~真田視点~
「真田、なにやってんだよ。もっとガンガン攻めていけって」
「相手の出方を見ていました」
「そんなことする必要ないだろ!」
「こらこら、そんなに声を荒げるんじゃない……真田も、もう少しこいつらの気持ちも考えてやってくれんか?」
「葉隠が青木に怪我をさせたという話ですか。江古田先生?」
「うぅむ……葉隠が犯人なのかは定かでは……ないが、しかし他にも」
くだらん。
葉隠の動画に青木が怪我をする要素は無かった。
怪我をしたと言うなら、間違いなくあの動画の後。
しかし葉隠が裏で痛めつけるような真似をする生徒でないと美鶴は言っていた。
俺も同感だ。
悪評と騒ぎを払拭するためにと頼まれて来たが、コーナーを背にして向けられる目にはそれ以上の、明確な闘争心を感じる。
裏で小細工をするにしては、妙なまっすぐさを感じる。
「次のラウンドからペースを上げます」
葉隠の実力も期待以上だった。
美鶴はあまり一方的な試合は困ると言いたそうだったが、心配ないだろう。
思えば最初に会った時から、他の奴らとは何かが違った。
それが何かは未だに分からないが、強さなのか? ただ興味があった。
それにあいつも俺のことを初めから敵視していた。
試合になるのは必然だったのかもしれないが……
「セコンドアウト!」
「行ってこい! 真田!」
……いつも通りにやればいい。
「ファイト!!」
「シッ! くっ……」
「おっとまたこの展開だ! 真田はペースを上げてきた! しかし第二ラウンドもにらみ合いか!?」
まだ足りないか!
逐一ジャブを封じてくるおかげで手が出しづらく、体力だけが奪われていく。
まったく嫌な手だが、気は
とにかく俺はこの状況を脱して自分のリズムを作らなければならない。
そのためには葉隠のこの手を振り切る必要がある。
……つまり葉隠、お前はこう言いたいのか?
本気を出せ、と。
「シッ!」
「あーっとまたスピードが上がった! これは……真田選手、本気です! 葉隠選手、ついていくが若干苦しいか? いや! 一辺倒な試合運びから一転。今度は激しい打ち合いだ、葉隠選手もしっかりと手が出ている! 負けていません!」
空を切る拳の音が耳元に響く。
おそらくもう既に、後ろで見ている先輩方には対処できないだろう。
スパーリングではここまでやる前に終わってしまう。
「! チッ」
くっ、入ると思ったが。
「あっとおしい! ガードの上だ! これはまだっ!?」
「グッ!」
葉隠が初めて自分から前へ出た。
間髪入れずに横殴りの衝撃が左腕に響く。
「痛烈なハイキックが真田を襲った! ガードの上からでも歪んだ表情が、蹴りの威力を語っています! ボクサーゆえに警戒が薄かったか真田選手! これが異種格闘技戦! 二人が己のすべてを出し切り戦う一戦なのです!」
「……興奮しすぎだ、落ち着け
ハイに続くロー。
空振りかと思えば着地点を軸に、さらに後ろ回し蹴り。
「!」
今度は引かれた蹴り足が弧を描いて降ってきた。
低い体勢のまま前後左右に揺れる妙なステップから繰り出される軽快な足技の連続。
この一発が、拳とは比べ物にならない!
葉隠の拳は、一撃で勝負を決める威力を持つ“ハードパンチャー”の拳ではなかった。
連打や急所狙いで相手を倒すタイプのファイターだと思っていたが……?
足技の雨を凌ぐ最中、見つけたのは隙ではなく、既視感だった。
……どこかで……!!
