人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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前回の後書きで次回、「ペルソナとシャドウ」とタイトルを予告してみたけれど、書いてみたら本題に入らない内に文字数が五千越えてた(゜д゜)


4話 うまくいかない日もあるさ

 4月10日(木)

 

 目覚まし時計の音で起床、現在午前5時30分。

 

 ジョギング用のジャージに着替えて、小型冷蔵庫から取り出したスポーツドリンク入りのペットボトルを、腰に巻いたペットボトルホルダーに付けて寮の外へ。軽く準備体操をしてから走る。

 

 呼吸するたびに肺に入ってくる冷たい朝の空気の清々しさに反して、俺の気分は重かった。

 

 なぜかといえば、原作キャラの二人と影時間中にニアミスした5日前以降、一度もシャドウと戦っていないからだ。ペルソナの訓練も隠れるか走りまわり、魔法は物を壊すとまずいので空に撃つだけ。

 

 訓練が実になっている実感がなく、分からないことは分からないまま時間だけが過ぎている。影時間は気を張っているからまだ気にならないけれど、平凡な日常生活を送っているとつい考えてしまう。

 

 7日から始まった学校の授業中は特に気が散る。前世知識があるから普通の授業はどうにかなっているけど、早急に何とかしたい。この学校の試験は妙な問題が出てこないとも限らないし、こうなったら

 

 「行くしかないかな……」

 「どこにだ?」

 「!? っ、宮本!?」

 

 ふと呟いていた言葉に、疑問が投げかけられ、気づけばクラスメイトの“宮本一志”が俺と並走していた。驚いて俺が足を止めると宮本も止まる。

 

 宮本も朝この辺を走ってるそうで入学式の後、クラスの自己紹介で顔を覚えられてからジョギングの途中で見かけると話しかけられるようになったんだけど……

 

 「おはよう!」

 「あ、ああ……おはよう」

 

 全然気づかなかった。変なこと聞かれてないよな?

 

 「何ボーッとしてんだよ、走りながらは危ないぜ!」

 

 む、それは確かに。

 

 「気をつける」

 「そうしろ。で、どこか行くのか?」

 

 何と答えようか……

 

 「いや、大した事じゃないんだけど、地元で買ってたスポーツドリンクの粉を置いてる店が無くて探しに行こうかと……」

 

 口から出たでまかせに、自分で言っててどんな言い訳だと思う。しかし宮本は

 

 「だったら俺がよく行くスポーツ用品店の店を教えてやるよ! そこならなんでも揃うからな!」

 

 全く疑う様子を見せず、俺がお礼を言ったら学校で地図を渡すと言って笑顔で走り去った。

 

 「……走るか」

 

 聞かれてまずい事は聞かれなかったようで、胸を撫で下ろしてジョギングに戻る。

 

 

 

 

 

 ~月光館学園 1年A組 教室~

 

 「おはよ~」

 「うぃーす」

 

 余裕を持って教室に入るとクラスメイトが口々に声をかけて来るので、俺もそれに返事をしながら最前列のど真ん中、教卓の真正面にある自分の席について鞄を下ろす。すると教室の角で話していた順平に友近がやってきた

 

 「おっ、影虎も来たか」

 「今日ともちーのおごりでお前の叔父さんの店行くかって話してたとこなんだ。お前も行く?」

 「ちょっ! 一週間の約束だろ!?」

 「えー? でも去年4日でいいって言ってたじゃんよ」

 

 何の話かわからないので説明を求めると、2人は去年から賭けをしていたらしい。

 

 「順平って去年よく遅刻しててさ、高校入ったら遅刻しねー! とか言ってて、無理だろって話になって」

 「そんで、俺が入学から一週間以内に遅刻しなけりゃ何か奢るって約束だったんだよ。確かに4日でいいとも言った気がするけど」

 

 ハードル低っ!?

