人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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74話 適性

 5月30日(金)

 

 ~校舎裏~

 

「ラスト!」

「「うっす!」」

「はい!」

 

 練習の締めに高い階段を頂上まで駆け上る。

 俺に続いて和田と新井がほぼ同着。

 

「お疲れ様、大丈夫?」

「あざっす! 大丈夫っす! なぁ?」

「おう! ……すっかり体鈍っててキツイはキツイけどな」

 

 山岸さんがドリンクを手渡す様子を見つつ、最後に少し遅れた天田を迎える。

 

「お疲れさん」

「っ、先輩……」

 

 天田の息は荒い。

 最後にはなったが俺たちとは歩幅が違う。

 諦めず練習に付いてきただけでも十分だ。

 何も恥じることはないと思うが……どうも天田の様子がおかしい。

 今だけでなく、今日は最初から集中力が乱れていた気がする。

 

 

 

 

 ~部室~

 

 

 

「天田」

 

 天田は門限、俺は会長との約束があるため今日の練習はこれで終了。

 しかし天田の様子が気になったので、帰る用意を整えた天田を呼び止めた。

 

「先輩?」

「……なにかあったか?」

 

 天田は少し驚いたように俺を見てから、歯切れの悪い小さな声で言う。

 

「……笑わないでくれますか?」

 

 当然だと答えると、次は人のいない所で話したいと……

 

 そんなに人に聞かれたくない事なのか?

 クラスで上手く言ってないと聞いているから、いじめか?

 と考えながら俺の部室へ招き入れる。

 

 しかしその直後に聞かされたのは、俺の想像の斜め上を行く話だった。

 

「芸能事務所にスカウトされた!?」

「声が大きいです先輩!」

「あ、すまん……いやしかし、笑いはしないが予想もしてなくて……」

「予想してなかったのは僕もですよ……」

 

 なんでも天田は昨日、帰り道で走っていたらスカウトマンに声をかけられたそうだ。

 しかもそのスカウトマンの所属事務所は野生的なウサギがトレードマーク、イケメン男性アイドルで有名なBunny's(バニーズ)だと言うから驚きだ。

 

 でも改めて考えてみると、天田って将来驚きの成長をするんだよな……

 ペルソナ3の続編のペルソナ4のスピンオフとして出た格闘ゲーム。

 ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナには成長した天田が出てくる。

 初めて広告を見た時は原形留めてなくない? とか、若干岳羽さんに似てる気が……とか。

 その急成長振りに驚愕した。でもイケメンではあったと思う。

 それを考えるとある意味妥当なのかも……

 

「天田としてはやってみたいのか? 悩むくらいだし」

「……芸能界なら、子役とか未成年でも働けるって言われたのが気になってて……」

「そうか、働きたいって言ってたもんなぁ……天田の保護者は? 十五歳以下だから承諾書が必要になるだろうけど。というかそもそも天田の保護者ってどんな人?」

 

 その質問に、天田は表情を曇らせる。

 

「……お金持ちみたいです。それ以上はよく、知りません。一度しか会ったことないから」

「一度? それだけか?」

「はい。お母さんが死んじゃった直後に、一度。直接会ったのはその時だけで、それ以降は電話がたまに」

「たまにってどのくらいだ? 週に何回とか、頻度は?」

「さぁ……」

「さぁってお前」

「向こうも忙しい人みたいだから、しょうがないですよ。僕の生活とかは学校から聞いてるみたいですし、学費とか生活費はちゃんと払ってくれてます」

 

 薄笑いとともに擁護の言葉が搾り出される。その言葉は聞いていて痛々しい。

 どう考えても“お金だけ渡して放置”に変換されてしまう。

 ちょっと、予想していた以上に危うい雰囲気が漂ってきている……

 

