人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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67話 千客万来の勉強会 その七

 5月16日(金)

 

 ~部室~

 

「……」

「あれ? 葉隠君、疲れ気味?」

「ちょっと昨日夜遅くてな……あ、今日もこれお願い」

「また問題? 分かったけど、あまり無理しちゃダメだよ?」

「気をつけるよ」

 

 昨夜はあれから調子が良くて、つい遅くまで作業をしてしまった。

 体に疲れが残っているのを感じる……

 

 顔を洗って、勉強会に参加する。

 

「今日も問題、作ってきたぞー」

「「あざーす」」

 

 今日のは皆が昨日の問題でまた間違えた問題をベースに作ってある。

 さらに

 

「あれ? 兄貴、こっちの紙なんすか?」

「答え? じゃないな……」

「それは問題の“解き方”だ。新井のを例に出して説明するとだな……」

 

 まず昨日、新井に出した問題の回答を見ると化学式と反応式の間違いが頻出していて、一度間違えた問題をもう一度間違えている所もあった。だから二度間違った問題を新井の“苦手分野”として、基本知識と解き方をまとめた資料を作成した。

 

「新井の答えを見てたらな、なんかこう、それっぽい事を書いてるけど間違ってるんだよ。たとえば鉄(Fe)と硫黄(S)からなる“硫化鉄”の化学式を求める場合は?」

「硫化鉄は……SFeですか?」

「化学式NaClは、なんと言う物質?」

「Na、ナトリウム……Clはカ、ル? ……! ナトリウムカルシウムです!」

「うん、どっちも間違い」

 

 ひらめいた! みたいな感じで自信を持って言い切ったけど、違う。

 

 まず硫化鉄の化学式は“FeS”。

 新井のSFeという答えは硫化鉄を構成する物質を書いているが、書き方のルールに従っていない。

 

「化学式はまず原則として“陽イオン”になりやすい物から先に書いていく。“陽イオン”が何かは……わかってないようだからまた後で説明するとして、その陽イオンになりやすいのが“金属”だから金属から先に書き始める。よってFeSが正しい答えになる。

 サッカーでもルールに従わなきゃ退場だろ? 同じようにテストでは間違いになるわけだ」

「なるほど……」

「ちなみに一つの化学式に金属元素が二つ以上ある場合は元素記号のアルファベット順。

 金属の次に書く非金属元素の順番と一緒に資料にあるから後で確認するように。

 それから次のNaClだけど、これはNa、ナトリウムとCl、塩素(・・)の化合物。Clはカルシウムじゃなくて塩素。それを日本語に直すときは後ろの物質から読んで行くとわかりやすい。

 じゃここでもう一問、塩素の化合物をなんというか?」

「塩化物?」

「正解!」

「っしゃ!」

「その塩化物は塩化○○と呼ばれるが、このNaClもそう」

「後ろから読んだら次はNaだから、塩化ナトリウムですね?」

「はい正解!」

「うっし!」

「同じように酸素の化合物であれば酸化物。硫黄であれば硫化物」

「! 硫黄、S、だから硫化鉄もFeS!」

「また正解!」

「おおお……なんか、今ならやれそうな気がしてきました!」

 

 単純か! 昨日も同じこと教えたはずなんだけど……

 

「とにかくそういう風にルールや基本となる元素記号の種類と名称をまとめたのがその資料。あと問題も簡単な方から応用に並べ直したから、それを見ながらやれば解ける。はず……」

「ちょ、そこは言い切れよ」

「仕方ないだろ、人にこんなの作るの初めてなんだから」

 

 だから、俺はアナライズの処理を真似ることにした。

 アナライズで英語や数学の処理をする場合はまず英単語や数字など元となる情報の習得から始まり、次に英文法や計算式といった情報の使い方(・・・)の情報を習得して、二つを組み合わせて適用することで翻訳文や計算式を作り、答えを出す。

 

