人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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53話 千客万来の勉強会 その二

「はぁ、はぁ……どうですか!?」

「ん~、うん、直ってる。この感じで続けて」

「わかりました!」

 

 勉強会の参加者を待つ間、ちょっと天田のパルクール指導。

 途中ふと天田の走り方が気になったので、シャトルランをやらせてその様子をドッペルゲンガーで記録。スローで見直すと手の振りと足のタイミングがずれていることが判明した。そこで一度手の振りと足の回転をゆっくりと確認してから走らせると、だんだん良くなってきている。

 

 よし、もっと! と思ったところで待ち人が来た。

 

「おーい影虎!」

「葉隠君、遅くなってゴメンね!」

「おっ! 走ってるのか!? なら俺も」

「ミヤ! 今日はアタシら勉強しに来たんでしょうが!」

「宮本はいつもそれだな」

「ショタ君も一緒だ! やほ~!」

「いきなりショタ君はどうなのよ……」

「この前も思ったけど、島田さんってやっぱりそういう趣味の人?」

「そういう趣味ってどういう意味?」

 

 順平、山岸さん、宮本、西脇さん、友近、島田さん、高城さん、岳羽さんに岩崎さん。

 全部で九人もの集団になるとさすがに遠くからでも目に付く。

 

「いらっしゃい、女子も一緒に来たのか」

「校門前でたまたま会ってな」

「つーか、先行って用意しといてって言ったのになにやってんの」

「いやー、西脇さん。オレッチたちにもやむにやまれぬ事情ってのがね?」

「先生からの呼び出しが?」

「で、でも、先生に呼ばれたら行かなきゃいけないよね……ね?」

「山岸さん、こいつらには優しくする必要ないよ。遅刻だって一度や二度ならまだしも常習犯だし、将来社会に出て苦労する前にしっかり反省させとかないと」

 

 西脇さんの言葉に一瞬、オカンか! と突っ込みが頭をよぎった。

 言ってる事は間違ってないけど、なぜか母親の言葉に聞こえる……

 

「まぁ、とにかく中に入ろう。机とか椅子は江戸川先生と天田が用意してくれたみたいだし」

 

 部室の扉を開けると、長机とパイプ椅子が四角く並べられている。

 前に先生がサバトをしていた部屋が、今日は会議室のようだ。

 

「ささ、どうぞどうぞ」

「お邪魔しまーす!」

 

 ここでぞろぞろと入って行く皆を見た天田が呟いた。

 

「うわぁ……試験対策の勉強会とか、なんか大人っぽいですね」

「そうか?」

 

 別に大人でもないし、試験がヤバそうだから集まってるのが数人いるんだけど……

 

「よかったら参加するか? ……というか小等部に定期試験ってあるのか?」

「ある程度授業で教科書の内容が進んだら、確認のテストをするくらいですね。定期試験とかはまだないです。でも来週は算数のテストがあります」

「なら丁度いいじゃないか。皆! 天田も来週算数のテストらしいから、一緒に勉強していいか?」

「おー、こいこい! 俺たち高校生のお兄様がガッツリ教えてやるぜ! な、順平」

「任せとけ! オレッチにかかれば小学生の算数くらい楽勝よ!」

「胸張って言ってもぜんぜんカッコ良くないから。てか言ってて悲しくない?」

「ゆ、ゆかりっち、冷めた視線は止めてほしいな~なーんて……」

「アンタたちはまず自分の試験勉強が先でしょ。あ、天田君の参加、私はOK。真面目そうだし、邪魔とかもしないでしょ」

「私もウェルカムだよ! はい、私の隣の席に「じゃあ宮本君の隣に座ったらいいよ」岩崎さん!? なんで!?」

「だって天田くんがいると島田さん集中できなさそうだから」

「え……」

「そ、そんなことないよ! むしろ勉強中の癒しに是非! 時々かわいがるだけだから!」

「はーい、ちょっと落ち着こうね」

 

 ちょっと反応に困る言動を始めた島田さんを、高城さんが止めに入る。

 

「……邪魔じゃありません?」

「いや、あれはむしろ好かれてるだろう」

「な、ならいいんですけど……じゃあ僕、部屋で着替えて教科書もってきますね」

 

 微妙に顔を赤らめて奥へ行く天田を見送り、俺たちは勉強を始めた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「体言は名詞で、用言はなんだっけ?」

「体言がそれだけで意味が通じる“自立語”の内、文章の主語として使える“名詞”に対し、用言は述語になる“動詞・形容詞・形容動詞”だ」

「He has just written the report.ってどう訳せばいいんだ?」

「主語+has(have)+過去分詞の場合は現在完了。~してしまった、もしくは~したところだって意味になる。Justが入ってるし、この場合は“彼は丁度レポートを書いたところだ”になるな」

「やべぇ……因数分解とか忘れてるぜ……影虎、頼む」

「因数分解の解き方はまず共通する因数を見つけ出すこと。たとえば……」

 

 最初こそ騒々しかったが、始まってしまえばそれなりに静かに勉強が進む。

 各々苦手科目を勉強して、分からない部分を教えあう形だ。質問をするのは大半が男子三人。

 俺は黙々と古文の教科書を記録して文法の知識を記録、その知識に対応させて例文を読み解く作業を続けている。

 筆記用具を使っていないからか、質問に答える頻度は俺が一番多い。

 高校に入って初めての定期試験だからか、内容は中学の復習問題が大きな割合を占めている。

 

「だはー! つっかれたー!」

「失礼する」

「うぇっ!?」

 

 するとここで友近の声が上がり、同時に開いた部室の扉から覗く人影に視線が集まる。

 