 

 「何その賭け、どんだけ遅刻してたんだよ」

 「それ言われちゃうと……なぁ?」

 「いや、でも実際それで一度は遅刻すんじゃないかなーと思うくらいには遅刻してたぜ? 遅刻しなくても、いっつもギリギリに教室来てたし」

 

 くだらない話に花を咲かせていたら、一人の女子が近づいてくる。

 

 「ちょっとゴメンね。葉隠君、これ。ミヤからスポーツ用品店の場所」

 

 そう言って一枚の紙を差し出してきたのは、今朝会った宮本の幼馴染の“西脇結子”。彼女もクラスメイトの一人だ。地図は細かくて分かりやすく、チラッと見ただけで巌戸台商店街のどこらへんにあるかが大体分かった。

 

 「ありがとう、西脇さん。ところで本人は? 分かりやすい地図のお礼言いたいんだけど」

 「ミヤならさっき江古田に呼び出されたから当分戻ってこないよ。今日の体育に向けて気合入れすぎて、廊下走ったのが見つかっちゃってね。

 あと、それ書いたのアタシ。ミヤが書いた地図なんて読めるわけないから」

 「あ、そうなの? ありがとう西脇さん」

 「いいって、別にこれくらい。じゃーね」

 

 西脇さんがそう言って女子の輪に入っていくと、放置されていた順平と友近が今の話に食いつく。

 

 「スポーツ用品店?」

 「お前何かやってんの?」

 「朝にジョギングしてて、時々途中で宮本と会うんだよ。今朝も会って、スポーツドリンクの粉が買いたいって言ったら店の場所教えてくれるって話になって」

 「ジョギングかぁ、健康的だなー」

 「順平、健康的だなーじゃなくて見習ったらどうよ?」

 「なんなら朝起こすから、一緒に走るか?」

 「やってみっかな……自分のペースで」

 

 この様子だと始めそうにない。やっておけば多少は来年の役にたつのに……ウザがられない程度に時々誘ってみるか。

 

 話は宮本と一緒にアフロヘアーが特徴的な担任の数学教師、宮原先生が来るまで続いた。

 

 

 

 

 

 ~6時限目・体育~

 

 今日最後の授業は体育、A組B組の2クラス男女合同で50メートル走と100メートル走のタイムを測定する。教室で着替えて、順平、友近、宮本と一緒にグラウンドに出て行くが……

 

 「よっしゃああぁあ!!!」

 

 グラウンドに出た途端、宮本が気合の雄叫びをあげた。他の生徒の視線がこっちに集まり、その中から西脇さんが走ってくる。

 

 「ちょっとミヤ! 恥ずかしいからやめなって! あと誤解されるよ!?」

 「まだ始まってもいないのに、なんでタイム測定でこんなテンション高いんだよ、こいつ……目の前の光景はたまりませんがねぇ~」

 「うわっ、誤解じゃない人がここに居た……」

 「ああ!? いや、ちょっと西脇サン? 今のは、その~……」

 

 順平は慌てて取り繕おうとするけれど、西脇さんは軽く引いて順平から距離をとっている。

 

 月光館学園ではこのご時世に女子の体操服としてブルマーが採用されていて、グラウンドに出ている女子も、西脇さんもブルマー着用。そんな中で順平の言ったような事が女子に聞かれれば、そうなるのも無理はない。

 

 俺と友近は巻き込まれないようにこっそり避難して、授業が始まるまで時間を潰す。

 

 

 

 

 

 「クラスごとに、男女二列に分かれて並べ!!」

 

 体育教師のゴリマッチョ、もとい青山先生が号令をかけて授業が始まる。といっても今日は走るだけ。準備体操とグラウンドを三周して体を温めたら

 

 「適当に8人ずつ固まってまず50メートルから練習、そのあと交代で3回計れ! 3回のタイムと平均を記入した記録用紙を全員提出した班から自習にしていい! 測定の邪魔にはならないようにしろよ!」

 

 タイムの記録用紙を受け取りながら、ちょっと適当な指示だな……とか考えていると順平に誘われた。

 

 「葉隠、一緒に組まねー?」

 「こっちこそよろしく。他の人は?」

 「今んとこ俺、ともちー、宮本だけ。後の4人は女子入れたいな。男子は男子だけで組めなんて言われてねーし」

 

