人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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8話 さらなる理解へ(後)

 ~???~

 

 ん……

 体が浮かぶ、そして落ちる……目を開けると、もう見慣れた影時間の町並みが流れていた。俺は忍者装束で、なぜか左手に中身の詰まったコンビ二袋を持って街中を突っ走っている……けど、そんなことをした記憶は無い。それどころか全身の感覚も無く、体を自由に動かせず、体が勝手に街を走っている状態。

 

 感覚と一緒にだるさも無いけど……あぁ、これ夢か。影時間を夢にまで見るようになったか……

 

 夢の中の俺は人目が無いのをいい事に車道のど真ん中でタルカジャを使い、自転車でかっ飛ばすようなスピードで走っている。あれ、攻撃力上昇の副作用か力がみなぎるんだよな。

 

 そんな事を考えていたら、到着したのはタルタロス。ちょっとは周りに注意しろとツッコミたくなるほどズカズカと中に入り、エントランスの時計前でビニール袋の中身を広げる。

 

 えーっと……2リットルのペットボトル入りジュースが二本と潰れかけの弁当二つ。しかも弁当は “食えるもんなら食ってみろ!”が売り文句の“鬼盛りギガカロリー弁当”。大きさが普通のコンビニ弁当の三倍で、中身は米と鳥のからあげ五個、ミニハンバーグ四つの上に目玉焼きが二枚乗って、余った隙間にポテトサラダとキャベツが詰め込まれている。

 

 初めてコンビ二以外で見たよ、この弁当。最近コンビニに並び始めて、誰が買うの? と学校でも話題になるくらいなのに……とか言ってる間に座って食べ始めた。

 

 自由すぎるだろ、夢の俺。

 

 まるで何日も食べていなかったような勢いで食べ進め、弁当とジュースがすべて腹に収まると、そのまま立ち上がってタルタロスの奥へ……おい、後片付けくらいして行けよ!

 

 エントランスの床に散乱したごみを放置しようとした夢の俺にツッコミを入れたら、思い出したようにゴミをまとめてエントランスの隅に投げ捨てた。

 

 まぁ、散乱させたままよりはいいか……

 

 

 

 ~タルタロス・1F~

 

 何だ、これ。

 

「カァアッァアァア゛!!」

「ギィ!?」

「グヒィ!」

 

 目の前から二匹のシャドウが消えた。これでもう何匹目だろう? 夢の俺がここに来て始めたのはシャドウの虐殺……あれは周辺把握に反応があった時からだ。

 

 俺なら保護色と隠蔽を使って忍び寄る所を、夢の俺は突撃した。姿を隠そうとせずにただ突っ込んだだけ。もちろん敵には見つかった。だけど夢の俺は出会いがしらに飛びかかり、馬乗りになってタコ殴り。奇声を上げて威嚇して、敵の攻撃に平気で突っ込む。おまけに手袋の側面を刃に変えて手刀で切りつけたり、メッタ刺しにもする正気を疑う戦いぶり。相手がシャドウじゃなければ今頃ここには惨状が広がっていたはずだ。

 

 姿も戦っているうちに両手の指から獣のような鋭い爪が伸び、地下足袋のつま先は地面をしっかり掴める爪へ変わった。

 

 そしてこいつはそれを利用してやたらと吸いまくる。何を吸うかといえば……また臆病のマーヤがいたか。

 

「アア!!」

 

 新たな獲物へ、すれ違いざまに左のカギ爪を引っ掛ける。

 

「ゲゲッ!?」

 

 胴体が切り裂かれて苦悶の叫びを上げるシャドウを尻目に、胴体へ食い込ませたカギ爪を支点に方向転換。マーヤの背後に張り付いて、右のカギ爪をマーヤの右腕に引っ掛けて引く。すると軽い手ごたえを残して、マーヤの右手が落ちて消えた。

 

