サブタイトルを“真夜中の大暴れ”から“真夜中の呼び出し”に変更しました。
5月8日(木) 影時間
~タルタロス・10F~
「はぁ……」
シャドウのいなくなった階層で、持ち込んだお茶を飲み干した俺の口からため息が漏れる。
10Fの番人シャドウはダンシングハンド。大きな手袋のシャドウが三匹いた。
しかしこのシャドウ、魔法には強いが打撃が弱点だったので奇襲をかけて一匹蹴ったらダウン。
それに驚いている他の二匹にも拳と蹴りを入れたら、そっちもダウン。
これ幸いにと鉤爪を刺して、紐状のドッペルゲンガーで三匹を繋いで近くに集め、後はダウンから回復しそうな奴を優先して満遍なく打撃と吸血していたら勝っていた。
反撃一つない勝利。あまりに一方的でちょっと心が痛んだ。
しかしため息の原因のはそこではない。俺の行動の一部が順平たちに知られた事だ。母さんが俺を心配して様子を聞いたときに話したらしいが、その場には順平と山岸さんだけでなく岳羽さんまでいたらしい。
この件で俺と彼女の関係はどうなるか……今でも敬遠しがちで良好な関係とはいいがたいし、より顕著になるか? それとも積極的に探りにくるか……下手に疑いを持たれると、どう動かれるか。
おまけに順平たちとの勉強会の話もしていたようで、俺が到着したときには勉強会に女子も参加することが決まっていて、大人数になったことで江戸川先生から部室の使用が許可されていた。山岸さんも勉強会に参加するとの事で、明日がどうなるかもうわからない。
それにもう一つ気になるのが天田の様子。あっちは電話しても繋がらなかった。問題が山積みだ……
情報が少ないからか、いくら考えてもこれからの方針が決まらない。
気分を変えようと1Fから10Fまでのシャドウを狩りまくりながら駆け上がってみたが、これで三週目。このままただ戦い続けても気分は変わりそうにない……実験にするか。
シャドウから吸いまくったので体力は有り余っている。
~タルタロス・2F~
場所を移して実験開始。取り出したるはルーンが刻まれた石。オーナーからの課題のため、影時間やタルタロスには持ち込んでいる。ここで拾ったオニキスにはパワーが込められていたので、なんとなく込めやすそうだから。
では……今日は思いつくことを試そう。有効かどうかの判断は感覚で。
その一、“手に持って祈る”
パワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろパワー込めろ……
どうもピンとこない……
その二、“魔法陣を用意して使う”
魔法陣はドッペルゲンガーで代用。手のひらの上にコンパクトケースのように平らで丸い台を作り、円周から線を刻んで六角星を描く。その中心に石を置くと、まぁそれっぽい。
その三、“呪文”
…………………………パワーを込める呪文を思い浮かばないのでパス。
その四、“それっぽい音楽”
ドッペルゲンガーで流せるかな? それっぽいのがあれば、あったけど……
タイトルが“旧支配者のキャロル”
これは、この曲でやったらなんかおかしなナニカが込められそうだ。パス。
他には……俺なりのやり方でいいってことは他と違ってもいい。
じゃあ俺がほかと違うのは……まずペルソナ使いであること。そういえばペルソナも魔法を使うよな? ルーン魔術とは違うけど。
いやまてよ? 前に
台に乗せた石に向けてもう一度、今度は祈らずペルソナの力を送り込むつもりでやってみる。すると
「!?」
体に力が漲ってきた!
タルカジャを使った時の感覚を、だがタルカジャよりも強く感じる!
「あ、あれっ?」
しかし、注ぐのを止めたらすぐにその感覚は収まってしまった。
これは注いでいる間のみ有効なのか?
