人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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62話 千客万来の勉強会 その五

 翌日 5月12日(月)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「山岸さん、材料をレシピ通りに計ってもらえる?」

「うん、わかった」

 

 今日も皆で集まり勉強会を行う予定だが、始まる前に山岸さんとクッキーを作る。

 昨日買ったクッキーセットのレシピは簡単ですぐできそうだし、上手くできれば休憩中に食べられる。

 

「材料は冷蔵庫?」

「それとそっちの棚に今朝入れておいたはずだけど……」

「あっ、これだね」

 

 計量する山岸さんをドッペルゲンガーで監視しながら、オーブンを予熱して道具を用意する。いまのところ妙な物を混入させるような動きは無い。

 

「卵とお砂糖、薄力粉、溶かしたバターにアーモンド……そうだ、バターを溶かしておかないと」

 

 それを聞いてそうだったと思ったら、山岸さんは行動に移っていた。バターの塊を鍋に入れて、コンロに……って

 

「ちょっと待った、火強すぎない?」

「えっ、そうかな? このほうが早いかと思ったんだけど」

「焦げると思う。もっと弱火か湯煎か……それよりまずバターも量らないと」

 

 ……

 

「クッキーってこの色なのかな?」

「この色?」

「ほら、お店で売ってるクッキーって、種類や色がたくさんあるじゃない?」

「確かに。カラフルなのとかもあるけど……」

「生地に色を混ぜたらそうなるのかな?」

「それか焼いてから着色料とか……ちょっと待った、その手に持ってるタバスコを置こうか」

「色を足したほうが見栄えが良くない? 食紅の代わりに」

「色と一緒に味も足されるよ!?」

 

 ……

 

 なんとか柔らかくした適量のバターと材料を混ぜ、レシピ通りの生地を作れた。

 山岸さんは材料の計量はしっかり出来るようだけど、ちょくちょく独自のアレンジを加えようとする癖があるみたいだから油断できない。

 

 気を抜けたのは、トレーに移した生地をオーブンに入れてする事が無くなってからだった。

 

「先輩!」

 

 と思ったら天田が慌てたように飛び込んできた。

 

「どうした?」

「先輩達が集まったんですけど、一緒にあの桐条先輩も来てるんです」

「桐条先輩が?」

「それに桐条先輩と一緒に不良みたいな人が二人来て先輩に会いたいって言ってます」

「なんだって……? それ男か?」

「そうです」

 

 桐条先輩と一緒にいる男二人となると荒垣先輩と真田しか思い浮かばない。

 けど何の用だ? 俺と日中の関わりは無いはず。

 

「で、その二人は?」

「たぶんまだ部室の外に。なんか高城さんの知り合いだったみたいで、言い合いを始めちゃって……」

 

 高城さんが!? 穏やかで言い合いをするような人じゃないと思うが……それにあの二人と知り合いなのか? 耳を澄ますと確かに高城さんの声が聞こえてくる……とりあえず行くか。

 

 意を決して外へ出ると、そこでは確かに高城さんが声を荒げていた。

 ……思い浮かべた二人とは違う不良男子二人を相手に。

 

「二人とも、そんな格好でなにやってんの! サッカー部は!?」

 

 喧嘩ではなく、高城さんが男二人を問い詰めている感じだ。男二人はその剣幕にたじろいでいてる。だからか? 連れてきた桐条先輩も、順平たちも。誰も止めに入らず困ったように様子を見ている。

 

 手は出されなさそうだけど……

 

「おーい、何の騒ぎ?」

「ちょっと黙っ、あ」

「「! 兄貴!!」」

「はっ?」

 

 誰こいつら、マジで。

 痣のある顔を見せ付けてくるが、兄貴とか呼ぶ奴に心当たりはない。

 

「俺らっすよ!」

「と言われても……!」

 

 この金髪、鼻ピアスはしてないけど……それにこのチャラそうな茶髪!

 

「思い出した! 路地裏でボコボコにされてた二人か!」

「ちょっ、そんな身も蓋もない……」

「事実っすけど……和田(わだ)勝平(かっぺい)っす」

「同じく新井(あらい)健太郎(けんたろう)です!」

「「あの時はマジ助かりました!! ぜひお礼をさせてください!」」

「お、おう……桐条先輩?」

 

 説明を求めます。色々と。

 

「アポイントもなくすまない。君に礼がしたいと言ってきたんだが、こちらとしても突然だったものでな……」

 

 そう前置きして説明された内容はこうだった。

 まずこの二人は礼が言いたくて俺の事を探していた。だがどこの誰だか分からない。

 そこであの時ナンパした森山が俺のことを知っていたのを思い出し、彼女を探した。

 聞き込みをしていたため、桐条先輩の知人(荒垣先輩)も話を聞きつけた。

 お前らみたいなのが押しかけたら迷惑だと言われたが、それでも! 

