人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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86話 呼び出し

「何の用かわかる?」

 

 廊下を歩いていると、山岸さんが不安そうに話しかけてきた。

 

「昨日の事だろうな」

「やっぱり、それしかないよね」

「打ち合わせ通りにやるしかないけど……ただ、山岸さんまで呼ばれたのが気になる」

 

 あの時のことで怒られるとしたら、俺と青木だろう。山岸さんはただ慌てていただけ……それで連帯責任?

 

「大丈夫?」

「ああ……ごめん、山岸さんを巻き込んだかもしれない」

「え? あっ、昨日の事? それなら別に、あの時の事は今考えても逃がしてくれなかったと思うから。最後のはちょっと怖かったけど、私たちのために言ってくれたのは分かってるから。私が言ってるのは、その……バイオリン」

「そっちか。とりあえずは……問題……今日バイトだから相談してくるわ」

「やっぱり何かあったの?」

「今日、夢に出てさ。……そうだ。山岸さん、バイオリン弾けない?」

「バイオリンはちょっと。なんで?」

「あのバイオリン、弾いてみようかと思って」

「ええっ!?」

「なんかさ、夢で聞こえた音と声、悲しそうだったんだよ。“もう弾けない”って」

「ええっ、それはやめた方がいいんじゃないかなぁ……」

「ん? 山岸さんってこういう話は苦手な人? なんか、昨日からやけに信じてくれるように感じるけど」

「……私が一度、オーナーさんのお店に行ったのは知ってるよね? その時、ちょっと。置いてあったコレクションが綺麗で、気づいたら手が伸びてて……」

「そこまででいい、もう分かった」

 

 山岸さんはすでに被害者だったみたいだ。

 気まずい沈黙が流れる。

 

「……管弦楽部」

「えっ?」

「もしどうしても弾きたいなら、管弦楽部にいってみたら? あそこならバイオリンはあるし、きっと弾き方を知ってる人もいると思う」

「そうか! その手があった!」

 

 もうひとつの文化部、すっかり忘れていた。

 

「昼休みに行ってみるよ。ありがとう」

「役に立てたかな?」

「もちろん。というか山岸さんは普段から情報とか機械関連に強いだろ」

 

 俺もネットとパソコンはよく使うけど、それは日常生活や仕事で困らないレベルの話だ。

 調べたいことは調べられるが、ハッキングとか専門的な情報処理能力、その他諸々の手際は山岸さんに勝てない。

 もちろんその分、格闘技では負けないだろう。

 

「ただ得意不得意が違うだけだよ。山岸さんは十分力になってくれてる。それに昨日はほら。なんだかんだでダウジングも凄かったじゃない」

 

 無自覚でも才能は確かなようで、彼女は部活で高等部の散策中に大量の落し物を見つけている。その数は偶然で片付けるには多すぎて、山岸さん本人がとまどうほどだった。

 

「あれって葉隠君たちの悪戯じゃないよね?」

「一つや二つならともかく、あれだけの数は手間がかかりすぎる。だいたい場所選んだのは全部山岸さんなんだから、先回りは無理だって。特にあの伊藤博文は用意できないよ」

「お財布の中にあった旧千円札? ……それもそっか。窓枠の外の出っ張りとか、建物の隙間の高いとことか、葉隠君にしか取れない所にあったのが結構あったから、つい。でも、だったらどうして……」

「難しく考えなくていいさ、別に。当たるんだから便利くらいに思っておけば。それに、そんな所だから山岸さんが来るまで見つからなかったんだろうし。おっ」

 

 話しているうちに、職員室が見えた。

 

 

 

 

 

 ~職員室~

 

「「失礼します」」

「二人とも! こちらです!」

 

 職員室に入ると、江戸川先生が手を上げた。

 その横には江古田が立っているが……二人の間に険悪な雰囲気を感じる。

 

「お呼びですか?」

「ええ。どうも昨日葉隠君が(・・・・)絡まれた件で江古田先生からお話があるそうなんですが、少々おかしな話になっていましてねぇ」

 

 江戸川先生も雰囲気がいつもと違う。

 普段の怪しい笑い声を少しも出さない。

 真剣な時に近いが……

 

