人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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69話 邂逅

「これでよし」

 

 アルバイトからの帰宅後。

 会長からの呼び出しの件で来週月曜日、生徒会室に顔を出そうと考えている。

 という内容のメールを桐条先輩に送信してからルーンを刻む練習にうつる。

 

 Be Blue Vから持ち帰った石と工作道具を用意して、石にルーンを掘り込んでいく……

 

 道具と石を持つ手元をドッペルゲンガーで覆えば防音できて掃除も手間がかからず、アドバイスの恩恵が十全に受けられた。

 

 初めはオーナーのように縦横無尽にルーンを掘る真似をしていたが、今では上から下へまっすぐに線を彫ることだけに絞っている。

 

 ルーン文字の形状は“楔形文字”のような直線を組み合わせたものなので、縦線一本でも書きたい文字に合わせて石を回せば(・・・・・)書けることに気づいたからだ。上下左右斜め合わせて八方向の動きを駆使するオーナーのやり方より、素人の俺には一つに絞るこの方がやりやすかった。

 

「……こんなもんか」

 

 そう確信して作ったのは平仮名の“く”と同じ形状の“カノ”が刻まれた石。

 これはたいまつの火を象徴するルーンであり、そこから“道標”や“ひらめき”。

 “物事の始まり”や“発展”、“進歩”、それらに必要な“知性”。

 あるいは単純に“火”など様々な意味を持つ。

 

 これを使ってドッペルゲンガーやアドバイスを強化できないだろうか?

 と考えて彫ってみたものの……

 

「今は無理だな……」

 

 体調を考えるとルーン魔術の発動に割くエネルギーはない。

 タルタロスで回復するか、明日に回さないと辛そうだ。

 

 道具とごみを片付けて、ベッドの上で座禅を組む。

 魔術の代わりに江戸川先生から学んだ気功の練習を行うことにしよう。

 

 

 

 ……まずは呼吸を整え、体から無駄な力を抜く。

 そして自分の体内にあるエネルギーを探す……やっぱりアドバイスの効果があるようだ。

 授業を受けたときと同じく、ぼんやりとエネルギーを感じる。

 さらに集中すると、感覚がより明確になっていく……

 この大きな流れが先生の言っていた任脈(にんみゃく)督脈(とくみゃく)だろう。

 体内のエネルギーが前面(任脈)を下り、背面(督脈)を上って巡るのを観察できる。

 

 でも……なんだか弱弱しくて、所々で流れが滞っている。

 疲れているからか?

 だったら、とエネルギーの操作を試みる。

 いつもの吸ったり出したりする感覚で、慎重に。

 今流れているエネルギーの流れを後押しするように……

 消費するのではなく、流れだけを整えていく……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 だんだんと流れは整ってきた。

 気だるさも多少だが改善している気がする(・・・・)

 その代わり、流れに沿って下腹部のある部分が元気になってきた。

 そういう事が起こるとは聞いていたが……

 もう一度呼吸で落ち着かせ、鎮めるんだったな……

 

 時々休憩を挟みながら、始めて一時間ほどが経った時。

 

「っ!? 今度は“小周天”……“小周天”?」

 

 あの新しい情報が流れ込む感覚に襲われた。

 どうやら“小周天”というスキルを手に入れたようだけど、聞いたことがない。

 覚えるならSPを毎ターン自動回復する“気功”だと思ったが……ああ、なるほど。

 

「“小周天”はアクティブ(任意発動)スキルなのか」

 

 きっと俺はまだまだ未熟ということなんだろう。ドッぺルゲンガーとアドバイスのサポートで気功を多少使えても、熟練したわけではない。息をするように自然に使える境地には至っていない。だから自動の“気功”ではなく、任意の“小周天”か。

 

「回復効果は少なそうだ……けど慣れれば上がるかも……戦闘中には使えなさそうだけど、役には立つよな? きっと」

 

 そのまま小周天を行い、今日はエネルギーの把握に努めた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 5月26日 (月)

 

 昼休み

 

 教室に勉強会を開いたメンバーが打ち合わせることなく集まっている。

 

「試験結果、張り出されたってよ!」

「見に行くか」

「行きたくなーい」

 

 クラスメイトたちがゾロゾロと一階へ向かう。

 

「俺たちも行こうぜ」

「おちつかねー……」

 

 緊張した面持ちの皆と、掲示板に張り出される試験結果を見に行く。

 

