人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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60話 一歩ずつ進もう

 5月11日(日)

 

 ~部室~

 

「失礼します、江戸川先生」

「ヒヒヒ……待っていましたよ」

 

 日曜日の朝。授業は無く部活も本来休みだが、今日は江戸川先生に呼び出された。

 話したいことがあるらしい。俺も用があったからいいけど、なんだろう? 

 

「とりあえず入ってください」

 

 江戸川先生の部屋へと通された。

 相変わらずの不気味な部屋だが、江戸川先生はその奥に入って手招きをしている。

 なんだろう?

 

 近づいて見ると、江戸川先生はおもむろに床の一部を捲り上げた。

 見ると人が二人ほど入れそうな幅の床下収納がある。

 これがどうしたのかと思っていると、先生は笑顔で収納の底を押す。

 

「! これって!」

「ヒッヒッヒ、どうですか? 驚いたでしょう」

 

 なんと、底が抜けるように開いた! その先には金属製のはしごが着いている。

 下に降りられるようだ……ドッペルゲンガーを呼び出してみれば、先は広めの部屋。

 

「ついてきてください。降りるときに気をつけて、あと蓋は閉めるように」

 

 従って先に下りる先生を追って、頑丈そうな扉のついた部屋に案内された。

 地下は上とほぼ同じ間取りのようだ。

 唯一玄関に当たる場所が四部屋に区切られているのが違いらしい違い。

 室内は以前に何かが置かれていたであろう壁の汚れ以外は何も無い。

 ……先生の部屋とは違う意味で不気味だ。

 

「ここは、いつから?」

「私が荷物を運び込んだ翌日に見つけていました。鍵が壊れかけていたらしくてですねぇ……大きな音が鳴って、開けてみたらビックリ! 地下への通路があるじゃありませんか。使える部屋が増えた喜び半分、保管していた貴重品が壊れて悲しみ半分でした。

 何のためにこんな部屋があるのかは謎でしたが、一昨日の君の話で見当がつきましたよ」

「……ここは桐条グループの?」

「それしか考えられませんねぇ。ここがかつての実験場で、タルタロスと呼ばれる塔になるのでしょう? 影時間という時間帯には。

 実験を行っていた組織であり、ここを管理する月光館学園の経営母体である桐条グループ以外に考えられません。それにこの地下室の扉と壁。各部屋が防護シェルターのようです。研究施設か、研究員の緊急避難所といった所でしょう。

 あるいは上に置いておけない機密の資料でも隠していたのか、とも考えましたが……想像の域を出ません。分かるのはここがきれいさっぱり片付けられて、完全に放棄されている事だけ……しかしこういう話をするには使えると思いませんか?」

 

 確かに。まだ天田と山岸さんに事情を話すつもりはないし……

 

「では今後、密談はここで」

「そうしましょう。例の薬は?」

「持ってきました」

 

 俺はポケットから出した制御剤の容器を先生に渡す。

 

「しばらく預からせてもらいます。中間試験が終わる頃には、この薬にどんな成分が含まれているか、効果と併せて説明できるでしょう。未知の成分でないことを祈っていてください。

 ……で、他に何かありました?」

 

 俺はバスタードライブのことを話した。

 

「そんな怪物がいるのですか……無事でなによりです。これからどうするつもりですか?」

 

 その質問に、俺はこう答える。

 

「とりあえずは薬を先生に預けたように、できることから片付けていくつもりです。他は考えながら地道に、ですね」

 

 練習量を増やす、タルタロスでシャドウをもっと倒すというのも考えた。

 数日前の俺ならもう練習を始めていたと思う。

 しかし少しだけ余裕ができたからだろう。今はそこまで焦りはなかった。

 

 考えるとやるべき事は他にも色々あるんだよな……

 

 個人的にはまずバイクの免許だろ?

