人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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66話 モチベーション

 5月14日(水)

 

 放課後

 

「お疲れ様でした」

 

 今日はBe Blue Vでアルバイト。

 手品を学んだおかげでタロットが扱いやすく、手つきがつたないとの感想が減った。

 もちろんレジ打ち、在庫補充、閉店作業と仕事もこなしている。

 

「今日もお疲れ様。ところで例の物だけど……」

「いくらになりましたか?」

「あの仮面、調べてみたら銀製だったわ。売値は一つ二千円だったから、パワーの分を含めて二千五百円で買い取りたいのだけれどいいかしら?」

「お願いします」

 

 最近食費が余計にかかるようになったから、稼げる所で稼いでおかないと。

 

「じゃあこれ、仮面の代金と今日のアルバイト代ね」

「ありがとうございます、また何か見つけたらよろしくお願いします」

「こちらこそまたよろしくね、宝石を期待しているわ」

「やっぱり宝石がいいですか」

「そうねぇ……今日の仮面にも興味をそそられたけど、私の個人的なコレクション以上にはならないわね。宝石なら加工して魔術にも売り物にも使えるから、いくらあってもいいわ」

「宝石はあれっきり一つもないんですよね……今度フェオのルーンを刻んだ石をタルタロスに持って行ってみましょうか?」

「たしかにフェオは財産を表すルーンだけど、どうかしら? 元々フェオは家畜の角を模したルーン、それが財産を意味するのは古代において家畜が財産の象徴だったから。そしてフェオが意味する財産とは、家畜のようにコツコツと堅実に積み重ねたような財産が主な意味合いになるの。

 貴方が宝石を探して動き回る行動がそれに当たると考えれば効果はあるかもしれないわ。でも、宝石を拾ってお金に変えようというのはコツコツと、ではないわね。だから確実とは言えないわ。

 私はあの宝石が手に入ればなんでもいいのだけれど……まだ二文字以上を組み合わせるのは控えたほうが良さそうね」

「とにかく一度フェオを試してみましょうか。今日、練習させて貰っても?」

「ええ、いいわよ」

 

 オーナーに“女帝の仮面”を二枚売り、ルーンを彫る練習をした。

 

 仮面の代金五千円と、バイト代四千五百円。

 合計九千五百円とフェオを刻んだ石を手に入れた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~自室~

 

 今日は勉強会に参加しなかったので自主勉強をしていたが、集中力が切れてしまった。

 まだ影時間まで時間はあるが……そうだ、問題集でも作ってみるか。

 

 和田は暗記系が苦手だったな。

 英単語、歴史の年号などなど……ちょっと多い。

 ドッペルゲンガーを使って記憶を探り、話に聞いた限りの中等部の試験範囲を確認。

 和田が使っていた教科書の内容も思い出しながら範囲を絞る。

 間違えたり質問された問題は全部ピックアップしよう。

 

 新井は化学式を特に苦手としていた。

 ピックアップした問題に加えて、別の例も用意してみるか……

 

 順平は……

 友近は……

 宮本は……

 

 勉強会の途中で耳に入った言葉もできる限りログとして引き出し、整理する。

 引き出した内容は相変わらず直接頭に流れ込むようで、理解も処理も驚くほど早い。

 そこからピックアップした問題を個別に分けてまとめておくのが良さそうだ。

 さらに傾向を見て、似た問題を加える形で進めてみよう。

 

 ここで気づく。

 

 ドッペルゲンガーの処理能力って、あくまで脳内の情報処理能力なんだな……

 

 データ入力の早さは俺のタイピング速度に依存しているので、書く内容が確定している分進みがよく感じる程度の誤差しかなかった。脳内の処理が高速で進んだだけに、作業が一気に遅くなったように感じてしまう……

 

 俺は江戸川先生特性の栄養剤を片手に、影時間までの間、問題を考えてパソコンに入力する作業に時間を費やした。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 作ったばかりの石を使いながらのタルタロスマラソンを決行。

 ルーン魔術を使いながらのマラソンは、使う力を控えても負荷が大きくなる。

 しかし魔術の効果があったのか、今日は拾えた額が千円を越えた。

 これからも継続して検証する価値がありそうだ。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 5月15日(木)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 勉強会のため、部室に顔を出すなり山岸さんに呼ばれる。

