人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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65話 千客万来の勉強会 その六

 ~部室~

 

 江戸川先生の部屋から出ると、もうみんな集まっていた。

 

「おっ、影虎。遅いと思ったら奥にいたのかよ」

「悪い。ちょっと先生と話しててな」

「ヒッヒッヒ、ちょっと熱が入りすぎましたねぇ」

 

 先生の言葉で全員の目が何を話していたんだと問いかけてくる。

 

「ちょっと部活で今度何かの大会に出ようかって話をしてたんだよ」

 

 江戸川先生の検査結果からペルソナの適性診断は血液検査が疑わしく、スポーツ大会で通常使用される尿検査には異常がなかったことで、晴れて俺たちは大会参加を前向きに検討することになった。

 

「大会だと? 山岸」

「えっ? 私もそんな話聞いてませんけど……?」

「発端は世間話だったんですが、昨日暇ができて調べてみたらマラソン大会や格闘技の大会など、一般参加できる大会が結構色々あるんですねぇ」

「さっき教えてもらって話してたら意外と盛り上がってさ。何に出るかすら決まってないけど、運動部だし一度なにかに参加してみようかって話をしてた。やるとしたら何の大会に出るか、とかな。天田と山岸さんはどう思う?」

「いいんじゃないですか? 練習の目標になりそうですし」

「私もいいと思うな」

 

 天田も参加したければしていいし、準備のために山岸さんと天田にも協力を頼むこともあるかも、と話して空いていた席に着く。

 

「真面目に部活に励んでいるのだな……」

 

 桐条先輩の言葉は“意外だ”と思っているのを隠しきれていない。さらに控えめに頷く皆を見る限り、先輩の言葉はこの場にいる部員以外の総意だったようだ。

 

「まぁ、部を作った経緯はともかく、ちょっとやってみようかってくらいの心境の変化があったんですよ。ところで何やってたんだ? まだ勉強は始めてないみたいだけど……」

「コレだよ、コレ」

「天田がテストだったんだってさ」

 

 話を変えるために聞いてみると、友近が一枚のテスト用紙を見せてくる。

 

「算数か。おっ!」

 

 ひっくり返した裏面には、大きな花丸が書かれていた。

 

「百点じゃないか!」

「はい! 先輩たちに教えてもらったから、楽勝でした!」

 

 笑顔で答える天田に拍手を送る。

 すると天田は照れ始めた。

 

「そ、それじゃ僕、走ってきますね。テストだけじゃなくて練習もしないと」

「扉開けとくから、質問があったらいつでも来ていいからな」

 

 俺が言うと、天田は頷いて入り口から走り去る。

 それを見送った俺たちは、今日の勉強会を始めた。

 

 ……

 

「先輩、この問題なんすけど……」

「水に溶かした時に電離し、電気が流れる物体を何というか。これは“電解質”だな。用語だから暗記あるのみだ」

「先輩、俺もその辺で一つ、これです」

「硫酸と水酸化バリウムの科学反応式を書け、か。これはまず硫酸の化学式と水酸化バリウムの化学式が問題に書かれてるから、これを元にして」

 

 ……

 

「あの……岳羽さん、この言葉なんだけど……」

「……ごめん、私もちょっと曖昧だわ。……ねぇ、(すべか)らく、の意味って“皆”とか“全部”でいいんだっけ?」

(すべか)らく、の意味は“当然”だな。“全て”と音の響きが似てるから間違いやすいのかも」

「あ、そっか。先生に聞いた気がする。ありがとね」

「“当然”かぁ……ありがとう葉隠君」

 

 ……

 

「伊織、君も中々に危ないな」

「へへへ、サーセン……」

「あまり笑い事ではないぞ。月光館学園はエスカレーター式だが、それも高等部までだと言うことを忘れるな。今のうちから勉強する癖をつけておけ」

 

 順平は桐条先輩に目をつけられたようだ。

 

 そっとしておこう。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ふぃ~……」

 

 誰かの気の抜けた声が聞こえる。

 

「そろそろ一度休憩にするか?」

「賛成ー」

「集中力切れてきたしね」

「それならこれを食べるといい」

 

 桐条先輩が鞄から高級そうな和菓子の箱を取り出した。

 

「えっ、それ京都の有名なお店のやつじゃないですか!」

「? 菓子や飲み物を持ち寄ると聞いたから持ってきたんだが、何かまずいか?」

「それって超お高いやつじゃ……」

「味を考えればそうでもない。それにこれはこの前頂いた物だ、値段は気にせずとも……それとも貰い物を持ってきたのがまずかったのか……?」

「先輩がいいならいいですよ……それ美味しいから嬉しいのは確かですし」

「高級和菓子かぁ、さすが先輩」

「どんな味なのかな?」

「というかさ、桐条先輩って意外と天然?」

 

