人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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58話 見違えるほど明るい日

 5月10日(土) 朝

 

 今日は随分と早くから目が覚めた。早起きは三文の徳とは言うが、流石に四時は早すぎる。

 

 心身ともに重荷が減ったようで絶好調だが、オーナーの治療が効きすぎたのかもしれない。早く目が覚めただけでなく、もう日課のランニングを五割増しの距離で済ませてきたのにまだ体に力が漲っている。気分も最高だ。

 

 もう一度眠る気には、ならない。

 

「今のうちに……」

 

 ベッドに目を向けてふと思い出したことがあり、PCをネットに繋いだ。

 

「なんだかんだでずっと手をつけてなかったからな……おっ、あった!」

 

 画面には大きく田舎の風景と、“稲葉中央通り商店街”の文字が表示されている。

 

 この商店街がある八十稲葉市は来年始まる原作、ペルソナ3の続編であるペルソナ4の舞台だ。4はここに親の都合で預けられた主人公が訪れて問題を解決するが、それはどうでもいいので置いておく。

 

 重要なのはその主人公たちがこの商店街でシャドウと戦うための用意を整える事。ひいては彼らが使う装備品を取り扱う“金属細工 だいだら(ぼっち)”という店がある事だ。

 

 そこはアート(芸術品)と銘打って堂々と武器や防具を作って販売していて、店主は主人公が持ち込むシャドウを倒して得た素材に目をつけ、素材を受け取って装備を作る店だった。

 

 部活やバイトでほったらかしになっていたが、俺は以前“死甲蟲”が残したシャドウの甲殻をベッドの下に隠している。今はドッペルゲンガーで十分だが、今後のために素材の加工を頼めるかを確かめたい。

 

「……おっ、アドレス発見。アートの注文受け付けます、作品、値段は応相談か」

 

 内容はそうだな……ランニング中に拾った事にするか。心を引かれる板を手に入れた。できれば防、直接的な表現は避けるべきか? ……身につけられるアートにしていただきたい、できるか? 要点はこんなものか。あとはビジネスメールとして書き直して…………よし!

 

 防具の作成について、相談内容をだいだら.へ送信した。後は連絡を待とう。

 

 俺はなにげなくベッドの下を覗き込む。すると甲殻を確認すると同時にストレガから受け取った“制御剤”も目に入る。

 

 ……もっと別の所に隠したいけど寮の部屋じゃ他に隠せる所がないんだよなぁ……江戸川先生かオーナーに相談して預かって貰おうか? あの二人の周囲なら怪しい物が溢れてるし、薬は江戸川先生の部屋なら一つくらい増えても……

 

 そういえば制御剤ってどんな薬なんだろうか? ペルソナの力を抑えるための薬で、副作用が強いこと以外何も知らないが……薬を自作するくらいだし、江戸川先生に見せたら何か分かるか? 

 

 俺はとりあえず相談してみることにした。

 

 食堂が開くまでは……タロット占いの方法を復習しておこう。今日から必要になる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~保健室~

 

「失礼します」

「おやぁ? こんな時間から誰かと思えば、影虎君でしたか。何か体調に変化でも?」

「いえ、体は快調です。ひとつ相談したいことが」

「ふむ……ではこちらへ。扉は閉めてください」

 

 保健室の奥、カーテンで仕切られた扉へ案内された。中は部室ほどではないが機材が多く、怪しい雰囲気を放っている。

 

「保健室の備品倉庫なんですが、保険委員も立ち入りませんし、今までここでどんな実験をしても学校側から苦情が来たことはありません。だから邪魔も入りません。盗聴器やカメラの類もないと思いますが……それは一度山岸さんに調べて貰った方がいいかもしれませんねぇ」

 

 だったら……

 

 俺は具体的な名称は口に出さず、“海外のサプリメント”を手に入れたとして制御剤の事を相談した。昨日の話があったので、江戸川先生は本当の薬について察してくれた。

 

「私には皆目見当がつきませんが……サンプルとなる薬が手元にあれば、成分や効用を調べることはできます。してそのサプリメント(制御剤)は?」

学業に関係のない物な(桐条の膝元に持ち込みたくない)ので、まず相談だけと思って、まだ寮に」

「そうですか、まぁそうでしょうね。……では近いうちに部室に(・・・)持ってきてください。分析には少し時間がかかるので、早い方がいいですね」

「分かりました」

 