 

「江戸川先生がこれに必要事項を記入して提出してくださいって。これがないと出られる大会が限られるみたい」

「了解。あとこの中のデータを印刷してもらっていい? 勉強会用の問題が入ってるから」

 

 スポーツの協会へ送る登録用紙とデータの入ったUSBメモリを交換し、俺が必要事項を記入していくうちにメンバーが集まってくる。

 

「すんません!」

「遅れましたか!?」

「今日もちゃんと来たね」

「間にあってるよ」

 

 最後に駆け込んできた中学生二人を入れて、スタートだ。

 

「さっ、今日も頑張りますかー」

「友近、前みたいに寝ちゃダメだよ」

「寝ねーよ。つかこの状況で寝れねーよ。てか前っていつの話してんだよ。もうさっさと始めるぞ」

「なら今日どこやる?」

「そうだなー……」

 

 友近と岩崎さんが、今日勉強する内容を考えている。いいタイミングだ。

 

「二人とも、やる事決まってないならこれ、どう?」

「問題集?」

「どこのやつ?」

「友近と岩崎さんが昨日までに間違えたり聞いたりしていた問題を覚えてる限りまとめてある」

「……わざわざ作ったの?」

 

 紙と俺を交互に見る岩崎さん。気づけば他からも視線を受けていた。

 

「勉強中に集中力が切れたから、ちょっとな。何もしないよりはいいかと思って。皆の分もあるぞ、確認がてらやってみたら?」

「私のも? ありがと。確かに見覚えある、この問題」

「……俺、こんなのやったか?」

「ミヤ、アンタそれやっときなよ。たぶん忘れてるから」

「あれ~? この問題葉隠君に聞いたっけ……?」

「聞いてるのを見てた問題と、それと似た問題もいくつか混ぜてみた」

「おーい影虎ー、オレッチの紙多くねぇ?」

「兄貴、俺たちのもっすよ」

「他の人と比べて明らかに多くないっすか?」

「それ間違いじゃない。作ってみたら全体の六割近くを三人で占めていたから」

「マジか……」

「マジなんだ。ちなみに一番少ないのは桐条先輩な」

「私か?」

「そりゃそうですよ。先輩教えてばかりで一度も聞いてないでしょう」

「学業に支障はでていないからな。それに一番の年長が聞いているようでは情けなかろう」

 

 それもそうか。

 

「それに君も同じだろう」

「そういや影虎が誰かに何か聞いてるとこは見てないな。なぁ? 順平」

「……トモチー、イマ、オレッチ、ベンキョウチュウ……」

「伊織先輩、現実から目をそらそうとしてるっすね。その気持ち、分かるっす」

「問題の厚みが俺らの頭の悪さを表してるように見える……」

「お前らそこまでヤバかったのか?」

「頑張れば……い、今がダメ(・・・・)でもこの先があるよ!」

「「「グハッ!?」」」

「……風花、それトドメになってる」

 

 三人そろって机に突っ伏した和田、新井、順平はピクリとも動かない。

 

 無自覚な山岸さんの……あれっ? 岳羽さん、いま山岸さんのこと風花(・・)って呼んだ?

 

「はっ!」

 

 と思ったら順平が目を輝かせて俺と先輩を見る。

 

「影虎君、桐条先輩」

「なんだよ……」

「伊織、露骨に何か企んでいるな?」

「勉強の秘訣とか一つ教えてもらえませんか? こう、成績がグッと上がる方法とか」

「そんなものは無い。日々の勉強あるのみだ」

「いや、ほら、先輩の言う日々の勉強の中に秘密があったり?」

「そういう話なら私も聞きたーい! 桐条先輩って中等部からいつも学年一位だったし、葉隠君も成績よさそーだし、何か凄い勉強方法がありそう」

 

 藁をも掴むような順平に、興味本位の島田さんが乗っかってきた。

 

「そう言われても、普通にちゃんと授業を聞いて、宿題が出たらちゃんとやる。あとは予習復習くらいだけど……」

 