 岳羽さんの言葉の意味を理解していない先輩を見て、友近、岩崎、島田からそんな声が聞こえた。

 

「あ、じゃあ私、お皿に乗せてきますね」

「あっ、なら私も手伝う!」

 

 山岸さんと岳羽さんが奥へ行き、ふと沈黙が流れる

 

「エイッ! エイッ!」

 

 静まった室内に聞こえてくる声。

 

 天田が表で正拳突きの練習を行っている。

 

 ……少し腰のひねりが足りないようだ。少し指摘しておこう。

 

「天田、腕だけ出てるぞ。それに突いた後の引き戻しが遅い、腰を使ってテンポよく……こう!」

「はい!」

 

 天田の傍に行き手本を見せると、後ろから先輩の声がかかる。

 

「格闘技も教えているのか」

「体幹部を鍛えるのに良いので、空手とカポエイラを」

「ほう……」

 

 態度はそっけなく気になった事を聞いただけのように見えるが、天田の事だから気になるんだろう。

 

「兄貴! それが兄貴のやってる格闘技っすか?」

「カポエイラってどっかで聞いた気がしてます!」

「お前ら急に元気になったな」

 

 特に何も言わずにいると、休憩になって騒がしさを取り戻した二人がやってきた。

 この二人、重点的に問題を出されて今の今まで死にそうだったのに……まぁ休憩中だからいいけど。

 

 お菓子が用意できるまでのつなぎにカポエイラの概要とジンガ(基本動作)、蹴り技の種類などを天田と俺の実演つきで説明した。

 

「せっかくだし、天田。ちょっと組手やってみるか。基本動作にも慣れてきたみたいだし、避ける練習になるから」

 

 ずっと型と基本の繰り返しだったから、天田のモチベーションにもなるだろう。

 

「まずカポエイラで組手にあたるものを“ジョーゴ”と言うんだけど、他の格闘技と違って攻撃を相手に極力当てない(・・・・)事。相手に技を繰り出して、相手がそれを避ける。相手が繰り出した技を自分が避けて、また相手を蹴る。それを繰り返すんだ。

 当たりそうな時は技を中止して避けたり、軌道を変えて当てない。いつでもすばやく防御や回避に移れるようにするんだ。そのためには常に自分の動きとスピードをしっかり把握して体を安定させ、コントロールができていないといけない。だから相手に当てない人ほど上手いってことになる」

 

 一般に拳より足の方が強いと言われるが、カポエイラの蹴りも当たれば威力は本物だ。

 練習中に蹴りに当たれば当然痛むし、打ち所によって一撃で失神することもある。

 

「といっても最初からは難しいと思うから、今日は教えたカポエイラの蹴り方をできるだけ丁寧に出すことと、俺がゆっくり出す蹴りを丁寧に避けてくれ」

「わかりました!」

 

 目にやる気を漲らせた天田を前に、制服の上は脱いでおく。

 

「よし、行くぞ!」

 

 まずは右足をゆるやかに、頭めがけた普通の蹴り“マルテーロ”。

 

「しょっ、と」

 

 天田は身を屈め蹴りの進行方向に上体を傾けて俺の脚を避ける“エスキーヴァ”

 頭の上を足が通り過ぎると、身を起こして回し蹴りの“アルマーダ”が繰り出される。

 高めを狙っているが、背丈の問題で軌道は俺の臍から胸の間。俺はそれを“ホレー”。

 体を折り曲げ、回転しながら蹴りの下を潜り抜けた。

 

「あっ!」

 

 蹴りを放った直後の天田は俺に背を向けたまま。俺はすばやく、固まった天田の頭の上に蹴りを通す。

 

「まだ行くぞ」

 

 振り向いた天田に宣言してから、左足で“ベンサオン”。ゆっくりと押し出すように蹴る。

 天田はしゃがんで避ける“ココリーニャ”からの“ホレー”。

 起き上がったら空手の横蹴りに近い“シャーパ”。

 

 ぎこちないけど、基本の動きはなんとなく身についてきている。

 

 しかししばらく続けると……

 

「はぁ……はぁ……」

「よし、ここまで」

 

 天田はその場でへたり込んだ。

 

「大丈夫か?」

「目が回ってるだけです……」

「最後の方がちょっと荒くなってたからな。そのままでいいからちょっと見て」

 

 最後のほうの天田の回転や蹴り方を真似る。

 

「蹴る時に頭と視線が大回りしすぎ。もっとこうしっかり踏み込んで、体を蹴るために体をひねる。この時点ではまだ顔を相手に向けたまま! そして蹴る時、ここで一気に体を回して相手を見る。目を離すのは一瞬だけ。

 そうでないと目線があちこち行って目が回りやすいし、敵を見失いやすい。何より狙いが不正確になる。最初の方はできてたから、一つ一つ確実にな」

「はい!」

「それじゃ休憩、山岸さんたちがお菓子用意してるから」

 

 ……あれ? そういえばまだ用意できてないのかな?

