まさかこんなに上手くいくとは。
寮から離れて記録した情報を確認すると、予想以上の成果が出ていた。驚いたことにあの寮、俺の予想よりセキュリティーがザルのようだ。
もっと最新のセキュリティー設備でガチガチに固められているのかと思えば、元が古いホテルに手を入れた建物だけに扉や窓の鍵という鍵がアナログ。これならドッペルゲンガーを使って開錠できる。鍵の構造や通路も別途で記録してあるため、侵入は容易だろう。
警報関係がどうなのかは疑問が残るが、通路の記録とあわせて住人の部屋の位置も掴めた。ガラッガラの部屋が沢山ある中に、大きな家具があったりサンドバッグが吊るされていたりするからどこが誰の部屋かが丸わかり。さらには四階の作戦室と思われる大部屋のそばに倉庫のような部屋がある。
その部屋の内部には本や書類らしき物が多く、俺の間違いでなければ幾月の部屋か隠し部屋だ。幾月の死後は
うまくやればあのメッセージを手に入れられるかもしれないが、問題は建物内部に取り付けられた監視カメラの数々。周辺把握で位置が掴めただけでも外より内側に向けて取り付けられているカメラが多い。小さくてはっきりと断言できないが疑わしい場所もあり、そういった場所も合わせるとかなりの数だ。
……こうも多いとまるで外敵よりも中の人間を見張るために作られたような気がしてくる。
あながち間違いでもないだろう。幾月にとってはそのほうが都合がいいはずだ。
しかしいくら外向きの警備がザルでも、何度入り込んでも問題ないとは思えない。
入るとしたらチャンスは一度か二度だが、かなりの成果ではないだろうか?
……そういえば母さんはどうしてるかな?
気分よく町を歩いていただけで別に目的もない。順平に電話かけてみるか……
「……………………あ、もしもし?」
『影虎? どしたん?』
電話口から聞こえる順平の声。
「こっちの用がとりあえず終わったんで、そっちどうしてるかと思ってな」
『そっか。なら母ちゃんに電話かわるか?』
「そうしてもらえる?」
『じゃちょっと待って。雪美さーん………………もしもし虎ちゃん? どうしたの?』
「いや、父さんたち送って手が開いたから。そっちどうしてるかと思って。……というかどこにいるの?」
『虎ちゃんの学校』
「学校!?」
『行きたいところを聞かれたから、虎ちゃんの学校を案内してもらったの。それで部室を見せてもらって、江戸川先生や担任の先生にご挨拶をさせていただいたわ。
今は虎ちゃんのお友達の女の子たちと会って、部室でお話をすることになったの。
山岸さんも入れてみんな可愛い子ばかりね、虎ちゃん?』
女の子って誰だ? 女友達となると山岸さんに……ああ、西脇さん、島田さん、高城さんあたりか。他に親しい女子生徒に心当たりないし。しかし学校にいるのか……待てよ?
「それには同意するけどそれよりも、部室に行ったなら小学生がいなかった?」
『天田君ね? ちょっとだけお話したわ。もう寮の門限だから帰ったけど』
「あ、そう……」
『あの子、やっぱり虎ちゃんが面倒みてる子?』
「母さんも聞いたのか。うん、夏休みに暇ならアメリカ旅行に誘おうかと思ってたから。まだ誘ってないけど……今日何か言ってた?」
『普通に挨拶をしたくらいだけど、そうねぇ……少し寂しそうだったみたいね』
もう遭遇したとは間が悪い。明日にでも話をしておこう。
……
…………
………………
三人称視点
~応接室~
「はーい、わかったわ。また後でね、虎ちゃん」
パルクール同好会の部室内、空き部屋を片付けて作られた応接室で電話を切った影虎の母、雪美が携帯電話を順平へと返す。
「ありがとね、順平君」
「いえいえ~、ところで影虎はなんて?」
「虎ちゃんもこっちに来るんですって」
「おやおや、そうですか……では、彼が来る前に話しにくいことは話しておいた方がよさそうですねぇ」
「先生、今日はお時間をありがとうございます。それから岳羽さんたちも、呼び止めちゃってごめんなさいね」
「いえ……別に。試験前で部活が早く終わったんで、問題ないですから」
この場には現在、雪美と駅で出会った三人と江戸川だけでなく岳羽、高城、島田の女子三人の姿があった。所属している弓道部がテスト期間前で早めに終わり、帰りがけに挨拶回りをしていた雪美と遭遇し、話がしたいと呼び止められたのだ。
