人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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88話 短い準備期間

 6月11日(木)

 

 朝

 

 トキコさんに邪魔されることなくぐっすり眠れたからか、気分が良い。

 

「おはよう!」

「葉隠!」

「真田先輩と試合するってホントなの!?」

 

 教室に入るなり、取り囲まれた。

 しかもちゃっかり木村さんが混ざっている。

 早速昨日の話が広まっているようだ。

 

「本当だよ。昼休みに呼び出されたろ? その時に」

 

 話しても良いことは素直に話す。

 すると、クラス中から心配されている。

 

「大会の延長戦つってもさ……」

「いくらなんでも不利じゃない?」

「日程とかルールはどうなってんの?」

「そのへんはまだ」

「葉隠」

 

 呼びかけられて振り向くと副会長がいた。

 

「武田先輩。どうされました?」

「生徒会からの通達だ」

 

 プリントを渡された。

 一声かけて目を通すと、試合についてまとめられている。

 

「試合は日曜日の昼十二時、場所はボクシング部の部室」

「月曜に説明だからな、その前に済ませたい。試合中はトランクスとグローブの二点を着用だ。ボクシング部からのレンタルもできるが、自前で用意したほうがいい」

「試合は特別ルールで執り行う、となっていますが」

「葉隠は空手家と聞いている。ボクシングのルールでは蹴り技が使えないだろう。どちらも全力を出せるように。……という建前で、清流(しずる)の本音はボクシング部の不正防止だな。話を持ちかけた時にルールをボクシング限定に、レフェリーもボクシング部の生徒で用意しようと提案したそうだ」

「ああ……だからレフェリーも当日発表なんて書いてあるんですね」

「試合は公平に行われるよう最大限に配慮する。部外者の観戦は原則不可だが、新聞部と写真部には協力を依頼した。当日はカメラが立会って試合の一部始終を記録し、掲示板にも乗せることになっている。結果が知りたい者は日曜の夜に動画を見ればいい」

 

 問題と同じように結果も広めるわけか。

 

「何か問題は?」

「ありません」

 

 事前に打ち合わせて、困るような事は先に伝えてある。

 

「そうか、では当日までトレーニングするなり休むなり、有意義にすごしてくれ」

 

 副会長は用が済むと瞬く間に立ち去っていた。

 忙しいんだろうけど、お礼を言う暇すらなかった……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「オーナーから聞いたんだけど、江古田に目をつけられたのか?」

 

 接客に暇ができたと思ったら棚倉さんに聞かれたので、暇つぶしの話題にさせてもらう。

 すると彼女は大きくため息を吐いた。

 

「相変わらずなんだな、あのハゲ親父」

「やっぱり昔からなんですか?」

「何一つ変わってねぇ。身分制度みたいなのはあった。ってか江古田が利用してたし」

「利用?」

「ほら、下の奴は上の機嫌をうかがうし、上の奴は下に色々とできる空気になるだろ? 江古田はさ、その上の奴ばっか贔屓するんだよ。上の奴も贔屓されてりゃ動きやすいから、そのうち江古田の言うことは聞くようになる。江古田はそいつらを利用して下にも言うことを聞かせる。それがあいつのやり方だったよ。

 いっつも下の奴は窮屈そうでさ……ま、そんな雰囲気だから学級崩壊とか授業妨害はなかったし、クラスの平均点も高かったけどね。学校からしたら(・・・・・・・)いい教師なんじゃないの?」

「江古田って人格以外に問題はないのか……」

「そこ一番問題あっちゃダメなとこじゃないか? まぁ、頑張れよ。葉隠も上に行ったらあいつの方から贔屓しにくるさ」

 

 棚倉先輩の励ましを受け、ついでに江古田の弱みも聞けた。

 ヅラより重くて使いづらいネタだったけど……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 6月12日(金)

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「さて今日は天気が微妙だから……」

「「兄貴!」」

「どうした?」

「どうした? じゃねぇっすよ!」

「なに普通に部活やろうとしてんですか!」

「先輩、明後日ボクシング部の真田さんと試合やるって聞きましたよ。その対策とか……僕らにかまってる時間あるんですか?」

 

 天田も加わり真田対策をしろと言ってくるが、率直に言って対策をするには短すぎる。

 真田(脳筋)は気に入らないが、公式戦無敗記録を持っていた強さは本物。

 曲がりなりにも一度戦って、それは知っている。

 付け焼刃で新しいことをやって倒せるほど甘くはないだろう。

 

「基礎を固めて体調管理に努める。それなら部活も両立できるだろ」

「でも……先輩は僕たちの練習場所のために頑張ってくれてるのに」

 

 なんだか天田の歯切れが悪い。

 そういえば天田も脳筋のファンだっけ? 

