人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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45話 アナライズの真価(後編)

 5月7日 放課後

 

「ありがとうございました!」

 

 クラスメイトが試験に向けて焦り始めている中、俺は今日もドッペルゲンガー眼鏡をかけてバイトに励む。

 昨日棚倉先輩に言われた通り、今日は本当に一人で店番だった。

 ……正しくは香田さんもいるらしいが、俺にも客にも見えないので一人という印象が強い。

 しかしこの店は一度に大勢のお客様が来ることが少ないようで、今のところ十分に店を回すことができている。

 一度に来店するのは多くとも二組か三組、それにこういう店に慣れてる女性客が多くて助かってはいるけれど、商売としていいのか悪いのか分からない。

 

 しかし人が途切れるととたんに暇になるな。昨日は棚倉先輩がいたからなんともなかったけど……香田さんとなんとかコンタクトを取れないかな? 同じ職場で働いてるんだし。

 

 そう考えてアナライズと周辺把握で周りを探ってみるも、反応は皆無。

 こっちからは何もできない、なら向こうに協力してもらえば?

 香田さんはラップ音を鳴らせたよな?

 

「香田さん、いらっしゃいますか? いらっしゃったらラップ音一回で返事をしてもらえませんか?」

 

 そう言ってみると、しばらく間を空けてパキッ、という軽い音が響いた。

 

「いらっしゃるんですね?」

 

 またラップ音が、今度はすぐに一回。

 

「お客さんがいないので話しかけてみようと思ったんですけど、残念ながら俺には香田さんのことが分からないので。Yesならラップ音一回、Noなら二回で返事をしてくれると助かります」

 

 そう言うと、今度は二回。

 

「……嫌でしたか?」

 

 慌てたようにすばやく二回、それが短い間を空けて何度も続く。

 

「……もしかして、Yesを何度も伝えようとしたんですか?」

 

 一回。どうやら正解のようだ。

 

「では、お客さんが来るまで話しかけてもいいですか?」

 

 その言葉にも肯定。

 

 そのまま俺からの質問に香田さんが答える形でコミュニケーションが成立し、色々とわかったことがある。

 

 まず香田さんの姿は亡くなった当時、中学生のままらしい。

 ただし亡くなってからだいぶ時間が経っているので、生きていたら成人はしているそうだ。具体的な年齢は聞いていない。

 今までのバイトとこのように会話をしたことがあるのかと聞けば、答えはNo。

 オーナーや今もいるバイトの二人は声が届くので必要なく、他はラップ音を鳴らすと怖がられていたということで、こんな形で会話をしたのは初めてだと。

 どうしても何かを伝えたいときには、オーナーかバイトの二人に通訳を頼むそうだ。

 

 たとえば姿だけでも高校生? No。大学生? No。なら小学生? No。中学生? Yes。

 とこのように質問を少しずつ変えながら正しい答えを探る必要があるので時間はかかるが

 

「偶然こうして会話ができるだけの物音が鳴るとは考えにくいですし、話した感じ悪霊でもなさそうなんですけどね……あ、これじゃ答えられないか……香田さんは悪霊ですか?」

 

 否定が返ってきた。

 それと同時に周辺把握が店の扉の前に立った人影を捉えて口をつぐみ、お客様を迎える。

 

「いらっしゃいませ」

 

 人がいる間は話せないが、何とかやっていけそうだ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 現在時刻、午後八時。そしてBe Blue Vの閉店時間でもある。

 お客様も店内にいないので、扉の外にかけられたOPENの札をCLOSEに替えて店内を軽く掃除。それが終わったと報告に向かうと、声をかける前にオーナーがプライベートなスペースから出てきた。

 

「お店を閉めてくれたのね? 花梨ちゃんから聞いたわ」

 

 すでに香田さんが報告していたらしい。

 

「素早くて助かりますけど、姿が見えないと分からないのが困りますね」

「一緒にいればひょっこり見えるようになるかもしれないわよ。私としても仕事をちゃんとしてくれて、花梨ちゃんとも仲良くできる子は雇っていたいから……ウフフ」

 

 二人してそんな話をしていたが、突然オーナーは思い出したように俺を見た。

 

「葉隠君、今日はまだ時間あるかしら?」

「はい、ありますよ」

「だったら……ルーン魔術、教えましょうか?」

 

 ルーン魔術!

 

「いいんですか!?」

「そういう約束だったじゃない。昨日は結局お仕事だけで終わってしまったし……貴方がよければだけど」

 

 働きながら学ぶとは話していたけど、詳しいことはもっと仕事を覚えてからだと思っていた。下働きをある程度してから修行とか、そんな感じで。

 

 そう言うとオーナーはまた怪しげに笑い、俺を店の一角に連れて行く。そこにはまた物が山のように積まれていたのでゴミかと思えば、その影には小さく使い込まれた机と機械が置いてある。

 

「ここは?」

「私の工房よ。狭いけどアクセサリーに仕立てるには十分な設備があるわ。まず道具から説明するけど、必要なのはこれら……右からルーター、ダイヤモンドカッター、ダイヤモンドビット、研磨剤、ゴーグル、防塵マスク、作業用エプロンよ」

