6月8日(月)
放課後
~部室~
「こんにちはー」
「「こんちゃーっす」」
「天田、それに和田と新井か……」
「葉隠先輩、何でそんな
「ストレッチ中に床の冷たさが気持ち良くてさ」
「顔色は悪くないっすけど」
「兄貴、疲れてません?」
「ちょっとな……今朝、朝礼で大会の結果が発表されてから大騒ぎで」
「そっか、高等部は大会だったんですよね。どうでした?」
「無事、練習場所は勝ち取ったよ。練習場所はまだ用意できてないって話だけど」
今日の朝礼を使って大会の結果が発表された。
俺も上位入賞者の一人として壇上に上らされたが、問題はその後。
授業を担当する先生が毎回俺に声をかけ、ついでに問題を解かされる。
特に体育担当の青山先生には生徒の前でお手本として何度も走らされた上に、自分が有名体育大学出身であることを明かされ、自慢話を長々と聞かされた。
「休み時間は人に囲まれ、ここへきたら間髪入れずに江戸川先生の薬を飲んで……よっ」
「それトドメなんじゃ……」
「体、大丈夫っすか? 無理に起きなくていいっすよ」
「大丈夫、今日の薬はかなり良い意味で効いてるから。ただの気分的な問題。それよりほら、着替えて。今日は室内で柔軟と筋トレ、あと空手の型の復習」
「「うっす!」」
「はい!」
気合十分な三人が着替え、山岸さんも合流すると練習が始まった。
……
…………
………………
一通りの練習メニューがこなされ、天田の帰宅時間が近づいてきた。
「よし、最後に一人ずつ
「「うっす!」」
「はい!」
掛け声に従って拳を握り、呼吸と共に“三戦立ち”を行う天田。
膝を落として内股を締め、両方の拳を天井へ向けた状態で止まっている。
俺はその後ろに回り肩や腕、足腰を加減して叩く。
「っ! あっ!?」
「っと。腕だけに集中しないように。もう少し膝を落として、筋肉の伸縮を意識して体をしっかり安定させる。そうすれば今のは転ばず耐えられた威力だ。もう一度」
「はい!」
同じ事を和田と新井にも行い、最後に俺の番。
「オラァ!」
「セイッ!」
「エイッ!」
「ふぅ~……」
三人がかりの攻撃を受けながら型を行い、終了。
「それじゃ僕、お先に失礼します」
「俺らも店に顔出さないといけないんで」
「お疲れ様っした! 兄貴! 姉御!」
「気をつけてね」
「また明日な!」
騒がしく三人が帰り、残ったのは山岸さんと俺。
俺たちも準備をして帰ろうかと思っていたら、山岸さんから呼び止められる。
「葉隠君、ちょっといい?」
「もちろん、何かあった?」
「部活の事じゃないんだけど、学校のサイトで気になることがあって」
「どんなふうに?」
「まず、昨日葉隠君の話題限定の雑談スレッドが立ったの」
「はっ?」
「書き込まれてる内容は噂話や人柄とかが八割。残りは今度の大会と番組について、葉隠君応援派と否定派が言い合いをしてるみたい。その……一年なのに生意気とか、学校の代表には二年生か三年生が相応しいとか……辞退させて真田先輩を代表に、とか……」
上級生に目をつけられた?
「嫌な思いをさせるけど、ちょっと不安な言動をしてる人が何人かいたから気をつけてほしくて、その……ごめんなさい」
「いやいや! 怒ってないから。事前に教えてもらえると助かる。本当に。山岸さんの注意がなかったら、問題が起こるまで気づかなかったかもしれない」
確かに気分の良い内容ではないけど、山岸さんは心配して教えてくれた。
とにかく先生にも報告して、身の回りには気をつけておこう。
「……あー、そういえば江戸川先生戻ってこないな」
「あれっ? 今日、江戸川先生来てたの?」
「俺に薬を飲ませて、どこか行ったきりなんだ……」
と噂をしたら影がさした。
「おや、お二人だけですか?」
「江戸川先生!?」
「いやはや探し物をしていたら傘を飛ばされてしまいまして。ヒヒヒ」
「タオル、タオル……はいっ!」
濡れ鼠になった江戸川先生が部室に入ってきた。
山岸さんが慌ててタオルを手渡す。
「ありがとうございます」
「大丈夫ですか?」
「着替えれば平気ですよ。これのおかげで頭は濡らさずに済みましたから」
先生が持っていたのは濡れてふやけた地図帳。本当に頭だけは守れるサイズしかない。
「……ところで影虎君、古くて黒いバイオリンケースを見ていませんか?」
「バイオリンケース? 見ていませんが……」
アナライズを使っても今日は該当しない。
「山岸さんは?」
「私も見てない。大事な物ですか?」
「それがオーナーからの頼みなんです。コレクションの一つが倉庫から消えたそうで」