「それに、許可は多分くれると思います。理解のある人ですから。先輩と夏休みにアメリカへ行く話も、お友達と楽しんでらっしゃいって言ってくれましたし」

「……そりゃ良かった……なら、とりあえずそっちは置いておこう。それじゃ働く以外でアイドルに興味は? 俺も芸能界に詳しくはないけど、スカウトされたからってすぐ稼げるわけじゃないと思うぞ」

「決めるのは一度見学にきて、練習を見てからでもいいって言われました。その……保護者の人と、って。でも忙しいから無理ですね……」

「……だったらこの話、江戸川先生と山岸さんにも話さないか?」

 

 顧問になってもらってから、江戸川先生のイメージは大きく変わった。

 相変わらず怪しいのは事実だけど、先生なら話は真剣に聞いてくれる。

 先生なら保護者の代理として見学に付き合ってくれるかもしれない。

 

 山岸さんはパソコンやネットに詳しく、そちらから情報を集めてもらえる。

 就職するために就職先の情報を集めることは何も悪くない。

 むしろ当然の事としてやるべきである。

 

 と説明して天田の了承を取り付けた俺は二人に話をしに行き、その後美術室への全力疾走を余儀なくされた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~夜~

 

「送信、っと……」

 

 内容は問題ないが、いくつか表現が硬く感じる部分がある。

 そこをもっと軽めの表現にしてみてほしいとの修正指示を受けた翻訳の他、いくつかのメールを送った直後に電話がかかってきた。

 

「もしもし」

『虎ちゃん』

「母さんか、どうしたの?」

『今日虎ちゃんの学校から授業料の事で連絡があってね? 頑張ってるみたいじゃない、聞いたわよ、中間試験の事』

「ああ……で?」

『で、って……龍斗さんも虎ちゃんもほんとにもう』

 

 父さんもきっと“すげぇな”とかそんな一言で流したんだろうな。

 

『一部免除された授業料の話を龍斗さんにしたらお金が浮いたって。これから特上のお寿司を食べに行く事になったんだけど、虎ちゃんの口座にもお金を振り込んでおいたから、それでおいしい物でも食べて』

「了解。そうだ母さん、天田の事なんだけど……ほら、こっち来た時に見かけたって言ってた」

 

 ついでに天田のアメリカ旅行参加についても知らせておく。

 

『分かったわ、龍斗さんにも伝えとくから』

「あとジョナサンにもお願い」

『パスポートの用意はできているの?』

「その辺も大丈夫そう。夏休みまでには時間もあるし」

『そちらの連絡先、聞けそうな時に聞いて教えてね』

「分かってる。タイミングを見て聞いておくよ」

『それから龍斗さんがバイクの免許はもう取れたかって』

「ごめん、勉強で忙しくてまだ」

『バイクは来月中に完成するそうだから、早くしなさい。下手に時間を与えると変な機能を付けられちゃう』

「……伯父さんを抑えといて。試験終わったしこっちも本腰入れる」

『それじゃ、頑張って。体には気をつけてね』

「うん、それじゃ。……ふー……!」

 

 電話を切ると、立て続けにもう一度かかってきた。

 今度は桐条先輩だ。

 

「もしもし、桐条先輩?」

『葉隠、メールを読ませてもらった。今日の報告にも驚いたが、そちらからも話があるというのも珍しいな。何だ?』

「天田の今の保護者について、先輩は何か知りませんか?」

『何か、とは?』

「何でもいいんです。メールにも書いた通り、今日天田から保護者の事を少し聞きました。ただその時の様子がおかしかったんです」

『…………桐条グループの傘下企業の一つを経営していたはずだが、すまない。それ以上は私も知らない』

「先輩も?」

『扶養は十分可能。生活に不自由もさせていないと聞いていたからな。それ以上家庭について調査はしていない』

「……誰から話を聞いたんですか?」

『? 理事長(・・・)だ。事件当時は天田の事を心配してよく話に出ていてな』

 

 幾月修司……あいつが暗躍しているのか? 

