5月27日(火)
放課後
~美術室~
「失礼します」
「葉隠君! 待っていたよ、さぁこっちへ」
昨日の約束通り、
「……会長だけなんですか?」
美術室には彼女一人しかいない。
「あはは……実はうちの部、私以外幽霊部員なんだよ。私を入れて七人だから一応“部”の体裁は整ってるけど、皆部活より勉強優先。何もやってないと内申に響くかもって理由で籍を置いてるだけさ。上半身脱いで、そっちの椅子に座って」
一人分の画材の正面に、俺用に用意されたと思われる椅子がある。
荷物を適当な所に置いて、言われるがまま席に座った。
「話には聞いていたけど、かなり鍛えてるね。これは描きがいがあるよ!」
「ガッカリされなくて一安心です」
「ガッカリなんてとんでもないよ、創作意欲が沸いてくる」
微妙な気分だ。返答に困る。
「よーし! やるよ!」
「ポーズはどうしますか?」
「一枚目は普通に座ってるだけでいいよ。楽な体勢で動かないで。でも口くらいは動かしても良いから、何か質問があったら遠慮無く聞いていいからね」
静寂の中、画材の擦れる音がだけが鳴り響く時間が始まった。
……
「葉隠君、ありがとねー、ほんとにモデルを引き受けてくれて」
十分くらい経っただろうか?
特に質問も見つからずに黙っていると、会長の方から話しかけてきた。
「おたがい様ですよ」
「そういえば聞いたよ、例の和田君と新井君。正式に君の部に入ったんだってね? しかも頭を丸刈りにしてきたんだって?」
「耳が早いですね。昨日入部したいなら格好を何とかして来いって言ったんですけど、今日いきなり丸刈りになって来たからちょっとビックリしました。元々サッカー部では
「部員にやる気があるのは羨ましいなぁ」
「まぁ……その分部活なら
うちは規定の人数に達してないから部費が出ない。
和田と新井が入った事で五人になったが、二人と天田は中学生と小学生。
厳密には天田たちは同好会と合同で練習をしているだけ。
書類上は小等部と中等部のパルクール同好会のメンバーという扱いになっている。
だから部費が欲しければ、高等部の生徒が五人以上必要だそうだ。
この事実を隠して天田に防具を部費で買った事にしていたが、和田と新井が入った事で一度天田にばれかけ、ごまかすために和田と新井の防具も一部負担する事になってしまった……自業自得と言われればそれまでだけど、ちょっと痛い。
もう部費が尽きると言っておいたからこれ以上は無いと思うけど……
「それがそうでもないんだなー……少人数の部活に割り当てられる部費なんてほんのちょっとさ。しかも実質的に活動してるのが私一人だからその“ちょっと”も貰えなくなりそうなんだな、これが。他の石膏像の使用も禁止されちゃったし、どうしようかと思ったよ」
画材で隠れて表情は見えない。
笑っているけど、会長の声はどこか寂しそうだ。
「一度引き受けた以上は最後まで協力させてもらいます。その分、こっちの方もよろしくお願いしますね」
「任せてよ。彼らが更生したのも十分に広めておくからさ」
「お願いします。……そうだ、もう一つ相談なんですけど」
「んー……何ー?」
「他に俺や部活についての噂があったら、教えてもらえませんか?」
山岸さんは機械に強く、ネットや掲示板の情報はすばやく集められる。
しかしその反面、ネットに上らない人と人の間の噂には疎い事が昨日発覚した。
こう言うと悪いけど、彼女は原作じゃボッチになってた人だから納得といえば納得。
俺も人の事は言えないくらい交友範囲は限られてるけど……
まぁそう言うわけで情報があれば知っておきたい。
「色々あるよ。足が速いとか江戸川先生との部活はもちろんだし……君、すごくよく食べるんだって? 後輩くんたちと“わかつ”で定食を三つも食べてたとか……寮の食事は毎食大盛りでおかわりもするって聞いた。あとは……そうだ、ポロニアンモールのBe Blue Vでバイトしてる事とか? 占い師もやってるんだよね」
結構プライベートな事まで知られてるな。
少なくともいま会長が言った事は全部事実だ。
「試験で学年一位になるくらいだから両立はできているだろうけど、アルバイトは大変じゃない?」
「オーナーを始めお店の人が皆良い人なので、何とか。お給料もいいですよ。貰った給料はほとんど食費に消えてますけど、俺が好きなだけ食べて少し余るくらいですから」
「そんなに食べてよく太らないね」
「運動してますから。でも江戸川先生が言うには、健康のためにもう少し脂肪をつけた方が良いらしくて。おかげで貯金が増えません」
「贅沢な悩みだね。それに給料を食い潰すだけ食べても太らない運動量ってどれだけなんだい? 乙女として気になるんだけど」
言われてみると、一日のタルタロスで走る距離ってどのくらいだろう?