 という事で荒垣先輩が桐条先輩に相談、もとい急に押しかけてきて丸投げされたそうだ。

 

「二人がこの風貌だからな。校舎内よりここに案内した方が注目を集めずに済むと判断した」

「お気遣いありがとうございます」

「なに、君には色々と世話になっているからな……今日も迷惑を掛けていると思っているが」

 

 でも教室に特攻されるよりは断然いい。

 というか、何でこいつら月光館学園の制服着てるんだ?

 それに高城さんとはどういう関係?

 と疑問に思っていると、視線で察した高城さんが疲れたように口を開いた。

 

「私、去年まで中等部でサッカー部のマネージャーでね……この子たちはサッカー部員で一年下の後輩なの」

「「うっす!」」

 

 なるほどなー、この二人も月光館学園の生徒だったのか。って……

 

「一つ下ってことは、まだ中三なのか!?」

「「うっす……」」

「本当だよ! 中学生が、っていうか中学生でなくても夜中に駅前の路地裏に行くなんてどういうこと!? 柳先生が口すっぱくしてあそこは危ないから近づくなって言ってたの、忘れたわけじゃないよね!? 髪も丸刈りだったのがこんなんなって、どうしちゃったのよ!? まるで昔と正反対じゃない!」

 

 興奮して普段は聞かない勢いで吐き出される言葉に、男二人は申し訳なさそうに彼女の視線を避ける。

 

「……とりあえず、全員中に入れ。座って話そう」

 

 俺を含めて皆、沈黙したまま部室へと入っていく。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~部室内・自室~

 

 興奮していた高城さんは山岸さんや桐条先輩に任せ、俺は和田と新井を占有している部屋に連れてきた。

 

「まずお礼をさせてほしいって聞いたけど、特に気にすることは」

「そんなこと言わずに!」

「親も礼がしたいって言ってるんすよ!」

「だからうちで飯食ってください! 俺んち巌戸台商店街にある“わかつ”って飯屋なんです! それなりにうめぇっすから!」

「俺の家は“小豆あらい”って甘味屋です! デザートなら任してください!」

「……え? “わかつ”と“小豆あらい”の息子なの?」

「知ってますか?」

「一応。俺今年からこっち来たからまだ行った事ないけど」

「「だったらこの機会に是非!」」

 

 一度は行ってみたかったし、いい機会だから申し出は受けることにする。

 だからさっさと高城さんとの話に移りたい。

 このままじゃ終わりが見えないし、無視して勉強会を始める気にもならない。

 たぶん他の皆も同じだろう。

 

「それほど付き合い長くもないけど、あんな高城さん初めて見たよ」

「そう言われてもなぁ……」

「何から話したらいいのか……」

「……じゃあ、二人はサッカー部なのか?」

「今は違います」

 

 俺の質問には新井が答えた。

 

「今は、ってことは辞めたのか」

「はい……柳先生、去年までサッカー部の顧問やってた爺ちゃん先生なんですけど、その人が定年で退職して、新しく来たセンコーと馬が合わなかったっす」

「合わない。どんな風に?」

「えこひいきがヒデーすよ。自分の科目の成績がいい奴とか、自分の言うことを聞く奴だけ試合に出したり、気に入らない奴にだけ雑用を回したり……あ、言うこと聞かないってのは指示に従わないって意味じゃないっすよ!」

「柳先生が顧問だった頃は皆一生懸命練習して、純粋にサッカー楽しんで、そんな感じでやってました。けど今のセンコーは……林って言うんですけど、しょっちゅう内申書の話題とか出しやがるんですよ。それで元からいた部員のほとんどが林の顔色を伺うようになっちまって……新入部員もサッカーに興味があるのかわかんねぇ。でも林はそういう奴ばっかり優遇します」

「そうそう、練習に身が入ってないんすよ。そんで昔みたいに気合入れて練習したくて呼びかけたら、俺らの方が浮き始めて喧嘩になったりもして……」

「最後には“チームワークを乱すな”なんて注意される始末でなんつーか……急にアホらしくなっちまって、そのまま退部ってことに」

 

 先生の性格や目的は不明だけど、とにかく活動方針の変化について行けなかった、って事か。

 

