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夜
~自室~
やるべき事を全て終わらせた後、俺は今日も瞑想をしてからパワーストーン一覧の内容をドッペルゲンガーに記録・復習していた。
オーナーはゆっくりでいいと言ってくれたが、これはあのお店で働かせていただく以上必要な知識。働き始めたらいつお客様に説明を求められるか分からないんだから、早めに応えられるようにしておくべきだ。
しかし一日で大型のファイル一冊分を暗記するのは無理。というわけでドッペルゲンガーに内容を取り込んでいつでも見られる状態にしておく事にした。そうすれば空いた時間にどこでも勉強できると考えた……だけど、ファイルの半分ほどまで取り込んでおかしなことに気づく。
……妙にすんなり内容が頭に入ってくる。
手元の本に載っているのは全部石の情報だ。名前も、産地も、色も、効果も、重複する説明が沢山ある。普通なら頭の中でこんがらがりそうな情報の山を、
世間には瞬間的に何でも記憶してしまう天才がいたり、記憶力を良くする方法があったりするらしいが、俺は天才じゃないし記憶法も勉強した事がない。ただ死ぬ前の記憶を持っているだけの凡人だ。この状況は明らかにおかしい。
登録した情報を思い出そうとすると、即座に視界に表示される。そのせいで覚えた気になっているのかと思い、一度ドッペルゲンガーを消してみてもやっぱり覚えている。その場合思い出すのに少し時間がかかるが、ちょっと見ただけなら十分すぎるほどだ。
なにせ情報の取り込みは取り込むページを見たほんの一瞬で完了する。俺はそこで取り込まれた文章にミスがないかを見比べただけなんだから。
「これはドッペルゲンガーに情報をメモしたからとしか考えられない……タカヤ曰く“ペルソナは心が形を成した存在で、俺は初めからドッペルゲンガーの全てを知っている”……だからか?」
俺の心であるドッペルゲンガーに情報を取り込む、それは俺自身に情報を取り込むことと同義なのかもしれない。それが通常より効率的に内容を記憶する一因になっている……?
……理屈はともかく、これって凄くないか? 暗記科目とか超楽になるぞ。
少し頭が疲れた感覚はあるが、普通に覚えるまで勉強する疲労と比べたら微々たる物。
呼び出していないとちょっとばかり思い出しにくいけど、そんなの些細な問題だ。
一から独力で覚えるより労力が減るなら、その分反復して思い出せるようにすればいい。
例えるなら、外付け記憶装置だと思っていたものが、実は睡眠学習装置だった感じだ。
寝てないしそんな都合のいい物が現実にあるかは知らないが。
ズルイ? いやいや、これもある意味自分の力である。効率がいいだけで、学習する必要はある。試験本番に使うとカンニングしてる気分になりそうだが、なら試験で使わなければいいだろう。元々テストには困ってないし、両親もそんなにうるさくないんだから。今は問題視されない程度の点数が取れれば十分。余った時間は他にすべきことが山ほどある。
そう考えた俺は、パワーストーン一覧の復習を再開した。
これが終わったら英和辞典でも暗記を試してみよう。
英語の授業の助けにもなるし、夏休みの旅行でも役立つ。
……そういえば、天田は今年の夏休みはどうするんだろう?
原作では巌戸台分寮に入ったけど、それは来年だ。
……今度聞いてみるか。
ちなみにこの作業で、昨日タルタロスで拾った石がオニキスである事が判明。
オニキスは元々縞模様のある
俺の持っているオニキスは白い縞模様のある天然物のようだが、ファイルを読み進めるとこの石、それほど高価ではないらしい。しかしテベルで宝石が出たのは朗報だ。この先進んでいけばお金の心配はしなくてよくなるかもしれない。
……一度Be Blue Vのオーナーに見てもらおうか。
江戸川先生と何か怪しげな取引をしているようだし、あの人なら職業的にも適任だろう。
俺は体調を気にしつつも、次々と情報を取り込んで夜を過ごした。
5月6日
午後
~教室~
「ハーイ皆さん、ここまではOKですね? 消しますよ」
英語の授業中、寺内先生が
「いまの所は
「ゲーッ!」
「センセー! なんで消し終わってから言うんっすか!?」
「ミスター伊織、私はちゃんと、消す前にアスクしましたよ? ちゃんと授業を受けていればノープロブレムなはずですが……では誰かに教えてもらいましょうか……ミスター友近」
「はい!?」
「相手からのお誘いを断る英語の慣用句は?」
「え、っと…………影虎、たの」
「ストーップ! こっそりお友達へのSOSはいけません。ミスター友近もミスター伊織も、ちゃんと勉強してくださいね」
「「うっす……」」
頭を垂れる二人を見た先生は、次に俺に目を向けた。
「それではSOSを受けたミスター葉隠、アンサーを答えられますか?」
答えを答えられるか……まぁ、おかしくは、ないかな?