 周りを見るとほかの班も同じことを考えてか、異性に声をかける生徒をよく見かける。青山先生が止める様子も無い……ってか、先生は女子のブルマ姿を見比べるので忙しいみたいだ。

 

 体育教師ェ……

 

 「女子連れてきたぞ」

 「おっ! 誰、あっ、西脇サン……」

 「どーも」

 

 宮本と一緒に来た西脇さんの視線が順平に突き刺さる。さっきの件と合わせて、さらに順平のイメージダウンになったな、これは。

 

 「おーい!」

 「ああ、ほらともちー来た!」

 

 ……おいおい、ここで来るのかよ。

 

 友近が連れてきた女子は二人

 

 「こいつ、俺の幼馴染の岩崎(いわさき)理緒(りお)

 「B組の岩崎です。よろしく」

 「女っぽくねーけど、一応女だから」

 

 その友近の口ぶりが気に障ったのか、もう一人の女子が口を開く。

 

 「ちょっと、その言い方は失礼じゃない?」

 「え? いーのいーの、本当の事だし。なぁ、理緒?」

 「う、うん。いつもの事だから気にしてないし。大丈夫だよ、岳羽さん」

 「そう? なら、まぁいいけど……私は岩崎さんと同じB組の岳羽ゆかり」

 「あ、A組の葉隠影虎です。よろしくお願いします」

 

 また一人、原作キャラと顔を合わせた。この前のおみくじ当たりすぎ……

 

 「そんなかしこまらなくていいよ」

 「おい今走った女子ー! ケツ振っても足は早くならないぞー! 男が元気になるだけだ! それからそっちは食い込んでるぞ!」

 「……あんな無遠慮なのは困るけど」

 「あの先生と一緒の目で見られたくないなぁ……」

 「……そうだね。なんかゴメン。順平でもあそこまで酷くないし。ってか、あれもうセクハラじゃん」

 

 挨拶の途中で青山先生が馬鹿でかい声で早くも走り始めた女子に声をかけ、それを聞いた岳羽さん、というか女子全員が嫌悪感を抱いたようだ。

 

 「うっわ、キモイ……」

 「サイテー」

 「今のは男の俺からしても無いわー」

 「あれってブルマンでしょ?」

 「何それ?」

 「あんた今年からだっけ? 青山のアダ名。女子のブルマー大好き男で“ブルマン”なの」

 「この学校の体操着がいまだにブルマーだからブルマンがこの学校に居るのか、ブルマンが居るからブルマーなのかって。高等部だけじゃなくて中等部でも聞く話よ」

 「流石にそれはどっちも無いっしょ」

 「そうだけどさぁ……実際セクハラ発言多いし、掃除とか何かにつけてブルマーを着るように言ってくるんだよね。あの先生」

 

 ヒソヒソと青山先生について話す声が聞こえてくる。

 

 そういや他の先生方も生徒のいじめと山岸風花の行方不明を隠蔽する江古田先生に、生徒から集めたお金を使い込んで生徒会の伏見に盗みの疑いをかけた竹ノ塚先生、保険ではなく黒魔術の江戸川先生。

 

 授業やテストの問題も妙なところがあるし……改めて考えると、この学園の教師は全体的に大丈夫なんだろうか?

 

 「む……さっさと走れ! 今は授業中だぞ!」

 

 生徒の声を聞いた青山先生がブルマー鑑賞をやめて声を張り上げ、生徒は班ごとに散っていく。

 

 「おい、俺たちも始めたほうが良くね?」

 「一人足りないけど、いいの?」

 

 男子四人に女子三人、岩崎さんの言うとおり確かに一人足りないが……

 

 「見たところ余ってる人も居ないみたいだな」

 「ブル、じゃなかった。青山センセー! こっち人数足りないっすけどー!」

 

 順平が指示を仰ぐとB組に休んでいる生徒が居るらしく、人数が足りないからこの班は7人でいいそうだ。

 

 その後はスタート地点で合図を出す人に1人、ゴールの確認に2人配置して、2人分ずつ交代でタイムを測った。しかし、俺は一緒に走った宮本に触発されて全力で走った結果、50m5.92秒という記録を叩き出して滅茶苦茶驚かれた。

