人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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61話 昼下がりの商店街

 ~巌戸台商店街~

 

「ここでいいんだよな……」

 

 山岸さんに教えて貰った浮雲という店は、左右の店舗の隙間に無理やり収まったような細い建物だった。縦長で窮屈な扉から入るとカウンターまで一直線。その左右や壁におもちゃやマジック用品がズラリと並ぶ、外観相応に狭い店内だ。

 

 ドッペルゲンガーメガネを装着。

 

「いらっしゃい。高校生くらいか……パーティに、文化祭の出し物に、色々そろってるよ」

 

 カウンターから朗らかに話しかけてくる中年男性に、手品を見せて欲しいと伝える。

 

「えっ? 買いに来たんじゃなくて、マジックを見に来たのかい? ああいや、悪くは無いんだけどね」

 

 マジックは商品の実演販売のような物で、マジックを見ることが目的の客は珍しいそうだ。

 普段はどんな状況でマジックをやりたいかを聞いて、薦めるマジックを十分五百円でやっているらしい。

 

 俺はカードマジックをお願いした。

 

「それじゃ手始めに……この中から一枚引いてくれるかい? 僕に見えないように」

 

 流れるように、カウンターにアーチを描いたカードを一枚引く。

 引いたカードはクローバーの3だ。

 確認が終わるとカードを山の中に戻すよう指示される。

 

「はい、これで君の引いたカードがどれか分からない。でもこの中にはあるよね?」

 

 広げて見せられたカードの中に、いち早くドッペルゲンガーがクローバーの3を見つけ出した。

 

「あります」

「では」

 

 男性はカードを何度も二つの山に分け、交差させて一つに戻す。

 所作の一つ一つが堂に入っている……これはできるとカッコよさそうだ!

 そうしてできた山の柄が見える方を俺に向け、人差し指を上に添えて……!

 

「あっ!」

 

 持ち上げられた指を追うように、選んだカードが上がる。

 これ、カードの影から小指で持ち上げてるだけだ。

 

 肉眼では不思議な持ち上がり方をしているように見えるタネを、周辺把握が暴露していた……しかしどうやったんだろう? それはわからない。

 

「さてこのマジック。タネは意外と単純なんだ」

 

 ここのマジックは商品を売るための物、種明かしとレクチャーも代金の内というので遠慮なく教えてもらおう。

 

 男性がまたさっきと同じようにカードを操る。

 

「君がカードを確認している隙に、さりげなく手元にある一番下のカードを見て覚えたんだ。そうするとほら、君が引いて戻させたカードが覚えたカードの隣に来る。左右を間違えなければ“この中にありますね?”と聞きながら広げたときにカードを確認できるのさ。

 そのカードが一番上になるようカードを二つに分けて合わせる事で、カードを全体の一番上に持ってくる。あとは何度か同じようにカードを混ぜるふりをする。この時肝心の一番上のカードを変えなければ、最後まで目的のカードの位置を把握しておけるんだ」

 

 二つの山を交差させる時、引かれたカードを上にかぶせないように気をつけるだけでいい。

 最後に小指で持ち上げる……と、これだけ。演技を交えてお客にばれない様に行うだけでいい。説明されると非常に簡単な理屈だ。

 

「カードマジックをやるときにまず気をつけるのは持ち方。こう、カードに手のひらや指を添えて安定させるんだ」

「こうですか」

「そうそう、で次にめくるときは……」

 

 こうして俺はカードマジックの基礎を学んだ。

 

 ……なおカードの持ち方、捲り方、混ぜ方。広げるための“スプレッド”や、持ち上げた手からカードをはじき落とす“ドリブル”等々、基本的技法の説明と指導を受けた時間は四十分を超え、おまけにいくつかコインや小道具を使うマジックを見せて貰った後でトランプマジック用の敷物を購入。代金として計三千円を支払った。

 

「君はなかなか筋がいいよ、やる気があればまたおいで」

 

 俺はリップサービスに挨拶を返しながら店を後にした。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

 すぐに帰らず商店街をぶらついてみる。

 

「アーモンドクッキーセット、これにバターと卵白を加えてレシピ通りに作ると、簡単にできます……? 卵とバター別売りなのに、セットって言えるのか……でも山岸さんには良さそうだ」