「むっ、今日はやけに賑やかだな」

「桐条先輩! 試験に向けて勉強会を開いていたんですが……今日はどうしたんですか?」

「葉隠、丁度良かった。昨日君が、君の父君と喧嘩をしたと職員室で耳にしてな。様子を見に来たんだ。怪我をしたと聞いたが、元気そうだな」

「はい、江戸川先生の治療も受けましたし、バッチリです」

「そうか……ところで、その怪我は本当に父君との喧嘩で付いた怪我か?」

「? はい、そうですけど」

「葉隠、これは私が知人(・・)に聞いた話だが、なんでも君たちは駅前広場はずれで、九人の不良を相手に大立ち回りをしたそうじゃないか。父君と話して薄々感じてはいたが、型破りな方だな」

「駅前広場はずれって、影虎行ったのかよ!?」

「あそこマジヤバイとこだよ!?」

 

 どよめき、割り込んできた友近と島田さんの勢いに面食らう。

 

「あー……それも事実です。最初は父に喧嘩のために連れて行かれて、先輩が聞いたのはその後ですね……」

「……フッ、そう気まずそうな顔をするな。今日は咎めに来たんじゃない。知人からは絡まれた女子生徒を助けるために戦ったという理由も聞いている。君たちがいなければ彼女たちは手籠(てごめ)にされていただろう。それに被害者は月光館学園の生徒であることが確認されている。喧嘩をしたと同時に、君が我が校の生徒を救ったのもまた事実だ。

 その勇気と行動力は素直に賞賛する。私はただ本当に大丈夫か聞きたいんだ。相手は武器を持っていたそうだしな」

 

 結構詳細な事まで掴まれているようだけど……

 

「本当に大丈夫なんです。これ本当に全部父にやられた怪我で、不良の方は無傷で勝ちましたから」

「先輩、武器持った相手複数に無傷で勝てるんですか!?」

 

 天田から羨望の視線を感じる……

 

 事実だったので肯定すると、一同の目が揃って俺を凝視してきた。

 

「……嘘ではなさそうだが、だからといってあまり無茶をするなよ?」

 

 釘を刺された俺はすぐに返事ができず、桐条先輩の表情に若干の険がさす。

 

「どうした?」

「いえ……昨日助けに入ったのは父との喧嘩の直後で自棄になっていたので。喧嘩を売る気はないんですが、同じような状況になったら無茶をしないとは言い切れず……」

「……仕方の無い奴だ。君は思っていたより聞き分けが悪い人間なのだな。それに世渡りも下手そうだ」

「そうですか?」

「私がこういう事を言えば、大抵の生徒はすぐに態度を改める」

 

 それは桐条先輩が言うからだろう。

 

「もっとも口先だけで改めると言って場を流し、同じ事を繰り返されるよりは数段良いが……ほどほどにな。あまり度が過ぎるようなら、“処刑”しなくてはならない」

『処刑!?』

「処刑ってなに!?」

「ハハハ、わっからないなー。オレッチバカダモン」

「というか、桐条先輩のお家って……」

「山岸さんそれ以上言うな、洒落にならねぇ」

「ていうか、葉隠君黙り込んでなに考えてんの?」

「……先輩」

「なんだ?」

「今思ったんですけど、過程をすっ飛ばしすぎじゃないですか? せめて“処刑”の前に“裁判”は入れましょうよ。まず量刑をしないと。日本は法治国家ですしいきなり処刑(死刑?)はないでしょう」

『突っ込みどころが違う!!』

「む……一理ある」

「納得してる!?」

「なんなんだこの会話……」

「つーか影虎、お前いつの間に桐条先輩とそんな親しげに話すようになってんの?」

「……部活の事でお世話になったから。あと、仕事疲れと睡眠不足で倒れかけた所を見て部室で休ませたり」

 

 一瞬だけ先輩が天田に目を向け、逸らす。

 

「あれ? そういや桐条先輩って、影虎の親父さんのこと知ってるんすか? さっき型破りとか言ってたっすけど」

「……」

 

 どう答えるかと視線を向けたら、先輩は素直に答えた。

 俺の父にバイクを注文したことを。

 

「それじゃ、葉隠君のお父さんの相手先って桐条先輩だったんだ……」

「父上から許可はいただいているのだが、教育係など家の者がうるさくてな。彼の力を借りたんだ」

「ま、そういうことだな。でも話してよかったんですか?」

「変な勘繰りをされるよりはいいさ。妙な噂が立てばそちらにも迷惑だろう。それに昨日で話は纏めた。発注が済んだ以上妨害もできまい。これが桐条グループ傘下の企業ならまだしも、グループ外の会社に損害を与えかねない手段は労力とリスクが大きすぎる。そこまでするほどの案件ではない、家の者もそう考えるだろう」

「ならいいですが」

 

 そこまで話すと、桐条先輩は帰るそうだ。

 お茶を出そうかと思ったが、丁重に断られた。

 用が済んだだけでなく、天田の前にはやはり居づらいのかもしれない。

 

「勉強の邪魔をしたな。では失礼する」

 

 桐条先輩はそう言い残して、颯爽と帰って行った。

 よくあんなハイヒールでこんな林の中を歩けるな……

 

 まぁ、それはいいとして

 

「勉強再開……の前に休憩入れるか?」

『賛成~……』

 

 提案は元々ダレかけていた友近や順平だけでなく、突然の桐条先輩で集中力の途切れた他の面子にも受け入れられた。




影虎は指導にドッペルゲンガーを応用した!
天田のフォームが改善した!
質問へ即座に返事ができた!
影虎の指導力が上がった!

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