人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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92話 決着とその後

 鈍い音を伴って首が跳ね上がる。

 

 同時に放たれた二つの拳、当てたのは……真田。

 

 痛みすら感じない。

 半分だけの視界が揺れて、意識が閉じていく……

 負けたのか……? 

 結局、主人公(原作組)には勝てないのか…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

『……!』

「は」

「ま」

「」

 

 …… 

 

 声が、聞こえた……

 のけぞる体。

 妙にゆっくりと流れていく視界にうちの部員たちの姿が映りこむ。

 皆、大口を開けて何かを叫んでいる……

 

 何を言ってるか聞こえない。

 けど、声援なのは……分かる。

 

『負けないんじゃねぇんだよ……負けられねぇんだよ……』

 

 特攻服が目に入り、親父の声が聞こえた気がした。

 

 ……負けられない……

 

『人の手では変えられない宿命と言うものもありますが、“未来(運命)”は定まっていません。ゆえに、今の行動や考え方によっては変えることもできるのです』

 

 江戸川先生……いつだったっけ……まだ最近のことなのに、だいぶ前のように感じる。

 

 原作、変えようとしてんだよな……俺。

 

 駆け巡るように浮かぶ過去の記憶。

 

「コフッ!」

 

 肺にたまった空気が抜け、顔の痛みを強く感じる。

 意識がやや明瞭になったと思えば、体は崩れ落ちかけていた。

 崩れ落ちかけている(・・・・・)、つまり!

 

 負け……てない! まだ負けてない!!

 

 体に鞭を打ち、足を踏ん張る。

 すると目の前に真田の顔が見えた。

 

 !!

 

 一も二もなく拳に力を込める。

 型はめちゃくちゃ、仰け反った体勢までバネにして。

 がら空きの顔面へ

 

「っらぁ!! っ……」

 

 拳に当たる鈍い感触。

 気合で振りぬいたはいいが、反動とめまいで足がふらつく。

 

「!?」

 

 かろうじて耐え、上げた腕を誰かに押さえられる。

 真田! ……じゃない?

 

「……荒垣先輩?」

「ストップだ! 聞こえてるか?」

 

 ストップ……?

 

「ぁ……」

「喋らなくていいからコーナーに戻れ。試合終了だ」

 

 先輩はそう言って真田に寄り添う。

 

 リングに倒れている(・・・・・・・・・)真田に。

 

「せんぱーい!!」

「「兄貴ー!!」」

 

 ! 皆が呼んでいる……

 

「兄貴!!」

「ぶったおしましたよ! ねぇ!」

「二人とも、けが人ですからやめなさい。うれしいのは分かりますがねぇ、ヒッヒッヒ」

 

 ふらつく足でコーナーヘ近づくと、ロープに身を乗り出した和田と新井にしがみつかれ、江戸川先生によって解放された。

 

「……最後、どうなった? 記憶が曖昧なんだ……」

「さもありなん。最後は直撃でしたねぇ」

「あれっすよ!? クロスカウンターってやつ! 先輩それくらったんすよ!」

「そのまま固まってた面に、先輩の一発が直撃したんです!」

「とにかく座り……いえ、もう保健室へ行きましょう。傷が開いてます。和田君、新井君、担架を!」

「「うっす!」」

 

 そのまま二人が用意した担架に乗せられ、俺はなすがままに運ばれた。

 

 

 

 

 

 

 ~保健室~

 

 搬送された俺は、到着するなりベッドの上で麻酔をうたれる。

 

「ヒッヒッヒ、よくもまぁこの状態で戦えたものです」

「先生……」

「動かないでください。傷を縫合しますから」

 

 痛みはないが傷口を圧迫される感触が断続的に続く。

 意識もだいぶ明瞭になってきた。

 

 ……勝ったんだよな? 肝心な所がすごく曖昧なんだけど?

 

 っ!