 

『それがどうかしたか?』

「いえ……ただそれは“保護者に財力がある”ってだけの話じゃありませんか? うちの学校は全寮制だから、保護者がお金さえ払っていれば食事や生活の世話はされます。でも天田が保護者と直接会ったのは母親が亡くなった直後に一度だけ。現在は電話でのやりとりだけで、それも月に一度か二度。ない時もあるそうですよ」

『なんだと!?』

「扶養に問題はない、生活に不自由もさせていない。どっちも間違いではない(・・・・・・・)ですね」

 

 さらにいつも忙しいからと言われ、天田は保護者の家に行った事がない。

 保護者がどう考えているのかはともかく、天田は自分を厄介者だと感じているようだ。

 それが“働きたい”“自立したい”と考える一因になっているように感じた。

 

「天田は保護者の人は忙しいから仕方ないって、“わがままを言わない良い子”を絵に描いたような事を言ってましたけど……なんとなく嫌な予感がして本心かどうか深く聞くのは避けました。とりあえず来週江戸川先生と見学に付き添います。先方から付き添いが代理でも良いと確認がとれればの話ですが、そうなったらまた報告しますから」

『頼んだ。天田の保護者についてはこちらで調査してみよう。君は天田のことだけを考えてやってくれ』

「言われなくてもそのつもりです。俺は調査とかできないんで」

 

 そう言うとすぐに調査を始めるつもりらしく、先輩は俺に一言断りを入れて電話を切った。

 

 静まり返った部屋の中、やり取りから得られた情報を反芻する。

 

 桐条先輩は天田の保護者について知らなかった。

 詳しい話を聞いた後の態度からして、おそらく嘘ではない。

 そして問題がないと彼女に聞かせていたのは幾月だ。

 今回の事で少しでも幾月への信頼が揺らげば俺にとっては都合が良くなる。

 しかしこれは意図して行われた事か? それともただのミスか?

 ペルソナの暴走による一般人の死……情報力と事件の重要性を考えるとミスとは思えない。

 

 ……!

 

「まさか……」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 影時間

 

 ~私立月光館学園小等部男子寮前~

 

 影時間の暗がりに紛れ、能力で姿を完全に隠して建物に進入する。

 

 こっちの方が大きいが、構造は高等部の男子寮と同じ。

 鍵はアナログ……そっと指を鍵穴に押し当て、周囲を警戒しながら鍵を開ける。

 警報の類は鳴らない。影時間に対応できる防犯システムは無さそうだ。

 周囲を警戒しつつ、天田の部屋を探す。

 

 ……どうしてもっと早くに気づかなかったんだろう。

 影時間は適性の無い人間には気づかれない。

 影時間に落ちたとしても、適性がなければ起こった事を忘れてしまう。

 だけど天田は以前、博物館で会った俺に“母親が怪物に殺された”と話した。

 つまりあいつは影時間にあった事をおぼえている(・・・・・)

 それはすなわち適性がある、という事だ。

 

 俺は原作を知っていたからそれは当然知っている。

 しかしあいつは事件当時、怪物について周囲の人間に話している。

 大多数の人間は信じなくても、真実を知る人間なら話は変わる。

 天田には適性があると天田自身が吹聴したようなものだ。

 当然、幾月も気づいているはず。つまり天田に監視が付いている可能性もある。

 

 ……! 天田乾、ここだ!

 

 周辺把握に集中。内部の様子を伺うと象徴化した棺桶が一つ。

 ……象徴化しているという事は、まだ完全に目覚めていないのか……

 でも覚醒は時間の問題。

 

 特別課外活動部へ、入部の時期を考えると来年の夏前……

 本格的に目覚めたらどうするか、考えておかないとな……でもまずは……

 

 勝手に悪いが、監視カメラや盗聴器を探させてもらった。




影虎は部活動を行った!
天田から相談を受けた!
影虎はガサ入れをした!

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