人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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72話 手の貸し方

 5月28日(水)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「今日の分です」

「いただきます。………………うっ!」

 

 バイト前の恒例になりつつある江戸川先生の実験。

 相変わらず謎な薬を飲み干した直後、今日はハズレだと分かる。

 

「ちょっと、すいません」

 

 こみ上げる吐き気に耐え切れず、流しで胃の中身をぶちまける。

 

「おや……吐き気の原因は味ですか? 他に症状は?」

「味だけじゃ、無いです……急激にめまいが……意識は……辛いですが、ありますし、体も動きます……」

「この配合ではダメでしたか。分かりました、もういいですよ」

 

 早速ポズムディで解毒を行い、薬の代わりに力の使いすぎで動けなくなった。

 意識を失ってないだけ進歩かな……

 

「さぁ葉隠君、箱の中に入れますよ。ちょっと我慢してくださいね」

 

 ……小周天、やっとこう。

 

 

 

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

「あら、今日はこの状態なのね」

「ここ最近は調子が良かったんですがねぇ……失敗してしまいました」

「お手数おかけします……」

「はいはい、ちゃちゃっと治療しちゃいましょう」

 

 治療のためにソファーへと移り、治療が始まった。

 オーナーから流れ込むエネルギーが体中を駆け巡るのを強く感じる……

 

「……以前より症状が軽いみたいね。これならすぐ治るわ」

「俺も成長してますからね……」

 

 治療を受けながら、最近の状況についての報告や情報交換も行う。

 

「ペルソナのスキルにある“気功”なんですが、肉体エネルギーを操って精神エネルギーを回復させるんですよ。なんででしょう?」

「ウフフフ……肉体と精神には密接な関係があるのよ。“病は気から”“健全なる精神は健全なる肉体に宿る”どちらも聞いた事があるでしょう? それは二つが互いに影響しあっているからなの。

 体が健康でも心を病んでいる状態が続くと、体にも病を招いてしまう。逆に体の調子を整える事で心を健康に保つこともできる。肉体を整えて疲労からの負担や苦痛が減れば、不要な苦しみから解放された心は楽を得る。すると活力も取り戻すことができるのよ」

 

 オーナーが施術してくれているこのヒーリング治療も理屈は同じだそうだ。対象に不足しているエネルギーを補充したり、対になるエネルギーを正常に巡らせたりする事で疲労を取り除き、体の働きを正常に戻すのだと。

 

「そろそろいいかしら?」

「本当だ、これなら十分働けそうです」

 

 体調が回復したなら仕事に行かないと……

 そして仕事に行くため席を立とうとしたその時。

 

「ちょっと待ってください、最後にもう一つ」

「? 江戸川先生?」

「先ほど君は“気功”という精神エネルギーを回復する能力があると言いましたが、肉体エネルギーを回復する能力はないのですか? 怪我や病気を治す能力でもいいのですが」

「肉体エネルギーを回復する能力なら“治癒促進”、怪我なら回復魔法がありますけど……」

「習得方法は分かりますか?」

 

 少し考えてみるが、分からない。

 

「残念ながら習得方法はちょっと。でも特定の能力を付け加えるための道具があります。制御剤と同じ入手経路ですが、治癒促進と回復魔法が一種類ありました。けど高くて……」

「おいくらですか?」

「治癒促進が五十万円、回復魔法が十万円でした。そもそもそのスキルカードという道具が希少らしく、そいつらが持っているのも四枚だけ。さらに先の二枚以外も十万と二十万が一枚ずつで」

「ふむ……」

 

 と話していると、足音から誰かが近づいてくるのを感じた。

 オーナーたちとの話を止める。

 

「オーナー、少々よろしいでしょうか」

「あら弥生ちゃん? いいわよ」

「すみませ、あっ」

 

 許可を受けて応接室の扉を開いた棚倉さんは、俺の顔を見て声を上げた。

 

「葉隠、お前もう来てたのか」

「どうかしましたか?」

「来てたならいい。もうすぐシフトの時間になっても姿が見えないから遅刻かと思ってさ。オーナーに連絡きてないか聞きにきただけだから」

「あっ、すみません」

 