 ついついシャドウの方にかかりきりで教習所にも行ってない。

 昨日の占いの感想も、まだちゃんと目を通せていない。

 大丈夫だろうけど、学校の試験もある。

 月曜に勉強会開催って知らせがまた順平から来たし、だいだら.の件も進展した。

 今朝甲殻は速達で送ったから、向こうに着くのは明日か明後日……あとは物を見た相手との交渉しだいか。いくらかかるかなぁ……

 天田にも色々教えないといけないし、山岸さんも料理の練習に付き合うって言ったきりだ。

 ……山岸さんは優先度が高いな、危険度も高いからほっとくと何作るか分からない。

 おまけに山岸さんの料理を変な方向に強化しうる先生がいる。

 

「……大丈夫そうですね」

「?」

「私はその影時間という時間帯を感じられません。だから君が窮地に陥っても助けられませんし、無理をするのを止めることもできませんからねぇ。もっとも、影時間に活動できたところで怪物相手に私ができる事はなさそうですが。ヒッヒッヒ……あまり無茶な事をしようとは考えていないようでよかった。

そんな君に一つ提案です。余裕があれば今度、マラソンや格闘技の大会に出てみませんか?」

「大会?」

 

 想像もしていなかった質問に、なぜかと聞くと

 

「どんな経緯と思惑で造られたにせよ、この部室は私たちにとって有用です。だからここを今後も心置きなく使い続けるためには、実績を作っておくべきですよ。私やオーナーもできるだけ協力をするつもりですが、桐条グループとは違い“資金力”に限界があるのでねぇ……ここを自由に使えるというのは大きいでしょう。

 それに表向きの部の実績として隠れ蓑にするほうが重要ですが、家電製品などを賞品としている大会で勝てればそれを売って活動資金に充てられます。

 影虎君は体育で随分いい記録を残しているようですし、部活中の記録もなかなか……我々が(・・・)本気でやればいいところまでいけると思いますよ」

 

 先生の説明には納得できる。

 大会出場を目標にする生徒とそれを応援する先生のように見せて学校向けの実績を作る。

 そしてこの秘密基地のような部室を取り上げられないようにしたい。

 部活動では先生のバックアップを受けつつ、あわよくば大会で多少の資金を得る。

 

 でも一つ懸念がある。

 

「ドーピング検査はどうなりますか? ペルソナが何か引っかかったり」

「そう言うだろうと思って真田君の大会記録を調べてみました。彼は多くの大会に出場経験があり、検査を何度も受けていますが引っかかった記録はありません」

「ペルソナ使いとして発覚するかどうかは?」

「可能性は低いですね。私は学校の検診で毎年尿検査をやっていますが、去年の真田君の結果におかしなところはありませんでした。通常学校や大会で使用される市販の検査キットでは発覚しないでしょう。

 それにドーピング検査は選手の尿を採取して行うのが主流ですが、病院の尿検査は特定の病気が疑われる患者が対象です。影虎君の知る情報では風邪気味で病院にかかるだけでペルソナ使いか否かを気づかずに調べられるのでしょう? なら検査方法はもっと簡便で違和感なく万人に受けさせられる方法の可能性が高い。ペルソナ使いの素質を持つ人材が希少ならば、より多くの人間を調べる必要がありますからね……」

 

 先生はインフルエンザの検診を例に挙げた。

 たしかに鼻に綿棒をつっこんで検体を取るアレに似た方法なら、簡単かつ念のためにと風邪で来院した軽症患者にも薦めて気づかれずに検査ができる。

 

「なにはともあれ一度君の尿、血液、ドーピングなどの検査をやってみましょう。それで判断材料も増えますし、ここでこうして推測を続けるよりは建設的でしょう。ダメならその時はその時です。

 我々の立場や強みを最大限に活かせるのは大会だと思いますが、我々の評判を上げられれば何でもいいのです。清掃活動や人助けでもなんでもね……ヒッヒッヒ、困った人の噂なんかも集めておきますから、暇があったら気にかけてください。

 ……まぁ、とりあえず今は試験ですか。あまり悪い結果を残してしまうと部活に制限がつくので、ほどほどの点は取ってください。勉強会を開くならいくらでも上を使っていいです。最後にこれを君に」

 

 折りたたまれた一枚のコピー用紙を渡された。

 

「……もしかして気功の?」

「その通りです。気、つまり肉体エネルギーについて基礎的な知識をまとめておきました。私にも仕事があるので、とりあえずその内容を頭に入れておいてください」

 

 知識はこれを参考書に自習、直接指導できる時間は全部実践に使うのが先生の指導方針だと言い渡された。

 

「よろしくお願いします」

 

 江戸川先生に協力を頼んで良かった。

 安心して検査が受けられるだけでも、俺としてはとても助かる。

 俺はためらうことなく頭を下げ、先生の部屋で採血を受けて尿検査の道具を受け取って帰宅した。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~男子寮・自室~