「江戸川先生、そろそろよろしいですかね? 一時間目もありますから、早く話を済ませてしまいたいんですが」

「かまいませんが、同席させていただきますよ」

「……まぁ、いいでしょう。オホン! お前たち、呼ばれる心当たりはあるな?」

 

 ここでとぼけても印象を悪くするだけ。素直に心当たりはあると答える。

 

「素直でよろしい。ではなにか言うことは?」

「? どういう意味でしょうか?」

「何か言うべきことは無いのかと聞いているんだ。君は昨日、昼休みにD組の教室で、青木を一方的に(・・・・)殴り続けた(・・・・・)と聞いているがね。それも事の発端は君と山岸が三年の真田を口汚く罵っていた(・・・・・・・・)からだとか」

「ええっ!?」

「待ってください」

「そこがおかしいんですよねぇ」

 

 何を言ってるのか、このヅラ教師は。

 一見分からないけど、周辺把握だと髪と頭のあいだに層がある。

 棚倉さんに教わった通りだ。特殊メイクみたいなヅラしやがって。

 

「何がおかしいんだね? 君は今、心当たりがあると言ったばかりじゃないか」

 

 心当たり()あると言ったが、その内容が若干違う。

 気分は悪いが真田(脳筋)と直接かかわっていないからか、いらだちも少ない。

 冷静に相違点を伝えていると、江戸川先生も援護に入ってくれる。

 

「そうなんですよ。私が聞いた話と違うんですよ、状況がねぇ」

「それはこの二人からでしょう? ……自分の顧問には聞こえの良い内容にして話したんじゃないのかね?」

「違います!」

「や、山岸。そう叫ぶんじゃない。口ではなんとでも言えるよ」

「そう仰いますがね、江古田先生? 先生の主張も誰かからの(・・・・・)訴えがあったと言っていたではありませんか。それこそ口でなんとでも言えるのでは?」

「しかし私に訴えてきた生徒は複数。名前は伏せますが、彼らとは違って全員、当事者でもない生徒です。それにこの件はもう生徒間に広まっているそうですし、青木に人望や(かば)ってくれるような仲間は……ウェッホン! 失礼。

 えー、青木は……そうだ、お前たちは殴っていないと主張しているが、青木は今日 “怪我で病院へ行くから” 学校を休むと連絡が来た。怪我をさせたのはお前じゃないのか? 葉隠」

「ちが」

「違います!」

 

 江古田の言葉で山岸さんは俺以上の声を張り上げ、急に取り出した携帯をいじり始めた。

 

 ……ああ、なるほど。

 

「山岸、人と話しているときに携帯は」

「待ってください! いま、証拠が……これです!」

 

 眉をしかめる江古田に突きつけられた携帯。

 山岸さんの携帯は、動画が見られる最新型のようだ。

 彼女が指を機敏に動かすと、画面は見えないが音声が流れる。

 間違いなく、あの時の映像だろう。

 

「これが証拠です! 皆が知ってる原因でもあります! これを見てもらえば、葉隠君が青木君に攻撃を当ててない事が分かります!」

「わかった、見る、見るから。な?」

 

 渋々といった感じで山岸さんの隣に立つ江古田。

 その反対側に、自分もと江戸川先生が並ぶ。

 そんな三人を、俺は正面からただただ見てる。

 

 そして四分三十八秒後。

 

「これは、ほら、合成とか修正というやつじゃないのかね?」

「そんなことしてません!」

「し、しかしだね。私は機械に疎くて、違いがどうも」

 

 様子が変だ。……もしかして。

 

「江古田先生。山岸さんがこういう証拠を出してくれました。“殴っていない”という点は認めていただけますよね?」

「だから私には動画の判別が」

「それとも。……認めては都合の悪い事でも?」

「なっ……そんなこと、あるわけないだろう? ただ判断は慎重にすべきという話であって」

「ところで江戸川先生。江古田先生の主張(・・・・・・・・)では、俺が青木を殴って病院送りにした事になるんですが。その場合、処分ってどのくらいになります?」

「……なるほど。どの程度の傷かにもよりますが、やった方は停学処分も十分考えられますねぇ。処分がないとしても指導室でお説教か反省文くらいは覚悟すべきです。どちらにしても、今のように、授業が始まる前に、ちょっと話す程度で済ませる甘い話では無いでしょう。

