人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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63話 勉強会の後

「ヒッヒッヒ……皆さん、そろそろ完全下校時刻ですよ。今日のところはこのあたりにしませんか?」

 

 勉強をしていた俺たちに、江戸川先生が教えてくれた。

 

「ぶっはー……やっと終わりっすか……」

「こんな勉強すんのマジ久しぶり……」

「お前たち、これまでサボっていた分を取り戻すにはまだまだ足りないぞ。明日からも続けるからな」

「「ヒエ~!」」

 

 和田と新井の嘆きが響く。

 舎弟の話は断ったが、代わりに二人は勉強会の仲間入りをしている。

 

「やる事ないなら勉強しろ」

 

 断る途中で俺がそう言ったことをきっかけに、高城が賛同して二人が元々成績がいい方ではないことをまた暴露。それを聞いた桐条先輩が中等部も高等部と同じ日程で中間試験がある、勉強はしているのかと聞いたのだが、二人の返事は予想通り。

 

 舎弟云々はさておいて勉強すべきという話になり、あれよあれよという間に本来の目的であった勉強会が開かれた。……和田、新井、そして桐条先輩(・・・・)の三人を加えて。

 

 桐条先輩は俺たちの勉強会に二人を入れると俺たちの負担になると考え、自分が補助をすればいいという結論に至ったようだ。忙しいんじゃないかとか色々聞いてみたが、大丈夫らしい……けど黙々と勉強する岳羽さんがちょっと怖い。ここに居られると不都合があるなんて思われたくないが、断固として断るべきだったか?

 

「なんだ、疲れたのか? 葉隠」

「……桐条先輩と一緒に勉強会をしているこの状況がなんだか信じられなくて」

「そう言われてみれば、私も授業以外で誰かと集まって勉強をするのは初めてだな」

「え~、そうなんですか? 真田先輩とかは仲いいって聞きますよ?」

「明彦とそういう時間を取ったことは無いな。私は生徒会の仕事の合間にやっているし、あいつはそんな時間があればボクシングに使いたがる。やるべき事はやっているから、特に気にしたことも無かった」

 

 島田さんの質問に、先輩は苦笑して何事もないように答えた。

 会話もあるし、岳羽さん以外はわりと先輩を受け入れている。

 江戸川先生も部室に来て、先輩が一緒に勉強していることには驚いた様子だった。

 しかし反対するつもりはないようだ。

 

「んー……っ! ふぅ。終わりならぼちぼち片付け始めない?」

「そだなー」

 

 伸びをした岳羽さんをきっかけに、皆が帰り支度をする。

 岳羽さんの手際が一番いい……

 

「岳羽さん、ちょっと手伝ってくれる?」

「え? いいけど……」

「あっ、洗い物? だったら私が!」

「山岸さんはここをちょっと片付けておいて貰えると助かる。消しゴムのカスとか落ちてるからさ」

「あ、うん、わかった」

「皆、何か捨てる物があれば預かるよー」

「影虎ー、これ頼む」

 

 アーモンドクッキーを乗せていた皿を集めて持ち、ゴミを集めて給湯室へ。

 

「ゴミはその中に捨てといて」

「はいはい。こんな風になってたんだね。給湯室ってもっと狭いと思ってた。ってかこの部室ってさ……全体的に部室って感じじゃないよね?」

「ここって元々は展望台職員の宿直室だったらしいから」

「へー……それで? 私に何か用?」

 

 皿を洗う俺の背中に、若干不機嫌そうな声がかかる。

 

「用ってほどでもないけど、大丈夫かと気になって」

「桐条先輩の事だよね? ……よく分かんない。どうしたらいいのか。どう対応すればいいのかぜんぜん……葉隠君は?」

「……少なくとも、当時のこと(爆発事故)に先輩は関わっていない。俺たちと一つしか違わない先輩が、企業の実験に関われるとは思えない。だから、それについての忌避感はない」

「…………そっか、そうだよね。あの先輩がお父さんに何かしたわけじゃないんだよね」

 

 それは自分に言い聞かせるような言葉だった。

 

「……無理はしなくていいと思う。なんだったら」

「ストップ。……先輩の事は割り切れないけど、私、逃げるのも嫌だから。勉強会やめるとかナシね、絶対」

 

 断固とした意志を感じる……

 

「大丈夫、君みたいに喧嘩とかしないから。しばらく様子をみるだけ」

「俺はそんなに喧嘩ばかりしてるつもりは無いんだけど……まぁ、分かった」

 

 少し口を挟むことしかできないのが悔しいが、これは岳羽さんの問題だ。

 良い方に心の整理が付くように祈り、俺はこの件を成り行きに任せることにした。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

 和田と新井が俺を先導する。

 

「ささ、兄貴こっちっすよ!」

「一名様ご案内~」

「恥ずかしいから騒ぐなって!」

 