この場に集まったものの、山岸以外は江戸川を警戒していることもあり少々落ち着かない様子を見せている。
「それで、聞きたいことがあると仰っていましたが」
「はい。うちの息子はこちらで上手くやれていますでしょうか? 本人との連絡では大丈夫だと聞いていますけれど、あの子はいつもそう答えるもので……」
江戸川の言葉をきっかけとして頬に手を当て、困ったように話す雪美。
それを見た周囲は納得し頷く者と色気を感じる者の二つに分かれた。
「そうですねぇ。私が見ている限り影虎君は物事に積極的に取り組み、後輩の面倒を率先して見る良い生徒です。受験や成績にあまり関係のない私の話もよく聞いてくれますし、以前は高い身体能力に目をつけた運動部から強引な勧誘を受けていたようですが解決しています。 今ではアルバイトも始めるなど自活力もあるようで、これといった問題はありませんね……クラスメイトとしてはいかがですか? 皆さん」
「運動神経のこととかでちょっち騒がれましたけど、それ以外はフツーじゃないっすかね?」
「クラスじゃ目立たないけど、あいつが嫌いとかそういう声はあんま聞かないよな? せいぜい桐条先輩とか運動神経絡みの軽い妬みの声を聞くくらいで」
「だなぁ。女子からするとどうよ? モテるとかは? 高城さん」
「私!? ん~、モテるかって聞かれても……」
「そういう話なら皆様子見じゃない?」
「だよねぇ。葉隠君って今年から月高に来たでしょ~? だから性格とか特技とか情報少ないし。……まぁルックスは普通だけど逆に言えば取り立てて悪いところもないってことだし、運動はできるでしょ? 勉強は……どうなんだろ?」
「虎ちゃんは成績良かったわ。体調不良やケアレスミスをした時以外、小中九年間のテストで九十点を下回ることなかったから」
「じゃ勉強はできると。兄弟は?」
「一人っ子よ」
「長男で親戚が会社経営、実家は持ち家ですか?」
「そうね、少しローンは残っているけど」
「お姑さんになるお母さんが美人で優しそうな雪美さんで、お父さんは厳しい人?」
「虎ちゃんには厳しく言うかもしれないけど、結婚相手にはどうかしら?」
「…………あれ? これで将来の勤め先と収入が良かったら葉隠君ってけっこう優良物件?」
その時、島田のあけすけな分析を聞いた順平と友近は若干打ちひしがれていた。
「順平、俺今すっごい生々しい話を聞いた気がする……」
「おう……あんま女子の口から聞きたくない話だったな……」
「二人とも夢見すぎ~、女の子はそういうとこシビアなんだよ?」
「ちょっとぐらい夢見たっていいじゃん! つーか、島田さん的には影虎はアリなの」
「私はないね」
「優良物件とか言いながら、ナシなのかよっ!?」
島田からの答えに順平が突っ込むと、島田は首を振って呆れを表す。
「やれやれ、女心が分かってないな~。女の子は確かに収入や顔もしっかりチェックするけど、それだけで決める訳じゃないんだよ?」
「ルックスやお金しか見ない女子もいるけど、それは男もでしょ。ようは個人の問題ってこと」
岳羽の言葉に、順平は首を捻る。
「んじゃー島田さんは影虎のどこがダメなんだ?」
「ん~……なんていうか、葉隠君ってぴりぴりしてない?」
「人間なんだし、そういう気分のときもあるんじゃねーの?」
「そうじゃなくて。いつも、切羽つまってる感じ? 友達ならいいけど、彼氏にするならもう少し安心感が欲しいよ」
「そうかぁ?」
男子二人のみならず女子である高城も首を傾げたが、ここで同意する者が二人いた。
「それ、なんとなく分かるかも」
「ときどき、あれっ? ってなるよね」
「岳羽さんと、山岸さんもわかる?」
「私、なんか葉隠君に避けられてるっぽいんだよね。壁を感じるっていうか……前聞いたら女の子に慣れてないとか言ってたけど」
「私は天田君が帰った後、葉隠君の個人練習を見てちょっとそんな時があった気がして……雪美さん?」
話を聞いた雪美は表情を険しくしていた事に気づき、笑顔を見せて問いかける。
「その話、ちょっと詳しく聞かせてもらえないかしら?」
「詳しく、と言われてもそんな気がするとしか……」
「虎ちゃんが体調を崩したり、夜うなされたりしていないか、知らない?」