……
…………
………………
その後何度もパワーを注いで実戦でも使ってみた結果、以下の事がわかった。
ルーン魔術の使用にはたぶん成功した。
純粋な物理攻撃では一匹倒すのに五回は攻撃しなくてはならないシャドウを、“ウル”のルーン魔術を使うと一撃で倒せる。
この事から“ウル”の効果はタルカジャと同じ。
しかし攻撃力は五倍かそれ以上になり、タルカジャより強力な攻撃力上昇効果がある。
ただし体感で魔力の消費も五倍かそれ以上、タルカジャより疲れやすい。
おまけにタルカジャの効果が十分以上続くのに対して、“ウル”はほんの数秒間しか持たない。
ウルのルーン魔術はここぞという時の一撃には使えそうだが、普段は燃費が悪すぎる……オーナーの作ったアクセサリーは長期間効果があるのに、なんでこうなるんだろう?
まぁとりあえず成功したのはいいけど。ってか、いまだに雑魚シャドウ倒すのに五回も攻撃しなきゃならない俺って貧弱すぎ……?
そんな疑問を抱きつつ、俺は実験を終わりにしてタルタロスを出た。
……
…………
………………
5月9日(金) 深夜0時12分
~路上~
人通りの無い道を一人さびしく歩く。実験終わった直後に気づいて出てみたら、寮に着く前に影時間が終わってしまった。普段は寮に帰り着くころに影時間が終わるが、今日はタルタロスに長居しすぎたな……ん?
ポケットから携帯電話の音が鳴り響く。
「もしもし? ああ、父さん……え、今から? まぁいいけど……うん。じゃそういう事で」
誰かと思えば父さんに呼び出された。
もう寮の近くに居ると言うので急いで指定された場所へ向かうと、暗い道の街頭の下に見慣れないバイクを止めて缶コーヒーを飲む父が立っている。
「お待たせ。そのバイク、クルーザー? 新しく買ったの?」
「ジョナサン経由でパーツが手に入ったから組み上げたんだよ」
「なるほど、塗装までバッチリ入れて」
そのバイクは親父が好む赤を車体を塗られ、一部に黒い龍の絵柄が入っている。
「父さんのバイクはいつもこれだな。おかげでわかりやすいけど」
「俺が現役だったころの名残だからな。流石にあの当時やってたような改造はもうできねぇや」
「鬼ハンとか? あれ扱いづらくないの?」
「そこはお前、慣れだ。慣れちまえば気にもならねぇ。それよかほれ」
父さんの手元から、投げられたヘルメットが放物線を描いて飛んでくる。
「ケツに乗れ、ほとんど話もできなかったろう」
俺は何も言うことなくヘルメットをかぶり、バイクの後ろに跨った。実家じゃよく乗せてもらっていたので慣れたものだ。
バイクのエンジンがかかり、ゆっくりと走り出す。
「影虎、バイクの免許どうなった?」
「本買って学科試験は大丈夫なことを確認した。再来週が月光館学園の中間試験だから、その後で教習所通うつもり。そういえば貰えるバイクって……」
「そっちはもうだいぶ形になってるぜ。外見はカワサキのニンジャ250Rに近い。義兄さんが設計した新型でな、走行性能に重点を置いてる。完成まではもう少しかかるが、ターボエンジン付きでパワーがあるぞ」
「いきなりそんなパワーのあるバイクで大丈夫なの?」
「心配すんな、ターボも所詮はただのエンジン。気をつけて慣れていけばいい。それにターボエンジンは義兄さんの趣味で、ハンドルに付けたスイッチを押さねーと使えないようになってる。普段は普通のエンジンと同じだ。
あとターボくらいで文句言ってると代わりに妙な機能付けられっぞ。一度緊急用の自爆装置が候補に挙がってたからな」
「どこで使えと!?」
自爆装置とかいらねーよ!? そもそも開発してあるのかよ!?