 続けて苦しむ相手に右のカギ爪も突き刺すと、赤と青の光が俺の体に流れ込んでシャドウが消える。光はいわずもがな、吸魔と吸血のスキルによるもの。この二つのスキルの使用頻度がやたらと高いのだ。

 

 ……この戦い方を見ていると俺がずっと弱点だと思っていた“攻撃力の低さ”は、本当に弱点だったのか? と思ってしまう。

 

 俺の攻撃力は低く、敵を倒すために何度も攻撃を必要とする場合が多い。それは紛れも無い事実だけど、逆に言えばそれは相手の体力を削りながらも敵の力を吸い取る余地が残っていると言う事。そして夢の俺は毎回、相手を傷つけてから力を吸い殺している。

 

 だから無茶を続けているはずなのに一向に体力の限界がこない。敵の攻撃を何度か食らったにもかかわらず無傷。耐性のおかげかダメージは少なく、すぐに吸血で回復してしまう。

 

 戦って、傷ついて、回復して、また戦う。それを繰り返す様はまるで獲物を狩る空腹の猛獣。今までの俺の慎重な行動がただのビビリに思えてしかたが無い……いや、実際そうだろう。がむしゃらに、自分なりに色々やって鍛えてきたつもりだけど、“本当に命がけの実戦”なんて無かった。ドッペルゲンガーを使えるようになったあの日までは……

 

『ビビルナヨ』

 

 !? この声はあの時の、でも何かが違う……変なノイズが入ったみたいだ…… 

 

『力をツケる方法がある』

 

 そう。だから、俺はタルタロスに来た。

 

『なのにやってる事は逃げ隠れがほとんどダ』

 

 ………………そうだな。俺がここに来た目的は、万が一に備えての“経験値稼ぎ”の一言に尽きる。なのに隠れてまず逃げ道を確保し、敵の数が多いと逃げられる時は逃げていた。

 

 間違っていたとは思わないけど、この世界はゲームじゃなくて現実だから慎重に、そう理由をつけて過剰に危険を遠ざけていた。本当はタルタロスの二階なら十分に戦える力があると自分に言い聞かせていたのに、真っ向から戦おうとはしていない。

 

『能力を把握しようとしたのは、ただ自分が安心したいから。そのくせ不安を消せずに能力を過小評価して、追い詰められるか有利でないと戦おうとしない』

 

 耳が痛いなぁ……しかもノイズが消えてよりはっきり聞こえてくる……

 

『時間は有限』

 

 原作に徹頭徹尾関わらない限り、いつ何が起こるか分からない。開始まではどう過ごそうと一年。

 

「『無駄にできる時間は無い』」

 

 俺と聞こえてきた声が重なった瞬間、今まで無かった体の感覚が戻ってきた……これまでより深いペルソナへの理解と共に。

 

「そういう事かよ……」

 

 敵の居ないタルタロスの十字路に、俺の声だけが響いた。そして俺は、動かせるようになった体で

 

「シッ!」

「ビゲッ!?」

 

 シャドウを淡々と狩る作業を再開する。あの動きと戦い方を忘れないように。

 

 

 

 

 

 

「ふぅー」

 

 体力は有り余っているが、影時間が終わる前には部屋に帰りたい。というわけで今までに無い濃密な時間を終わらせた俺は、ゴミ袋片手に爪の無いの忍者装束で大通りを歩きながら今日のことを再確認する。

 

 まず、俺が夢だと思っていたのはペルソナが暴走する一歩手前の現象で、ペルソナに操られていたようだ。

 

 それを理解した瞬間こそ頭を抱えたが、ペルソナシリーズにおけるペルソナについての設定を思い出したら、少し納得できてしまった。

 

 ペルソナとは何か? それはもう一人の自分であり、シャドウと表裏一体の存在。理性でシャドウを制御したものがペルソナ。そんな設定だったはず。

 