 そういえば今日は箱詰めでここまで来たから挨拶してなかった。

 

「すぐ準備します。それじゃお二人とも、俺は仕事に」

「ええ、お願いするわね」

「頑張ってくださいね、ヒッヒッヒ」

 

 仕事に向かうため、応接室を後にした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 閉店後

 

「よし、こんなもんだろ」

「やっぱり一人増えると楽だよね」

「つーか、葉隠の手際が妙に良くなってる気がすんだけど……気のせいか?」

「仕事に慣れたからですよ」

 

 掃除一つとってもアドバイスが汚れの残ってる場所とか伝えてくるからな。

 

「ま、早く終わるならなんでもいいか。それよりさ、時間あったらこれから食事に行かないか?」

「いいですね、夕飯まだですし」

「だろ? 葉隠の歓迎会とかやってなかったしさ」

「言われてみれば、やってないね」

「アタシもすっかり忘れてた。うちの店で長続きする奴って少ないけど、葉隠は続きそうだしな」

 

 ここで室内の電灯が突然点滅し始めた。

 香田さんが何かを伝えたがっているようだ。

 

「花梨も賛成だってさ」

 

 仕事仲間との交流も仕事の内。社会人として先輩からの誘いは断れない!

 ……なんて理由が必要なほどこの二人は嫌な相手じゃないので、二つ返事で参加を決めた。

 職場の先輩が良い人、もしくは馬が合う人であれば、それは間違いなく幸運である。

 

「あら、なんだか楽しそうな話をしてるわね」

 

 話していたらオーナーが表に出てきた。

 

「ちょうど良かった、オーナーも一緒にどうですか?」

「いいわねぇ。でもせっかく歓迎会をするならちゃんとしたお店予約してからのほうがいいんじゃないかしら?」

「それもそうですね。歓迎会なのにそこらのお店で適当に、という訳にも……」

「そんなに気にしなくても」

「オーナーも三田村さんも、そんなに気にしなくても……あれ? もしかして香田さんも?」

 

 電灯の点滅が激しさを増した。

 

「歓迎会は明日に日を改めて、ということでどうかしら? お店の事もあるけれど、葉隠君にはこれからちょっと頼みたいことがあるから」

「頼みごと? なんでしょうか」

「ちょっと長くなりそうだから、ちょっと奥に来て欲しいのだけれど……」

「分かりました。すみませんお二人とも」

「別にいいよ。そう言う事なら。でもオーナー、あんまり無茶ぶりしないでやってくださいよ」

「心得ているわ」

「ならいいけど。じゃアタシは帰るな」

「私も。良いお店期待してますよ、オーナー」

「それじゃ私たちも」

 

 帰宅する二人と別れ、俺はオーナーとまた応接室へ。

 もう江戸川先生の姿はないが、代わりに分厚い封筒が机に乗っていた。

 

「葉隠君にはおつかいを頼みたいの」

 

 と言ってオーナーはその封筒を渡してくるが……

 

「おつかいってことは、これお金ですか!? この札束でも入ってそうな封筒……」

「七十万円入っているわ」

「そんな大金ポンと預けないでくださいよ!」

 

 本当にちょっとしたお使いを頼むような口調で軽く渡された金額に驚きを隠せない。

 

「しょうがないじゃない、これは貴方にしか頼めないんだから」

「俺にしか?」

 

 そう聞いて、おつかいの品物が思い当たる。

 

「スキルカード?」

「ええ。そのお金で十万円のカードを私と江戸川さんに二枚、買ってきてちょうだいな。他人に能力を与える道具……とっても興味深いわ」

「……残りの五十万は」

「“治癒促進”を買って貴方が使いなさい」

「おつかいのお駄賃には多すぎますよ……」

「その道具は売り物なんでしょう? いつまでもある、なんて考えていたら買い逃すかもしれないわ。お金で手に入るうちに手に入れておきなさい」

 

 返そうと前に出た手を押し返し、封筒を押し付けてくるオーナー。

 

「貴方からお金の頼みはしにくいのは分かるわ。私たちにも、桐条グループほどの資金力はないけれど……それでも五十万円くらいならこうして用意できる財力はあるの。だから遠慮せず、今は一刻も早くその“治癒促進”を確保なさい。