一度疑問を抱けば、氷解は早い。
ここ最近はそいつの事ばかりを考えていたからだろう。
驚くべき速度といまひとつ威力のない拳。
よく見れば背丈も近く見える。
あのイレギュラーシャドウ、“翁”に。
「ッ!」
つま先が鼻先を掠める。
「おっとかろうじて回避。……疲労でしょうか? 一瞬真田選手の動きが鈍ったように見えましたが」
集中しろ。
葉隠は人間だ。
シャドウじゃない。
しかし、こいつはシャドウと戦うつもりで丁度いいかもしれん。
この緊張感を俺は求めていた。
だが……
~桐条視点~
リング上では息つく暇もない攻防が続いている。
「攻守逆転し激しさを増した第二ラウンドを終え、始まった第三ラウンドは早くも半分を過ぎました。両者手数を増やしているものの、実力は拮抗しています! 互いにクリーンヒットがないまま、試合はヒートアップするばかり! ……ねぇ美鶴。いまさらだけどさ、これ大丈夫かな?」
「大丈夫と信じたいですね……」
明彦め、あれは完全に影時間と同じ気合の入れ方じゃないか!
葉隠も、あの落ち着きは嵐の前の静けさだったようだな。
明彦の我慢が足りないのか、本気を引き出す葉隠が手ごわいのか……
意外と言っては葉隠に失礼だが、明彦がここまで本気を出せるとは思っていなかった。
どちらも手加減をしろとは言わないが、事故には気をつけてもらいたい。
「さぁ、残り時間は三十秒。ここまで激しく動きながら、両者とも動きが衰えません!」
本当によく体力が続くものだ……
リズミカルに次々と繰り出される蹴りで、技と技の繋ぎ目が分かりにくい。
明彦も踏み込む隙を探っている。
ここだ!
明彦の目がそう語った直後。
「真田が仕掛けた!! 蹴りをかわして前へ出る!!」
葉隠が蹴りを出した直後、強引に攻め込む明彦。
ここで初めて葉隠が体勢を崩した。
「シッ、シッ! シッ!!」
「……!」
パンチを手で捌き、後退して場をしのぐ葉隠。
だが、もう後がない。
「葉隠選手、コーナーに追い詰められた!」
「コォッ!」
会長の実況と同時に足が止まり、腹部に拳が突き刺さった葉隠から息が漏れた。
『オー!!!』
「先輩!」
「「兄貴!!」」
ボクシング部員とパルクール同好会。
「!」
双方から上がる声を、掻き消すようなグローブの音が響く。
音の元は、拳を振りぬいた
そして、
「! ダウン!! ニュートラルコーナーだ!」
「嘘……」
一瞬の静寂が流れた後、荒垣の宣言で撮影担当の女子が呟いた。
「おい真田!」
「真田! ……真田!!」
……私も驚いたが、そこまで大騒ぎすることではないだろうに……
本人もいたって普通に立ち上がる。
「真田選手、ダメージは少ない様子ですが、ダウンです! 試合開始から初めてのクリーンヒットを受けたと思われた葉隠選手! なんと直後にダウンを奪いました!! そしてそのまま試合再開。っと! ここでゴングです」
休憩か……
「少し失礼します。……明彦、大丈夫か?」
明彦に集まるボクシング部員は、声をかけると渋々離れていく。
「美鶴? 助かった、平気だ」
「本当か? ダウンしていたが……」
「ダウンしたからこそだ。倒れたおかげで威力も逃げた。それよりここに来ていいのか? 中立のはずだろう」
「別に味方をしにきたわけじゃない。……歯止めが利かなくなりそうに見えたので釘を刺しに来た」
「そっちか」
会話はしている。しかし視線は葉隠に釘付け。
「葉隠をどう思う?」
「強いな。鍛え方が他と違う。特に守りが堅い。足技が邪魔でフットワークも早い。足をやり過ごしても今度は手を使って防御と反撃。さらにもう一歩押し込んで、ようやく体に一撃だ。それも効いたかどうかわからん。これまでのリングでは味わえなかった感覚だ」
「やはり実戦のつもりで戦っていたな?」
「そうすべき相手だと思った。それに、あいつの戦い方は“翁”に似ている」
あのイレギュラーに、だと?