「俺らも流石に止めたわ。義父さんの雷も落ちた」
「なら、一安心か……ところで話変わるけど、爺さんの具合はどうなの?」
「元気だよ。最近はお前のバイクの事を理由にベッドから出て会社に顔出すことが増えた。義父さんもお前のこと気にかけてるぜ? 風邪ひいてないか、ちゃんと学生生活を楽しめてるかってよく聞かれるよ」
「今度手紙でも書いて送ることにするよ」
具体的な目的なく喋りながら、俺と父は街中を走る。
……
…………
………………
~ポートアイランド駅前はずれ~
「……で、なんで俺たちはこんな所に?」
俺は話をするためのツーリングだと思っていたが、駅前でバイクを止めた父さんに連れられてきた。面倒ごとの匂いしかしねぇ。近づいた瞬間ドッペルゲンガー召喚したよ。
「父さん、このあたりは治安悪いよ」
「んなこたぁ言われなくたって分かってるよ」
もう何人かがらの悪そうな人とすれ違ったからな。
……でも一番悪そうなのはうちの父だったが。
父さんを一目見た不良が目線をそらして通り過ぎるので、俺たちはまだ絡まれていない。
早いところ
「お前らちょっと待てや」
絡まれた。面倒事になる前に出て行きたかったのに……
警戒して振り向くと相手は五人組。先頭に立つ金髪に鼻ピアスをした男が声をかけてきたようだが
「お前ら誰に断ってこ、の……」
同時に振り返った父を見て、男の勢いがなくなっていく。
「ちょっと、あの後ろの人マズくない?」
「あれ絶対ヤクザだって」
「あたしら関係ないし……逃げようよ」
「ちょ、ちょっと待てよ」
後ろの三人はガングロギャル、それを引き止める男二人。
もうグダグダだけど、こいつらはこの前のカツアゲナイフ男ほどやばくは無さそうだ。
そんなことを考えていたら、父さんがおもむろに相手へ近づく。
「ヒッ!?」
「な、んだぁ!?」
「お、おう!」
女たちはあとずさり。虚勢を張った男二人に、父さんは……どうしようもなく厳つい笑顔を見せた。
「悪いな。俺らが他所者だってのは百も承知だが、どうしても後ろの奴と人のいねぇ所で話がしてぇんだ。この辺を荒らすような真似をするつもりはねぇ。ちっとばかり場所貸してくれねぇか」
そう言ってポケットから取り出した何かを、笑顔を見て逆に怯える金髪男に突き出す父。
男は突き出された物を見て動揺し、目の色を変える。
「万札?」
「少ないが、美味い物でも食ってくれや」
「ま、まぁ、そういう事なら……」
引っ込みがつかなくなりかけた男二人は、ここを落とし所にしたようだ。
そこにやり取りを後ろで見ていた女の一人が口を開く。
「……ねぇ、アンタらこのまま進むとアタシらみたいなのが溜ってる広場になるよ」
「夏紀!?」
「話は通じそうだし、金貰ったんだからさ……
そこ行ったらコイツらみたいに絡んできそうな奴大勢いるし、人のいない場所に行きたきゃ別の道行きなよ」
「そ、そういう事ならいい場所があるぜ」
「なんなら案内してやるよ」
態度を変えた男二人が、負けじと前に出るが後ろでは
「はぁ? 何でそこまでしなきゃなんないの? もうどっか行こうよ」
「大口たたいてた割に情けないし……どうする?」
「なにか奢らせとけばいいんじゃない?」
ガングロギャルはもう男二人を見限っている……ん?
