゲーセン行ったら、女子三人が喫茶店に居てバッタリ。そんでせっかくだし一緒に遊ぼうぜ! ってことで、カラオケにきましたー」

「そういやそこにカラオケがあったっけ。たしかマンドラゴラって」

「そうそう! で、影虎は?」

「ちょっと買い物、って、順平は知ってるだろ?」

「へへっ、そーでした。せっかくだし影虎も一緒にカラオケいかねー? 女子もいいよな?」

 

 順平が女性陣に聞くと、三人ともいいと答えている。

 しかしカラオケか……

 

「昼食べてないんだけど、その店何か食べられるか?」

「それなら食べ放題があるぞ!」

「マンドラゴラが二時間歌い放題、食べ放題、飲み放題のサービス始めたんだって」

「俺らも昼はここで食うことにしてたし、影虎も来いよ」

「……誘ってもらったことだし、一緒させてもらおうか」

 

 宮本、岳羽、友近の誘いもあって、俺はカラオケに行くことにした。

 こんな事でもないとカラオケに行かないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 ~カラオケ・マンドラゴラ店内~

 

 七人入る部屋が開いていないからと、パーティー用のちょっと広い部屋へと通された。

 

「っしゃー歌うぜっ!」

「歌い収めだぜ!」

 

 調子の良い順平友近がさっさと荷物を置いてテキパキと機械やマイクのセッティングをしているのをよそに、俺と宮本は食事のメニュー、女性陣はカラオケの曲本をまわし読む。

 

 それにしても

 

「なぁ宮本、さっきから友近が言ってる歌い収めって何?」

「再来週は中間試験だろ? 今日ガッツリ遊んで、後は試験終わるまで遊ばないんだとさ」

「試験が近づくたびにそれ言ってるよね、友近君」

「でもちょっと息抜きって遊んでるとこ目撃されてるよね。そんでもっとギリギリになると岩崎さんに泣きつくんだよね」

「で、でも、集中した後の爆発力は凄いんだよ?」

 

 なんというダメパターン。そして岩崎さんのフォローが素早い。

 

「よーっし! 準備完了! ってわけで影虎、トップバッターな!」

「俺が!?」

「なんか食うことに集中しそうだし、まずなんか歌っとけって。何歌うか興味あるし」

「そういわれても……」

「はいこれ、曲の本」

「ありがとう、岳羽さん」

 

 隣に座る岳羽さんから本を受け取るが、どうも距離感が掴めずに会話がとぎれてしまう。

 

「……葉隠君って普段カラオケとか行くの?」

「最後に行ったのが中学卒業のパーティーで、その前は年単位で間が開いてる。でも歌うのは嫌いじゃないから」

 

 むしろ好きだった。一度死ぬ前は一人カラオケを趣味にしていたくらいだ。

 

 ただこの世界のカラオケには、俺が死ぬ前に好きだった曲が入っていない。

 というか音楽に限らず創作物全般が似たものに代わっている。

 例えば日曜日の朝には仮面ライダーの代わりにフェザーマンが流れるといった具合に。

 

 違う物でも面白い物は面白いし、音楽も名曲はある。しかし、慣れ親しんだ曲がない。

 原作への備えもあったし、楽しいけれどその点がどうにも寂しくて足が遠のいていた。

 

「決めた」

「何番? 私、入れるよ」

「903、844、34」

「903、844……オッケー」

 

 岳羽さんが機械に番号を入力すると、部屋に軽快なイントロが流れる。

 

「おっ、これあれだろ? 人気ドラマの主題歌」

「去年の年末の歌合戦にも流れたよね。これなら私も知ってる」

「さー、めったにカラオケに行かない影虎の実力はっ!?」

 

 流行にうとそうな宮本と岩崎さんに続き、順平がいつものノリで盛り上げようとしている。

 そして俺は歌い始めた。

 

「あれ? 結構上手くない?」

「あんま来ないとか言ってる割に歌い慣れてる感があるんだけど……てか声量あるね」

「葉隠君、私と同じで歌えない人だと思ってたのに……」

「なんつーか、素人参加の歌番組に出られそうな感じだな」

「最初に出たら盛り上がらせて、後になるともっと上手い人がどんどん出てきて影が薄くなるくらいの上手さだな」

「あー、分かる」

 

 慣れは引き継いだ経験があるし、肺活量や声量は昔より鍛えている今の方が間違いなく多い。ストレガと話すときのような作った声でなければそこそこ歌える。つーか男三人の褒め方微妙!