「ボクシング用品応援セール期間。天田にミットでも……体ができてから、でもいまなら安いし……もう少し考えるか」

「ここ何の店だ……? 野菜と機械の部品が一緒に置いてある店なんて始めて見た……おっ! これルーターじゃん。……研磨剤もある! 工具屋か?」

 

 商店街はなにかと誘惑が多い。

 予定に無かったクッキーの材料と、ルーンを刻む道具一式を衝動買いしてしまった。

 バイト代が飛んだけど、どちらも使えそうなので後悔はしていない。

 

「ああっ!」

「おっと」

 

 目の前でお婆さんが躓いた。

 落ちた袋からジャガイモが散乱して足元に転がってくる。

 

「大丈夫ですか? 手伝います」

「あらあら、ありがとうね」

 

 急いで拾い集めよう。

 考えるとかけっ放しだったドッペルゲンガーの周辺把握により、散乱したジャガイモの位置が示された。別になくても見ればわかるが、近いものから拾い集めていく。

 

「はい、お婆さん」

「ありがとう。あら……一つ足りないわねぇ」

「それならもう一つ向こうに……」

 

 道路の真ん中にもう一つ転がっている。そう周辺把握をが示した方を向くと、その先から走ってくるバイクが見えた。

 

 こんな商店街の中を走るにしてはスピード出しすぎじゃないか? ぐんぐん近づいてくる。人通りは多くないけど、危ないな……

 

「お婆さん、ちょっと隅に寄りましょう」

「あらまぁ」

「うわっ!?」

「!?」

「だっ! あっ! あ!」

 

 まずい!

 

 進路上に落ちていたジャガイモに気づかず、踏みつけたバイクが跳ね上がった。

 コントロールを失った車体が流れてくる!

 

「ちっ!!」

「ああっ!?」

 

 考えるより先に体が動き、体ごとぶつかるようにお婆さんを抱えて跳躍。

 迫り来る車体からお婆さんをかばうが、運転手がさらにハンドルを切る。

 

「っ!」

 

 片足で強引に軌道修正。おばあさんを引き寄せると温い風が肩をかすめた。

 

「キャーッ!?」

「おい大丈夫か!」

「あ、あら、何が起こったの……?」

「……とりあえず助かったみたいです」

「助かった?」

 

 突然のことにお婆さんは目を丸くしている。

 理解が追いついていないようだ。

 

「あっ! こら待ちなさい!」

 

 通行人の男性の叫び声を聞いて振り向くと、体勢を立て直して走り去るバイク。

 

 逃げる気か! 

 

「あ、ああ……」

「!」

 

 腕の中で事態を把握したお婆さんの顔が、蒼白になっている。

 

 ……車種とナンバーに服装は記録したからな。

 

 転がったジャガイモも一因だが、危険運転とその後の態度に覚えた憤りを抑え込んで、お婆さんに声をかける。

 

「お婆さん、お怪我は?」

「ええ、私は大丈夫……それよりあなたは? 大丈夫なの!?」

「俺もなんとか避けたので」

「よかった、本当に良かった……」

 

 おばあさんは自分の足でしっかりと立って見せ、すぐに俺の心配をしてくる。

 あれ? このお婆さん……

 

「大丈夫ですか光子さん!」

「あらあらゲンさん、私はこの通り、ぴんぴんしているわ」

 

 通行人の男性と話すおばあさんをよく見ると、やっぱり古本屋“本の虫”のお婆さんじゃないか! 今の今まで気づかなかった……

 おばあさんだいぶ落ち着いたようだけど、まだ手足が若干震えている。

 視線をそらすと、さっき拾い集めた荷物がまた散乱しているのが目に入った。

 

「それじゃ私は連絡があるからこれで、光子さんも気をつけてくださいね、近頃は危ないから」

「…………お婆さん。これ……」

 

 立ち去る男性を見届けて、無事な荷物を拾い集めて差し出す。

 

「ありがとうね」

 

 受け取った荷物を抱えてうつむく光子婆さん。

 この人は交通事故で息子さんを亡くしているはず。

 何か思うところがあるのだろう。

 

「……お婆さん」

「……?」

「どこかで休みましょう。お家は近いですか?」

「ええ、すぐそこだけど……」

「だったら送りますよ、荷物、持たせてください」

「まぁ……本当にありがとう」

 

