人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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7話 さらなる理解へ(前)

 4月11日(金)

 

 ~朝・教室~

 

 机に突っ伏していると、誰かが始業ギリギリに駆け込んできた。

 

 「セーフ! そしておっはよーう、って、影虎!?」

 「うぅ……順平、遅刻ギリギリだな」

 「いや、んな事よりお前大丈夫かよ? 一目で体調悪いのが分かるんだけど」

 「ちょっと疲れが出たみたい……でも大丈夫だから」

 

 理由は言わずもがな、昨日のタルタロスだ。朝から気だるくて頭が痛い。

 

 「あんま無理すんなよ? ダメだと思ったら保健室にーって、それが一番ダメか……」

 「ハハハ……ハ?」

 「起立!」

 

 順平の言葉に苦笑いを返すと、教室に先生が入って来ていた。しかしその先生はいつものアフロではなく、白衣と髭面……

 

 「ヒヒヒ……おはようございます皆さん」

 「江戸川先生? 宮原先生は?」

 「宮原先生はお休みです。先ほど職員室で体調が悪そうでしたから、薬を飲んでいただきました……残念ながら市販品ですけどね。少々熱が高いので、大事をとってお休みということで、今日は私が授業をしますよ」

 

 クラスメイトにそう答えた江戸川先生が不気味な笑顔を浮かべて教卓、つまり俺の前に立った、とたんに声をかけられた。

 

 「おやぁ? 君、お名前は?」

 「葉隠、影虎です」

 「葉隠君……ずいぶん体調が悪そうですねぇ……」

 

 江戸川先生が獲物を見る目で俺を見て、教室の空気が張り詰める。

 

 「これはいけませんね、薬を飲ませなくては」

 「いえ、ちょっと疲れてるだけですから」

 「その“ちょっと”の油断が病気を大病にしかねません」

 「でも、ここ教室ですし」

 「ご心配なく。ここに丁度よく、先ほど宮原先生のために調合した薬が」

 

 白衣のポケットから口に栓をされ、ドドメ色の液体が入った試験管が出てきた。まさか常備してるのか……?

 

 「先生用だと効果違うんじゃ……」

 「成分的には栄養剤にちょっと手を加えただけですから、問題ありません」

 

 抵抗むなしく、栓を抜いた試験管を押し付けられてしまった……どうしようか……

 

「さぁ、遠慮なく。私の薬は効きますよ……? さぁ……飲むんだ!」

「影虎、やめとけ、絶対やめとけって」

「飲んだら何が起こるかわかんねーぞっ」

 

 江戸川先生が飲むように急かし、友近と順平が小声で止めてくる。

 

 飲めば勇気上昇? 回復or死? そんな言葉が頭を巡りっている間に、俺は……ふらっ、と試験管に口をつけていた。

 

『あぁっ!?』

 

 教室中から息を呑む声が上がる。だがもう中身は喉に流し込んでしまった。

 

「どうですかぁ? 影虎君」

「大丈夫なのかよ!? おいっ!」

 

 江戸川先生と順平。対照的な反応の二人にそう聞かれる。そうだな……

 

「……妙にフルーティーで美味しいのが逆に気持ち悪いです」

『美味しいの!?』

「飲みやすいように作りましたからね……それに、皆さんが思っているより世界には美味しいどっ、薬はあるのですよ。甘いものとかね」

 

 今毒って言いかけなかったか!?

 

「今絶対毒って言いかけたぞ!?」

「吐け! 今すぐ吐け影虎!!」

 

 みんな俺と同じ事を考えたようで、クラス中が騒然となるが江戸川先生は気にしない。

 

「効き目の方はどうですか? 影虎君」

 

 江戸川先生、俺の呼び方が苗字から名前になって……あれ?

 

「…………」

「な、なんだよ影虎……何突然体動かしてんの……」

「薬のせいでおかしくなったのか……?」

「順平も友近も違う……体のだるさが消えて、頭もすっきりしてきた」

『ええっ!?』

「良くなったという事は……成功のようですねぇ、ヒッヒッヒ……」

 

 成功って、さっきまでの良く効く発言は何だったんだよ! やっぱ俺実験台かよ!? スッキリした頭で考えたら、何であの薬を飲んだか自分でもわからねぇ……学校休むべきだったかなぁ……

 

「この薬、いったい何なんですか?」

「さっきも話した通り、成分的には市販の栄養剤とそれほど変わりません。購買で売ってるでしょ? ツカレトール。そこに私が一手間加えて効果を高めたツカレトール……XYZにしましょう。あの薬はツカレトールXYZです」

「完全に今考えたでしょう……」

 

 しかもその名前は

 

「呪術や魔法において名前とはとても大きな意味を持ちますが……今回はわりと適当ですね。しかし、意味はありますよ? XYZという名前のカクテルがあるのですが、その名前にはこれ以上は無いという意味を込めて名づけられたという説があります。良くも悪くも、ね。ヒッヒッヒ……」

 

 どっかで聞いたような話だな、ぁ?