「すごい人だね」

「これじゃ見に行けないね」

「てか、なんでここ(正面玄関)に全学年分張り出すんだろ? 各階に学年で分かれてるんだからさ、別にしてくれたってよくない?」

「ゆかりっちに賛成ー、そーしてくれりゃ人だかりもましな気がすんのにな」

「これ、昼休みが終わるまでに前まで行けっか?」

「帰りに確認したほうが楽な気がしてきたね」

「でも戻るにも後ろが……あっ、ごめんなさっ、えっ」

「山岸さん、こっち」

 

 人ごみに挟まれて戸惑う山岸さんを連れ、売店の隅に一時避難させたが……

 

「時間かかりそうだな……」

「ほんとだねー……あっ」

 

 俺の呟きに答えた山岸さんが、何かに気づいたように声をあげた。

 

「葉隠君は、もういいかも」

「え?」

「ほら、あそこ。一年生のとこ、人が流れたから」

 

 指し示された方を見ると、結果が張り出された掲示板。

 その前に群がる人の頭の上に、俺の名前があった。

 

 “一学年一位 一年A組 葉隠影虎 総合得点:1300点”

 

「なるほどなー」

 

 ちなみに月光館学園の中間試験は十三科目、一科目は百点満点。

 前々からそうだと思っていたが、やはりアナライズの効果は絶大だった。

 

「ちょっと何あれ」

「全教科満点とかマジかよ」

「葉隠って誰だよ」

「あいつだろ? 江戸川先生を顧問にして部を作った奴」

「頭良いんだな……」

「そういやお前、一位とるとか言ってなかったっけ? 負けたな」

「うっさいな! 調子が悪かったんだって……」

「お前調子よかったら全教科百点とれんのかよ」

「うっ……」

 

 掲示板付近にいる一年生だろうか? 俺の噂話がされている。

 おおむね成績が良い、と評判が上がっているようだ。

 ただ、若干の嫉妬の声も聞こえてくる。

 

 結果を確認できたので、俺個人としてはもうここに留まる必要はない。

 

「悪い、なんか居心地が悪いから先戻るわ」

「オッケー」

「成績良くても大変だね」

 

 俺は一足先に教室へ戻る事にした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

「起立。気をつけ。礼」

「はいお疲れ様。皆テストの復習も忘れないようにね。それから葉隠君、君はちょっと残りなさい」

 

 ホームルームが終わると、担任のアフロ、じゃなくて宮原先生に呼び止められた。

 

「先生、何か御用ですか?」

「用というか連絡事項ね。荷物をまとめたら帰る前に生徒会室によりなさい。絶対だよ? それからちょっと遅れたけど、今回の中間試験おめでとう。学年一位の生徒がうちのクラスから出て、僕もうれしいよ」

「ありがとうございます」

「これからもこの調子でね。その『宮原先生、宮原先生、至急職員室までお戻りください』あ、あれ? なんだろ……とりあえず用はこれだけだから、僕はこれで。忘れずに生徒会室に行くんだよ!」

 

 先生は急いで去っていった。

 生徒会室には元々行くつもりだったけど、何かあるのか?

 点が良すぎてカンニングを疑われたとか……ないな。

 たとえそうなら、行きなさいと言われるだけじゃなくて連れて行かれるだろう。

 行く場所も生徒会室じゃなくて生徒指導室のはず。

 先生の態度も悪いことが待っている様子じゃなかった。

 

 とりあえず行ってみればわかるだろう。

 

 

 

 ~生徒会室~

 

「入っていいぞ」

「失礼します、っ!?」

 

 軽い気持ちで生徒会室の扉を叩き、招き入れられた瞬間、思わず息を呑む。

 

 室内に居た人数は四人。

 一人はお馴染みの桐条先輩。

 一人はブラウンの髪をショートカットにした女子。

 朝礼で見かける三年の海土泊(あまどまり)会長。

 一人は書類片手に会長と何かを話していただろう、長身で目つきの鋭いメガネ男子。

 たしか副会長だったはず。

 

 この三人はいい。

 でもどうして……

 

「やぁ、君が葉隠君だね?」

 

 笑顔で声をかけてくる()

 この笑顔の裏に何を隠しているのかは読めない。

 俺がもっとも警戒しなければならない相手であり、黒幕。

 現状最も警戒すべき、理事長(幾月)がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

「どうかしたのかい?」

 

 落ち着け……

 

 腹をくくり、生徒会室へ足を踏み入れる。

 

「初めまして。葉隠影虎と申します。失礼ですが、もしかして理事長の……」

「おや、僕を知っているのか。その通り、幾月(いくつき)修司(しゅうじ)だ」

「間違っていなくて良かった」

 