 

「兄貴、カッケーっす!」

「俺らにも教えてください!」

「いや、お前らはまず勉強だろ」

「そう言わずに」

「頼みます! 兄貴! 先輩!」

「先輩?」

「……えっ、僕の事ですか!?」

「そりゃ俺らより先に習ってんだから先輩っしょ」

「だよなぁ」

 

 和田と新井が、勝手に天田を先輩と呼び始めた。

 ……年下だからと(ないがし)ろにしない点は評価しよう。

 

「あの~……」

「何やってんの? お菓子用意できたよ」

「あ、二人とも、そうか! よし、休憩!」

「ちょっ、兄貴!」

「待ってくださいよ!」

「僕も置いてかないでください!」

 

 俺たちは桐条先輩の和菓子に舌鼓を打った。

 値段は気にしないほうがよさそうだ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 そして下校時刻。

 

「おーし、今日の勉強終わったー!」

「疲れたー」

 

 恒例になってきた気の抜けた声で雰囲気が緩み、皆で片づけをはじめる。

 

「……そうだ、葉隠。ちょっといいか?」

「何ですか?」

「君に会長から伝言があったのを忘れていた」

「……会長?」

海土泊(あまどまり)会長だ。毎週朝礼で見ているだろう」

 

 ……! そうか! 桐条先輩が生徒会長になるのは来年(・・)だった!

 

 うっかりしていた。今の会長は海土泊(あまどまり)さんという三年生の女子生徒だ。

 珍しい苗字なので記憶には残っているが、会長と言われると桐条先輩のイメージが強い。

 

「……知っていますが、伝言? 直接会った事も無いんですけど……」

「私も詳しくは聞いていないが、美術部のデッサン用石膏像が不慮の事故により使えなくなっているそうだ。そして今日君がずいぶん体を鍛えていると耳に挟んだらしく、代わりに絵のモデルをやってもらいたいと言っていた。詳しい事は本人に聞いてくれ」

 

 石膏像の代わりに絵のモデル? 肌を見られるのは気にするほどでもないけど、絵に描かれると考えると若干恥ずかしい。でもそれと同じくらい、桐条先輩をつかいっぱしりにできる先輩が気になる。

 

「わかりました、いつごろ伺えば?」

「中間試験が終わってからで構わない。美術部も生徒会も今は試験前で休みだからな。試験後であれば、生徒会の活動日に生徒会室へ来ればまず会える。時間がある時に顔を出してくれ」

 

 そう伝えられると同じくして掃除も終わり、今日は解散となった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 帰り道で男連中の驚きのまなざしを受けつつ買い込んだ大盛り弁当を背に、本日もタルタロスマラソンを行った。

 今日はより早くシャドウを倒すことにも挑戦。

 一撃の威力が低いのだから、的確に急所を狙うべきだ。

 しかし……シャドウの急所ってどこだろう?

 ほとんどのシャドウは明らかに体の構造が人間と違って見当がつかない。

 仮面を執拗に狙うと嫌がるそぶりを見せるが、必ずしも弱点というわけではないようだ。

 観察して急所を探り続ければいつかわかるだろうか? 今後も続ける事にしよう。




影虎は大会出場の意思を表明した!
天田が算数のテストで百点を取った!
勉強会を行った!
天田に指導をした!
天田は真面目に基礎を身に着けてきているようだ……
影虎は和田と新井の評価を少し上げた!
影虎はタルタロスマラソンを決行した!
影虎はシャドウの急所を探している……



桐条美鶴から依頼が出た!
依頼No.6 会長に会ってくれ 『受注しました』
達成条件:中間試験後に月光館学園の生徒会長と話す。
達成報酬:新たな依頼人
達成期限:中間試験後、常識的な範囲で。可能な限り早く行くのが良い



~影虎が引き受けている依頼一覧~

依頼No.5 勉強を教えよう 依頼人:“わかつ”の女将(和田の母)
達成条件:和田(わだ)勝平(かっぺい)
     新井(あらい)健太郎(けんたろう)の二名に勉強を教える。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。 + 『???』
達成期限:中間試験日まで

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