 ここで俺がドッペルゲンガーを始めて召喚した時の事を思い出すと、俺は生への執着でペルソナを使えるようになった。しかし、生への執着心は理性なのか? と考えるとそうでもない。

 

 ドッペルゲンガーは俺の生きるためにあがいた結果生まれたペルソナ。だけど、元となったのは生物が持つ本能でもある。つまり

 

「俺のドッペルゲンガーは“シャドウとの境目に近いペルソナ”。少なくとも目的のために自分で戦うことを選んだ原作キャラのペルソナとは根幹が違う。桐条先輩が俺のことをシャドウと間違えたのもそのせいか……ハハッ」

 

 こんがらがった情報が次々と繋がった。シャドウは象徴化した適性を持たない人間を影時間に落として襲う。その結果が影人間で、原作ではシャドウにおびき寄せられた生徒も居たはずだ。

 

 僅かな爽快感と一緒に、どうしてこんな事が分からなかったのかと笑いがこみ上げてくる。

 

「生き延びるために生まれたペルソナが生き残るための行動を邪魔されて、押し込められた状態で何かの拍子に……あぁ、昼間の召喚とスキル使用がきっかけでタガが外れたとしたら暴れもするか。暴走で殺されなかっただけ運がいい。けど……」

 

 周辺把握の端に反応があった。このまま何事も無く部屋には帰れないらしい。

 

 

 

 周辺把握は物体の表面を読み取って形状や高さを把握し、動きの有無で生物か非生物かを判断する。だから分かる。この大きさと形は“人間”。しかも反応は3つあり、背後と左右の斜め前の三方向から俺を取り囲んで輪を縮めてくる。

 

 偶然にとは思えない位置取りからすれば探知能力を持つ奴が居るだろう。現時点で影時間に動ける三人組と言えば特別課外活動部の三年生(荒垣を含む)か、敵として現れるストレガのどちらか。とか考えてるうちに、姿を見せない位置で止まった。どうせ捕捉されてるならこっちから声かけてやるか? そうだ、最近やってないが……

 

「用があるなら出てきなさい」

 

 保護色と隠蔽を解き、後ろを振り向きながら発したのはそれほど大きくない作った声。しかし他に音を出すものが無い影時間には良く響いて隠れていた3人は反応を示した。まず姿を見せたのは俺の背後から忍び寄り、今は正面に立つロン毛と半裸の男。こっちかよ……

 

「おや、これは驚きましたね」

「てっきりシャドウやとおもっとったわ。なぁ、チドリ」

「……反応はシャドウ。あなたは喋れるシャドウなの?」

 

 後ろから残りの二人も姿を見せる。ストレガはどうなるか……とりあえずは対話を試みよう。

 

「申し訳ないが……私は人間だよ、お嬢さん」

「なんやそのキモイ声と喋りは」

「よく通る声が服装に、実にそぐいませんね」

 

 うるせーよ! 地声出したら何処でバレるか分からないから怖いんだよ! 俺だって別にやりたくてやってるんじゃない! ……とりあえず地声がばれなきゃそれでいいと割り切ろう。

 

 ちなみに作った声は一部の知識人に“イケボ”と言われる声で、中一の時に学校でものまねブームが起こり、周りに付き合って練習した成果だ。早口になるとボロが出るし、歌ったりはできない。顔も普通なので別にモテたりはしなかったけど……人生何が役に立つかわからんな……

 

「おっと失礼、私はタカヤ」

「……復讐屋、か?」

 

 少しでも精神的に優位に立てないかとこちらの知識をちょっと出してみたら、ストレガの3人は興味、警戒、無関心とそれぞれの目で俺を見る。

 

「お前、それどこで知ったんや」

「確証は無かった。しかし、復讐代行サイトの存在と実績は知っていたのでね。どうやって復讐を実行しているのかと思っていた所でこの時間を知った。そこで私同様にこの時間で動く人間が居た。だから思いつきを口にしただけさ」

「……っち。胡散臭いわ」

「それよりも、どうして私の後をつけていたんだ? 復讐の仕事か?」

「あぁ、そういや出とったなぁ……女の前で恥かかされたて、どこぞの不良から忍者を殺せとかいうアホな依頼が。相手の素性も分からんで復讐なんぞできんと弾いた依頼やけど……服装からしてお前か?」

 

 女の前で恥じかかされた不良? ……あ、ああ! よく覚えてないけど、この前やった記憶がうっすらとある。というか、本当に依頼が出てたのかよ!?