 俺は人生一回分の下駄を履いているので、ペルソナに目覚める前からその程度だった。

 

「私も同じようなものだ。幼少期には家庭教師がついていたが、それでも特別な勉強法などなかった。強いて言うなら、やはり継続して学び続けることだろう」

「やっぱそうか……ああ、二人が眩しすぎる」

 

 順平が大げさにのけぞってうなだれる。こんな時でもコミカルな奴だ。

 まぁ俺も下駄の一回分は人並みに塾だなんだと勉強に時間を費やしたから、期待する気持ちは分かるけどな。

 

 

 

 勉強はつまらない、退屈だ、難しい、嫌だ。

 そう感じてしまうのは“問題が解けないから。あるいは理解すらできないから”だ。

 日本では子供なら誰でも“義務教育”を受ける。子供が勉強するのは当然とされている。

 だから勉強ができれば褒められるし、できなければ何故かと責められる。

 

 ここに問題が一つあるとして、それを二人の子供に解かせたとしよう。

 子供Aは簡単に問題を解いた。子供Bは解けずに悩み続けている。

 この二人のうち、より問題に対する苦痛が大きいのはどちらだろうか?

 

 俺はBだと思う。

 簡単に解いたAと違い、Bは行き詰まって頭を抱えている。

 そのためにAより多くの時間と労力を使った。それでいて結果はついてこない。

 ここに親がいたらBは叱られるかもしれない。

 Aが同じ学校など近い距離にいれば、比較して劣等感を覚えるかもしれない。

 それを楽しめるような性格でなければ苦痛ばかりに感じるだろう。

 

 それに対してAは簡単に問題を解いた。

 結果を出して、自由に使える時間を相対的に多く得る。

 たとえAが勉強嫌いでも、Bより苦痛は短時間で済む。

 いい結果を残して親に怒られることはまず無い。

 Bとの比較で勉強に関して劣等感を覚えるとも考えにくい。

 

 もちろんBも勉強すれば、できることが増えて楽になるだろう。

 でも、そうなるまではこの差がある。

 それが積み重なって、勉強が嫌になる。

 

 逆に言えば、授業が理解できて問題が解ければさほど辛くも無い。

 実際にAとBの両方を体験したからそう言える。

 

 俺は一度目の人生じゃどこにでもいる一人の男でしかなくて、上を見れば常にいくらでも俺より凄い奴がいた。大学に入って就職できるように勉強はしたが、勉強好きではないと断言できる。

 

 そんな俺がコロッと死んで、転生させられ二度目の人生。

 今も勉強が好きとは思わない。

 小中学生の勉強はだいぶ退屈だった。

 できて当前の内容で褒められるのは気恥ずかしさもある。

 でも以前のように勉強が嫌とは考えることは無くなった。

 

 アナライズの力に気づいてからは、少し楽しいかもしれない。

 教科書の内容がスラスラと頭に入るのは、一回目には味わえなかった感覚だ。

 

 …………和田と新井にもそんな感覚を体験させられないだろうか? 

 それができれば、俺たちがやらせている(・・・・・・)だけの今より良い……

 

 プリントを始める皆を見ていた俺は、手元にあった中等部の教科書に手を伸ばした。

 

 ……試験範囲全部をやるには時間が足りない……でも重要な場所に的を絞れば多少点を稼げるかもしれないな。中等部の過去問、誰か持ってないか後で聞いてみよう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 影時間

 

 ~巌戸台~

 

 嫌気のささない勉強をと考えたものの、そのための具体案が浮かばないまま勉強会は終わり。おまけに問題作りに時間を使い、タルタロスに行く準備もせずに影時間を迎えたので、今日は気分転換に使うことにした。

 

 巨大な月の光を浴びて、輝く道を気の向くままに走る。登る。飛ぶ。

 そして疲れたら適当に休む。

 

「プハッ! はぁ~」

 

 公園のベンチに座り、流し込んだ南船橋人工水。

 美味しいけど、これは天然水でもなんでもなく、ただの水道水だ。

 これが他の飲み物と同じ一本百二十円で売られている。

 ……本当に水道水だったら、メーカーは大儲けだろうなぁ。

 

