開ける扉の印象と同じ、高級感のある調度品が目に入る。
場に合わない光景が、あった。
「えっえっ?」
女の高い声が、耳に入る。
化粧も濃くない“社内”では、地味と言われている女が居た。
いつもと様子が、随分と違うようだが……
上着が肌蹴け下着の黒が、灰色の服から覗く
仕事場でする行為では、決してない。
「部長…。何で人を入れてるんですか?」
女が、自分と”戯び”をしている男に冷水の掛けるように声を掛ける。
掛けられた方は、恍けた返事をした。
「ん~?あっ、あぁ~。忘れてた」
とても理解している雰囲気は、無い。
痴呆や白痴の如く行動に一貫性・指向性が欠如した様な態度
怒りの炎が、目視できる雰囲気の女に何やら耳打ちする
女…役者も顔負けの相貌に負の感情以外が由来の朱が差した。
部長と呼ばれた男は、柔和な笑みを浮かべて女に言葉を返す。
「ごめんね?渚さん、今度埋合せすからね?お願いだよ」
男は、へこへこと情けなく女に平身する。
人から見れば、威厳・貫禄など全く無い姿
甲斐性の無さを前面に押し出した様な無様な格好
渚と呼ばれた女も怒りを収めたのか、不機嫌の色を若干残して男に返す
「絶対ですよ?」
「うんうん、絶対絶対」
相手は、知性の欠片も感じない言葉は悪いが馬鹿丸出しの返答をする。
意志確認と自身で折合が付いたのか女は、着崩した衣服を整えた。
男が誰でもむしゃぶり突きたくなる様な均整の取れた肢体
服の上からでも存在感を主張する胸
美脚と言う言葉だけで、足りない鍛えられた事が理解出来る下半身
冷気すら感じる圧倒的とも言える美貌を八幡に向ける。
「あら?比企谷さん」
八幡は、苦手な部類の女に声を掛けられ言葉に詰まる。
勿論、問題にならない様に先程から渚には視線を向けていない。
(この女、気付きやがった)
内心、自分に気を向けず出て行って欲しかった八幡の希望は
物の見事に打ち砕かれた。
猫科の大型動物と評しても良い獰猛なすら漂う存在感で、寄って来ると八幡の目に無理矢理視線を絡ませた。
男の苦手な自身の“世界”に入ってくるやり方
自身を未だ‟弱者”と評する八幡は、目を逸らす無視すると言った退避行動を取れない。
寧ろ恐れ大仰、動作も取れず今も縮みあがりそうな”態”を見せた。
「おは……おはようござ…いまふ」
気圧されたのか、八幡は意識しないうちに吃り終いは語尾を噛む
女は、一瞬固まったかの如くなり吹き出す。
「ふっ。うふっ。おはようございます」
少し前の高圧的な雰囲気が、為りを潜め幼い少女にも似て笑う
只、嫌味さは無く微笑ましい様子で
八幡は、恥かしくもなりながらも激昂の穂先が自身に向かず安心した。
目の前の美女の“形”をした猫科の猛獣が持つ噂を知っていたからに他ならない。
「そうそう。前、伺っていた件……動きがありました。報告書もあります。後で、お持ちしますね?」
仕事に関して、他の追随を許さない女が告げた。
「……ありがとうございます」
素直に礼を告げ、取り敢えず感謝を形にする。
女は、満足した彩を一瞬だけ顔に滲ませ表情を消す
八幡の横をゆっくりと抜け、扉の前で一礼をすると音を立てず閉め部屋を後にした。
沈黙が、部屋を支配する。
僅かばかり刻が経ち、八幡は言葉を発した。
「おはようございます。御堂部長」
「はいは~い、おはよう」
先刻の知能が足りない様子で、男は部下に応じた。
その反省と言うか改善の様子が見られない態度に八幡は、溜息ともに胃が痛む気がする。
「部長、朝から何をしてたんですか?約束、忘れてたって……」
「えっ……は?おー?あ~、そうだった。
そうだった。本当にすまない事をした。許してくれ、この通りだ」
相手の怒りを削ぐ、感情を全面に出した謝罪……
常人なら謝られた側が罪悪感を感じる態度
しかし、八幡は違った。
完璧とも言える‟擬態”……仮面の裏側に蠢く得体の知れない“化物”
視たら逢ったら必ず
自身の息を呑む音で、現実に戻る。
目の前には、柔和な微笑を湛えた男が立って居た。
気配無く目の前に
「さて、今日来て貰った用件なんだけど……」
御堂は、高めの音域の声で用向を述べる。
(今日は、どんな面倒事だ?)