 

「痛みますか?」

「いえっ、大丈夫です。……ちょっと、今日の試合で成長できたようで」

「……なるほど、得るものがあったのですね。ヒヒッ」

 

 天田たちが部屋にいるので具体的なことは伏せたが、先生はスキルを習得したと分かってくれたようだ。

 

 “打撃見切り”  打撃回避力上昇

 “拳の心得”   拳の攻撃力上昇

 “足の心得”   足の攻撃力上昇

 “警戒”     注意力上昇 先制攻撃、不意打ちを受けにくくなる。

 “ヤケクソ耐性” ヤケクソ防御(無効)の下位互換 ヤケクソの状態異常にかかりにくくなる。

 

 一気に五つも。それだけ真田が強かったのか。

 

「失礼します」

 

 背中にかかる会長の声。それにこのヒールの音は桐条先輩。

 ……? それ以外にも足音がある。

 

「葉隠君の容態は?」

「鋭意治療中です」

「……縫うほどの傷でしたか」

「あんだけ血が出てたんじゃ無理もねぇ」

「荒垣先輩?」

「あん? ああ、その状態じゃ見えねぇのか……」

「会長と桐条先輩だけは声とヒールの音で分かったんですけどね……」

「俺もいるぞ」

 

 ! この声は……

 

「……あんた(真田)か」

「一度失神したんでつれてこられた」

「手が離せないので、真田君はそちらのベッドに」

「おら、さっさと寝ろ」

「分かってるから押すなシンジ!」

「はーい、真田君もけが人なんだから落ち着いて。で、連絡事項があるから聞いてね」

 

 何だろう?

 

「まず今回の勝敗は……葉隠君、おめでとう!」

 

 真田をKOした後もファイティングポーズをとれたため、俺の勝利になったとのことだ。

 

「そう、なんですか……? 正直最後、はっきりしないうちに終わったんですが……」

「証拠映像はバッチリ残ってるから、夜にでも掲示板を見てみるといいよ。それから……今日はごめんなさい」

 

 何で、謝る?

 

「試合に邪魔が入ったでしょう?」

「ああ、あのフラッシュ……」

「それだけじゃない。君たちがボクシングガウンについて知ったのは昨夜だそうだな? それもフラッシュと同じく、新聞部の女子生徒が嫌がらせ目的で意図的に連絡を怠っていたことが先ほど判明した。人員は選んだつもりだったが、甘かったようだ」

「結果的にフェアじゃない試合をやらせちゃったからね」

「……まぁ、いいですよ。というか今は怒る気にもならないんで……」

「そっか。じゃあ後で気に入らないことがあったら言ってくれていいからね」

 

 そういえば、どうしてボクシングガウンのことは分かったんだ? さっき分かったと言っていたけど

 

「周りの様子も見えてなかった?」

「あまり……どうなったんですか?」

「一言で表すなら阿鼻叫喚って感じ? 新聞部と写真部の女子が泣き崩れたり、ボクシング部の生徒が発狂してさ。今は生徒会代表として武将(副会長)、写真部は平賀君、あと新聞部は木村さんが中心になって場を収めてるよ」

「会長たちは、ここにいていいんですか?」

 

 手伝いに行くとかしないのだろうか?

 

「まずそうなら連絡が来るからそのとき行けばいいさ。それよりこっちの安全確保だよ」

「流石にないとは思うが、誰かが君たちに危害を加えないようにな」

「……治療が終わるまではここにいさせてもらうぜ」

「あっ、それじゃお茶でも」

「それなら山岸さん、冷蔵庫にお茶のペットボトルがありますよ。ラベルを剥がしているのは違いますから、間違えないように」

「わかりました!」

「僕、お手伝いします」

 

 いすの音が二つ聞こえて三秒後。

 真田が口を開いた。

 

「葉隠」

「……何です?」

「俺は一つだけ決めたぞ」

 

 また突然何を言い出すのか。

 おそらく部の件だろうけど。

 

「ボクシング部、辞めるんですか?」

「それも考えたが、辞めはしない。それじゃ問題から逃げるのと変わらんだろう」

「じゃあどうする気で?」

「公式戦への出場をやめる。少なくとも今年中は基礎から鍛え直すことに専念する。後輩と一緒にな。その中でこれからの事を考えるつもりだ」

 

 ……まぁ、知ったことかとこれまで通り続けるよりはいいだろう。

 

「……好きにしたらいいんじゃないですか?」

「ああ、好きにする」

 

 話が終わった。

 沈黙が流れる……

 

「そうだ! 葉隠、お前はどうやって強くなった?」

「それを今聞くか!?」

「動かないでください影虎君!」

 

 舌の根も乾かんうちから……

 

「試合中にも言っただろう? 強さを求めるのも“俺”だと。周囲にも目を向けることにしたが、自身の鍛錬を止めるつもりはない。“両立を目指す”と言っているんだ」

「ああ、そうか……」

 

 ……………………………………………………まぁ、多少はマシか。

 

「皆さんお茶どうぞ。真田先輩も吸い飲みに入れてありますから」

「いただこう……で、どうなんだ? そもそも何で空手を始めた?」

「あっそれ俺も聞きてぇっす!」

「俺も!」

 

 和田!? 新井!? 

