6月5日(木)
夜
~長鳴神社~
前回来た日から五日が経過し、スキルカードが複製できるかどうかを確認すべきる日がやってきた。
さて……、どうだろう?
前回カードと稲荷寿司を備えた社に足を踏み入れる。
「あっ、た……?」
元のスキルカードはそのまま。供えていたはずの稲荷寿司はなくなり、代わりにお
元のカードとはずいぶん違うが、触れた瞬間込められたスキルが分かった。手元に新しい“力”がある。もう一歩力に近づこうとすれば、意思を察したように力が流れ込む。
「!!」
ローグロウを習得した! 複製は成功だ!
使用済みも含めて二枚のカードを回収し、感謝の稲荷寿司を社に捧げる。
「こちらはお礼です。お願いを聞いてくださり、ありがとうございました。
……立て続けになりますが、こちらのカードも複製していただけませんでしょうか?」
治癒促進のカードを取り出してみるも、誰からも返事は無い。
治癒促進は高いし大切なカードだ。ここに置いていくのは正直、少々ためらわれる。
しかしローグロウでの実験は成功した。ここは信じてみよう。
「また、必ずお供え物を用意させていただきます。……どうぞよろしくお願いします」
木々を揺らす不思議な風を感じて、俺は社を後にした。
……
…………
………………
「ワフッ! ワフッ!!」
「この鳴き声は……」
帰ろうとした矢先に、またコロマルが走ってくる。
「ワフッ、ワフゥ……」
なんだ、またお前かとでも言っているような気がする……?
「コロマル、これどうしたんだ?」
今日のコロマルは首にリードが付いている。誰が付けたんだろう?
と考えていると
「コロマルー! おーい! はぁ、待って、くれ……はぁ」
神社の階段を息を切らせながら登ってくる中年の男性がいた。
「ふぅ、はぁ……おや? こんな時間に参拝かな?」
「こんばんは。バイト帰りでして」
「そう、っと! こら、コロマル、やめなさい」
コロマルは男性に飛びついて甘えている。
「……この子、この神社のコロマルですよね? 野良だと聞いたんですが、よく懐いてますね」
「ワフゥ?」
「世間からはそう見られているのか……すまないな、コロ。満足に面倒を見てやれなくて」
「ワン!」
「?」
かがんで背中を撫でつける男性の顔を、気にするなと言いたげに舐めるコロマル。
「私は
「ワフッ、ハッハッハッ」
神主さんの息子さんだったのか。
「葉隠影虎といいます。失礼しました」
「ワウ」
「謝られるほどの事じゃないさ。それよりもう夜もだいぶ遅い時間だよ」
男性にたしなめられ、改めて帰ることにする。
「気をつけて帰りなさい」
「ワンッ!」
一人と一匹に見送られ、俺は軽く頭を下げて階段を下りた。
……
…………
………………
~自室~
帰ってすぐに宿題と夕食を済ませ、影時間までは時間がまだある。
「今日は翻訳にするか」
PCを立ち上げ、採用された翻訳会社の出している今俺が受けられる仕事を探す。
この会社は多数の言語を翻訳する仕事を出しているけど、俺は英語だけなので英語で検索。
仕事は一つ千円から五千円とまちまち。
政治、経済、論文に関する記事など、高額な仕事ほど長文や専門用語が頻出しそうだ。
長文や専門用語も辞書を読み込めば大丈夫だろうけど、合格してからの初仕事だし手堅くいこう。
報酬の低い中から記事を四つ。合計報酬四千五百円。期日は三日後……
条件を一通り確認したら手続きを行い、受け取ったアドレスとパスで必要なデータをダウンロードすれば準備完了。あとは試験でやったように読み込みと処理をして文字に起こすだけ。今日中に全部終わるだろ。
焦る必要もないので、ドッペルゲンガーで脳内に作業用BGMを流してのんびりと仕事にとりくんだ。
本日の翻訳業務
所要時間:一時間以内に終了
状態:会社の確認待ち
報酬(見込み):四千五百円
時給として考えると、めちゃめちゃ割が良いな。
……
…………
………………
6月6日(金)
放課後
「あっ先輩お疲れ様です」
「影虎君も来ましたか、早速行けますね?」
さらに待ち合わせた二人と江戸川先生の車で走ること一時間。
俺たちは高層ビル街を訪れている。
先日の天田の事務所見学の機会が意外と早くきた。
「ここですよね?」
「間違いありませんねぇ、ヒヒヒ」
「大きいですね……」
バニーズ事務所は男性アイドル専門の事務所としては業界最大手。数多くの男性アイドルを輩出し、次代のアイドルとなる練習生を千人規模で抱え、その活動拠点となる支部を日本各地に持っている大企業。目の前の高層ビルもその一つで、ジムや練習用のスタジオなど必要な設備が全部そろっている。
ここのスカウトを受けられるのは、アイドル志望の人にとっては最高のステータスになるだろう。ただし芸能界には黒い噂もある。素人なりに見極めるため、ドッペルゲンガー眼鏡を着用して徹底的に見学内容を記録することに勤めよう。
気合を入れ、受付で用件を伝えると