「体調不良なら何度かありますね。私と初めて会った日も体調が悪そうでした。それで薬を飲ませたのがきっかけでしたね、ヒッヒッヒ」
「そういやあの日、薬のおかげで一度治って夜にまたぶり返してましたよ? それで俺が部屋に夕食はこんで……引越しの疲れが出たとかで翌日には治ってましたけど」
「お母様、何か心当たりでも?」
「月光館学園に来ることを決めたのは息子本人ですが、もしかすると無理をしているのではないかと……」
雪美はうつむきがちに語りはじめた。自分たちが来年に海外転勤を控えていること、共に海外に行くかそれとも親戚のいるこの町に来るかを選択させたことを。
「あの子、月光館学園に進学すると決めるまでに相当悩んでいたみたいなんです」
「それはほら、親元を離れるとか嫌だったんじゃないですか? 私も実家が遠くて、お姉ちゃんがいたけどそれでもちょっと心細かったりしたし……」
高城がそう意見を言うが、雪美は首を横に振った。
「それは違うと思うわ。あの子は昔から手のかからない子で何でも自分でできていたから。頼られることも少なくて、寂しかったりもするくらいよ」
「ふむ、実家のそばの高校に通いたかったという事は?」
「いえ、それは特に。私たちが話をする前後にも、行きたい高校の話は特に聞いていません。成績は良かったのに地元の名門校には興味を示さず、スポーツの強い学校に行きたいのかと思えばそうでもなく。
夫は“頭の分だけ俺よりいいから好きにさせてやれ”だなんて言っていますけど、私は心配で……そろそろ将来のことを考えてもいい頃なのに、あの子ったら毎日体を鍛えてばかり。
それからこれはもう十年以上昔の話になりますが、あの子はこの町を怖がっていたようなんです」
「怖がっていた、と言いますと?」
「まだ幼稚園の頃の話ですが、あの子はある日突然、夜にうなされ始めたんです。それが連日、あまりに長く続くもので病院に連れて行っても原因はわからなくて……ただ診察をしてくださった先生は何か怖いものを見たショックが原因ではないかと仰っていたので、私と夫はその原因を探しました」
「? それでこの町が?」
江戸川に向け、雪美はわからないと首を振る。
「……あの子はいつの間にか教えてもいないパソコンを使えるようになっていたので、何かおかしなサイトを見たのではないかという話になり履歴を調べたんです。でもおかしなサイトは一つもありませんでした。
ただ履歴の中に巌戸台や月光館学園に関するページが履歴に残っていて、虎ちゃんが調べたことは間違いありません。でも当時は私たち家族にとってまったく関係のない土地だったので、無関係だとしか思えず。しかし他に原因となりそうなものも見つからず……
虎ちゃんが体を鍛え始めたのもその頃からなんです。うなされている時には毎日同じ夢を見て、夢の最後には死んでしまうと」
「死ぬって、んな物騒な……」
暗い雰囲気を払い飛ばそうと友近が出した声は、周りの困惑した雰囲気に呑まれ小さくなって消える。友近自身、周りと同じく予想だにしない話の展開に困惑していたのだ。
そんな中で目を輝かせているのは一人だけ。
「ヒッヒッヒ、なるほどなるほど」
「江戸川先生? どうなさったんですか?」
「いえいえ、もしかすると影虎君が見ていたものは“予知夢”ではないかと思いましてね。ヒヒッ」
「うわ~……」
「始まった……」
「予知夢と言うものは本人が知りえない未来の情報を、夢を通じて知覚する現象です。これを行うための訓練もありますが、幼少期に見てしまうこともままありますね。予知夢に限らずこういった能力を幼少期に持っている人の話はよく聞きますが、その大半は成長に伴い能力を失います。ですが、まれに失わないまま大人に」
「はいストーップ!!!」
「なんですか伊織君」
「いきなり何言ってるんすか!」
「予知夢についてのお話を少々、真面目な話です」
「そーゆーことじゃねーって! いきなりそんな話されても雪美さん困らせるだけですって! 真面目かどうかは関係ないっつーか、マジに予知夢だったらそれはそれで縁起悪いわっ!!」
あっけらかんと答える江戸川に騒ぎ立てる順平。話の場が騒がしくなる中、雪美の表情はよりいっそう曇っていた。
影虎は巌戸台分寮への侵入が可能になった!
原作キャラ、山岸風花・伊織順平・岳羽ゆかりの三名に影虎の情報が漏れた!!