 それを瞬時に行えるのがアナライズの特徴であり利点。

 和田と新井にそれを真似しろというのは無理な話だ。

 俺もペルソナに目覚める前ならできないと言ったと思う。

 でも元々俺はアナライズをメモ帳と呼んでいた。

 そこから記憶を資料で代用すればいいと思いつく。

 

 必要事項の記憶は後回し。まずは単純な問題からやらせることで一問にかかる時間を減らし、解ける感覚を与えて苦手意識の払拭を図る。そして教え方を必要な情報をまず理解させてから問題を解かせるのではなく、何度も問題を解くうちに理解させていく方針に変えた。

 

 最初は資料を見ながらでもいい。短い時間をできるだけ有効活用し、同じような問題でインプット(情報収集)アウトプット(回答)を数多くこなす内に暗記物を身につけさせる。中学の範囲、特に社会なんかは暗記で点数を稼げる部分が多いし、問題を解くことに慣れていけば処理速度も向上するはずだ。

 

 資料にはおまけとして試験範囲の英単語を使ったクロスワードパズルや、昔の記憶から引き出した語呂合わせで憶えやすい“お勉強ラップ”を息抜き用に載せてみた。

 

「とにかく、問題を解く事優先。あとはやってるうちに憶えていけばいい。単純だけど、問題や資料は昨日の時点でできる限りクオリティの高い物に仕上げたつもりだから」

 

 アナライズと元社会人の資料作成スキルをフル活用してな!

 

 と心で叫び胸を張ってみる。おかげで寝不足だ……

 

「うっわ、俺のもマジ細けぇ」

「一晩でこれ作ったの? しかも全員分」

「なるほど、よくまとめられた資料だ。一部理事長が好みそうな部分もあるが……これを作るのは大変だったろう。少し疲れているように見えるぞ。体には気をつけるようにな。……昨日言っていた物はどうする? 今渡せばいいのか?」

「中等部の過去問ですか? お借りします」

「高等部のも一年のだけだがあるぞ」

「ありがとうございます!」

「私も持ってきたよ。お姉ちゃんのも借りて二年分」

 

 先輩と高城さんから過去問の入ったファイルを受け取る。

 

「高城さんのお姉さんって、三年生?」

「そうだよ」

「だとすると桐条先輩のも合わせて三年分、違う年の過去門が集まったことになるな!」

「影虎、なんかスゲェ嬉しそうだな……そんなに役に立つのか?」

「当たり前だろ? 学校の中間や期末試験問題は学習指導要領に沿って、その時点までの授業で教えた範囲から出題される。学校の方針や先生の性格で問題に多少変化をつけられるかもしれないけど、重要な点は先生の意思では変えられない。

 だから過去問も出題範囲はほぼ同じだろうし、学校も先生も同じなら問題も似通ってくるから、やるだけでも事前に予習ができる。それに三年分もあれば比較してある程度出題傾向も掴めるんだから」

「そうなのか……」

 

 そうなのだ。テスト前には宝の山なんだよこれは!

 

 どんなに勉強しても、その内容がテストに出なければ意味が無い。

 どこを出されても完璧に答えられるようにすれば良いけど、それは理想。

 実際に実行するのは簡単じゃない。だから試験範囲が重要になる。

 

 しかし、それでも多すぎて範囲を絞り込む場合。

 ヤマを張って勉強したのに、肝心のヤマが外れては目も当てられない。

 でも過去問があれば、少しでも確実に当たる確率を上げられる。

 まさに今の和田や新井にはもってこいのアイテムだ。

 

「……ねぇ順平。今日の葉隠君、様子が違わない?」

「俺も思った、ちょっち暴走気味な気が……」

「徹夜の勢いでハイテンションになってるんじゃないかな~? どう思う? 山ちゃん」

「や、山ちゃん? 島田さん、それ私のことだよね? ……でも確かにこんな問題集作ってたら、睡眠時間短くなるよね……」

「てかさ、あれちゃんと読めてんの? 過去問ペラペラ捲ってるだけにしか見えないんだけど」

「速読だろう。訓練を積めば意外とできるぞ? 私も幼い頃に訓練を受けた。興味があるなら友近、君もやってみてはどうだ?」

「俺が、あれを?」

 