 

 俺は横からの声を忘れるために、歌う事に集中することにした。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ヒューヒュー西脇サーン!」

「ま、こんなもんかな」

 

 持ち歌の流行曲を歌い上げた西脇さんは珍しくすまし顔だ。

 

「で、次は誰?」

「誰も入れてないね。もう歌う人いない?」

「俺、食いすぎて苦しい……」

「俺もだ……」

「大丈夫?」

「心配しなくていいって岩崎さん。ミヤも友近も、食べ比べなんてするからそーなんの。限界くらい考えなよ」

「オレッチ的には二人と同じかそれ以上食べてケロッとしてる影虎に驚きだけどな。つーかお前そんな腹ペコキャラなの?」

「いや、そんなことは無いはずなんだけど……」

 

 久しぶりのカラオケはなかなか楽しく、注文した食事は期待していたよりも美味しかった。

 歌って少し減った腹に食べ放題はありがたい。

 

 しかし今日俺が食べたのはピザ(小)二枚、チャーハン一皿、ベーコンとほうれん草のサラダにフライドポテト二皿、デザートにフレンチトースト……平均よりは食べる方だと思っていたけど、こんなに食えたかな? 

 

「てか時間そろそろじゃない?」

「うえっ!? マジ!?」

 

 本当だ、もうあと三分しかない。

 

「連絡無かったのに、手違いかな? ……どうする? 延長する?」

 

 西脇さんがそう聞くと、ダウンした二人の事もあり、今日はもう店を出ることに決まった。

 

 しかし店を出たところで順平が爆弾を落としてくれた。

 

「そういや影虎、桐条先輩へのプレゼント買ったんだよな?」

 

 その一言で他の五人の目が俺に集まる。

 

「あれ、お前桐条先輩にプレゼントすんの? お前俺と同じで年上、あ、先輩も年上っちゃ年上か……」

「桐条先輩って美人だからねー」

 

 友近と西脇さんがほどほどに話に加わり、宮本と岩崎さんはあまり興味なさげだが……

 

「…………」

 

 見てしまった。

 岳羽さんが微妙に機嫌悪そうな目をしている。

 いや、他の五人は気づいた様子が無いし、俺がそう思いこんでいるだけなのか?

 

「ファンってわけじゃないけど、先輩には部活の事でお世話になってるからな。礼儀として一応ちょっとした物を」

「ふーん……何買ったの? Be Blue Vの袋持ってるって事はアクセ?」

「まだ目的の物は手に入ってないんだけど、とりあえずブレスレットを一つ買っておいた」

 

 岳羽さんに不機嫌なのか興味が無いのか分かりづらい淡白な声で聞かれ、俺は袋の中から買ったブレスレットを取り出して見せた。

 

「……けっこうセンスいいじゃん」

 

 オーナーの薦めがあったからな。

 

「その袋、他に何か入ってないか? そっちは?」

「宝石の本だよ。実は俺、明日からBe Blue Vでバイトすることになってるんだ。だからお客さんに何か聞かれた場合に応えられるようにするための、予習用」

「あれ? 葉隠君ってたしか博物館でアルバイトしてたよね?」

「あそこは二日間だけの短期バイトだったから」

 

 幸いそれた話に乗ることで、上手く話題を変えることに成功。

 少しドキリとする事もあったが、俺はおおむね平和な時間をすごせていた。


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