 

「兄貴、俺らにもなんかできる事、ないすか?」

「俺らも役に立ちたいっすよ」

 

 しかし三人の想いは伝わった。

 

「なら、今日は実践中心の練習にするか!」

「「うっす!」」

「はい!」

 

 準備運動とランニング、そして“カキエ”。

 

 二人一組で相手と手首を合わせて交互に押し合い、相手の動きを理解し、そこから崩しにかかる感覚を養う練習。それを初めは足を動かさず、次に移動しながら、片手から両手に変えて、バリエーションを増やして続けた最後に組手。

 

 天田、和田、新井が交代で、絶えず戦うことで、みっちりと動きの復習を行う事ができた!

 

「じゃあ最後に今日も三戦(さんちん)、それから……今日から俺にはこれで頼む」

 

 持ち出したのは、足場を外した竹馬。

 オーナーから貰ってきた。

 

「兄貴、本当に大丈夫ですか?」

「中は空洞でも外は金属っすよね。これ」

「大丈夫だ。やってくれ」

「マジか……やっぱパネェ……」

 

 というか、打撃耐性のせいか素手だと軽く感じてしまうから……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 夜

 

 ~男子寮~

 

「あれ? 何か用?」

 

 帰ってきたら、クラスメイトの石見が部屋の前でウロウロしている。

 

「お、遅かったな。今帰り?」

「バイクの免許取ろうと思って、今日は学科試験受けてきた。あとグローブとか買ってたらこんな時間になっちゃってさ」

「そうか……これ!」

 

 石見はためらいがちに目を伏せたかと思うと、プラスチックケースに入ったディスクを突きつけてきた。

 

「なにこれ?」

「DVD。中身は真田先輩の試合、デビュー戦から不戦敗になるまで全部そろってる。真田先輩と試合するんだろ? 真田先輩、部室でネットに上がった動画見て、ずっとお前の研究してた。真田先輩だけ知ってるんじゃフェアじゃないだろ。部の記録からコピーしたやつだから、変な編集してある掲示板の動画よりシンプルで見やすいと思う」

「……ありがたいけどさ、これ手に入れられるって、お前もボクシング部員なんじゃないの? 敵に塩を送るような真似して大丈夫なのか?」

「映像は部員なら誰でも参考にコピーしていい事になってるから問題ない。手元にあったし……葉隠に渡すのは、まぁ、ちょっと悩んだけどさ。あ、なんだったら少し体動かすか? 俺じゃ真田先輩の代わりにはならねーけど、青木よりはいいパンチ打てるぜ? ボクサー相手の練習にどうよ?」

 

 自分でもまずいとは思っているのか、石見はやけに饒舌だ。

 そして親切だ。何でそんなに親切にするのか、と聞くと

 

「俺も真田先輩の試合見てボクシング始めた口だからな。やっぱ真田先輩にはフェアに戦ってほしいし、たぶん真田先輩もそれを望む。青木と違って正々堂々、試合には誰よりも真剣で真面目な人だから。

 それに、葉隠がこれ使って良い勝負できるなら、真田先輩にとってもいい事だと思う。

 欲を言えば俺が相手になってやる! って言いたいんだけどさぁ……俺を含めてうちの部じゃ先輩をまともに相手できる奴はいないし。青木を完封した奴への期待ってとこだな。つーかさ、いくら青木が弱くても攻撃完封したうえ全部寸止めで反撃とか何だよあれ。どんな練習したらできるんだよ。それにさー……」

「……とりあえず中で話すか? な?」

 

 俺への不満や議論で部の雰囲気が悪く、石見はだいぶストレスが溜まっていたらしい。

 さすがに十二時は超えなかったが、深夜まで真田(脳筋)のDVDを見ながら管を巻いていた。

 