 

 そんな視線を気にとめず、俺は過去問のチェックを行った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~影時間~

 

 今日はちゃんと休め、と皆からも言われたのでタルタロス探索を控える。

 代わりにその時間を過去問のデータを元にした対策問題集と予想試験問題の作成に当てて、影時間が終わってすぐに就寝。

 ネットは使えなかったが手元のPCだけなら動かせた。

 適性のない人の一瞬で仕事が進むと考えると、実に得をした気分で眠る。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 5月17日(土)

 

 朝になると、“だいだら.”からメールが届いていた。

 送った甲殻が無事届いている事と連絡が遅れた事の謝罪から始まり、アート(装備品)がもう少しで完成すると書かれている。どうやら素材に興味を持って、性質を調べた後すぐに作業に入ったようだ。今日になって連絡をしていないのに気づき、早朝からメールを送ったと。

 

 俺は装備ができればいいので、その旨と料金の問い合わせだけ丁寧に書いてメールを返す。

 

 さて、体調は回復した。今日も気合を入れてアルバイトに行こう!

 

 昨夜作った問題のデータを順平に預けてから、寮を出た。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

「ッシャアアアアアア!!!」

 

 あの鏡……オーナーのコレクションじゃなかったら今すぐ叩き割ってやるのに!

 俺の中にある憤りを、恥ずかしさを、全て吐き出すように。

 バイト中に作った黒歴史を忘れるように……人のいないこの場所で暴れまくる。

 

 シャドウの仮面を“ナルシストの鏡”と名づけた憎き鏡に見立て、俺は気が済むまで渾身の一撃を叩き込み続けた。

 

 訓練? 知ったことか!!

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

 

 5月18日(日)

 

 ~巌戸台図書館~

 

 休日のため、図書館に集まって勉強会を開くことになった。

 部室の鍵を持っているのは秘密なので、使えないのだ。

 

 しかしとうとう明日から試験週間。

 場所もあって、皆普段より言葉少なに勉強に励んでいる。

 俺も自分で作った予想問題を何度も解く。

 

 今日まで繰り返した勉強は確実に実になっているだろう。

 ざっと考えても全教科の教科書記憶。学校指定の問題集を何回も行った。

 皆に作った問題は確認のためにすべて一度は解いている。

 おかげで試験範囲は基礎も応用もガッチリ固まった。

 

「よし、っと」

「終わったか? 西脇さん」

「終わったよ」

「じゃ次これな」

「了解、って音楽かー……」

「うえっ、そんなのもあったっけ? やっべ、すっかり忘れてた」

「これも要点はまとめてあるから。それと先生の趣味なのか“(たき) 廉太郎(れんたろう)”に関する問題が毎年いくつか入ってるから、そこを抑えればなんとかなるだろ。それよりもう終了時間が近いぞ」

「よっしゃ、オレッチのラストスパートみせてやんよ」

 

 そんな順平を横目に、西脇さんの数学の過去問の採点を行う。

 

 アナライズで計算した答えと比べ、正答の場合は解答欄に○、誤答の場合は×を表示。

 誤答の場合はどこでミスをしているかが分かれば書き込んでおく。

 

「はい西脇さん、八十八点」

「ん、こんなもんかな……」

「ただここなんだけど、この間違いって式はあってる。でもこの部分でさ……」

「どれ? ……うわ、これマジ? 割り算が先って、小学生レベルの間違いじゃん」

「たぶん。それ以外にこの答えになる計算が見つからなかったからケアレスミスだと思う。これがなかったら九十点台に乗ってたよ」

「悔しーなぁ……」

「葉隠君、こっちも次をお願い」

「了解」

 

 淡々と、黙々と、勉強会は最後の詰めに入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後

 

「……終わりました」

「俺もっす」

 

 和田と新井が社会の過去問を解き終えた。

 結果は……

 

「新井が六十九点、和田が……七十八点」

「「うっし!」」

 

 思ったより点が取れている!