ペンテシレアの索敵能力はお世辞にも高いとは言えない。
だが人とシャドウの判別に失敗したことはない。
いや、それよりもあまりその名前を出さないでほしいのだが。
表向きは暴行犯になっているが、シャドウの話だぞ。
荒垣や葉隠、その他にも大勢この場にはいるというのに……
「フッ、葉隠が翁とは俺も思っていないさ。偶然戦い方が似ているだけだろう。それに葉隠は翁よりも強いぞ。あいつの拳は
もし同一人物なら、急成長の秘訣を聞かせてもらいたいくらいだ」
「……それにしては嬉しそうじゃないな?」
ここで初めて明彦は私を見た。
普段ならもっと嬉々としているはずだが、今日はやや陰りが見える。
「対戦相手のリサーチは常識だろう、事情は理解している。本当なのか?」
そういえば昨日は珍しくパソコンで学校の掲示板を見ていたな……
遅くまで葉隠の動画を見ていたと思ったが、私が説明した以上の内容も自分で調べたか。
「怪しいな」
まだ未確定だが、おそらく正しいことを伝える。
事の発端となった青木は、“明彦もいるボクシング部”所属である事を笠に着ていた。そういった輩は他にもいるのだろう。現在はいわゆる“パシリ”という行為が部内部外問わず日常的に行われていたと見られている。
まだ金銭などを奪われたという話はないが……厄介なことに“パシリ”なる行為をしていたと見られる生徒の中には、“自分は後輩だから”と慣習であったり、部外の生徒でも“ただの応援行為”として善意で行動したと考えている者も多く、
ただ一つ、“ボクシング部を優遇する”という暗黙の了解が成り立っていたのは確実だ。
明彦はただ純粋に強さを追い求めていただけだろう。
しかし一人の“部員”として打ち立てた連勝記録が助長していた一面はある。
「認識が甘かったんだ。お前も、私もな」
「そうか……」
「言っておくが、わざと負けるような真似は逆効果だぞ」
「誰がするか。さすがにそれ位は分かる」
「セコンドアウト!!」
一分とは短いものだな。
明彦は一瞬だけボクシング部員を見て、リング中央へと歩み出た。
~影虎視点~
嫌な汗かいた……シャドウと間違えられたのは正解だった。
戦い方でばれかけるとか、どんだけ脳筋なんだかなっ!
「葉隠選手の猛烈な足技!! いったいいつまで続くのか! 真田選手の攻撃は効かなかったのかー!?」
効かなかったのか?
効いてるよ!
ガードした手は痺れるし、腹殴られた時は息が詰まった。
さすがにペルソナ使いなだけはある。
しかし日ごろのタルタロス効果が出たのか、調子はいい。
話を聞くと、あっちは集中できていないのかもしれないが……こちらには関係ない。
「ふ、っ!」
「ぐっ……」
「裏回し蹴りが炸裂ー!! 攻め込む真田の足が止まった! さらに追撃の回し蹴りっ……あ!」
「っ!」
懐に!
「コォッ!」
「チッ!」
「なんと葉隠選手、またも微動だにせず果敢に打ち返す!」
「……あれはいったいどうなっているんだ?」
「おそらく空手の“三戦”でしょう! 一説によると足場の不安定な船上で戦うことを想定して発達したといわれる空手の型であり、下半身に力が入る安定した立ち方です! またこれにより筋肉を締め、高い防御力を得られるとも聞いた覚えがあります」
「真田先輩! 頑張ってください!!」
「なにやってんだ真田!」
「負けんじゃねぇ、負けんな!」
「勝てー!!」
リング外から真田への応援が轟く。
「いよっしゃあ!!!」
「兄貴!! やっちまえー!!!」
「が、がんばれー」
「先輩!!」
「ヒヒヒ……その調子です」
俺の背中にも、皆の声援が届いたその時。
ロープを背にした真田のガードがやや下がり、癖が現れた。
まずフック、次に
「っ!?」
予期していない突然の目の眩み。
視界が白く染まり、頭を衝撃が貫いた。