 

「私の薬はツカレ、よりも効果が、これ以上の……」

「おい……様子おかし……」

「虎君……」

 

 先生の話やクラス中からかけられる声がうまく聞き取れない。急に眠気も……

 

「おや? ……君? そう、ば睡眠薬も入れ……ゆっく、休みなさい。先生、君の居眠りを見逃しますから」

 

 最後の一言がしっかりと聞こえたと思えば、俺はまた机に突っ伏してしまう。俺、ここのところこんなのばっかり……

 

 

 

 

 

「はっ!?」

「影虎君が起きた!」

「……? 西脇さんと、宮本?」

 

 気づいたら二人が俺を覗き込んでいた。

 

「気分はどうなんだ!?」

「気分? 悪い夢を見ていた気がする……変な薬を飲まされて、意識を失う夢を」

「いや、それ夢じゃなくて現実だから。ちなみに今は六時間目が終わったとこ」

「はぁ!? え、本当に!?」

「嘘なんかつかねーよ。お前、休み時間に陸上部の先輩が何度も勧誘に来てもぜんぜん起きなくて、死んでるのかと思ったぜ」

「アタシら何度も息を確認したよ」

 

 マジかよ……

 

「授業中ずっと寝てて、先生なんも言わなかったか? 特に今日は江古田先生の授業があったはずだけど」

「俺らが事情を話したら見逃してくれたぜ。江古田もな」

「江戸川先生の薬を飲んだって聞いたら、コロッと態度変えてた。話聞いて顔色悪くしてたし、被害にあった事あるのかもね。それよりホント大丈夫?」

 

 聞かれてもう一度体を確かめるけど、悪いどころか絶好調だ。そう伝えると宮本には無事でよかったな! と背中を叩かれ、西脇さんには心底不安そうな目で今日はもう帰って安静にしろと念を押された。

 

 さらに、その後他のクラスメイトやトイレに行っていた順平や友近にも心配されたが、その時なぜか順平から江戸川先生の名刺を貰った。

 

「何これ?」

「“何かあったらいつでも連絡してください”だってさ。気に入られたな、影虎。……実験台として」

 

 心底いらない、この名刺。

 

 

 

 

 

 

 ~自室~

 

「どうすっかなぁ」

 

 一日寝て帰って来たはいいけど、これからの予定がない。宿題は帰ってすぐ終わらせたし、朝の状態で今日はタルタロスに行かないつもりだったからだ。

 

「そうだ、経緯はともかく体は良くなったんだから、ドッペルゲンガー出してみるか」

 

 ペルソナは影時間でなくても出せるのか、実験してみよう。

 

 という訳で、まず戸締りと窓のカーテンがしっかり閉まっているのを確認し、ベッドに腰掛けて集中する。

 

「“ドッペルゲンガー”」

 

 薄い煙が周りにまとわり付き、いつも通りの服装に変わる。

 

 少し時間が必要だけど、ペルソナの召喚は影時間でなくてもできるな。ただ……影時間で呼び出す時より格段に疲れる。影時間にはペルソナの召還を助ける効果があるんだろうか?

 

 状態の維持も特に問題なさそう……いや、微妙に負担があるか? それでも意識しなければ気づかない程度だ。短時間なら大丈夫だろう。出し入れが疲れるんだな。

 

 スキルや能力の使用……服と装備の形状変化は、いつもより時間がかかるけど可能。

 周辺把握……普段通り使用可能。

 アナライズ……既知のシャドウ情報の閲覧はできる。

 保護色と隠蔽……使えるけど、普段の倍くらい疲れる。

 攻撃はここじゃ無理だから、つぎは回復を……? うっ! あ……

 

 軽く、本当に軽くディアを使おうとしただけで全身の力を持っていかれた。慌ててペルソナを消して事無きを得るが、また今朝のだるさに襲われてベッドに横になる。

 

「なるほど、これは……」

 

 なんとなく理解した。

 