八幡の脳裏に浮かぶ、数々の厄介事の数々
御堂が、別途で手当を出さなければ間違い無く蹴っていた事案が思い出された。
「今、担当して“問題”の進捗状況はどうかな?」
「今日の事に関係が?」
「ん?あ~、あるある。おおありだよ」
「現在、担当中の案件は五つ。三件が、事後処理の最中・二件は、活動中です」
「ほうほう、成程」
納得したのか、違うのかは定かでは無いが
男は、考え込む様に白皙の手を形の良い顎に当てる。
「う~ん。よし、決めた」
一人言を言うと自身の中で、答が出た様で頷き言葉を続けた。
八幡は、耳を傾ける。
「実はね?上から‟防疫”と‟保障”の仕事を廻されてしまって……
上手く出来る人が、居なさそうで困っていたんだよ。
比企谷君、お願い。今の仕事を片付けた後で、良いから引受けて」
本心は、全く読み取れないが表面上は“困って”いるのは間違いない相手
眼前の光景を捉え、自身の中で損得の勘定を素早く八幡は行おうとした
相手は片目だけ薄く開けて、こちらの様子を伺う。
背中に悪寒を感じる視線を向けられた
丸で、相対した者の内面に存在する障壁を擦り抜け無人の野を往くかの様に刺さる。
息を呑み、意識を保ち男の視線に八幡は、回答をした。
「……解りました。今、手持の仕事が終わった後で良いのでしたら」
「本当かい?いやぁ~、助かったよ~。うんうん」
「部長、用件は以上ですか?」
八幡は、満足そうな男に尋ねる。
男が、質に考え込む様な素振りを見せると言葉を返す。
「今回は、引受けてくれてありがとう。
所でね?税務申告要らない方が良いよね?」
「は?」
目の前にいる年齢不詳の優男が、不穏な単語を告げ怪訝な顔を浮かべる。
思考は、突拍子もない発言に困惑した。
(何の話だ?何を言ってる?)
整理が、着かず言葉を返せない。
八幡の様子を見越した様に自身の落ち度を感じたのか会話を続けた。
「いつも、君に迷惑を掛けてばかりだからね?心ばかりの御礼だよ」
そう言うと腰を掛けた椅子から立ち部屋の奥に入る。
数分経ち、戻ってくると何やら菓子折りを手にしていた。
「足りるかな?」
何も無い風体をし、部下に箱を渡す。
外見と違う重量に八幡は、不審を顔に出した。
感情を払拭する為、中身を確認する。
(おい。本気かよ)
中にあったのは、申し訳程度に隠された菓子の隙間から見える
如何にも未使用の高額紙幣の束
一つ二つで、無く
活動費として支給された金銭で無いのは、明らかだ。
幾ら‟志”と言っても度が、過ぎている。
確認の為、聞き返す。
「問題が、無ければ受領させて頂きます。良いですね?」
「うんうん。どうぞどうぞ」
然も無い事の様、御堂が振る舞う。
常人とかけ離れたずれた存在……
改めて、学生時代に居た性別を疑った‟友人”にも似た男を見る。
女の思い浮かべる王子様と言う‟いきもの”を実体化した様な完璧さ
男でも勘違いしそうな容姿
微笑みを絶やさない聖人にも似た外見
構成する部品が、他の人間と根本から違うと言える存在
しかし、並の奸物・悪党すら及ばない闇を感じさせる。
思考を止め、目の前に佇む男を見やった。
「でね?今日は、お昼暇かな?」
思考から戻った部下に問い掛ける。
本意は、読み取れない。
「昼ですか?」
「そそ」
今日の予定を考え、答えた。
「今日は、外出は午後ですので空いてますけど」
「そうかい。今日は、良い日だ」
「は?」
男の言う良い日の意味が、理解出来ず困惑する。
突飛な事を言うが、今日はいつもより酷い
眩暈すら感じそうな気すら八幡は、感じた。
「昼さ、玖梨ちゃんに呼びに行って貰うから昼ご飯行こうよ」
「玖梨…ですか?」
「そそ、玖梨ちゃん。不味かった?」
「いいえ。特に」
眩暈から頭痛に疲労度が上がるのを自覚しながらも八幡は、拒否できなかった。