「それでその格好をするようになったのは? 高城さん的にショックだったみたいだけど」

「美千代先輩にはしばらく会ってなかったっすからね……最後に会ったのっていつだっけか?」

「わかんねぇ、けど俺らが退部する前だろ。辞めてからは連絡も取り辛くなったし」

「だな。柳先生はこういう服装許さない人だったんで、美千代先輩は丸刈りの格好しか見たことないはずっす」

「丸刈りの後輩がちょっと見ない間にそうなってたら誰でもおどろくわなぁ……」

「返す言葉がないっす」

「俺らも自分がこんな格好するなんて、前は考えもしなかったんで」

「じゃなんでそんな格好を?」

「勢いでサッカー部を退部したんですけど、いざやめると他にやる事なくなって……」

「町プラプラしてて、なんとなく」

「話の途中ですまない。葉隠、ちょっといいか」

「ん、二人ともちょっとここで待っててくれ」

「「うっす!」」

 

 こいつら意外と素直だな……

 

 二人を置いて桐条先輩から廊下で話を聞くと、高城さんが落ち着いたそうだ。

 実際に勉強会の会場に顔を出してみれば、普段通りに近い高城さんの姿がある。

 

「葉隠君、それに皆もごめんね。変な話にしちゃって、勉強会も」

「気にしなくていいって!」

「そうそう、俺的には勉強しない口実ができたっつーか?」

「順平……」

「順平さん……」

「のわーっ!? ゆかりっちと天田の目がキビシー! 軽いトークで励ましてんだからそんな目で見るなよ!?」

「えっ、冗談だったの?」

「岩崎さん!?」

「普段の行いが行いだもんねー」

「仕方ない仕方ない」

 

 くだらないやり取りを前に、高城の顔に笑顔が浮かぶ。

 こういう時に順平は強い。タイミングにより当たり外れはあるけれど。

 

「あの二人何か言ってた? 私一方的に色々言っちゃったけど……」

「高城さんに対しては特に。しいて言えば申し訳なさそうだった」

 

 俺は和田と新井から聞いたことを話した。

 

「……そうなんだ。納得した」

「今ので?」

「うん。顧問の先生と方針が変わったのは知ってたし、あの二人はサッカー部の中でも一二を争う馬鹿だったから。サッカー部がそんな事になってるとは知らなかったけどね。相手に取り入るとか、器用な真似はあの二人には無理無理。

 ……でもその林先生、私が聞いてた話とはだいぶ違う。教育熱心ないい先生って聞いてたんだけど、あの二人が嘘ついてるとも思いたくないし……」

 

 俺もあの二人はただ素直に不平不満を話していたように見えた。

 あれが嘘なら高城さんの話す二人の人物像とは似ても似つかない。

 桐条先輩何か知らないかな?

 

「……葉隠、そんな目で私を見られても困る。出資者の娘でも職員の雇用や面接をしている訳ではないんだ。私が中等部に在学中だった頃からいる教員なら面識もあるが、その林という教員はおそらく新任教師だ。記憶に無い」

「ですよね……あれ? そういえば山岸さんは? 見当たらないけど」

「彼女なら先ほど奥へ行ったが」

「私がどうかしたの?」

「おっと」

 

 噂をしたら本人がやってきた。

 

「いや、見当たらなかったからどこ行ったのかと」

「ごめんね、ちょっと気になった事があったから調べてたの」

「調べ物とはそれか? 山岸」

 

 先輩の目が手に持つ紙に目を向くと、山岸さんは頷く。

 

「高城さんがあの二人の格好じゃきっと部活に行ってないって言ってたから、掲示板でサッカー部の事を調べてみたの。何か手がかりがあるんじゃないかと思って……あれっ……? 皆?」

『ナイス!』

「ブリリアント!」

「えっ? ええっ?」

 

 絶妙なタイミングで情報を持ってきた彼女に賞賛が集まった。

 本人は戸惑っているが、本当にいいタイミングだ!

 

「部活の顧問についての情報はある? 今その話してたんだ」

「えっと……前の顧問が柳先生、今の顧問が林先生っていって指導方針と部活についての考え方がかなり違うみたい。柳先生は理想主義で、林先生は現実主義なのかな?」

 

 山岸さんが言うには、柳先生は部活と学業“どちらも真剣に”取り組むよう指導していた。

 そして林先生は“学業を優先するように”と指導しているのが大きな違いだと言う。

 