もしかしてあの中にいるのって……
「森山?」
「はぁ? ……なんであんたアタシの名前知ってんの?」
「まさかと思えば本人か……」
「影虎、その女知り合いか?」
「学校の同学年にいる生徒だよ、遊んでるって噂の。前に何度か見かけたことがある」
「何? アンタも月高の生徒なの? アタシとタメってことは一年、もしかしてアンタあの江戸川を部活の顧問にした葉隠影虎?」
げっ、こいつも知ってるのかよ。
「噂じゃ優等生っぽかったのに、こういうとこ来る奴だったんだね」
「つれて来られたんだよ、ほとんどむりやり」
「……アンタ何やったの?」
「何もしてねぇよ! こっちが聞きたい!」
「まぁ、話は話せる場所に着いてからにしようぜ。案内してくれんだろ?」
何を考えているのか分からない父の言葉で男二人が案内を始め、俺と父さん、森山たちもそれについて行く。
何度か曲がり角を曲がった先にあったのは、バスケットボールのコートよりわずかに小さい広場だった。大きな金属製のゴミ入れが立ち並び、まわりの壁は落書きだらけの荒れ放題で人はいない。いるのは野良猫とカラスだけだ。
「ここか?」
「ああ。ここは誰も仕切ってねぇし、臭いから人も来ないぜ」
「たまに喧嘩する奴らが使うくらいさ」
「そりゃぁいい! お
「……なぁ、そろそろ何で俺を連れてきたか教えてくれないか? 父さん」
そう言うと後ろで親父とかヤクザの息子とか聞こえてきて鬱陶しい……
「まぁ、そう慌てんな。まず先に礼を言うぜ、つれて来てくれてありがとよ」
「ん、あ、おう。このくらいならな………………もう用が無いなら、俺らは行くぜ」
不良五人はこちらを気にしてはいたが、男も女もそろって広場から出て行く。
そして完全に姿が見えなくなると、父さんは広場の中心に立って俺を手招きした。
「さて、お前をここにつれてきた理由だけどな……人目につかずに話がしたかったからだ」
「なら他にも場所はあったんじゃないの?」
「ただ人目につかないだけなら、なっ!」
「!?」
近づいた俺に、父さんは突然殴りかかってきた。
とっさに反応して避けることはできたが、拳の振りで生まれた風が頬を撫でる。
「……初めからこのつもりで?」
「そういうこった。殴り合いをやってりゃ近所の誰かが気づいて通報するかもしれねぇ。だからもし見つかっても通報されにくい場所に連れてきたのさ」
「にしても何で急に?」
父さんの手が早いのは知ってる。
文句があれば言葉でも拳でも何でもいいから意思表示しろ。
そう言われて、殴りあったことは何度もある。
だけど、ここまで手の込んだことをされるのは初めてだ。
「なぁ影虎……お前を初めてバイクに乗せてツーリングした日のこと、覚えてるか?」
「? いや、結構昔だからはっきりとは……」
「お前が真夜中まで眠らなくなってからだ」
「!?」
「お前は昔から大人しかった。雪美に似たのか頭の出来が俺とは違って手もかからねぇ。そんな息子が突然泣き出して何かに怯えるようになった。その気晴らしになればと思って俺が強引に乗せたんだよ。
まぁ、覚えてなくても仕方ないな。お前もガキだったし、最初は回りを見る余裕もなかっただろ。そのくらいあの時のお前は怯えてた。
で、聞けばお前こっちに来て何度か体調崩してるそうじゃねぇか。俺はそんな話聞いてねぇぞ、何で話さなかった?」
「連絡するときには治っていたから」
「そうかよ!」
殴りかかってくる拳を右に避けて距離をとる。
「あの時と同じだな。お前に話す気がねぇならこっちから聞かせてもらうぞ」
その一言で俺は思い出した。
「そういえば、悪夢の話をした時もこんな感じで聞かれたっけか」
「ガキだった分、相当手加減したけどな。今はその必要もないだろ」
……話し合いで済ます、ってのはもう無理か。話せないことが多すぎる。
心配してくれているのはわかるけど、父さんたちは影時間の事に対して無力だ。
ドッペルゲンガーを使えるようになった今なら、理解させられるかもしれない。
父さんと母さんなら、もしかしたら信じてくれるかもしれないが、知ったところで適性が無いから影時間を知覚することすらできない。俺が落としても翌朝には忘れてしまうんだ。
空手の構えを取る。
それだけで十分に抵抗の意思は伝わった。
視線が交錯して一拍の後、月明かりの下で親子喧嘩が始まる。
影虎はルーン魔術の使用に成功した!
しかし問題点が山積みだった!
影虎は父親に呼び出された!
親子喧嘩をする事になった!
父心が暴走中!
……どうしてこうなった?
次回もだいたい同じくらいの間隔で投稿すると思います。