 元気の無いお婆さんと商店街を歩く。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~古本屋・本の虫~

 

「おおっ!? 婆さんどうしたんじゃ!? そんな若い子連れて帰ってくるなんて!」

「さっき、そこで助けて貰ったんですよ」

「助ける?」

 

 荷物をお店に置く間、お婆さんからお爺さんに簡単な説明が行われると、お爺さんの態度が豹変する。

 

「なんとっ! 婆さんの命の恩人かい!? それも交通事故!? むむむ……婆さんまで失った日には、ワシは……本当に、ありがとよぅ。あー……」

「申し送れました、葉隠です、葉隠影虎」

「虎ちゃんじゃな! お礼にいい物をあげよう」

「いえ、そんな」

「そう遠慮せずに、持っていきなさい」

 

 お爺さんはそう言って持ってきた大量の菓子パンを、俺のマジック道具が入ったビニール袋にガンガン詰めていく。パンが潰れてしまっているのにお構いなしだ。

 

「ありがとうございます。それじゃ俺はこれで」

「もう帰ってしまうのかい? また、よかったら顔を出しておくれ」

 

 古本屋の老夫婦に見送られ、パンパンになった袋を抱えて寮へ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~男子寮・自室前~

 

「順平いるかー?」

「ちょっと待った! いまい、うおわっ!?」

 

 ……何やってんだろう? 

 

「てて……おっす、何か用か?」

「これなんだけど」

 

 扉を開けた順平に、古本屋で貰ったパンを見せる。

 

「どうしたんだ? この大量のパン」

「もらい物なんだけど、食べ切れそうになくて。よかったらいくつか貰ってくれないか?」

「ふーん、じゃ遠慮なく。そだ、影虎ポテチとか食う? 俺昨日くじ引きやったら箱で当てちってさー、しかもマイナーな味のやつ。よかったら変わりに持ってってくんねー?」

「じゃあ交換しようか」

「おっし! じゃ入れよ、幾つか種類あるから、選んでいいぜ」

 

 こうして順平の部屋に招待されたが……呆れるほどに部屋が汚い……

 

「なんか、凄いな……」

「まぁ男子ならだいたいこんなもんじゃね?」

 

 それにしても……

 

「順平、掃除はした方がいいぞ。でないと女子に見られて恥をかく」

「残念ながらオレッチには部屋を見せる女子なんていないんだよチクショウ!」

「いや、あると思うぞ、来年くらいに……」

 

 巌戸台分寮の監視カメラに映るんだよ、桐条先輩が泥棒と間違えて黒澤巡査を呼ぶ映像が。

 

「来年?」

「あ、いや、なんというかそんな気がしてな」

「それってあれか? 予知ってやつ? だったら俺に来年、部屋に来るくらい仲いい女の子が? そうだといいなぁ……へへっ」

 

 順平は勝手に妄想して気をよくしたようだ。表情がだらしない。

 

 ……お調子者でよかった。

 

「ほら影虎、こん中から好きなの選べよ。何なら箱ごともってってもいいぜ」

「じゃこっちも好きなの選んで」

 

 ポテチの箱とパンの袋を交換して、中を改める。

 

「……なぁ順平、これってどこで売ってんの?」

「しらねー。なんか変わったのばっかだろ」

「変わってるというか、ポテトチップにする味じゃないと思う」

 

 箱の中にあるラインナップはラーメン味、みかん味、りんご味、もも味、うに味。

 変り種ばかりだ。少なくともいそこらの店で売っている味が一つもない。

 

「……まだ無難そうなラーメン味を貰っていくよ」

「そっか、やっぱフルーツ系は手が出ねーか。オレッチもなんだよ……罰ゲーム用にすっか。あ、俺はコロッケパンと焼きソバパン貰ったぜ」

「二つでいいのか?」

「夕飯もあるしこんくらいだろ」

「それもそうか。じゃあまた夕飯のときに」

 

 順平の部屋を出た。




影虎はカードの扱い方を学んだ!
影虎は衝動買いをした!
クッキー作りができるようになった!
ルーン文字をバイト先でなくても彫れる様になった!
古本屋の老夫婦と知り合った!
大量のパンを手に入れた!

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