 

 説明されて理解するより、実際にやる。習うより慣れろ的な勉強が性に合っていたのかもしれない。実際これまではほぼ一夜漬けでしのいでいたらしいし、サッカーに打ち込んでいたからか忍耐力はあるようだった。問題を数多くやらせるようになってからは集中力も続いて、与えた問題は全部やってきたし……赤点は回避できそうだ。

 

「満足のいく結果が出たようだな?」

「短い時間にしては上がったと思います。二人ともおつかれ」

「うっす、先輩らのおかげっす。俺らだけじゃどうしようもなかったっすよ」

「俺ら、先輩らがいなかったら勉強投げ出してたかもな……先輩方」

「「今日までアドバイスありがとうございました!」」

「ここ図書館だから声落とせって……!?」

 

 自覚すらしていなかった霧が晴れたような、目が覚めるような感覚。

 そして唐突に、ペルソナの情報が頭に流れ込んできた……

 

「兄貴?」

「葉隠? どうかしたのか?」

「! すみません。一瞬なんか目に入ったみたいで」

 

 とにかく考えるのは後だ。

 

「そうか。ならいいが、今日はこれからどうする? これで皆一通り終わったようだが続けるか?」

 

 ? まだ昼を少し過ぎたくらいなのに?

 

「中間試験は明日の朝からだぞ? 根を詰めて当日に力が出せなくては意味が無い。今日は遅くまでやるより、早めに帰って明日に備えるのも一つの手だと思うが、どうだ?」

 

 それもそうか。

 

「皆はどう?」

 

 全員から決を取り、今日の勉強会は昼までで終わった。

 

 

 

 

 

「あっついねー……」

「地球温暖化の影響とかか? これで夏本番とかどうなんだろうな?」

「でもまだ風があるだけすごしやすくないですか?」

「蒸し風呂みたいな部屋よりよっぽど天国っすよ」

 

 図書館を出たとたん、俺達は蒸し暑い外気に包まれた。

 日光に炙られた道を談笑しながら歩き続ける。

 

 すると見覚えのある道に着く。

 

「順平。この道って長鳴神社に繋がってる道じゃないか? ほら、初日に案内してもらった」

「そうそう、憶えてたのか。いやー、案内した甲斐がありますなぁ」

「そういえば長鳴神社って、学業の神様を祭ってるんだっけ?」

「風花、それほんと? だったら通り道だし、ちょっと寄ってかない?」

 

 岳羽さんの提案で、お参りに行くことになった。

 

 

 

 

 ~長鳴神社・境内~

 

 日曜日なので“太陽”と“刑死者”の二人がいるかと思ったが、境内には誰もいなかった。

 

「なにしてんの? お参りするよ」

「あれ……ねぇ友近、神社ってどうお参りすればいいんだっけ?」

「理緒しらねーの? 手を合わせればいいんじゃん?」

「そうじゃなくて、回数とか。もっと作法無かったっけ?」

「……宮本」

「俺か? ……全力で祈る? こう腹から声だして」

「声は絶対に違う! そんな騒がしいお参りする奴見たことねーよ!」

「何をやってるんだ君たちは……神社での作法はまず手水屋(ちょうずや)で手と口を清める事からだ」

 

 先輩が先頭に立って全員を引き連れていく。

 

「まず柄杓(ひしゃく)を右手で持ち、左手を洗い清める。次に柄杓(ひしゃく)を左手に持ち替え、同じように右手を洗い清める。そうしたらまた右手に持ち替え、今度は口を清めるんだ。口をすすぐときは柄杓(ひしゃく)に直接口をつけず、左手に移した水を口に含み、吐き出すときは口元を手で隠し静かに。……後はもう一度左手と使った柄杓を残った水で清める」