「えっ? もしかしてBe Blue Vの?」
山岸さんも入部当初に面識があるので知っていたんだろう。明らかに顔が引きつった。
おそらく俺の顔もだろう。あの倉庫の中の物だ、どんな性質があるかはよく知っている。
「いつ、どうして?」
「オーナーは今日の午後に備品を取りに行って、気づいたといっていましたねぇ……。聞いた話では元々そういういわくつきで、かなり気難しい品のようです。だから私もこの雨の中探していたんですよ。とりあえず学校の敷地内にはないようで一安心ですが」
「確実ですか? あの倉庫の中を知ってる身としてはかなり不安なんですが……」
「ヒッヒッヒ、ご安心を。目には目を、オカルトにはオカルトを、です。ちゃんとダウジングで調べましたからねぇ。これ、私が使える唯一の魔術なんです」
先生は白衣のポケットから水晶の振り子を取り出して胸を張る。
なるほど。前に先生は魔術を“使えないも同然”と言っていた。
“使えない”と言わなかったのは、これができるからか。
「あの~、そんなに危ない物なんですか?」
あ、山岸さんが話についてこれてない。
「取り扱いを間違えると危険ですよ。爆薬や刃物のように取り締まられることはありませんがね。ヒヒッ」
「霊の存在や真偽は置いておいて、とりあえずオーナーの倉庫に入ると不思議な事が起きるのは事実かな」
「えっと……私に手伝えること、ありますか……?」
「ありがたい言葉ですが、手がかりがなくてはねぇ……」
理解できないなりに手伝いを申し出てくる山岸さんだったが、先生が申し訳なさそうにお手上げだと両腕を上げる。
「江戸川先生、ダウジングって俺たちにもできませんか?」
「そうですねぇ……君なら案外簡単にできるかもしれませんが……」
先生は山岸さんに一度目を向けてまた俺を見る。
(彼女にもですか?)
(たぶん大丈夫)
そんな感じのアイコンタクトが成立したようだ。
「興味を持ってもらえたようですし、物は試しにやってみるのもいいかもしれませんねぇ。ヒッヒッヒ……では」
「えっ? ……えっ!?」
とまどう山岸さんを尻目に、先生が授業モードに入った。
「まずダウジングは“ナチュラル・マジック”。日本語では“自然魔術”と言って、文字通り、“自然から授かる魔術”の一種です。この魔術の中で一番良く知られるのは“薬草”とか“ハーブ”ですかねぇ? 季節を知るという“暦”のような行為も、この自然魔術の領域でした。ダウジングは水脈探しのために発展した自然魔術ですね。
この“自然魔術”には基本的な思想があります。それは人間も自然の一部だという事を認め、その上で自然の力を享受すること。つまり、人間というミクロな存在を、マクロな宇宙の縮図だと考えることです。
この思想は“四大”と呼ばれる構成元素の考え方を背景としています。同じエレメントでできた物なら、そこに現れる作用は同じである。いにしえの魔術師たちは、そう考え自然観察と研究を重ねたのです。
……と、説明はここまで。どの道、詳しく話すには時間が足りませんからね。山岸さん、これをこう持ってください」
「は、はい」
山岸さんが先生の振り子を受け取り、鎖の端を指でつまんで水晶をぶらりと吊り下げる。
「難しく考える必要はありません。自然魔術では大地の女神を賛美する内容を含む祈りの呪文も使われますが、ダウジングには不要です。体から無駄な力を抜いて、リラックスです。
どうせこのままでは手がかりがないのです。私や影虎君にも良いアイデアはありません。だからできなくたって誰も怒りません。遊びだと思って、気軽にやりましょう。まずは自分の手で少し縦や横、円を描くように動かしてイメージを掴みましょう。その次は手を動かさず、振り子にこう動いてくださいとお願いしてみましょう。声に出しても出さなくても結構です」
「はい……」
山岸さん、戸惑ってたわりにすごいスムーズに受け入れ……いや、流されるままに動いてるだけか? 振り子は緩やかに動いている。
「……では、ダウジングのルールを決めましょう。これは結果を分かりやすくするためです。例えば振り子が縦に振れたらYes。横に振れたらNo。という具合にね。今回は……振り子が大きく振れたらそこに目標物がある、という事にしましょうか」
「はい……」
「探したい物のことをできるだけ鮮明に思い浮かべられるといいのですが……」
「それならちょっと待ってください。思い出せるかもしれません」
アナライズを使って画像を探す。
倉庫にあったなら掃除のときに見ているはず……あった。これだろう?