 おかげで新しい収穫もある。

 一つはもちろん真田(脳筋)の映像。

 アナライズを駆使することで、得意な攻撃パターンといくつかの癖らしき動きを見つけた。

 

 二つめに石見のようなまともな部員もボクシング部にいたという事実。

 

 そして三つ、愚痴を聞いた限り、どうやら試合まで不良グループの妨害はなさそうだ。

 先輩方が手を打ってくれたようで、手が出せないと裏でぼやいているらしい。

 俺を嵌めようとしたのはやっぱりその連中だろう。

 

 おまけに聞いてみると、不良グループのリーダーはまさかのボクシング部“部長”。

 さらに以前、入部を頼みに行った天田を手酷く追い返して笑い話にしていたという。

 ソースは自慢げに話していた本人とのこと。

 

 棚倉さんも言っていた江古田のやり方なのかもしれないが……

 とりあえず負けられない理由が増えた。

 というか、潰すか? 物理的に。

 

 石見とかまともな生徒がいると知らなかったら、部活ごと社会的に潰そうかと思った。

 

 名門校の有名で将来有望な選手がいる部活の不祥事とか、マスコミのなかでもマスゴミ(・・)と称される出版社、あるいは記者にタレこめば適当に騒ぎ立ててくれそうだし。……いや、この前の雑誌記者さんに連絡を取るほうが有効だろうか? そこから江古田のネタと合わせて広く……

 

 でもそれにもリスクはある。今は試合に集中すべきだろう。

 それでダメなら、だ……フフフフフ……

 自分の中に、黒々としたナニカを感じる……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 6月13日(土)

 

 夜

 

 昨日、妙な事があった。

 

 タルタロスでシャドウに苛立ちをぶつけていたら、あっという間に影時間が終わった。

 いつもと比べてまったく疲れていない。

 先日習得した治癒促進の効果だと思ったが、アナライズと体内時計で異常が発覚した。

 

 まず昨日、6月12日の影時間は“二時間十二分”

 バイクを乗り回した6月9日は“一時間四十八分”

 

 影時間の長さが違う(・・・・・)

 

 他の日の記憶を引き出すと、新月の日は“一時間”、満月の日は“三時間”。

 新月に近づくほど短く、満月が近づくほど長くなっているようだ。

 一日の変動は八分ということで、長さの違いについてはおおむね把握できた。

 

 だがしかし、それは街中で行動した時に限る。

 

 一番重要なタルタロスの滞在時間については規則性がなく、滅茶苦茶なのだ。

 最長の三時間を過ぎていた日が多く、倍の六時間以上いた日もしばしば。

 それは時間の感覚が狂っていたんだろうけど……

 

 問題は、なぜ俺は“日を(また)がなかった”のか。

 ……山岸さんの事件では、数日間影時間に落ちた彼女を救出する。

 その時には本人の体感と救出メンバーの時間の流れが異なっていた。

 だからこそ助けられると言っていたはずだが……

 

 一日分の影時間を越えたら、必ずしも次の日の影時間に入るわけではない?

 でなかったら、俺は無断欠席でもしてとっくに気づけたはずだ。

 これはどういう事なのか……今度ストレガに聞いてみよう。

 

 

「さて……」

 

 明日に備えて今日はどこにも行かず、バイオリンを弾いて休もうとした、その時。

 携帯が鳴った。

 

「はいもしもし、山岸さん? 何かあった?」

『夜遅くにごめんね。えっと、葉隠君、ボクシングガウンって持ってる?』

「ボクシングガウン? いや、持ってない。明日の用意にあったか?」

『ないんだけど……明日の試合、動画用に入場シーンも撮ることに決まったんだって。私もさっき木村さんから聞いたの。真田先輩はいつも試合で使うのがあるらしいけど、葉隠君はあるの? って。

 試合には関係ないけど、見栄えを気にしてたよ』

「う~ん……分かった、とりあえず代わりになりそうな物を探してみるよ」

『うん、無理はしなくていいと思うから。それじゃ、また明日』

 

 使えそうな物あるかな……




影虎の疲労が治った!
江古田の新たな弱みを握った!
石見から真田のDVDを貰った!
比較的まともなボクシング部員もいることを知った!
ボクシング部の愚痴を聞いた!
影虎は機嫌が悪くなった……
“体内時計”習得により、異常に気づいた!

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