 礼がしたいという二人に誘われ、“わかつ”に入った。

 美味しそうな料理の香りと喧騒で夕飯時の賑いがよく分かる。

 

「いらっしゃい! なんだ勝平と健ちゃんかい、もう一人は見ない顔だね」

「初めまして」

「母ちゃん! この人がこの前俺らを助けてくれた人だぜ!」

「この前……あんたが顔腫らした喧嘩の? その節はうちの馬鹿息子がお世話になって……」

 

 和田の母らしき中年女性は俺の顔を凝視している。

 

「あの……」

「悪いね。話を聞いて、もっと強面の人がくると思ってたもんだから。真面目そうな顔してるじゃないの。なんにせよ、うちの子たちを助けてくれてありがとう」

「それよりまず先輩を席に案内しろって母ちゃん」

「話の腰を折るんじゃないよ、ったく!」

「ってぇ!」

「連れてくるなら連れてくるで、先に連絡したらどうなんだい。そしたら用意もできたってのに」

 

 深々と頭を下げた女将さんが和田に軽く拳骨を落とし、俺たちは四人がけの席へと案内された。

 

「はい兄貴。水とお品書きです」

「その兄貴っての辞めてくれないか……? 舎弟の件は断ったろ」

「兄貴、うちの店のカツは美味いっすよ。好きなだけ食っていってください」

 

 もう聞いちゃいないな、これ。

 

「なに偉そうな事言ってんだいこの馬鹿息子は。金払うのはアンタじゃないだろ? ったく……でも息子の言う通りさ、今日は遠慮なく食べていいからね。アンタがいなかったら本当に危なかったって聞いてる。息子を無事に帰らせてくれて、本当に感謝してるんだから」

 

 そう言った女将さんの表情はとても優しそうだ。

 俺の母とは違うタイプだけど、いいお母さんなんだと思う。

 

「さぁ、どんどん食べたい物を選んで。勝平は魚、健ちゃんはいつも通りとんかつでいいのかい?」

「俺今日はステーキ定食大盛りで!」

「母ちゃん俺も魚じゃなくてとんかつ大盛りで!」

「あんたは肉ばっかじゃなくて魚も食べな!」

「そんな事言わずにさぁ、今日めちゃくちゃ勉強して腹減ってんだよ」

「勉強だって? アンタが?」

 

 急に訝しげな表情になった。普段の和田の勉強量がおおよそ推察できる。

 しかし今日は確かに勉強はしていた。それは伝えてあげよう。

 

「……本当なのかい? この二人が勉強を」

「どんだけ疑うんだよ! ちゃんと勉強したっての!」

「きつかった……」

「成り行きでそういう事になりまして、今日はここに来る前まで勉強してたんですよ。しっかりと」

「教えてくれたのかい? この子たちに」

「俺と他数名の生徒が教えました。あと明日以降も俺たちの勉強会に参加する事になっています」

 

 そう言うと女将さんは満面の笑顔。

 首に縄をつけてもいいから、みっちり叩き込んでおくれ!

 勉強を成績が上がったらまたお礼をするからさ!

 とのお言葉を頂く。

 

 注文を取って仕事に戻る女将さんは、見るからに上機嫌になっていた。

 表情がコロコロ変わる竹を割ったような性格の人だ。

 

「DHA盛りだくさん定食、おまちどうさん!」

「ありがとうございます」

 

 わかつといえば、学力の上がるこのメニュー。

 

 実物が目の前にあることにちょっと感動。

 内容はご飯と味噌汁、小鉢二品と魚の照り焼き。

 香ばしい香りが食欲をそそる!

 

「あれ、二人の分は」

「とんかつ揚げたりステーキ焼いたりしてるからもう少しかかるね」

「兄貴、先食べててください」

「俺らのもすぐ来ますけど、待ってたら冷めますから」

「じゃあ、お言葉に甘えて遠慮なく。いただきます!」

 

 最初に味噌汁を一口。

 具はワカメに豆腐と油揚げ、つみれも入っていた。

 合わせ味噌と出汁の風味が鼻を駆け抜ける。

 美味しい。なんだかほっとする味だ。

 

 続いてご飯、小鉢のほうれん草の胡麻和えときて照り焼き。

 箸を入れると表面はパリッと、中はふんわりと柔らかい。

 口に含むとタレと絡んだ身がほぐれてうまみが広がっていく。

 

「どうだい? 味の方は」

「美味しいです!」

「そうかい! よかったよ、勝平と健ちゃんの分も今持って来るからね」

 

 満足そうに笑って立ち去る女将さん。

 

「気に入ってもらえたっすか? 兄貴」

「気に入った気に入った、本当に美味いよ」

「はいよっ、とんかつ定食とステーキ定食の大盛り」

 

 出てくるまでが早いな……

 