 

「その様子やと当たりみたいやな? どうするタカヤ」

 

 雰囲気が剣呑になる中、タカヤが口を開いた。

 

「ふむ……依頼は一度断った物。我々が復讐代行業を営んでいることが知られても困りはしませんし、別に良いのでは? この時間に適応できる選ばれた者同士、むやみに争う必要も無いでしょう。敵でなければ、ね?」

「……タカヤがそう言うんやったら、それでええわ。お前はどうなんや?」

「敵対の意思はない。襲われれば抵抗するが」

「さよか」

 

 それを最後に、ジンと呼ばれたメガネ男は黙り込み、代わりにタカヤが話しかけてきた。とりあえず一番まずい展開は避けられたか?

 

「それで、なぜ我々が貴方をつけていたか、でしたね?」

「……ああ」

「今日は“滅びの搭”が騒がしいとチドリ、そちらの少女が話したので様子を見ていたのです。貴方が出てから搭の騒ぎも収まったようですし、貴方もペルソナを使えますね?」

「……この時間帯に呼び出せるモノの事なら、そうだ」

「なるほど、貴方は天然ですか……貴方のペルソナの能力に関わるのでしょう。チドリが位置の把握に難儀していたので、興味本位で近づいたのです」

「そうか。ならもう用は無いな?」

「そのつもりでしたが……ジン、薬を一つ出してください」

 

 タカヤの言葉に従ったジンが、手持ちのアタッシュケースから小さなプラスチック容器に入った薬を取り出して投げ渡す。まさか“制御剤”か!?

 

「それは?」

「ペルソナの暴走を抑えるための薬で、制御剤と呼ばれる物です」

 

 やっぱり。

 

「それをどうする?」

「貴方に差し上げます」

「なに?」

 

 驚いていたら、タカヤからラベルも付いてない容器を投げ渡された。

 

「貴方の口ぶりからして、つい最近ペルソナに目覚めたのでしょう? ペルソナは暴走する可能性があり、それは暴走を抑えるための薬なのです」

「副作用は?」

「寿命を大幅に削りますが、暴走したペルソナに殺されるよりはマシでしょう。まぁ、今飲めとは言いませんし、暴走しても飲まないと言うならそれで構いません。ご自由にどうぞ」

「金は?」

「今回は要りません。追加で欲しいと言うならお金を頂きますが……詳しい話は機会があれば。町にいる我々を探していただくか、復讐サイトを使えば連絡は取れるでしょう」

 

 タカヤは話は終わりだと言うように元来た道へ振り返り、チドリとジンが俺の横を通って付いていく。そこでジンが俺を見て一言。

 

「飲むか飲まんかはお前しだいやけどな、暴走を舐めとったらあっさり死んでまうで」

「心には留めておくが今は飲まない。今後も必要が無いことを祈る。すでに余命二年の身なのでね」

 

 悪戯に寿命を縮める薬なんて飲んでたまるか。という意味を込めて言ってやったら、三人は俺を一瞥して去っていく。それから俺は勘繰って薬の容器に発信機や盗聴器が入っていないことを確認し、寮へ帰る。

 

 変なキャラで平静を装って、結果的には穏便に事が済んだけど、めっちゃ疲れた……精神的に……




制御剤を手に入れた!
さらに放課後と影時間の行動にストレガを探す&ストレガとの交流が追加されました。

影虎のシャドウは暴走時、とても欲望に忠実な模様。

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