 

 

 

 

 

 ~放課後~

 

 「終わった~」

 

 もう帰宅する生徒の姿も無くなった昇降口で靴を履き替え、外に

 

 「あっ」

 「あ、体育の時の」

 

 出ようとしたら、岳羽さんと鉢合わせた。

 

 「葉隠君だっけ、今帰り? 私もだけど、ずいぶん遅いね」

 「……ホームルームが終わった瞬間、やけに耳の早い陸上部の先輩が勧誘に来て時間をとられて」

 

 走るのは得意だし訓練もしてるけど、俺の目的は大会に出るためじゃない。だから考えてみますとだけ言ってはぐらかした。運動はタルタロスか影時間で散々やるだろうし、放課後は体を休めたいから陸上部だけでなく他の運動部にも入る気は無い。

 

 「そういうこと。あんだけ早ければそうなるか」

 「岳羽さんはなんで?」

 「私? ……私は、ちょっと職員室寄ってただけ」

 「そうですか。それじゃ」

 「あ、うん」

 

 そう言って別れるつもりが……

 

 「道、同じなんだね」

 「ソウミタイデスネ」

 

 どうも、今の岳羽さんは巌戸台分寮ではなく女子寮で暮らしているらしく、俺と同じ道を使っていた。

 

 一刻も早く離れたいけど、ここで走って逃げれば印象が悪いし、怪しまれるかもしれない。

 

 「……ねぇ」

 「はい?」

 「君、さっきからなんか怪しい」

 

 訂正。もう怪しまれていた。

 

 「何ていうか、初対面にしても妙に壁を感じるんだけど。私、何かした?」

 「別にそういうわけじゃないですけど」

 

 しまった……

 

 

 

 実は、俺は彼女の事を前々から知っている。

 

 彼女と彼女の母親は、桐条グループの事故のスケープゴートにされた父親の事で、世間からの冷たい風に晒されていた。そしてこの世にはネットという便利で怖い道具がある訳で……匿名の掲示板への書き込みには岳羽詠一郎氏への罵詈雑言が飛び交うのは珍しくもなく、酷い時には遺族である彼女とその母、岳羽梨沙子さんの実名が写真付きで晒されていたこともある。

 

 少しでも情報が欲しくて毎日PCにかじりついていた当時小学生の俺も、その胸糞悪い内容を何度か目にした。しかし、小学生の子供には精々情報の一つとして別のファイルに保管し、少しでもマシになるように祈る事しか出来なかった。

 

 同情してるのかと聞かれれば、そうだろう。でも、正直に言えば少なくともいい気はしないはず。俺に被害がなければ多少は力になってもいいかと思うけど、どう関わればいいか分からない。

 

 それが態度に出たみたいだ……

 

 「実は、女の子と話すのに慣れてなくて」

 

 こんなありきたりな言葉しか出てこない。

 

 「西脇さんとは割とフツーに話してなかった?」

 「彼女はクラスメイトで、宮本を挟んで今までも何度か話してたからでしょ、きっと」

 「ふーん、まぁいいや。ちょっと気になったから聞いてみただけだし。あ、私こっちだから」

 

 話しているうちに男子寮と女子寮への道が分かれる所まで来ていた。

 

 「そう。それじゃ、またいつか。クラス違うけど、見かけたら挨拶くらいはさせてもらうから」

 「それはいいけど……やっぱり避けられてる気がする……」

 「ん? 何か言った?」

 「ううん、なんでもない。さよなら」

 

 岳羽さんが足早に去っていき、俺も男子寮に向かう。

 

 “やっぱり避けられてる気がする”……どうせ聴くなら、ラブコメ的な空気で聴きたかった。とぼけたけどバッチリ聞こえた。あれ絶対に“お近づきになりたい”じゃなくて、“理由分かんないからキモイ”って声だったよ。

 

 「これからの人間関係、どうなるんだろう」

 

 先のことを考えてみても、まるっきり予想できない。成り行きに任せるしかないのか……?


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