“運命という名のフォーチュン”って
「Can I take a rain check?」
「ザッツライト!」
正しい答えを返せた。
後ろのほうから葉隠君はちゃんと授業を受けてるんだね、なんて言葉が聞こえてくる。
俺の評判か何かが上がった! かもしれない。
というか、数学以外でも答えが表示されるのかの実験を兼ねてドッペルゲンガーで板書全てを記録しているから楽勝である。耳で聞いたこともメモ機能で文章に起こせば記録できたし。
「私がダーリンに始めてデートに誘われたとき、私には運悪くどうしても外せない用事があったのです。私はやむなくこの言葉を使いました……もう二度と誘ってもらえないのでは? と不安を胸に抱えながら……でもダーリンはとっても優しくて」
何が琴線に触れたのか、寺内先生は授業を脱線。これはわざわざ記録する必要ないな。
代わりに英語の教科書と辞書の内容を記録していく。
ちなみにドッペルゲンガーは英語にも効果あり。
英熟語と英単語(現在・過去・未来形などの変化も含む)と文法。二種類の記録をそろえて組み合わせることで可能にしているようだ。
話が終わるまでと考えていたが、その話はチャイムがなるまで続いた……
……
…………
………………
放課後
~Be Blue V~
「葉隠君。貴方、何を持っているのかしら?」
授業が終わり、俺は真っ直ぐにBe Blue Vにやってきた。
アルバイト初日。最初が肝心だ! と意気込んで店に入ったところ、カウンターに立っていたオーナーに俺を見るなりこう言われ、出鼻を挫かれた。
オーナーは今までに見たことの無い真剣な目つきで俺の鞄を凝視している。
ドッペルゲンガーの眼鏡をかけているが、隠蔽の効果か気づいていない。
それとも気づいているが眼鏡よりも鞄の中身の方が重要なのか?
ペルソナを霊能力と認識されているならばれたほうが今後楽かと思ったが……とりあえず鞄の中身を出そう。
「これの事ですか?」
取り出したのはタルタロスで拾ったオニキス。
「それよ! ちょっと見せてもらっても良いかしら……?」
「はい。価値が分からなくて。元々オーナーに見てもらうつもりで持ってきていたので」
オニキスを差し出すと、オーナーは手にとってじっくりと眺め始めた。
「何か、凄いものなんですか? 昨日いただいた本でオニキスだとは分かったんですが」
「そうね、これは確かにオニキス……だけどなにか力を宿しているの。値段をつけるとしたら……私ならこれ一つで二万円は払ってもいいわ」
「二万!? ……ネットでは一粒二、三百円と見ましたが?」
「石としての価値はそれよりもう少し高いくらいだけど、この中に込められた力……長い間浄化されたか、それ相応の環境に置かれていたんだと思うわ。これでアクセサリーを作ったら、どれだけの物ができるのかしら、フフフ……」
浄化とは人のマイナスの念を取り込んでしまい、力の弱まったパワーストーンを元通りに復活させる事で、その方法には水晶のクラスタと一緒に置いておく、セージを燃やした煙をくぐらせる、日光や月光に当てる、流水で洗うなどがある。
浄化方法はそれぞれの石により適する方法と適さない方法があり、適さない方法を使うと石が変色したりするので注意が必要と貰ったファイルには書かれていた。
オニキスに適した浄化方法は水晶、セージ、月光で……ニュクスって月なんだよな? そしてタルタロスはニュクスを導く目印だったはず。そんな所にいるシャドウが持ってた石だからだろうな。
考えてみればゲームではオニキス一つをペルソナの能力を上げるカードと交換できたし、ただの石だと釣り合いがとれないか。
「葉隠君、これを何処で手に入れたの?」
「先週巌戸台のフリーマーケットで衝動買いしました」
「あら、そう……フフッ。これはお返しするわね。随分強い力があるようだから、アクセサリーにしなくても持っているだけで良いと思うわ。もしいらないのであれば私が買い取らせてほしいのだけど……」
オニキスの名前の由来はギリシャ語の“爪”を意味する言葉“オニュクス”だそうで、効果は忍耐力を強めたり誘惑に打ち勝ったり、意思を強めて成功へ導く象徴だとファイルのページに書かれていた。
「申し訳ありませんが、これは持っておきたいので」
「あら残念。だったら……もし、またいつか同じようなものを手に入れたら、いつでも持ってきて頂戴な。私は出所なんて気にしないから、力の値段も加味して買い取るわ……フフッ、フフフフ……」
真っ当な代物じゃない事は悟られてるな……
まぁ、それでも気にした様子がないのは予想通りでよかった。
と思ったら、店の奥から声が聞こえた。
「休憩終わりっす。オーナー、店番代わります」
「?」
きっとアルバイトの人だろう、美形でヤンキー風の女性が出てきた。
短めの金髪にロックテイストなTシャツとジーンズ、アクセサリーを合わせていて、声はちょっとハスキーボイス。よく見れば、初めて来た日に見た気がする。