 残念ながら先生は職員会議があるそうで、それ以上の話はできなかった。最後に

 

「プロテインや必要な栄養素を配合した栄養剤を用意しておくので、帰る前に保健室に顔を出してください。より効果的なトレーニングができますよ……ヒッヒッヒ」

 

 そう言われて俺は保健室を出た。

 

 

 ~教室~

 

 江戸川先生との話も数分で終わったおかげで、今日は俺が一番乗りのようだ。教室には誰もいないし、窓の外から見える校門も朝練をする運動部と思わしき生徒が数人門をくぐっている程度。

 

 ……暇だ。何もすることがない。机に突っ伏しても眠くない……試験前だし勉強しておくか。……なんだか今日は、いつもより集中できそうな気がする!

 

 メガネ形態のドッペルゲンガーをカバンの中で召喚。

 かけながらカバンをあさって教科書を机に積み上げ、内容を記憶。

 

 一度記憶した内容でも何度も読み込み直す。

 二度目以降の教科書は例題への解答に行き着くまでの解法に重点を置き、理解に努める。

 問題集がある科目は問題集を参照、回答する。

 ただし実際に記入するのではなく、メモ機能を使用して視界に映る解答欄に自分の回答を表示させる。

 これにより記入にかかる時間を排除、その分多くの問題を解いていく。

 “手を使って書く”という行為は勉強内容を記憶するにあたり効果的だが、記憶力はドッペルゲンガーの効果でカバーできる。

 さらに同じ問題でも、何度も繰り返して解くことで解法を刻み付けていく。

 何度も何度も……繰り返し繰り返し……問題集へ記入していないので、消す手間もない。

 そして空いた時間でさらに繰り返す。

 

 飽きてきたら科目を変えて気分も変える。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ふぅ……」

 

 持っている教科書を三周し、問題集の試験範囲を五周した所で集中力が途切れた。

 

 音楽でも聴きながらやろう……

 

 なんとなく見上げた窓から覗く、清清しい青空を見上げながら適当な曲を探す。

 

 明るい曲がいいな……ダメ、騒がしいのは気分に合わない。

 明るくて、静かな曲……これがいいか。明るい曲と言うより聴くと明るくなれる曲だけど。

 

 “Daniel Powter(ダニエル・パウター)の「Bad day」”

 

 仕事が上手くいかなかった日によく聞いた懐かしいピアノの音が脳内に、鮮明に流れ始めた。歌詞が気になり、視界に英語の文字列と訳文を付けてみる。メモ機能と勉強用に収集した英語関係知識を合わせたら、まるでカラオケのようだ。

 

 邪魔だからやっぱり字幕は消そう。

 

 音楽を聴きながらまた勉強を繰り返し、有意義な時間をすごした。

 

 そのうち続々とやってきたクラスメイトからは「早いな」とか「こんな時間から予習か」と呆れ混じりに驚かれた。昨日の勉強会に出席したメンバーだけは、俺が本当に回復した事に驚いていたが……

 

 特に様子を見に来た山岸さんは

 

「……体調不良ってアクセサリーショップで治るんだ……」

 

 と言っていたが、普通は治らない。

 だからそんな自分の常識を疑うような顔をしないでほしい。

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 放課後

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「こんな感じでしたよ」

「うふふ……一般的には体調が悪ければ病院よね」

 

 退屈な……と言っては先生に悪いけれど、事実退屈な授業を終えてアルバイトにやってきた。今日もオーナーから手渡された服に着替える。前回のシャツと指輪に加えて、細めのパンツ(ズボン)が用意されていた。

 

 衝立(ついたて)で試着室のように仕切られた一角で着替えながら、世間話に花を咲かせる。

 

「ところで、江戸川さんの薬は飲んできたの?」

「はい、今日は特に何の影響もないみたいです」

「そう? 体調に変化があったらすぐに言いなさいね。……江戸川さん、貴方がこれからうちで働く日は下校前に薬を飲ませると張り切っていたから。何かあれば車で送ってくれるそうよ」

 

