人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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98話 実験結果

 ?月?日(?)

 

 ~タルタロス・14F~

 

「ゴ、ロロ、ロ……」

 

 巨体が力を失い、頭を垂れる。

 か細い声と共に突起の先端から、全身へ徐々に崩れていく。

 番人であるバスタードライブが、黒い霧となって消える瞬間だった。

 

「ふぅ」

 

 戦況は安定していたが、さすがに少し疲れた。

 

 ? 霧が晴れた地面に、陶器の香炉が落ちている。

 

「香炉、香……まさか反魂香!?」

 

 お香のアイテムなんて、それしかないはずだ。

 とりあえず確保。

 江戸川先生とオーナーに相談しよう。

 

 とりあえずバスタードライブは倒した。

 となれば上に行くしかない。

 ……階層を隔てる壁はどうなっているんだろうか?

 

 道中の小部屋の宝箱でやたらとエネルギーを感じる液体が入ったガラス瓶を見つけたりもしながら、上を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~タルタロス・15F~

 

「キィッ!」

「ハァッ!」

 

 ここはただのシャドウばかりだ。

 先へ進もう。

 

 

 

 

 ~タルタロス・16F~

 

「おっ!」

 

 階段を上ると、目の前にはまた階段。

 しかしその前には一本の柱を中心として、緑色のオーロラが地面から吹き上がっている。

 

「やっぱり壁はあるのか……」

 

 部屋は全体が一目で見渡せる。左側に転移装置。右側におそらく“人工島計画文書”が入っている宝箱があるが、とりあえず置いておいて、壁を観察してみる。

 

 ……これも強いエネルギーを感じる。

 触れてみると、押し戻される。

 

「石とかそういう“物質”じゃないな……」

 

 エネルギーが形をとっている、というか……どこかドッペルゲンガーに似ている。

 しかし感じるエネルギーの量は桁違いで、力技でぶち抜くのも難しそうだ。

 

「……もうそろそろいい時間か」

 

 宝箱の中身を(あらた)めて帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ~タルタロス・エントランス~

 

 さて……俺がタルタロスに入ったのは6月27日。

 月齢は満月から九日目。

 影時間の計算では満月の三時間から九日分の誤差をさし引いた、一時間四十八分となる。

 

 そして現在はタルタロスに入ってから二時間が経とうとしている。

 もう6月28日の影時間に入っているはずだ。

 

 それを認識した上で、6月27日の影時間に出られるかどうか……。

 

 タカヤは入った人間の“認知”によって決まると言っていた。

 俺は気づかなかったゆえに、日を跨がなかった。

 しかし今は気づいている。

 知ってしまった以上、無かったことにはできない。

 

 だからこそ……

 

「“何時にでも繋がる”だから“過去にも繋がる”」

 

 アイギスの活躍するアフターストーリーのように。

 言葉に出して、自分に言い聞かせながら踏み出した。

 

「6月27日、影時間の終わる三十分前に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 影時間

 

 ~自室~

 

 残り時間はあと十秒。

 

 九、八、七、六、五、四、三、二、一……ゼロ!

 

「!」

 

 電灯の光で明るく照らされた部屋が、影時間の終わりを告げた。

 

「……!!」

 

 “6月28日(日)”

 

「しゃ! ……やった………」

 

 叫びかけた声をあわてて潜める。

 携帯に表示された日付は、たった今6月28日が始まったことを示している。

 

「江戸川先生に連絡しないと……あと明日会えるかな? できればオーナーとも」

 

 成功したことを確信した俺はそれ以降、連絡を終えてもしばらく寝付けなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月28日(日)

 

 朝

 

 ~アクセサリーショップ・Be Blue V~

 

 応接室にオーナーと江戸川先生に集まっていただいた。

 

「朝早くからありがとうございます」

「いいのよ、これくらい」

「まずは実験成功おめでとうございます、と言わせていただきましょう。……して、何か収穫があると聞きましたが」

「こちらです」

 

 俺は机の上に手に入れた“反魂香”、“ソーマ”、そしてだいぶ前に手に入れていた“宝玉輪”を並べた。

 

 先生方の目の色が変わる。

 

「これ……!」

「ヒヒヒヒ!! 何ですか? すさまじい力を感じますよ」

 

 おそらくこれだと思うアイテム名と効果を伝えると、江戸川先生は反魂香とソーマに。

 オーナーは宝玉輪へ釘付けになった。

 

「……いかがですか?」

「この宝玉輪は……買取なら断るわ。これは貴方の借金を帳消しにしても余り有る価値がある。私には対価が用意できそうにないもの」

「こちらも同じく。反魂香なんて、本物であれば伝説上の代物ですよ?」

 

 病人に嗅がせるとたちどころに生気をみなぎらせる。

 良質な香なら死んでいても三日以内なら必ず蘇らせられる。

 書物にはそう書き残されているという。

 

「ソーマもしかり。インド神話に登場する神々の飲み物です。寿命を延ばし、霊感をもたらす霊薬とも言われますね。

 ……祭事に用いられるソーマでしたら私も数度見たことがあります。どれもこのようにパワーを感じるものではありませんでしたが、これならば信じられそうな気がしますよ……ヒッヒッヒッ。いったいどんな成分が入っているのか……非常に興味深い」

「それなら先生。これを調べてもらえませんか?」

「……いいのですか? 貴方が危険を冒して手に入れた貴重な物でしょう」

 

 それはそうだが回復手段なら魔法や吸血、回復時計など色々あるし、それで足りないような無茶もしていない。これらを先生に預けて研究してもらうことで複製、あるいは新しく役に立つ薬を作ってもらえないかという期待もある。そして何よりも。

 