「プロのスポーツ選手になるのって、とっても厳しいって聞くよね?」

「そりゃーそうだろ。オレッチ野球やってたけど、プロになるなんて考えられねーよ」

「うん……だから部活よりも勉強をしたほうが将来のためになるって考えてるみたい。サッカー部ってあんまり試合に勝ててないからなおさら……部活は所詮“遊び”だって」

「何それ!」

「ひうっ!? 岩崎さん?」

「確かにプロになるのは難しいけど、真剣にやってる人だっているんだよ? そんな言い方って」

「ストップ理緒! それ言ってんの山岸さんじゃないから!」

「ちょっと落ち着いて」

「あ、うん、ごめん、つい……」

「まー俺も陸上部をそう言われたらちょっとカチンとくるな」

「言ってる事は分かるけど頭にくるって内容の書き込みも結構あって……でも新任教師でまだ初々しいとか慣れてなさそうって書き込みもあるの。もしかしたら林先生の言い方が悪くて誤解されてるのかも。

 成績の悪い生徒は部活を禁止したり勉強を優先させてるけど、何位とかじゃなくて小テストの結果が悪かった時とからしいし、部活の参加が強制じゃなくて勉強に余裕があればになってるね。上下関係が緩くて自由にやれるみたいだし、質問には丁寧に答えてくれる先生だって良い評価もちゃんとあるよ」

 

 それを聞き終えると高城さんは静かに口にした。

 

「二人にこの話、聞かせてみていいかな?」

 

 その祈るような言葉に俺は二人を呼び、高城さんが聞かせた。

 

「こうして時間使って考えてくれる先輩らには悪いっすけど」

「俺らあの部に戻るつもりありませんから」

「おいおい、もしかしたら誤解かも知れないぜ?」

「かもしんねぇっすけど! それでも林がサッカー部を“遊び”だって見下してんのは変わらねぇっすよ! 柳先生のやり方にもケチ付けやがって」

「それに今更戻っても……あそこじゃもう、前みたいに真剣に練習やったら煙たがられるだけですよ」

「なら君たちはこれからどうする気だ? 君たちにも色々と思うところはあるだろう。しかしこのままで良いとは私は思わない。そして知ってしまった以上、このまま君たちの夜遊びを看過するつもりもない」

「それは……俺たちもこのままでいいとは思ってない!」

「だから俺ら、どうするかは考えたっす!」

 

 有無を言わさぬ桐条先輩に、二人は気を飲まれながらも言葉を返した。

 

 次に何を言うかと自然に注目が二人へと集まるが……当の二人は俺へ視線を向ける。

 

「………………え、俺?」

「サッカー部には戻らねぇ。でもこのままグダグダやってても、何にもならねぇ。だから俺ら決めたっす」

「あの時俺たちを助けてくれた兄貴について行こうと!」

「「俺たちを舎弟にしてください!!」」

 

「……ちょっと何言ってるか分からないですね……」

 

「お願いします! 俺ら、兄貴についていけば何かが見える気がするんです!」

「格好だけで粋がってた半端な俺らからは卒業したいんです! お願いします!」

 

 引き下がらない二人に、俺も回りも沈黙する。

 

 桐条先輩……

 

「……? これはどういう事だ? 話のつながりがよく……なにか聞き逃したか? いや……」

 

 混乱してらっしゃる。俺もよく分からないんで、説明を求める目をやめてください。

 

 高城さん……

 

「ごめん。本当にごめん。行動力だけはある馬鹿で本当にごめん」

 

 こっちは二人にあきれつつ平謝りか。謝らなくていいから止めてくれ。

 

 皆……

 

「ぷっ……くくくっ」

「初めて見たよこんなシーン」

「今時の不良も舎弟っているのか?」

「さぁ」

「何でそうなんの……?」

「……?」

「葉隠君はどうするんだろ~?」

「私たちには口出しできなそうな話になったね」

「えっと……」

「頑張ってください」

 

 どいつもこいつも他人事かっ!

 

 とりあえずこれだけは言っておこう。

 

「舎弟はいらない!!!!」




影虎は山岸とクッキーを作った!
無事にオーブンに入れることができた!
部室に来客があった!
和田勝平、新井健太郎の二人と知り合った!
和田勝平、新井健太郎の二人から依頼が出た!

依頼No.3 お礼をさせて! 『受注しました』
達成条件:“わかつ”と“小豆あらい”で二人の親に会う。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。
達成期限:近日中

依頼No.4 舎弟にしてください! 『拒否しました』
達成条件:和田(わだ)勝平(かっぺい)新井(あらい)健太郎(けんたろう)を舎弟にする。
達成報酬:???
達成期限:近日中


依頼についての追記事項
影虎の受ける依頼はゲームと違い現実なので、
一度受けてから破棄した場合、もしくは依頼を達成できなかった場合、
マイナスになる出来事が発生する可能性もあります。

依頼内容によりけりですが、
仕事で納期に遅れたり、一度やると言ったことを放り出す感じです。

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