 

 慣れた手つきで次々と机の上に道具が並べられ、使い方が説明される。

 

 ルーターは先端につけた小さなダイヤモンドカッターやダイヤモンドビットを回転させるための道具。これを使って石を加工するそうだ。小物を作るためとあって片手で持てるサイズ。先が細くなっているダイヤモンドルーターを装着すると、ハンダごてと間違えそうだ。

 

「ルーン魔術は元来木片や石にルーン文字を彫りこんで使用されていた魔術。だからこういった作業も覚えて頂戴。まずは一度やって見せるから、これをつけて私の後ろで見ていて」

 

 手渡されたのはゴーグルと防塵マスク。

 

「破片が飛んだりするから作業中は必ずつけるようにね。できれば予備も用意しておくといいわ」

 

 オーナーはそう言うと別のゴーグル、マスク、作業用エプロンをつけて机の前に置かれた椅子に座り、机の引き出しから二センチほどの水晶を取り出す。そしてルーターの電源を入れると先端に取り付けられたダイヤモンドビットが回転を始め、オーナーはそれを水晶に押し当てて傷をつけ、あっと言う間に水晶の表面に野生の牛という意味から力強さなどを表すルーン文字、“ウル”が掘り込まれていた。

 

「ルーンを彫ったらパワーを込めるのだけれど……この時に重要なのはあなた自身の集中力と実感よ」

「実感?」

「やり方は人によっていろいろあるから、あなたがよりパワーを込められていると実感できるやり方でパワーを込めるの。私はこう石の加工に手をかけて段階を踏んでいく……そのほうがつながりが深くなる気がするから。

 葉隠君もこの方法で始めて、少しずつ自分のスタイルを探して欲しいのだけど……とりあえず今日はルーンを刻むまでを実際にやってみましょうか。まずこれができないと正しいルーン魔術は使えないわ。リラックスして、さぁここへ……」

 

 席を譲られ、今度は俺が椅子に座る。

 

「練習用の石は用意しておいたからこれを使って。全部ただの石だからいくら失敗しても構わないわ。まずはとにかく道具に慣れて。刻むルーンは好きなルーンでいいけれど、正しく刻めるようにね」

 

 足元にふぞろいでいかにもどこかから拾ってきたような石が沢山入った箱が置かれ、その中から一つを手に取り練習を始める。

 

「…………」

 

 オーナーは簡単にやっていたが、実際にやってみると結構難しい。

 ルーターの回転で石に傷をつけるが、その回転と反動で先がぶれてルーンが歪む。

 固定しようとすると、たまに行き過ぎる。

 

「あっ!?」

 

 石が割れてしまった……

 

「深く彫りすぎね。もっと浅く、ルーンが見えればいいわ。はい、次の石」

 

 手渡された大きめの石を使って、再挑戦。しかしやっぱりオーナーのようには行かない……! そうだ、オーナーの動きをもっと正確に真似てみよう。

 

 アナライズで記録していた先ほどのオーナーの映像を、そのときの周辺把握の情報と共に引き出す。

 その情報を元に、戦闘時に使う敵の動きの把握する要領でオーナーの体の動きを把握。

 自分自身の動きをそれに近づける。

 

 もっと脇を締めて、石を左手で固定して……手首だけでなく腕全体で……

 

 ………………! さっきよりはスムーズに彫れていたが、気を抜いてしまいミスをした。

 

「……道具の使い方は今の調子で。完成を思いうかべて、そこに刻まれたルーンをなぞるように」

 

 完成品をなぞるように……なら、アナライズのメモ機能にルーン文字の“ウル”を表示。それを石の中心と重なるようにして……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「できた!」

 

 十個以上の石を使い潰してようやく納得のいくルーンが彫れた。

 オーナーの作品と比べるとまだ雑な部分が目立つが、とりあえず読めるルーンだ。

 

「お疲れ様。飲み込みが早いわね……初日からここまで形になるとは思わなかったわ。他の文字も、何度やってもこれくらいのできで作れるように練習しなさい。といっても、この調子ならすぐ身につけてしまうかもしれないけれど……でも今日はここまでね。もう九時も過ぎているから、流石に帰らないとね」

 

 そう聞いて時計を見ると、現在九時十二分。

 一時間も練習をしていたようだ。

 その間、オーナーはずっと後ろで見ていたのか?

 

「時々離れたわよ? 随分と集中していたのね……だけど根をつめ過ぎてはだめ。だから今日はここまでにしましょう。その代わり、今日は貴方に課題を出すわ」

 

 課題?