しまった、具体的には答えられそうにない。
「まず毎朝のランニングはかかさず行いますね。その他は部活で走ったり登ったりと、あと夜にも空手をやったり走ります。消費カロリーとかは計算した事ないので分かりません。……そういう会長は? 運動とかアルバイトとか」
「運動はほどほどかな……でも生徒会やってると構内を歩き回ることはよくあるよ。あとアルバイトもしてる」
「へぇ、どこで働いてるんですか? 差し支えなければ」
「寮の部屋でできるデータ入力をやってるよ。生徒会の仕事もあるし、私も受験を控えてるからね。どっかのお店で働くのも良いけど、ちょっと負担になりそうでさ」
そういう働き方は実際どうなんだろう? 稼げるんだろうか?
「興味ある? だったらあとで私の使ってるサイトを教えてあげるから、一度見てみなよ。登録は無料だからさ」
教えてもらえるなら一度そういう仕事も探してみるか。
影時間の前とか空き時間はあるし。
そんな会話をはさみながら、作業は続く。
……
…………
………………
夜
~自室~
「影虎ー?」
順平?
「今開ける! ……どうした? こんな時間に」
「お前に荷物だってよ、そこで預かってきた」
「荷物、ああ!」
だいだら
「だいだら? どっかの店からみたいだけど、なんか頼んだのか? エロ本?」
「なんでまずエロ本が出てくるんだ……新しいプロテクターだよ。ほら、前に天田が付けてたみたいな」
「あー、なるほどな。んじゃ、確かに渡したぜ」
「ありがとな」
部屋に入って、扉と鍵をしっかりと閉める。
「さーて、
期待を胸に、箱を開けると表面に光沢のある茶色い塊が五つ、さらに手紙が入っていた。
何々、
豪快かつ達筆な文字で書かれた手紙によると……この四つは素材として送った甲殻を短冊状に切り分け、金具と三本の革ベルトで繋げて簡単にサイズを調整できるようにしてあり、手足と額に巻きつけるように装着することで各部位を守れる。
素材自体が高い硬度と柔軟性を併せ持っていたため、防具に加工する際は切断と表面を磨き上げる以外ほとんど手を加えていないそうで、請求書に書かれた金額は二千円という格安だった。
額金にだけ精巧な鳥の彫刻が入っているのは職人としてやりたかった事だからサービスで、手紙の最後はまた素材が手に入ったら依頼してくれという文章で締めくくられている。
シャドウの素材は上手く先方の興味を引けたようだ。
「良い感じだ」
早速手足に付けてみたが、体に吸い付くようなのに窮屈さを感じない。そして
ドッペルゲンガーと合わせて防具が二重になるけど、これなら動きの邪魔になる事も無さそうだ。
「試したいけどまだ時間はあるし……そうだ」
電源を入れたPCが目に入り、会長から教わったネットの仕事を見ようとしていた事を思い出す。
「登録完了! で仕事は、たくさんあるな……」
このサイトで紹介される仕事は多種多様。
単純で特別なスキルはいらない軽作業から、専門職の求人まで。
給料体系は歩合制が多いが、固定給のある仕事もそれなりに……おっ。
仕事を流し見ていくと“翻訳”というカテゴリーに目が留まる。
英文ならドッペルゲンガーで翻訳できる。
と言う事は日本語のデータ入力と作業はあまり代わらないんじゃないか?
……一つやってみるか。
数ある翻訳の仕事の中から、英語を日本語に翻訳する仕事のみをピックアップ。
そこからさらに未経験で無資格可能な仕事に絞りこみ、一つを選んだ。
日本語の記事執筆。
内容は英語の原文を元に、指定のフォーマットで日本語の記事を作成する事。
一件につき二百文字以上。報酬は最高で五千円。
未経験、無資格でも良い代わりに研修を兼ねた採用試験あり。
試験内容は試験のために用意された記事を実際の作業と同じ手順で翻訳する。
そこでのやり取りを見て判断が下される、か。
これがいいな。割と有名な会社だし、試験ありの仕事なら、合格したら良し。
もし俺の翻訳能力が実務に不十分な場合は、先方が判断して不合格にしてくれるだろう。
試験申し込みのメールを送信し、気功の練習をしながら影時間を待つ。
影虎はモデルをした!
美術部の現状を知った!
自室でできるアルバイト情報を得た!
だいだら
腕防具“甲蟲の小手”、足防具“甲蟲の脛当て”、頭防具“甲蟲の額金”を手に入れた!
影虎は新しいバイトに応募した!
装備について
ゲームでは武器、体防具、足防具、アクセサリーの四種類ですが。
本作では現実で装着できる物であれば、四種類以上の装着ができると考えています。
例:足防具の脛当てを付けている状態でも、靴や膝パッドなら装着可能。
常識的な範囲で防具の重ね着も可能。
例:ドッペルゲンガーや頑丈な服の上に防具を装着する。など
ただしアクセサリーには制限がかかる予定です。
現在の装備 内側 → 外側
頭防具:“ドッペルゲンガー”“藍色の頬被り”“甲蟲の額金”
体防具:“ドッペルゲンガー”
腕防具:“ドッペルゲンガー”“甲蟲の小手”
足防具:“ドッペルゲンガー”“甲蟲の脛当て”
アクセサリー:“ラックバンド”