 ペルソナには使えるスキルの中でも得手不得手があり、得意なスキル使用は体力の消耗が小さく、逆に不得意なスキルは消耗も大きくなる。

 

 俺のペルソナが得意なのはしっかり試した五つに補助とデバフ系。回復は使えてもイマイチだったんだろう。使った瞬間合わないというか、違和感があった。負担が大きいだけに違和感が顕著に出たのかもしれない。

 

「数値が無くて、体感だけだと限界が掴みづらいな。これ、攻撃スキル使ってたらどうなってたか……」

 

 きっとぶっ倒れただろう。実験はもっと慎重にやらないと危ないな……

 

 俺は自分の迂闊さを反省しながら、ベッドで休むことにする。

 

 

 

 

 

 しばらくすると、突然部屋のドアがノックされる。

 

「影虎ー?」

「おー! 今出る!」

 

 ベッドから跳ね起きてドアを開けると、私服の順平が立っていた。

 

「おっ、影虎。もう時間だし、まだ食ってなかったら一緒に夕飯……お前どうしたんだよ、また顔色悪いぞ?」

 

 顔色はそうかもしれない。それにしても夕食の時間か、結構時間経ってたんだな……何か食べたい。

 

「体調はちょっと、今朝のがぶり返した」

「それ、あの妙な薬の副作用が今頃出たんじゃねーよな……?」

「違うと思う」

 

 今回は自業自得だからな。

 

「それに食欲はあるから、多分大丈夫だって。で、食事だっけ?」

「それならいいけどよ……そうだ、誘っといてなんだけど、お前部屋で寝てろよ。食事は俺が戻るときに持ってきてやるから。この寮で出る食事は原則食堂で食うことになってっけど、病気の時は部屋で食っていいことになってるからさ。

 菓子やカップめんなんかはいつでも部屋で食えるけど、体調悪いならちゃんとしたメシ食わねーとな?」

 

 飯は食いたいけど、食堂まで行くのはちょっとつらい。順平の申し出はありがたかったので、心配してくれたことに礼を言ってお願いした。

 

 

 

 順平と別れてまた部屋で休むが、何もしていないと食事が待ち遠しい。今日の献立は何だろう? 考えていると空腹感が強くなり、少し腹が痛む。

 

 この空腹感、きっとペルソナ使用の副作用も原因だ。ゲームじゃ自販機の飲み物とか、ありきたりなパンにも多少の回復効果があった。食事が回復に関係するなら、無理なペルソナの使い方をした影響が空腹として現れてもおかしくないと思う。

 

 そうだ、今度からタルタロスへ行く時は、荷物にならない程度に食料を持ち込もう。

 部屋にも常備して、いっそこれからの放課後は回復効果の高い食品探しに使うのもいいな。

 

 いや、食事という行為そのものに意味があって、内容で効果が左右されるなら自分で作ってみるのもいいかもしれない。料理経験は実家で母親の手伝をしていただけ。決して得意とは言えないけど、機会を見つけてやってみよう。

 

 

 

 今後の方針を考えながら待つこと20分。また部屋のドアがノックされた。

 

「おまたせー、夕飯もって来たぜ。食欲あるみたいだから普通の食事持ってきたけど、食べられるか? 寮母のおばちゃんにお粥にしてもいいっていってたから、駄目そうなら変えてもらえるぜ」

 

 順平は白米と水差しに野菜炒めと酢豚が乗ったトレーを見せてそう言うが、俺はそれを見て余計に目の前の食事を食べたくなった。

 

「ありがとう、順平。食べられるよ」

「気にすんなって。食い終わったら部屋のドアの横に出しておけば勝手に回収されっから。んじゃ、体には気をつけろよ」

 

 向かいの部屋に入っていく順平を見送り、俺は部屋で夕飯を食べる。

 勉強机にトレーを乗せて、まず酢豚を一口。

 

 美味しい。

 

 口の中に肉の旨みが広がり、米や野菜炒めにも箸をつける。

 もう一口、もう一口、と一心不乱に食べ進め、気づけば目の前の皿には米粒一つ残っていなかった。

 

 ……俺、皿を舐めたのか?

 

 あまりの皿の綺麗さに自分で驚いたが、とりあえず食べ終わった。順平に言われた通りに食器を外に出して、今日はもう寝てしまおう。




放課後・夜の行動に料理研究(食べ歩きや市販の食品探しを含む)が追加されました。
葉隠影虎の料理の腕前は、簡単な料理なら、普通に美味しく作れる程度です。

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