 

「どんな課題ですか?」

「今作ったその石を持ち帰って、次にくる日までパワーを込めてくること。貴方がやりやすい、パワーが込められると思う方法でいいわ。自分なりに試して私に見せてちょうだい」

 

 いきなりパワーを込めて来いといわれても、と思ったが、オーナーはそれを察してか口を開く。

 

「これはなんとなく予感がするのだけれど……貴方はできてしまいそうな気がするのよ。ただし無理はしないこと。ゆっくりとパワーを注ぐことを意識して、体調が悪くなったらすぐやめること。この前みたいにならないように、これだけは守りなさい」

 

 注意は受けたが、課題を撤回するつもりはないようだ。

 

「分かりました、自分なりにやってみます。次は土曜日ですか?」

「そのことなんだけれど、月光館学園は中間試験の時期じゃなかったかしら? 勉強は大丈夫なの?」

「試験は再来週ですが、そちらは今のところ何の問題もありません」

「あら、自信があるのね? だったら土曜日、お願いするわね」

 

 課題と次回の予定が決まり、アルバイトの二日目が終わった。

 

 

 

 

 

 お店を出ると、外はもう暗い。

 

 ちょっと急ぐか……しかし便利で使いまくったからか、ここ数日でアナライズの新しい機能が判明したな……

 

 一度整理してみるとアナライズで記録できるのは

 

 自分が攻撃したシャドウの情報

 自分が読んだ文章

 自分が聞いた言葉

 自分が見た画像

 記録した画像の連続で動画

 周辺把握で得た形状

 形状の変化から動き

 

 これらの情報を元に計算や英語の問題への解答を出し、他人の動きを真似やすくする。

 一部ドッペルゲンガー限定の情報もあるが、数学の知識は覚醒以前に得ていた知識が元になっている。

 

 やっぱりアナライズの本質は俺の記憶や体験を自在に引き出す力なのか?

 

「! だとしたら前世の記憶は……」

 

 考えをうっかり口に出した事に気づき、口をつぐむ。

 道を歩く通行人に聞かれた気配が無いことを確認して胸をなでおろす。

 聞かれたところで変人か中二病と思われるだけだろうが……

 

 しかし、もしアナライズが俺の記憶や体験を情報として取得して出力できるとしたら……

 

 俺は適当な自販機の前で立ち止まり、アナライズで情報を探る。

 

 目的は…………前世の記憶(・・・・・)

 

 完全な(・・・)原作知識!

 

 

 

 

 

 

 

 無意識に強く閉じていた目を開けるとそこには、数々の情報が……映し出されなかった。

 

「だめか……」

 

 自分の肩が落ちたのを感じる。

 原作が変わり始めている今では、それほど意味があるものではない。

 そう考えて、俺はまた歩き始めた。

 

 しかし、思考はまだ死ぬ前の事に囚われていた。

 一度思い出そうとしたら、急に懐かしくなってしまう。

 死ぬ前の友達の顔に、幼いころ一緒に遊んだ公園。

 好きだったゲームに、一人で歌いまくった行きつけのカラオケ店。

 

 友達、遊び、ゲーム、カラオケ。連想ゲームのように思い出が次々頭に浮かんでくる。

 

「そういや……落ち込んだときもカラオケ行ったりCD聞いたりしたっけな……」

 

 軽快な曲やノリのいい曲を聴いていると気が楽になったりしていた。

 こういう時に聞いていたのは……

 

 そう考えたその時、急に音楽が聞こえる。

 通行人のしゃべり声や、横を通る車の騒音に負けない音量で耳に届く。

 しかし突然始まったにもかかわらず、通行人には誰も反応を示さない。

 まるで誰にも聞こえていないように。

 

 何よりおかしいのは、その曲に聞き覚えがあったこと。

 その曲はこの世界では聞けない曲。この世界にはあるはずのない曲。

 そして、俺が死ぬ前によく聞いていた曲。

 

「……Are…………You……Ok?」

 

 曲名を呟いたとたん、目の前に録音や再生など、オーディオ機器のようなマークが視界の端に現れた。

 現在は再生中。止めようと考えると一時停止のマークに変わって音が止み、ふと笑みが零れる。

 

「なんだこれ、役に立たないな」

 

 どうやらアナライズが俺の記憶から思い出の曲を引き出したようだ。

 

 ……どうして原作知識が引き出せなくて、曲は引き出せたのかは分からない。

 自力でも簡単に思い出せたからか? それとも単なる力不足か? 答えは出ない。

 しかし、気づけばさっきまでの落胆が心から消えていた。

 

 ……今日のところはこれでよしとしておこう。記憶を引き出せる可能性は残った。

 

 俺はそんな理由をつけて曲を再生、寮へと向けた足を進める。

 

 その足取りは非常に軽かった。




影虎は香田花梨とコミュニケーションをとった!
すでに順応し始めている!
影虎はルーン魔術の課題を得た!
アルバイト代3500円を手に入れた!
影虎の次回のバイトが決まった!
アナライズの機能が拡張された!
+動体の形状記録
+脳内オーディオプレイヤー

アナライズの真価は“記憶の引き出し”だった!
影虎の急性ワールドシック(ホームシックの異世界バージョン)が治った!

ルーン文字解説 “ウル”
野生の牛を意味するルーン。
転じて力強さや本能、荒々しい生命力や情熱などを象徴する。
アルファベットのUを逆さまにして角ばらせ、左角を少し高めに上げた形をしている。
アルファベットと対応させてもU。

今回影虎の脳内に流れたのは槇原敬之さんの Are You Ok? です。
私が好きな曲で、この話を書いているときに聞いていました。
聴いたことがないという方は、ぜひ一度どこかで聴いてみてください。
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