 

 先輩の指導の下、皆で作法に乗っ取り参拝を行った。

 

 

「私中吉ー。学業、ほどほどに良しだって」

「私小吉。努力すれば良し。なんか当たり前な気がするー」

 

 参拝を終えると皆でくじを引くことになったが……

 ここのおみくじ、良く当たったんだよな……

 

 前回引いたおみくじの当たり具合が異常なのを思い出してしまい、皆より一歩引いてしまう。

 

「あれ? 岳羽さんどうしたの?」

 

 一人、皆から離れて何かを探すようにあたりを見回している。

 

「んー……せっかくだから学業成就のお守り買おうかと思ったんだけど、売ってるとこ見つかんないんだよね」

「そういえば……」

 

 そういう場所は見当たらない。

 

「ゆかりちゃん。売店だったらここには無いよ」

「風花。そうなの?」

「うん。ここの神主さんが亡くなってからずっと」

「そうなんだ、じゃ仕方ないか」

 

 やってきた山岸さんの言葉であきらめる岳羽さん。

 そういえばいつの間にこの二人、名前で呼びあうようになったんだろう?

 聞いてみよう。

 

「私とゆかりちゃん?」

「前は苗字で呼んでたと思って」

「あぁ、それはほら、最初の勉強会で君とその、あったじゃない? あの時の話の内容ってか、そこまでの事情っての? ……風花も知ってるわけじゃん。それで気を使ってくれたみたいだからね」

「桐条先輩からお菓子をもらった日にね、ちょっと話して仲良くなったの」

 

 そうだったのか。

 まぁ、仲が良いなら良かった。

 

「おーい影虎!! お前で最後だぞ!!」

「今行くよ……」

 

 俺の番か……頼むから妙なのは出てくれるなよ!

 祈って引いた結果は……

 

「……吉だ」

 

 普通だが、内容は……

 

 待ち人 …… 縁多し。

 失せ物 …… 探せば見つかる。

 健康  …… 良く食べ、養生すべし。

 金運  …… ほどほどに良し。

 勉強  …… 案ずることはない。

 仕事  …… ひたむきに取り組むべし。

 勝負事 …… 粘り強く取り組めば勝つ。

 願い事 …… 閃きに従うと吉。

 

 待ち人・失せ物・金運はタルタロス系。

 健康と勉強はドンピシャすぎる。

 仕事と勝負事は無難なことに見えるけど、こうなると勘ぐってしまう……

 そして願い事は、さっき身に着けたペルソナのスキルか?

 

 まずタルタロスで戦わずにスキルを習得した事に驚いたが……

 手に入れたスキルは“アドバイス”。

 ゲームではクリティカルを二倍の確率で出せるようになるスキルだった。

 効果がそのままなら確実に役に立つが……やっぱりこのおみくじ、当たりすぎて怖い。

 

「んじゃ一番良かったのは先輩か。おめでとうございます!」

「ふふっ、ありがとう伊織。だが、おみくじで一番というのもな……」

「ははっ、ま、そうなりますよね」

 

 そう順平が笑うと、不意に沈黙が流れ、

 

 グゥ~……

 

 と、自分の腹が出した音が耳に届く。

 

「……腹の音?」

 

 静まり返ったタイミングで鳴った音を聞いたのは俺だけではなかったようだ。

 音の元を探すように視線がこちらの方に向く。

 

「……ごめん、俺だ。なんか腹減ってきて」

「今の影虎か? 超良いタイミングで鳴ったな」

「でももう昼過ぎてるしな」

「私もお腹減ってるかも~」

「頭使ったからねー」

「んじゃ俺んちどうっすか?」

「おっ、そういや和田って“わかつ”の息子なんだよな?」

「そうっすよ宮本先輩」

 