「いや~! よく来てくれたね天田君!」
「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
「よろしく。それで貴方がたが」
「付き添いをさせていただきます。江戸川です、そして彼は葉隠君」
「よろしくおねがいします」
やってきたのはスーツ姿の男性。彼が天田をスカウトした
年齢は三十台後半のはずだけど若さを感じる。
清潔感があって、人に好かれそうな笑顔で話す。
なのに……第一印象はやや胡散臭い。
職業柄なのかもしれないが、値踏みをするような視線を送られた。
アドバイスが無ければ気づけたかも怪しい、そんな本当にささいな事だけど……
「ではレッスンや仕事の流れを、施設案内を通して説明させていただきます。今の時間はダンスの練習をやっていますので、まずこちらへどうぞ」
まず案内されたのはダンススタジオ。扉を開けた時点で音楽と熱気が溢れた。
入ると五十人ほどの男子が鏡張りの壁に向かって練習に励んでいる。年齢はバラバラ。
全体的に小学校高学年から中学生くらいが多そうで、共通点といえば男である事。
そしてどいつもこいつも顔が良いというか華やかさがある。
「っ! 木島プロデューサー……」
「えっ!?」
「ほら集中切らさない!」
「そこの二人! ダンスを止めるな!!」
「「は、はい!」」
俺たちが入った事に気づいた男子二人に、先生がたの檄が飛ぶ。
生徒の前後、男女二人の先生で指導しているみたいだ。
「こちらへどうぞ」
「ありがとうございます。失礼します」
邪魔にならないよう壁際によると、先客がいて見学用のイスを出してくれた。
帽子とマスクが気になったが、プロデューサーの説明に集中。
指導、実践、指導、実践。全体を通して、時に一部を抜き出して重点的に。
レッスンはその繰り返しで課題のダンスを完成させていくようだ。
「よし……休憩!!」
『ありがとうございました!!』
俺たちが来た時点でレッスンは後半に入っていたようだ。
「今がちょうど入れ替えの時間になります。別のレッスンに行く子、次もダンスの子は休憩、レッスンのない子は帰るか各自で自主トレをします」
プロデューサーの言葉通り生徒は散っていく。
しかし数人の生徒は他と違い、こちらへとやってきた。
「おはようございます! 木島プロデューサー!」
「ああ、おはよう」
「俺たちのダンス、どうでしたか?」
「前よりだいぶ上達したね。ただ今は……」
「こらっ! お前たち何をやってる!」
木島プロデューサーへのアピールが目的か。
しかし
「失礼しました」
謝罪する女の先生に、江戸川先生が口を開く。
「いえいえ、お気になさらず。それにしても、生徒さんが沢山いらっしゃいますねぇ」
「現在新しいアイドルグループの立ち上げを検討していまして、彼らはその候補になります。木村君、この子は見学の天田君だ」
「プロデューサーがスカウトした子ですね。こんにちは、天田君」
「こんにちは!」
緊張気味に頭を下げる天田。
俺からすると微笑ましい姿だが……
「チッ」
「また新入りかよ」
「倍率上がるじゃんかよ……」
否定的なつぶやきが俺の耳に届く。
口に出したのは小数だが、その他も確実に歓迎ムードではない。
生徒たちからするとライバルが増えるのは分かるが……
こんなにギスギスするのが芸能事務所では当たり前なのか?
「そんなに緊張しないで。よかったら君も少しやってみる?」
「ああ、それはいいね! やってみないか?」
生徒の休憩時間に少しならできると、天田が先生とプロデューサーに誘われ……
「君もどう?」
俺まで誘われた。
「いいんじゃないかな? 良かったら記念にやってみるといいよ」
プロデューサーも朗らかに薦めてきた……
「それじゃあ、記念に」
「二人とも、上着は私が持ちましょう」
制服の上着を脱いで江戸川先生に預ける。
「じゃ、まずは基本ね。準備運動ー、腰を前、後、左、右。やわらかーく動かして、ぐるっと回すー」
まずは簡単な動きから。
「じゃあ簡単なステップを教えるよ。右足からー1・2・3・4」
「1・2・3・4」
「1・2・3・4」
天田と一緒に先生の動きを確実に真似続ける
「……うん! 二人ともかなり動けるね。ならもう少し難しいの行くよ。まずは見ていて」
今度はこれまでと比べてテンポが速く、動きも複雑だ。
だけど、俺にはドッペルゲンガーの記憶力がある。
動きさえきちんと把握できれば、真似ることはできる!!
「うわっ!」
「天田!?」
俺は何とか踊りきれたが、天田は最後のターンでバランスを崩してしまった。
「アイテテテ……」
「大丈夫か?」
「はい、ちょっと滑っただけです」
「それじゃ動きを分けてやってみよう」
ダンスレッスンがしばらく続いた……
スキルカードの複製に成功した!
影虎はローグロウを習得した!
神主の息子と出会った!
天田とアイドル事務所を見学した!