 ……江古田先生、最初から分かっていらしたのでは?」

「私は生徒の噂を聞いたから、話を聞きたかったんだよ。まだ確定していたわけではなくて、処分という段階でもないから……」

 

 江古田は椅子を引き出して座り、日和見(ひよりみ)な事を言い始めた。

 さっきまでの態度が嘘だったようだ。

 さらに追求する。

 

「そのわりに随分と俺が悪いと決めてかかっていましたが」

「気のせいではないかね?」

「江戸川先生。俺、実は記憶力には自身があるんです。ここにきてからの話を一言一句漏らさず再現できますが」

「君は勉強では学年一位ですからねぇ。朝飯前でしょうけど、そんな事をしなくても、もう聞いている先生は大勢いますよ。……それとも生徒会の子も集めて聞いてもらいますか? 生徒の感じ方を知るには、その方がいいかもしれませんねぇ、ヒヒヒ」

「ま、待ちなさい! そこまでしなくていいんじゃないか? 話を大きくしてもいいことはないだろう。江戸川先生も」

「江古田先生の話が“本当に”事実だとしたら、職員会議に上るのが当然なくらいだと思いますがねぇ」

「あ、先生。ちょうどいい所に来てくれた人が」

 

 職員室に入るなり、後ろからこちらに近づいてくる生徒が二人。

 付き合いがある程度の期間あったからか、体型と服装で分かってしまった。

 

「桐条先輩、海土泊(あまどまり)会長」

「葉隠君、君って後ろに目でもついてるのかい?」

「いま明らかに振り向く前から名前を呼び始めていたが……」

「入るときの声が聞こえたんですよ」

 

 二人は驚いているが、どうでもいいことは適当に流しておく。

 

「………………」

「おや」

「桐条先輩と会長? どうして」

「君は山岸君だったね? 私たちも葉隠君の動画を見たのさ」

「少し話をしたくて教室へ行ったんだが、職員室に呼ばれたというのでこちらに来たんだ」

「ヒッヒッヒ……ちょうどその話をしていた所なんですよ。どうぞ加わってください」

「よろしいでしょうか? 江古田先生」

「あー、そろそろ一時間目の用意をするから」

「手短に、話しましょうね。ヒヒヒ」

 

 江戸川先生が逃げ道を塞いだせいで、江古田は視線を泳がせる。

 そこでもう一押し。

 

「お二人とも、動画を見た感想はどうでしたか?」

「昨日君たちから聞いた話と相違ない内容だと思ったけど」

「どうかしたのか?」

「それがですねぇ……事実を歪めて江古田先生に訴えた生徒が複数いるようなんです」

「私たちが真田先輩を罵って。止めに入った青木君を葉隠君が病院にいかないといけない怪我を負わせたって」

「や、山岸。それはあくまで訴えであってね」

「ほう……そういう訴えがあったとは初耳だ」

「私も。動画を見れば違いは分かるし、いたずら? にしてもちょっと悪質だね」

 

 二人が俺たちの味方につく発言をすると、江古田は椅子に深く座ったまま動かなくなった。

 必死に打開策でも考えているんだろう。

 

(先生、追い込みはこのくらいにしますか)

(自棄になられても面倒ですしね)

 

「まぁ、そういうわけで事実確認(・・・・)をしていたんですよ」

それだけ(・・・・)ですよねぇ? 江古田先生」

「あ、ああ! そうだとも! 判断は慎重にすべきだからね」

 

 差し伸べた救いの手に、江古田は飛びついてきた。生徒会の二人からは訝しげな視線を、山岸さんからは不信感に満ちた目を向けられているが、本人は安堵からか、さらに口を滑らせた。

 

「しかし現に青木が怪我をしたと言って休んでいる。……葉隠、青木に謝らんか?」

「させていない怪我について、謝る気はありません」

「頭を下げたくない気持ちはあるかもしれんが、この件はもう広まっている。それに葉隠は多くの生徒から反感も買ったんだろう。……なぁに、君が謝れば(・・・・・)まだ角を立てずに騒ぎは収められる」

「……それが貴方の狙いでしたか、江古田先生」

「狙いって、なにを急に」

 

 江戸川先生も俺と同じ事を考えたようだ。

 

 そもそも江古田は女子生徒(山岸さん)の失踪事件を隠蔽するほどの“事なかれ主義”。

 原作では山岸さんの事件の詳細が発覚した際に、桐条先輩から下衆(ゲス)め!