 きつね色に揚がったとんかつと、鉄板の上でジリジリと音を立てるステーキ。

 食欲が掻き立てられる料理が次々運ばれてくる。

 

「これも美味しいけど、そっちも美味そうだな」

「ステーキはボリュームがあって美味いですよ」

「カツはうちの店に名前が入ってる看板メニューっすからね、当然っすよ!」

「それ食べ終わってまだ食べれるならこっちも食べてみな、味は保障するよ」

 

 この味なら食べられそうな気がする。

 

「君たち、ちょっといいかな?」

「?」

 

 定食に舌鼓を打っていたら、誰か来た。

 

「あ、商店会長」

「ゲンさんじゃないっすか」

「挨拶が先だろっ! すみませんねぇ」

「いやいや、こちらこそ食事中にすまないね。ちょっとそこの彼と話がしたくて」

「俺と?」

「君、この前この商店街でお婆さんを助けていた子じゃないか?」

 

 思い出した! この人、俺がこの前バイクから光子お婆さんを助けた後に光子お婆さんと話していた人だ。

 

「あの時の」

「やっぱり君か! 食事をしながらでいいから、話をさせてもらえないか?」

 

 構わないと答えると、男性は空いていた隣の席に座って女将さんに注文をしてから話し始めた。

 

 なになに……

 最近、近所の道で道路工事が行われている影響で商店街を通り抜けるバイクが増えている。

 前から注意喚起をしていたが、とうとうこの前の事が起こってしまった。

 あの後の対処は警察に相談している。しかしあの時のバイクはまだ捕まっていない、と。

 

「恥ずかしながら、通報した私が特徴やナンバーを答えられなくてね。警察にもそれじゃ捜しようがないと言われてしまった。だから、何でもいいから覚えている事があれば教えて欲しい」

 

 それならば、と俺はあの時記憶したメットの色、服の色、バイクの車種、ナンバーなど、覚えている限りの情報を伝えた。男性はいささか驚きながらも急いでメモを取っている。

 

「ありがとう、これであのバイクの持ち主も見つかるだろう」

「お役に立てたなら良かったです」

 

 商店街でスピードを出して事故を起こしかけるような危険運転はなくなってほしい。

 バイクに対する世間のイメージはお世辞にも良いとは言えないのだから。

 

「あれ? 俺の飯は?」

 

 気づけば一口分の米しか残っていない。

 

「先輩、今食ってたじゃないっすか」

「話聞いてる間もどんどん食ってましたよ」

「マジで? よく覚えてないんだけど……食べたのに食べたのを忘れたとか、ボケのようでなんか嫌だな……」

「まぁまぁ、食べれるならお代わり頼みましょうよ」

「あぁ……じゃあ、とんかつ定食で」

「母ちゃん! とんかつ定食大盛り」

「もう食べたのかい? 良い食いっぷりだね、ちょっと待ってな!」

 

 運ばれてきたとんかつ定食の大盛りをいただく。

 

 サクッとした衣に包まれた厚切り肉が香ばしくてジューシーで……美味い!

 DHA盛りだくさん定食を食べたのに、どんどん腹に入っていく!

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ごちそうさまでした」

「二つ目なのに早っ!?」

「俺らまだ食い終わってねぇっすよ!?」

 

 そんなに急いだつもりはないが、二人より早く食べ終わってしまった。

 今回は食べたことをちゃんと覚えているけど、まだ食べられそうだ。

 

「次は何食います? ってか、食えますか?」

「あー……じゃあ新井と同じステーキ定食で」

「了解っす! 母ちゃん、ステーキ定食追加!」

 

 ……やっぱり、おかしくないか?

 

 タルタロスに通い始めて以来、食べる量が増えていると時々感じていたけど、これはもう気のせいではない。俺は定食を一度に三つも食べる大食漢ではなかった。しっかり食べられるのは健康なんだと思っていたが……明日、江戸川先生に話してみることにしよう。

 

 この後俺は注文したステーキ定食を完食し、デザートでも……と新井に薦められるまま“小豆あらい”で餡蜜(あんみつ)を五杯食べた。

 

 今日のタルタロスは少しハードにやろう……




和田勝平、新井健太郎、桐条美鶴の三人が勉強会に参加した!
岳羽は様子を見ている!
影虎は“わかつ”と“小豆あらい”に行った!
自分の食事量が増えていることを再認識した!
影虎は江戸川に相談するようだ……


和田勝平、新井健太郎の二人からの依頼を達成した!
依頼No.3 お礼をさせて! 『達成済』
達成条件:“わかつ”と“小豆あらい”で二人の親に会う。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。
達成期限:近日中

“わかつ”の女将さんから依頼が出た!
依頼No.5 勉強を教えよう
達成条件:和田(わだ)勝平(かっぺい)新井(あらい)健太郎(けんたろう)に勉強を教える。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。 + 『???』
達成期限:中間試験日まで

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