 

「……やっぱりなぁ」

 

 帰宅後、昨日倉庫のあれこれで読んでいなかったお客様からの感想に目を通した。

 その結果は色々だ。

 

 もらえた感想は七人分。全体的にまぁまぁ当たってるかもしれない。そんな気がする。という感じの感想で、一枚だけぜんぜん当たらないとこき下ろされている。しかしすべてに共通して手つきが拙く見えるという意見があった。

 

「慣れていないのは事実だけど、仕事としてできるレベルではないって事だよな……」

 

 カードの意味や並べ方は記憶しているし、真剣に解釈しようとした。

 けれど、それと手つきは別問題だ。今はまだ見習いだからと概ね好意的に見られているようだけど、このままでいいことは無い。

 

 練習しようとカードに手を伸ばす。

 

「おっと」

 

 電話だ。……山岸さんから? どうしたんだろう? 

 

「はいもしもし、山岸さん?」

『あ、葉隠君? 月曜日からの部活のことでちょっと』

 

 部活の活動予定? どこも試験前で休みのはずだけど。

 

『うん。高等部はそうなんだけど、小等部はまだ期末とかないから活動できるの。それで天田君に練習してもいいですか? って聞かれたんだけど、その辺把握してなくて……』

「なるほど……天田が禁止されて無いならいいと思う。どのみち俺たちも部室で勉強会やるんだし、部室は使えるよ。これは江戸川先生に確認済み」

『分かった、天田君にはそう伝えておくね。……ところで葉隠君、もしかして寮の部屋?』

「そうだけど」

 

 何でわかったんだ?

 

『そっちが随分静かだったから外じゃないだろうし、もしかしてと思って。女子寮もね、休みなのにすごく静かなの。試験前だから皆勉強してるみたい。葉隠君も?』

「いや、俺はぜんぜん関係ないことしていたよ」

 

 俺はバイトと占いの話を山岸さんに話した。

 

『葉隠君、そんなアルバイトしてたんだ。アクセサリーショップで占いって珍しいね、デパートとか路上では見たことあるけど』

「おまけに昨日が初日だからね、お客様からの感想で拙いって全員から指摘されていたよ」

 

 そう言うと、山岸さんは何かを思いついたように声を上げた。

 

『それならマジックショーとか見てみたら?』

「マジックショー?」

『テレビとかで見るマジックって、なんか不思議な雰囲気があるでしょ? だから占いでもそれっぽい雰囲気が出るんじゃ……』

「……………………」

『あ、でも占いとマジックは違うよね……』

「いいかもしれない」

『えっ!?』

 

 マジックと占いは確かに違うが、雰囲気やカードの扱い方は参考にできるかもしれない。

 

「マジックを参考にしたい。けど、どこに行けば見られるかは知ってる?」

『えーっと……見るだけなら動画サイトでいくらでも見られるけど……』

「いや、できれば直に見たい」

 

 目の前で見ればドッペルゲンガーで記憶してより詳細に参考にできる。

 

『それならちょっと待って…………』

 

 それっきり山岸さんが無言になった。

 

『葉隠君』

「はい」

『見つけたよ。巌戸台商店街にある“浮雲”っていうお店で、希望者には五百円で実演してるらしいよ。ネットのお店紹介によると店長さんがプロのマジシャンみたい』

 

 わざわざ調べてくれたのか!?

 

『定休日が月曜日で日曜日は午後五時閉店だから、今からでも行けば間に合うとおもうけど……』

「早速行ってみるよ」

 

 俺は山岸さんに礼を言って、また出かける準備を始める。

 

 お客様の満足度を高めるのも、きっと訓練の内だ。




影虎は秘密の地下室の存在を知った!
江戸川先生に制御剤を預けた!
江戸川先生と情報交換をした!
検査道具と気の知識(プリント)を手に入れた!

江戸川先生から依頼が出た!
依頼No.1 実績をつくっておこう 
達成条件:大会に出て記録を残す
達成報酬:部室の占有権を維持しやすくなる
達成期日:無期限

60話となり影虎の交友範囲も広がってきたので、“依頼”を導入しました。
影虎はベルベットルームで依頼を受けられない代わりに、街中や学校で依頼が発生します。
依頼はやらなくてもいい事ですが、達成するとアイテムやお金を入手できたり、何かいい事があったりします。

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