 と一喝されて処分を受ける。生徒よりも、自分の保身が第一な男だ。

 

 きっと今回もそういうことなんだろう。江古田にとって重要なのは、青木の怪我でも真田(脳筋)への罵倒でも、そして俺が殴ったという訴えの真偽でもない。

 

 ただ今回の件は生徒に広まっている。そして原因はボクシング部の人間で、間接的にだが真田も関わっている。このまま騒ぎが大きくなると不都合があるんだろう。

 

 ここでどうして江古田が出てくるのかがいまいち分からないけど……

 江古田はおそらく、最初から俺たちに処分を下すつもりはなかった。

 ただ俺に(・・)謝らせるのが目的だ。

 騒ぐ不特定多数の生徒よりも俺たち二人の方が説得しやすいし、俺が非を認めたとなれば、勝手に騒ぐ生徒の意見も否定派が勢いづくだろう。

 

 対等の勢力が二つあるから騒ぎも大きくなる。

 どちらかを多数派にすれば、比較的に騒ぎは小さく、収めやすくなる。

 そんなところだろうか? というか、それ以外の理由が思いつかない。

 最初の高圧的な態度は、後で温情をかけるように妥協を引き出すため?

 江古田の言動からして何か(・・)があるのは間違いなさそうなんだけど……

 

「狙いが何が、とは言わないでおきますが……動画という証拠があるのです。言いがかりをつけるのはやめて頂きましょう。当然、非がない出来事についての謝罪の強要もです」

「なっ! そ、江戸川先生、その言い方では……私はただ話を」

「何か間違いでも? 言っておきますが、葉隠君が青木君と“練習”を教室でした事についての注意であれば、私は止めませんでしたよ。周囲に危険が及ぶ可能性もありましたからね。本人も覚悟はしています。そもそも昨日のうちに自首をして注意は受けていますが……

 それにその場合は青木君からも一言あってしかるべき。謝らせるなら一方的にではなく、お互い(・・・)に。それが最低ラインですよ。部員の監督責任という意味では私と貴方(・・)が、ですね」

「言い方……そんな言い方……しなくったってさぁ……」

 

 江戸川先生は正面からそう言いきる。

 対して椅子の背に体を預けた江古田は、肘置きに置いていた右手で額を揉む。

 心が折れたようだ。

 

 そしてそんな様子を見つめる視線が多数。

 桐条先輩と海土泊(あまどまり)先輩、それに山岸さんだけではない。

 職員室にいた他の先生方も驚きか、奇異の目で江戸川先生を見ていた。

 

 きっとこんな頼りになる先生の姿は珍しいんだろう。

 俺も珍しく感じていると……

 

『~♪~♪~♪~♪』

「あっ、予鈴……」

「おお! もう時間だ、行かなければ。ほら、君たちももういいから行きなさい」

 

 と言いながら江古田は荷物を持ち、逃げるように立ち去ってしまった……

 

「ヒヒ。とりあえず、もう授業が始まるのは確かです。皆さんは教室へ。桐条君と海土泊(あまどまり)君の用事はまた後でということで」

「そうですね……昼休みに生徒会室でいかがでしょう?」

 

 俺はそれでかまわない。

 山岸さんもそれでいいようだ。

 

「では昼休みに」

 

 先生が言うと、それぞれの教室を目指す。

 ……最後は皆、頼りになる江戸川先生の勢いにのまれていた。




江古田はダメ教師。
でも学校からするとすすんで問題を処理するありがたい存在かもしれません。
山岸の件も教師として、人としてどうかとは思いますが、世間に公表されてもきっと困る。
学校も、特別課外活動部も、事情と解決までの経緯を説明不可能という意味で。
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