 問題あったら治してから働くんですね、分かります。

 

「着替え終わりました、どうですか?」

「いい感じね。シルエットもすっきりしていてるし、清潔感もあるわ。服装はこれでいいでしょう、じゃあ……宿題はやってきたかしら?」

 

 俺は学校のカバンから例のルーンを刻んだ石を取り出す。

 

「もちろんです。次のバイトまでにパワーを込める事、でしたよね?」

「やってみて何か感じた?」

「パワーを込めると力が漲りました。けど一瞬で消えるんです。パワーを込めている間だけ、力が強くなる感じです」

「そう……ちょっと見せて貰うわね」

 

 そう言うとオーナーは石を受け取り、両手で包み込んで目を瞑る。

 

「……なるほど……だいたい六十点ってところね」

 

 微妙な評価だ。

 

「成功はしているわよ。それで五十点。だけど今この石から感じるパワーはとても微弱だから四十点減点で、百点満点中六十点。

 あとはどれだけ上手に込められるかが問題なの。どれだけパワーを使っても、上手く込められないと無駄が出てしまうから……一瞬で効果が消えると感じたのはそのせいね。

 パワーを込めるときに重要なのは強い力や勢いではないの、もっと土に水が染み込むように、馴染ませないといけないわ。……もっとも、パワーを込める感覚が掴めても、実際に込めるのはルーン魔術の習得における難所だから落ち込む必要はないわよ。曲りなりにも成功しただけで十分」

「……オーナー、その話は聞いていませんが」

「フフッ、難しいと知っていたら気になるでしょう? 何事も気の持ちようは重要よ。特に魔術の場合はね……

 できなくて当然、できたら儲け物。とにかく難所を越えたのだから、後は本来やるべき基礎訓練と反復練習で腕を磨きなさい。基礎が身に付けばもう少し上手くできるようになるわよ。

 ルーンの意味をよく理解して、ルーン文字を石に刻む技術を磨いておくと、二文字以上へ進むのが楽になるから。焦らずそちらにも目を向けてね」

 

 そして話の内容は今日の仕事に変わる。

 

「今日は早めにお店を閉めて、お掃除と在庫整理があるわ。細かいことはその時に……」

「お疲れ様でーす」

「あら、ちょうどよかった」

 

 表から一人、ワンピースにカーディガンを羽織った女性が入ってきた。

 オーナーが声をかける。

 

「香奈ちゃん、ちょっといいかしら」

「オーナー。なんでしょう?」

「この子なんだけど」

「初めまして、葉隠影虎と申します」

「あっ! もしかして先日は私の変わりにシフトに入ってくれて、花梨ちゃんとも上手くやっていけそうな新人さん? 弥生ちゃんから聞きました。私は三田村(みたむら)香奈(かな)、保育士を目指して大学に通っています」

「よろしくお願いします、三田村先輩」

「こちらこそよろしくお願いします。それと、私のそばに居るとたまに変な事が起きますけど、気にしないでください」

「香奈ちゃんは強い霊媒体質でね、無意識に色々な霊を集めちゃうのよ」

「オーナーに相談して以来、危険な霊は憑かなくなったので安心です。ここで働いてると誰かが払ってくれますし、本当に感謝です」

「ウフフ、こちらも助かってるわ」

 

 この人が棚倉さんの話していた最後の一人か。三田村さんは二十代前半、清楚系でフワッとした感じのお姉さんだ。友近の好みかもしれない。

 

「あら……?」

 

 どうしたんだろう? 三田村さんが俺の顔を覗き込んでくる。

 

「……ほっぺた、痣になってますよ?」

「ああ。一昨日父親と喧嘩をしまして……目立ちますか?」

 

 今朝鏡で見たときはもうかなり薄れていたけど。

 

「んー、よく見ればですね……商品の照明とかでじっくり見れば……ちょっとこっちへ」

 

 俺を適当な椅子に座らせて、本人は自分の手提げカバンの中をあさり始めた。そして取り出されたのは……化粧品? それぞれ微妙に色が違う小さなブロックが詰まった箱と、筆が出てきた。 何故?

 

「動かないでくださいね? ほんの少しファンデーションを塗れば隠せますから」

 

 へー、化粧品ってそんな使い方もするんだ…… いや、俺が化粧するの? 