 原価が気になる水を飲みきり、空いたボトルを路地裏のゴミ箱へ。

 

「……バイク?」

 

 ゴミ箱に近づいた拍子に奇妙なバイクを発見。

 公園の整備用品か? そんな品々が置かれている倉庫の横にある……

 と周辺把握で情報が入るが、形がおかしい。

 

 近寄って、バイクを覆い隠すような汚いビニールシートを外して合点がいった。問題のバイクは車体を覆うカバーが付いた“フルカウル”というタイプだが、フロントにヒビが入って車体は傷だらけ。ミラーは右が折れてナンバーもない。事故車のようだ。

 

「酷いのは外見だけみたいだな……」

 

 内部はそれほど酷くなさそうだ。フレームに歪みもなさそうだし、修理の途中なのかもしれない。でも、それにしては人が手を入れた形跡が無いな……タイヤなんか蜘蛛の巣が張っているし……そもそも公園に置いておくのもおかしいか。ガソリンは? ……腐った(変質した)ような臭いはしない。

 

 その他も簡単にチェックした限り、まだこのバイクは動かせそうだ。

 

 「…………動かせる?」

 

 影時間に普通の機械は使えない。人も象徴化する。

 けど人は影時間に落とせる。だったら同じように機械も影時間に落とせるのでは?

 女教皇と隠者の大型シャドウはモノレールや電線を乗っ取る。

 という事は不可能じゃない?

 

 

 

 興味本位でドッペルゲンガーを鍵穴に突っ込み、エネルギーを注ぎ込んで……回す。

 

「!!」

 

 鳴り響く音! 成功した!? てかうるさい!

 

 いったんエンジンを停止。影時間に動ける人間がいたら気づかれてしまう。

 しかしやってみると意外とできるもんだな……

前にチドリが俺をシャドウみたいだと言ってたけど、こういう事なのかな?

 

 なんにしても影時間に機械が使えれば一つ手札が増える。

 これなら桐条先輩のように影時間をバイクで走ることもできそうだ!

 音は大きいが、“隠蔽”を使えばどうにかなる。

 

 こうドッペルゲンガーで包み込んで……あ、これじゃタイヤで踏みそうだ。長さを考えて巻き込まれないように、よし。中に排気が回らないように腰は密閉するとして、スカートみたいだけどいいか。……いや、上半分が忍者姿だとスカートに違和感がある。若干キモい。服装に特徴を無くせばいいか。シーツ巻きつけたみたいだけど……どうせなら仮面もちょっと変えよう。さしあたり女帝の仮面のデザインを使って、と。

 

 女性的な形になってきたなぁ……ま、いいか。

 

 その後、ドッペルゲンガーで包み込むとバイクの音も消せることを確認。

 軽く公園内で動かしてみると、親父に付き合っていたおかげだ。

 事故らない程度には乗り回すことができ、感覚を掴んでからバイクを返した。

 

 誰か知らない持ち主さん、勝手に使ってすみません。

 

 興奮が冷めて最後に少々罪悪感を覚えたが、結果的に良い気分転換になった。

 

 勉強のことも、もう一度考えてみよう。

 

 取り戻したやる気が失われないうちに、俺はトラフーリで寮へと帰った。




影虎は石にフェオのルーンを刻んだ!
勉強会を行った!
影虎は和田と新井の指導にやる気を出しているようだ……
岳羽と山岸の距離が知らない内に縮まっている?
影虎はバイクの運転練習を行った!


ルーン文字講座

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  フェオ

意味:お金・財産・家畜
右斜め上に伸びる線は家畜の角を表している。家畜=財産
効果:金運アップ






~影虎が引き受けている依頼一覧~

依頼No.5 勉強を教えよう 依頼人:“わかつ”の女将(和田の母)
達成条件:和田(わだ)勝平(かっぺい)新井(あらい)健太郎(けんたろう)の二名に勉強を教える。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。 + 『???』
達成期限:中間試験日まで

依頼No.6 会長に会ってくれ 依頼人:桐条美鶴
達成条件:中間試験後に月光館学園の生徒会長と話す。
達成報酬:新たな依頼人
達成期限:中間試験後、可能な限り早く。

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