 話の内容が食事に変わるが、ここで今度は桐条先輩が輪から一歩引く。

 

「どうしました? 桐条先輩」

「どうした、ということはないが……君たちはこれから食事に行くのか?」

「そんな流れになってますけど……ああ」

 

 そういえばこの人、普通の飲食店に入ったこと無い人だったな。

 ゲームの女帝コミュイベントでは、飲食店が多かったし。

 

「もしかして、これから何か用事がありますか? それかお腹が空いてないとか」

「予定は入れていない。昼も食べていないから食事にはいいと思う」

「だったら一緒に行きませんか? わかつと小豆あらいは美味しかったですから、味は保障しますよ」

「そうでなくてだな……その、私が行ってもいいのだろうか?」

「何をいまさら遠慮してるんですか、勉強会には参加してたのに。ここで追い返すわけ無いでしょう。……な?」

 

 ここで皆に水を向けると

 

「そりゃ勿論!」

「大歓迎ですって! なぁ」

「先輩にも勉強教わったしな」

「こんなチャンス滅多にないしね!」

「賛成!」

「先輩が嫌なら無理強いはしませんけど……」

 

 脊髄反射のような速さで答えた順平に続き、友近、宮本、島田、西脇、そして岳羽さんまでもが同意してくれた。他の面々も笑顔で受け入れる意思を示している。

 

「……ふっ。では一緒させてもらうとしよう」

「あっ、何か別のものがよければお店探しますよ?」

「大丈夫だ、店選びは君たちに任せる。……ところで今からこの人数が入れる店はあるのか?」

「あ、そうっすね! うちに連絡入れてみるっす!」

 

 和田が思い出したように携帯を取り出して連絡を始めた。

 

「そうそう、今日も兄貴たち。今日は兄貴以外にもいるけどさ……人数? 十三人。……そこ何とかしてくれよ。俺らが世話になったつーか、そもそも先輩らの勉強会に俺らが混ぜてもらってたんだって。……わかった、ちょっと聞いてみるわ」

「ダメだったか」

「すんません、なんかどっかの大学の団体が来てたみたいで。それが帰れば空くって言ってますけど。別のとこ探しますか?」

「いきなり十三人で入れるとこって、ワイルダックバーガーとかファーストフードくらいしかなくない?」

「流石に先輩連れてくにはな……」

「俺ももっとガッツリ食いてぇ」

 

 桐条先輩はファーストフードでも喜ぶと思うが……俺も宮本の意見に賛成だ。

 

 そうだ。

 

「ラーメンはどう? 叔父さんと連絡とってみるから」

「ラーメンいいっすね!」

「先輩の叔父さんってラーメン屋なんすか」

「言ってなかったか? 叔父さんのラーメン屋って“はがくれ”だぞ?」

「はがくれってマジすか!?」

「俺らんとこと同じ建物じゃないっすか!」

「てっきり言ったと思ってた」

 

 驚く二人をなだめ、叔父さんに連絡を取る。

 そして全員でも座れると返事をもらった俺たちは、ほどほどに騒ぎながら巌戸台商店街へと足を向けた。




影虎はペルソナを使って勉強を教えた!
和田と新井に効果が出ていた!
試験前日、勉強会が終わった!
影虎は新しいスキル“アドバイス”を習得した!!




~影虎が引き受けている依頼一覧~

依頼No.5 勉強を教えよう 依頼人:“わかつ”の女将(和田の母)
達成条件:和田(わだ)勝平(かっぺい)新井(あらい)健太郎(けんたろう)の二名に勉強を教える。
達成報酬:“わかつ”と“小豆あらい”でタダ飯食べほうだい。 + 『スキル(アドバイス)習得』
達成期限:中間試験日まで

依頼No.6 会長に会ってくれ 依頼人:桐条美鶴
達成条件:中間試験後に月光館学園の生徒会長と話す。
達成報酬:新たな依頼人
達成期限:中間試験後、可能な限り早く。

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