 

「私もちょっと聞いてみたいかも」

「山岸さんまで…………別に特別なことは何もない。……真田先輩のように誰かを守るためなんて立派な理由でもない。全ては自分のため。それだけです」

「それだけとは、つれない奴だな。会話が成り立たないじゃないか」

「……なんでそんなに絡んでくるんですかね……」

「試合が終わったら、相手と実力を認め合うものだろう。今日の試合は邪魔も入ったが最後は全力で挑めたいい試合だったと感じている。それに色々と好き放題言ってくれたが、お前に悪意が無いことだけはお前の拳が語っていた」

 

 とことん脳筋思考かよこの野郎!

 

「いいんじゃないですかねぇ? 仲良くできるならそれに越したことはありません。それにこれは私が君を見ていて感じたことなんですが……君、そもそも真田君をそれほど嫌っていないのでは?」

「……は?」

「無自覚かもしれませんが、真田君が試合中に態度を改めたあたりから、君の態度もやや軟化しているように見えるんですねぇ……ヒヒヒ。真田君が強くなった理由を聞いた時も、一度は気を荒げながら、両立を目指すとの一言で落ち着いた。君は真田君の行動が気に入らなかったのであって、行動を改めれば和解の余地がある……違いますか?」

「……的外れとはいいません。けど、俺が勝手に嫌ってる部分もあるんで」

「ほう? それは先ほど自分のためと言った事と関係があるのか?」

「桐条先輩まで……」

「私も君が何を考えているのかは気になるのでな」

 

 少し考えて口を開く。

 

「本当にたいした話じゃないですよ。幼いころに怖い夢を見たから、逃げても逃げても逃げ切れずに死ぬ夢を見たから。逃げられないなら対抗する力がほしいと考えた。それだけです」

 

 以前天田に話したような詳細は省いた。

 

「たかが夢でも当時の俺は本気で怖がって、全力で力を求めました。そのとき始めた空手の練習が習慣になって、今に至ります。空手はたまたま祖父が空手を薦めてくれたから始めただけで、別にこだわりはありません。ただ戦う力がほしくて他の格闘技にも手をだしてますし」

「……おい待て、それじゃ」

 

 真田も気づいたようだ。

 

「“同じ”でしょう? 身勝手に力ばかり求めて周囲を見ない。まるで黒歴史みたいな存在で腹が立つ」

 

 自覚はあったから我慢しようともした。

 けど、実際に目の前にするとどうしても気分が悪くなる。

 真田に変わっていないと言ったが、俺もあの頃から本当に変われているかどうか……

 真田と同じように、失敗と後悔を繰り返すのではないかと不安になる。

 

「つまりは同族嫌悪だったわけか。明彦の内面を察したのも……」

「納得できるようなできんような……待て、誰の存在が黒歴史だ! まったく失礼な奴だ」

「叔父の店のラーメンにプロテインかけて食ったり、人のことを貴様呼ばわりする人に言われたくないですね」

「なんだと? 話す相手の顔を見て喋れない奴がよく言う」

「は? ……ああ、確かに今は背を向けて、って治療してるから仕方ないでしょうが!」

「はーいはい! 二人ともそこまで! もー、なんでそうなるかな……」

「何をやっているんだお前たちは……」

「このくらいなら平気だろ。ほっとけ桐条」

「荒垣……そうは言うが、こいつらは頭を打っている。安静にさせるべきだろう」

「ヒッヒッヒ、急に騒がしくなりましたねぇ」

 

 江戸川先生の言う通り、この喧騒は傷を縫い終わるまで続いた。




影虎は真田と試合をした!
僅差で勝った!
真田の意識が若干変化した!
真田に対する影虎の態度が若干軟化した!
真田との関係がやや改善した!!
(リバース状態から復帰した程度)

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