「これらを部屋に置いておきたくないんです。ほら、明日から……」

「言われてみれば撮影でしたねぇ……紹介で部屋を撮る可能性もある、と」

「はい。そういうことで、預かっていただければ助かります」

 

 俺よりちゃんと保管してもらえそうだ。

 そう付け加え、これらの貴重なアイテムは二人に預かってもらえることになった。

 江戸川先生は研究もしてくれるという話なので、今後何らかの進展があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~自室~

 

 部屋がスッキリした。

 主にベッド下の事なので視覚的にはあまり変わらないけれど、気分的に。

 やる事もないので、一気に本を読む。

 

 “The 書道”

 “The 華道”

 “The 修験道”

 “The 衆道”…………

 

 このシリーズは全てにおいて詳細なイラスト付きが理解の大きな助けになるが……

 この一冊だけはそれが恨めしい。

 

「というかこれ、この絵で十八禁じゃないなんて……大丈夫なのか?」

 

 正直持っているのもちょっと怖い。

 誰かに見られたら性癖を疑われそうな本だ。

 ……読書を続ける気がそがれてしまった。

 

「誰か誘って遊びに行くか」

 

 と思ったが……

 

「順平ー。……留守か」

 

 友近、宮本を探しても、寮にいないようだ。

 約束してたわけでもないし……しかたない。

 あきらめてバイオリンを弾くことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼

 

 携帯が鳴る。

 和田からか、珍しいな。

 

「もしもし」

『兄貴! 俺っす! 大変っすよ!』

「っ……声デカイ、きこえてるから」

『すんません! でも大変なんすよ?』

 

 ……なんだろう? まさかまた絡まれたとか?

 

『大変なのは兄貴の叔父さんっす! あの、えっと……あれっすよ! 麺茹でる寸胴鍋!  あれがひっくり返って熱湯浴びて、火傷したっす!』

「は!? 大丈夫なのか?」

『意識はあるっす。けど病院行ったほうがいいっす。そう皆で言っても、仕事があるからって断固として行かないって言ってるんすよ。

 うちの店まで引っ張り込んで母ちゃんたちが説得してますから、兄貴も来てなんとか言ってほしいっす!』

「わかった、すぐ行く!」

 

 電話を切った。

 

 ……なんか違和感があるけど、とにかく急ごう。

 

 バイオリンを片付けると、財布と携帯にルーンストーンブレスレットをひっ掴んで寮を飛び出した。

 

「……“機動力五倍”“防御力五倍”……」

 

 人目を避けて魔術により強化。

 ドッペルゲンガーの擬態で中年のおっさんに化け、周辺把握と警戒で衝突に注意をはらって町を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

 適当な路地で擬態を解いて、ビルの前に到着。

 呼吸を整えながら階段を上り、わかつの扉を開く。

 

「すみません、ここに……?」

「うぉっ! もう来た!?」

 

 店内は普通に営業しているようだ。

 しかし右側……四人がけの席があるほうだけに人が大勢集まっている。

 しかも、その顔ぶれは知っている顔ばかりというか……

 

「おーい影虎ぁ」

「こっち来いよ」

 

 宮本や友近をはじめとした、クラスメイトの一部。

 その中にパルクール同好会のメンバーに岳羽さんや木村さん。

 そして一人だけ大人が……元気そうな叔父さんが混ざっている。

 どういうこと?

 

「よく分かってなさそうだし、これを見て!」

「ジャーン!」

 

 島田さんと木村さんが二人して持つ紙を見ると

 

 “ドッキリ大成功!”

 “葉隠君テレビ出演決定祝い & 撮影がんばってパーティー”

 

「そういうことか! ってことは叔父さん」

「火傷したのは嘘じゃないけどな」

 

 と言って人差し指の先に巻いた小さな絆創膏を見せてくる。

 明らかに病院にいくような怪我ではない。

 

「どうよ? 驚いたか?」

「ドッキリってなんかテレビっぽいよね!」

「これショタく、じゃなかった。天田君の発案なんだよ」

 

 そう聞いて、つい天田に目が向いた。

 

「違いますよ! いえ、パーティーの発案は僕です……この前のお礼と言うか、何かしたくて……でもドッキリは違いますよ!」

「ま、色々アイデア足したのは俺たちだな」

「急だったから来れなかった子もいるけど、皆応援してるからね!」

「明日からがんばれよ!!」

 

 応援の言葉が集まってくる。

 ちょっと……泣きそうだ。

 

「さぁさぁ、話は食べながらにしな!」

 

 後ろから大量の料理を載せたお盆を抱える女将さんがやってきていた。

 席に座ると大食いチャレンジのような、山盛りのご飯とカツがずらりと並べられる。

 

「まだまだ、ジャンジャン持ってくるからね!」

「お前の支払いは俺とこいつらが割り勘で払ってやるから好きなだけ食っていいぞ」

 

 任せろと言わんばかりに胸を叩く叔父さん。

 俺はみんなの気持ちをありがたく受け取ることにして、腹に食事を詰め込んだ。

 

 嬉しい。気分が高揚しているせいか、どんどん箸が進む。

 きっと、後で割り勘で良かったと考える奴が大勢でてくる。

 確信を持った俺はもう一つ、新しいカツにかじりついた。




影虎はバスタードライブを倒した!!
反魂香とソーマを手に入れた!
影虎は16Fから先に進むことができなかった……
実験に成功した!






ちなみに成人の平均的な走る速度は16km/hだそうです。
マラソン選手なら20km/hも超えるとか。
これを五倍すると80~100km/h。
これはライオンやヌーに匹敵し、チーターよりやや遅いくらいの速度です。

まじめに調べて計算したらとんでもない速度になってた……
怪物と戦うならまぁ必要かもしれないけれど、この速度で疾走するオッサン。
人に見られたら都市伝説の仲間入りですね。

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