 生きていれば、お金は働いてゆっくり返してくれればいいんだから」

「……ありがとうございます。今年中にお返しします」

 

 時間の制約がなければ、バイト代に奨学金を加えて十分に返済は可能。

 厚意に絆されそう考えた俺は感謝をしつつお金を借りておく事に決め、その足で巌戸台へと向かった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

 ストレガと連絡をとるために“まんがの星”の近くまでやってきたが、困ったことに制服なので顔を隠す物がない。ドッペルゲンガーで影時間スタイルになるには怪しすぎるし、帽子じゃ不安が残る。

 

 どうしたもんか……おっと。

 

 足取りの怪しいサラリーマンが近づいてきた。

 

「フン、こんな時間までほっつき歩いているのか最近の子供は。ああ嘆かわしい、私が子供だった頃はまっすぐに家に帰って勉強に励んだものだというのに、まったく近頃の若いもんは夜遅くまでフラフラと、用もないのに見苦しい……」

 

 とフラフラしていて見苦しい中年男性は言っている。

 

 酒は飲んでも飲まれるな。人のふり見て我がふり直せと言うわけじゃないけど、はたから見ると酒を飲んでもああはなりたく……なりたく……!

 

 閃きをもたらした酔っ払いを観察。

 ドッペルゲンガーの能力をフル活用し、姿と形の情報を記録。

 そして商店街から離れて人気のない場所を探す。

 

 ……このあたりでいいか。

 

 商店街から道を一つ離れ、監視カメラのない建物の影で忘れていた“擬態”能力を発動。

 

 そう念じた次の瞬間。俺の姿は先ほどの酔っ払いサラリーマンへ変わる。

 

「ん……よし!」

 

 突き出た腹、ヨレヨレのスーツ、皺の入った皮膚、完全に合致している。

 カーブミラーで見ても皮膚や服の色は普通。

 カバンも学生カバンからくたびれた革のカバンになっている。

 表面をドッペルゲンガーが覆ってそう見せているだけだけど……これなら問題ないだろう。

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~自室~

 

 “まんがの星”でストレガへの連絡を済ませ、帰宅してすぐにメールをチェック。

 すると昨日応募していた翻訳の試験に関するメールが届いている。

 金銭問題がひとまず解決したことで、ちょっと言葉にできない気分になった。

 

 ……でも結局は借金だしな、一丁やりますか。

 

 なになに……試験は研修を兼ねた英文記事二つの翻訳、ここまでは応募の時にも見た内容。

 試験問題は添付ファイルか。とりあえず全部ダウンロード。

 後は翻訳すればいいんだろうけど、まず全部アナライズで読み込もう。

 

 全部のファイルを開き、片っ端から内容に目を通すとだいたい理解できた。

 あとは原文全体を翻訳して、指定のフォーマットに反映させる。

 タイトルは……“脱走犬がまさかの大冒険”と“あの有名女優に第一子が誕生!”。

 

 ……ほんの一分足らずですべての翻訳が終わってしまった。

 

 これを文字に起こすだけだと、本当に日本語のデータ入力と変わりがなさそうだ。

 この作業は数分では無理だが、しっかりとした完成品が頭にあるので、手は止まらない。

 そう長い記事じゃなかった事もあり、あっけなくすべての入力が完了。

 あとは念のために脳内の完成品と目の前の入力内容を照らし合わせて誤字脱字を精査。

 

 あ、ここ句点忘れてる。

 こういうのはアナライズで視界に注記させるか。

 こう、視界に赤いマークで修正が入るように……やってみるといくつかあるな。

 修正修正。これでよし。

 

 あとは完成したファイルを添付したメールを先方に送り、試験終了。

 二つの記事を翻訳するための所要時間は、二十分にも満たなかった。




影虎は江戸川先生の薬を飲んだ!
気分が悪くなった!
オーナーの治療を受け、情報交換をした!
なんとスキルカードの購入資金を貸してもらえた!
影虎は五十万円の借金(無利子)を背負った!
オッサンに擬態して注文を済ませた!
翻訳の仕事の採用試験を受けた!

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