 学校のホームページで顔と名前を見たことがある、と嘘よりの緊張の理由を作っておく。

 

「そんなに驚くなんて、宮原先生から聞かなかったのかい?」

「先生が話の途中で放送に呼ばれてしまったので、生徒会室に行くようにとしか」

「そうかい。僕がここに来たのは、君にこれを渡すためさ」

 

 幾月は生徒会室の机に置かれていた封筒を手に取り、俺に差し出してきた。

 

「これは?」

「奨学金さ、君は今回の中間テストで総合一位を取っただろう?」

「月光館学園には定期テスト上位者の順位に応じて、授業料の減免や奨学金の給付を行う制度がある。学年一位の場合はテスト前までの授業料を全額免除。加えてその奨学金だ、返済義務は無い。表情を見れば予想はつくが、知らなかったのか?」

「奨学金よりも確実に入学することに集中していたので」

 

 結果的にアナライズで一位を取ったけど、成績とお金よりトレーニングに重点を置くつもりだったから、そもそも成績は二の次。順平じゃないが入学前は最悪赤点ギリギリでもいいくらいに考えていた。そんな俺が奨学金とはね……

 

「一位になったご褒美だよ、参考書代にでも使うといい。学園としても優秀な成績を残す生徒には継続していい成績を残してほしい。勉強に励んでほしい、その方が学園の利にもなる。そんな思惑も入った奨学金さ。受け取ったからと学園から何かを要求されることも無いし、なにより君が勝ち取ったのだから、遠慮する必要はないよ。これからも頑張ってくれたまえ」

「そういうことなら。次回も自分なりに努力させていただきます。今回、二位の人とは僅差でしたから」

 

 チラッと見えた二位の総合点は1280点台だった。

 奨学金。リスク無しでお金を貰えるなら貰わない手はない。

 

 だがここで、幾月が思わぬ行動を起こす。

 

「僅差? きんさ……奨学金さ(・・・)? ぷっ、ぷははははっ!」

 

 ……笑い、始めた?

 

「理事長……」

「いやいや葉隠君、君もやるねぇ」

 

 何を? ダジャレ?

 

「今のは偶然……」

「そんな謙遜をしなくてもいいよ。君たちの勉強会で使ったプリントを桐条君に見せてもらったんだけどね、あれの“お勉強ラップ”も素晴らしかった! あれは君が書いたんだろう?」

「あれを、見たんですか」

「見せてもらったとも! あの短い中に詰め込まれた笑いと知識。言葉の芸術といってもいいね」

 

 一人で喋りまくる幾月。

 どうやら奨学金の受け渡しだけでなく、ダジャレの件で態々やってきたようだ。

 暇人か! そんなのでノコノコ俺の前に出てくるな! 気を揉んで損した……

 

「ところで相談なんだが、あの“お勉強ラップ”を学校で流してみないかね? うん、生徒の勉強の助けになるだろうし、これで同士が増えるかも」

「理事長、お戯れはそこまでに」

「いやいや桐条君、冗談ではなく本気だよ」

「本気で言っていたのですか……」

 

 先輩に心の底から同意する。

 それにしてもこの脱力感、警戒しているのが馬鹿らしくなりそうだ。

 だからこそこの男は危険。気を引き締めなければ……

 

「申し訳ありませんが、あれはどこかで聞いて覚えていた物を書き留めた物です。だからどこかに権利者がいると思いますよ」

「おや、そうなのかい? それは……よし、調べてみよう。権利者を探して許可を取れば流せるね」

「理事長、いったい貴方のどこにそんな熱意が……」

「それじゃ用も済んだし僕はこれで。それじゃ葉隠君、次回も頑張ってくれたまえ」

 

 幾月は桐条先輩の話もきかず、生徒会室を出て行った。

 

 これだけ? 本当にダジャレのためにわざわざ?

 狂った奴の思考は考えても理解できそうにないな……

 

 本気かどうか読めなかったが、曲はほっとけば諦めるよな?