「あら、丁度良かったわ。葉隠君、この子は
「そいつが? へぇ、アタシは
「葉隠影虎です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「あらあら、さっそく舎弟にするの?」
「ちょっ、オーナーやめてくださいよ。アタシはもうヤンキーじゃないっすから。つかヤンキーだった頃も舎弟はいなかった……じゃなくて! いきなりそんな話してビビッられたらどうすんですか」
「あ、棚倉さんそれは大丈夫です。うちの父が元暴走族で、慣れてますから」
「え、マジ? よかった~。いきなりビビられたら指導がやりづらくなってしょうがないからな」
「ふふっ、良かったわね弥生ちゃん。それから葉隠君、貴方に仕事を教えるのは弥生ちゃんに任せることにしているから、仲良くね」
「はい、承知しました」
「てかオーナー、分かっててからかったっしょ……いっつもこうなんだから」
「だって、昔から反応が良くて面白いんだもの」
そう言って悪びれもせずに笑うオーナーと、諦めたように、でも嫌味なく大げさに肩を落としてみせる棚倉さん。
「仲が良いんですね」
「あ? まぁな、アタシもここで働いて長いし」
「もう四年になるわねぇ……あの頃の弥生ちゃんはもっと突っ張っていて」
「あーもう! やめてくださいって! そうだ葉隠、さっさと準備してこい。仕事教えっから。なんたって明日はお前が頼りなんだからな」
「俺が頼り?」
何の話だろう? そう思って聞いてみれば、かえって来た言葉は耳を疑う内容だった。
「聞いてないのか? 明日は葉隠しかまともに店番できる奴いねーんだよ」
「そうなんですか!?」
「ごめんなさい、伝え忘れてたわね……うちのお店、葉隠君を入れて四人しかアルバイトの子がいないのよ。そこから連絡した通り一人お休みで、もう一人は弥生ちゃんなんだけど……」
「アタシは明日大学でどうしても抜けられないんだ。ついでにもう一人は事情があって店番ができない。つーわけで、明日店に立てるのはオーナーと葉隠だけなのさ」
「昨日も話したけど、私がお店に立つとお客さんが減っちゃうから……よろしくね?」
「……最善を尽くします」
ちょっと不安を覚えたが、仕事なのだからやるしかない。ところで
「もう一人の方はどんな方なんですか? 店番ができないと話していた方ですが」
「
「そんなに美人なんですか? 近いうちに会うとなると考えるとちょっと緊張しますね」
「いや、そういう意味じゃ……」
軽く話に乗ってみると、棚倉さんが歯切れ悪く何かを言おうとする。
しかし、その言葉はオーナーの怪しい笑い声に遮られた。
「ウフッ、ウフフフフ……」
「オーナー?」
「葉隠君、花梨ちゃんはずっと、
「えっ?」
オーナーはそういいながら、自分の横で手を動かして人の形に動かしている。
あたかもそこに、見えない誰かが居ると教えるように……
というか、棚倉さんのそういう意味じゃないって、誰かそこに居る事の肯定?
……からかわれているのでなければ、もう幽霊としか思えないんだが……
「あの、もしかして店番ができない事情って……」
「一般のお客様には見えないし、声も聞こえないんだもの」
「アタシやオーナーに見えても、客に見えないんじゃ店番はできねーだろ?」
あー、なるほどー。というか棚倉さんもさりげなく見えてる方なんですね。分かりました。
先輩の一人がまさかの幽霊という発言に軽く頭が痛んだ俺は
「今まで気づかず申し訳ありませんでした。葉隠影虎です、どうぞよろしくお願いします」
いまだ人の姿の見えない虚空に向けて、大きく頭を下げていた。
「!?」
すると、それに反応したように店の照明がついたり消えたり。
風もないのに観葉植物や張り紙が揺れ、どこからかラップ音が鳴り始めた。
何これ!? 完全な心霊現象!?
そう思った次の瞬間、オーナーが笑う。
「あらあら、ウフフ。葉隠君が気に入ったのね。でも花梨ちゃん、お客様は居ないけど営業時間中だから、ね?」
すると、突然起こった心霊現象がピタリと止まる。
「今の、気に入られたんですか……?」
「ええ、とっても嬉しそうよ。フフフ」
紹介された先輩が幽霊だったときの対処法。
そんなの俺が読んだどの社会人マナー本にも載ってなかった。
しかし、とっさの行動が良い印象を与える事に成功したらしい。
俺には全く分からないが……
つーか、この先どうなるんだ?
影虎は情報を蓄えている!
影虎はバイトの先輩である棚倉弥生と出会った!
影虎はバイトの先輩である香田花梨と出会った!
しかし香田花梨は幽霊だった!
影虎に姿は見えていないが、花梨は喜んでいるらしい?
影虎はちょっと混乱している!
アナライズの機能が拡張された!
+瞬間記録機能
+学習補助機能
ちなみにオニキスの由来であるギリシャ語の“オニュクス”という単語から頭のOを取ると“ニュクス”になり、これまたギリシャ語で“夜”“日没”を意味する単語になるそうです。