「長方形に取っ手がついた形で、全面黒の革張り。古くて傷だらけ。角は削れて皮が剥げかけてる。取っ手のところにメーカーのロゴが……」
できるだけ正確に情報を伝える。
「いいでしょう。それでは山岸さん。リラックスして、この上で振り子を持つ手を動かしてください」
「……」
先生が地図帳から辰巳ポートアイランド、ポロニアンモール、巌戸台までが乗っているページを開き、山岸さんは静かに祈るように振り子をかざした。
振り子に注目が集まる。
「……」
「……」
「……」
先生の手による先導に従い、地図帳の端から端を往復しながら上から下へゆっくりと。
振り子はその動きの影響で弱弱しく動いている。
「…………えっ!?」
「おや」
振り子がポートアイランドのある区画で触れ幅が大きくなる。
そこから遠ざかると振れ幅は元に戻り、近づけばまた大きくなる。
「なんで? 私、なにもしてないのに……」
「ご心配なく。人には意図して動かせず、無意識が動かす“不随意筋”という筋肉があります。ダウジングではこの無意識、つまりは“潜在意識”に働きかけているのです。この調子でもう一度お願いできますか?」
先生がもっと縮尺が小さく詳細な地図を用意してもう一度行うと、また山岸さんの持つ振り子が揺れる場所が見つかった。
しかし……
「……ここ、なのかな?」
「振り子に従うと、そのようですねぇ……」
「おいおい……」
振り子は、高等部の男子寮を示していた。
……
…………
………………
夜
~アクセサリーショップ Be Blue V~
「へぇ、あの子が見つけたの」
「私も驚きましたねぇ」
これまでのことを話す二人の間には、探していたバイオリンケースがある。
山岸さんのダウジングは正しく、このケースは男子寮で無事に発見された。
その後で山岸さんをべた褒していた江戸川先生と俺は彼女を寮へ帰し、回収したケースを届けに来たが……
「葉隠君は、彼女に才能があると知っていたんですね」
「言い忘れてましたけど、彼女は将来ペルソナ使いになる人です。それも探索能力に特化した能力なので、もしかしたらと思って……ちなみに天田も戦闘系のペルソナ使いになるはずです」
「真田君と桐条君のことは聞いていましたが、うちの二人もだったとは」
「二人とも覚醒は来年の予定です」
ついでに原作主人公と順平、岳羽さん、荒垣先輩、アイギス、コロマルについても教えておく。
「詳細不明の転校生と桐条のロボットを除けば、うちの生徒ばかりではありませんか」
「そうなんです。……でも今はそれより、俺はそのケースが気になるんですが」
このケース、よりにもよって
扉に立てかけられて、さも届け物のように。
今まさに迫る危機というか、嫌な予感しかしない。
「そんなに心配しなくても平気よ。捨てても捨てても戻ってくる物の話を聞いたことはないかしら? これはそういう品だから。正しくは中身のバイオリンが、なんだけどね」
「危険はないと? それだけじゃない気がするんですが」
「あら、分かったの? 霊感も磨かれてるのね」
「なんとなく。……じゃないですよ!? 絶対あるでしょう何か!」
「まぁまぁ葉隠君。オーナーのことですから危険はないのは本当ですよ。ですよねぇ?」
「ええ、これが勝手に貴方の所へ行ったのなら平気よ。これは持ち主を選ぶの。対抗する力も無く、認められもしない人が持つと……ちょっと大変なことになるけれど、認められたなら何もしないわ」
まったく安心できない!
「葉隠君、一つ相談なんだけど、これを預かってもらえないかしら?」
「この流れで!?」
「このバイオリン、女性は例外なく相性が悪いのよ。もちろん私も。だから今までは魔術で抑えてたんだけど……逃げられちゃったじゃない?」
「まぁ、確かに」
「そうなると、今返してもらってもまた逃げて貴方の所へ行く可能性があるわ」
あれ? これ実質的に断れないっつーか、断っても意味がないって事じゃない?
「最初から貴方に預けるのが一番安全で大人しくすると思うのよ。もちろん何かあるようならすぐに対処するし、報酬も払わせてもらうから。お願いできないかしら……」
珍しくオーナーは困り顔だ……
この後、結局俺は説得され、バイオリンケースを持ち帰ることにした。
ただし報酬は一ヶ月につき一万円と、がっつりいただく。
借金返済するまで手元には入らないけど。
影虎の上位入賞が公表された!
大勢の生徒の興味を引いた!
一部の生徒の人気を得た!
一部の生徒の不興を買った!
山岸は影虎に巻き込まれた!
山岸がダウジングを知り、成功させた!
影虎は呪いのバイオリンを預かることになった!
ダウジングは授業を初めて見た時から、山岸にやらせてみたかった。
私はダウジング用の振り子を持っていますが、使ってみると以外に面白いですよ。
失くし物探しはあまり当たりませんが、何かに迷ったとき。
例えば自分はAがやりたいのか? Bがやりたいのか?
ルールを決めて振り子を使うと大体やりたい方に設定した動きをします。
明確に分かっている事で試すとわかりやすいです。
手を動かしているつもりはないのに、正しい方向に動きます。
高い道具を買う必要はありません。
振り子になれば裁縫糸と五円玉でもいいんじゃないかと思うくらいなので
お暇があれば、皆さんも遊びのつもりで一度やってみてはいかがでしょうか?