 本気で権利者を探したとしても、あれは俺が生きていた世界の曲だ。

 試験にも出た瀧廉太郎など、歴史に名を残す作曲家や名曲は共通しているけど、

 あの曲の権利者は見つかりっこない。

 

「次は私の話かな? 葉隠君」

 

 そうだ、本来はこっちが目的だった。

 

「はい。改めまして、一年A組の葉隠影虎です」

「知ってるとは思うけど、私は生徒会長の海土泊(あまどまり)静流(しずる)。三年生。ついでにこっちは武将ね」

「ついでとはなんだ……紹介するならまともに紹介しろ。副会長の武田(たけだ)光成(みつなり)だ。戦国武将に名前が似ているせいで清流(しずる)には武将と呼ばれている。清流(しずる)と同じく三年。こいつは甘やかすと際限なく甘えてくる。耐えられなければ遠慮せず突き放していい」

 

 訂正すると会長の隣にいた武田先輩は、さっさと資料と書かれたファイルが積み重ねられた席に座り、作業を始めてしまう。

 

「無愛想な奴でごめんね。葉隠君の噂は聞いてるよ、色々と(・・・)。よろしくねっ」

 

 普段朝礼で見ていた時は淡々としているイメージだったけど、割と気さくそうだ。

 しかし色々な噂とは何だろう? 足が速いとか江戸川先生関係か?

 

「あれ? 知らない? 君それ以外でも色々有名だよ?」

「すみません、噂話とか疎くて……」

「……清流(しずる)の耳が早すぎるだけだ」

 

 ぼそりと呟かれた武田先輩の一言に会長は笑う。

 

「耳が早いってほどでもないよ。ただ月光館学園に通って十二年目だしさ、こういう役職についてると顔も広くなるしね。“噂”が色々と入ってくるんだよ。いい噂も、悪い噂もね。

 たとえば君学校では優等生してるけど、裏では不良で家がヤクザだとか」

「そんな噂が広まっているんですか?」

 

 一部根も葉もない噂が広がっているなら、まずい。

 

「これはそんなに広まってないけど、君、最近中等部の不良っぽい生徒と交流があるよね? 中等部のサッカー部を退部した……和田君と新井君だっけ? その二人と一緒に歩いてるのは比較的多く目撃されてる。それと君のお父さん、外見がすごく怖いでしょ? そこから事実が捻じ曲がったんだと思う。

 あ、言っとくけど美鶴の話を聞いてるから、私は問題ないと思ってるよ。本当に不良でヤクザとか思ってたら頼み事とかしないし。たださ……」

「そう思わない人も居る、って事ですよね」

「そう言う事」

 

 まいったな……部室維持のために実績を作ろうと話していたばかりなのに。

 

「あのさ、よかったら手伝おうか?」

「手伝う、とは?」

「さっき言った通り私は顔が広いし、自分で言うのもなんだけど信用がある。お父さんがヤクザって誤情報なら正せると思うし、中等部の二人は勉強を見ていただけって話も流せるよ」

「本当ですか? そうしていただけると助かりますが……」

「いいのいいの。話した感じ本当に悪い子じゃなさそうだし、君もうちの生徒なんだから、困ったときはお互い様さ。それにさ、ほら……」

「……ああ、絵のモデルの件ですか。わかりました、俺でよければ引き受けさせていただきます」

 

 この人、意図的に逃げ道を塞いだのなら、だいぶしたたかな人のようだ。

 

 その後、俺は依頼の詳細を聞き、

 

 書く絵はデッサンのコンクールへの応募用。

 締め切りは来週火曜。

 一枚につき二時間あれば十分に描ける。

 提出作品を選ぶために何枚か書く。

 

 ということで期間は明日から一週間。

 バイトのない日は天田の練習が終わった後、美術室にてモデルをやる事が決定した。




影虎のルーンを彫る腕が上がった!
カノを刻んだ石を手に入れた!
影虎の気の扱いが上達した!
“小周天”を習得した!
テスト結果が張り出された!
影虎は学年一位になった!
幾月修司と遭遇した!
奨学金を手に入れた!
ダジャレ仲間と認定された!
生徒会長の海土泊(あまどまり)静流(しずる)、副会長の武田(たけだ)光成(みつなり)と出会った!

依頼No.6 会長に会ってくれ 『達成』
依頼人:桐条美鶴
達成条件:中間試験後に月光館学園の生徒会長と話す。
達成報酬:新たな依頼人
達成期限:中間試験後、可能な限り早く。

海土泊(あまどまり)清流(しずる)から依頼が出た!
依頼No.7 モデルになって 『受注しました』
達成条件:生徒会長の絵のモデルになり、絵を完成させる。
達成報酬:評判の悪化の阻止
達成期限:6月3日(火)


影虎に与えられた奨学金は、
ゲームで成績上位の際に主人公が受け取れる桐条先輩のご褒美に相当します。
ちなみにこういった返済不要の“給付型奨学金”を現実で実際に導入している学校は
意外とたくさんあるようです。

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