 

「いまどき男性でもお化粧はしますから、変じゃないですよ。人前に出るならやっておいた方がいいです」

 

 先輩からのアドバイスです。と言って着々と用意を進める三田村さん。化粧と言われると抵抗があるが……先輩だし、善意だし、邪険にするなんてもってのほか。化粧に関して知識がないので、論理的な反論もできない。

 

 困っていると、オーナーが口を開く。

 

「……葉隠君、貴方大丈夫なの?」

「平気ですよ、もう痛みもないので」

「痣のことじゃないわ。それは私も気にならなかったもの。そうじゃなくて……花梨ちゃんが貴方のことを全力で祟っているけど、平気なの?」

「!? なんともないですけど……俺、香田さんに何かしました? ……いたのに気づかなかったから?」

「いいえ、お父さんとの話を聞いて、喧嘩なんてだめって注意してるわ」

 

 え、そんな理由で?

 

「最初は軽くだったけど、貴方がぜんぜん気づかないからどんどん祟って全力になっちゃってるのよ。……それでも効いてないみたいね」

「……たぶんそれ、俺のアレが原因です」

 

 ドッペルゲンガーは光と闇が無効だから、祟りが闇の魔法だったら無効化される。他に心当たりがない。呪いの防ぎ方とか習ってないもの。

 

「あら、そんな事もできたのね」

「ええ、まぁ……香田さん、すみません、なるべく無いようにします。でも親父は元ヤンで喧嘩がコミュニケーションみたいなところがあるので」

「許してあげたら? 葉隠君は男の子だもの、喧嘩もするわよ。…………コミュニケーションも人それぞれよ…………花梨ちゃんだって……わかってくれたわ」

「ありがとうございます」

 

 今の短時間でどんな会話が繰り広げられたのかほとんど分からないが、何とかなったようだ。

 

「動かないでー」

 

 ……向こうの様子を見ているうちに、化粧の筆が頬をなでた。

 サラサラと肌の上を滑る筆、その後に化粧品が残っている感触。

 あまり、体感したことのない感触だ。気持ち良くはない……

 女性は毎日こんな事しているのか……大変だな……

 

「はい、いいですよー」

 

 ん、もういいのか。指でぐりぐりと痣のあたりを押されたと思ったら、それで終わったみたいだ。言葉通りあっという間だったな。

 

「どう?」

「あ、本当だ。これだとぜんぜん分かりませんね」

 

 三田村さんがコンパクトの鏡を見せてくれたが、じっと見てもわからない。

 

「葉隠君の肌色に近いファンデがあったから楽だったよ」

「凄いなぁ……」

 

 知識がないため、俺にはそれくらいしか言えなかった。

 しかし三田村さんは素直に嬉しそうに笑う。

 

「はいはい二人共、いいかしら?」

 

 オーナーが軽く手を叩いて注意を引く。

 

「二人には今日、一緒に仕事をしてもらうわ。そこで香奈ちゃん、葉隠君には前回基本的な仕事は教えてあるから、補助をお願い。葉隠君、占い時間のとり方は香奈ちゃんに教えて貰ってね。

 あと……はい、仕事中はこれとこれをカウンターの隅に置いておきなさい」

 

 差し出されたのは木製の縁取りが付いた卓上カレンダーのようなボードに、メモ帳と上に穴の開いた箱。

 ボードには

 

 タロット占い

 一回五百円

 担当者:占い師見習い 葉隠影虎

 

 と簡潔に書かれた紙が貼ってある。

 

「看板ですね。こっちの箱は」

「占いの後、お客様の都合がよければ匿名で感想を書いて貰うこと。後でお客様の声を読んで、自分を見つめ直すのも良い勉強になるわ」

 

 修行内容に少なくないプレッシャーを感じる。

 

 しかし、やるしかない!

 

 俺は自前のタロットをオーナーからの道具に乗せた。

 そしてすべてを受け取ると、ひとまとめになった道具を前に気合を入れなおす。

 

「ありがとうございます、オーナー」

「フフ……頑張りなさい」

 

 静かに笑うオーナーを背に表へ出る。

 数日前と変わらない店内が、今日は以前より輝いて見えた。


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