「院長室まで来たのにする事はやっぱり書類整理か……」
「いいじゃない、どうせこの時間する事ないんでしょ」
「……俺にはあるぞ」
5月も終わりに近づいてきた頃、何事もなく平穏に過ごしていたが、学院長代理に出さなければいけない書類を渡しに行ったところ、案の定捕まり書類整理に付き合っていた。
「しかし、どうしてこんな書類があるんだ……5月なんて大した行事無いだろ」
「それは6月の為の書類。 私達職員はかわいい生徒の為に陰ながら頑張るものよ」
「……俺にとって頑張り所は庭仕事だけだ」
「はいはい、口を動かさないで手を動かしなさい。でなきゃあなたのしたいことを出来ないわよ」
「……りょーかい」
俺は学院長代理と軽いノリで会話をしつつ書類に目を向ける。
「ああ、6月には期末考査があったか」
「そう、それに就職説明会とか大学の説明会とかもあるわよ」
「こういうのを見ると普通の高校っぽいな」
聖應女学院には短期大学も有ったはずだが、もっと上の大学に行こうとする人も少なくない。 後、ごく少数だが就職する人も居る。 その為、お嬢様学校とは言っても結構外部から来る人は多い。
「だけど、庭師になってから初めて実感したな」
「何を独り言を呟いて居るの?」
俺が感慨深そうに呟いていたら隣から学院長代理に色々と心配そうな目をされてしまった……。
「肩が痛い……」
書類仕事をする事約2時間、院長室からやっと開放された。 赤い光の差す人気のない校内を一人で歩く。
「……しかし間に合うかな」
学院長代理に書類を渡す前に描いていた絵を半端な状態で残してしまったので、切りの良いところまで描き進めたい。 だが夜まで掛かると明日の仕事に支障が生じるのでさっさと終わらせたい所だが。
「まあ、成るようになれって所だな」
俺には時間があるし、何なら明日にでも描くか。 そう思いながら生徒相談室の戸を開け入る。 ……この時、俺は気付かなかった。
「……やっぱり、相談しようかな」
生徒相談室に入る俺の姿を見ている人が居ることを……。
「やあ陸、調子はどうだい?」
「……ケイリ、今日は何のようだ?」
次の日の放課後、仕事を終わらせた後の生徒相談室で絵を描いていたら、ケイリが一人で顔を見せてきた。 ……っと思ったが
「失礼します」
「……どちら様?」
ストレートな黒髪の少女がケイリの後ろに立っていた。
「お初にお目に掛かります。 私は3年B組の哘でございます」
「私の友達だよ。 陸」
「さそう……誘う?」
「いえ、「口」に「行く」で哘です」
「哘、へぇ~そんな字あったのか」
生徒相談室にやってきた黒髪ストレートの胸が大きめ女の子、哘というらしい。 古風な名前や俺が知らない漢字の入っている名前は聖應女学院じゃあ珍しくない。
「で、何でここに来たんだ。 特に何も無いぞ」
「ねえ陸、陸は今暇だよね?」
「ん? まあな……絵は描いてたけど」
「ね、雅楽乃。 彼は暇なようだし、彼とお話でもしたらどうかな?」
「ですが……白崎様に迷惑が掛かってしまいます」
「様付けはやめてくれ。 そんなに偉くないし、俺の仕事は今日何もない」
「畏まりました……では白崎さん、お話をいたしましょう」
「ああ、別にいいが……」
どうして、話をするだけなのにこんな堅い口調なのだろうか……。
「……つまり白崎さんはこの学院の草花全てを任されているのですね」
「任されているって、そんな大袈裟な」
「けれども陸は実際凄いんじゃないか? この仕事を10年間ずっと大したトラブルも無くやってきたのだからなかなかの物だよ」
「トラブル……別に覚えてないだけで有ったかもしれないぞ」
哘という少女がやってきてから軽く自己紹介をしあい、ちょっとした事を3人で話す。
「覚えていないのなら記憶に残るようなトラブルは無かったとも言えますよ」
「それもそうだろうけど……」
「何か腑に落ちない事があるのかな?」
「……いや、トラブルが有ったような気がするんだが、まるで靄がかかったかのように思い出せないんだ」
「なら、別に思い出さなくても良いんじゃないでしょうか」
「ま、そうなんだけどな」
思い出した所で厄介な思い出なら、俺は勘弁願いたいしな。
「そういえば、哘さんは何でここに来たんだ?」
「それがですね……ケイリさんと学院内の穴場スポットについて語っていたら、ここがいいと」
「……どういう事だケイリ」
「だってここは芸術品があり、話し相手がいて、話し相手に頼めばそこそこ良い紅茶が出てくる……ここを穴場スポットと呼ばず何て呼ぶんだい、陸?」
「生徒相談室だ」
「お二人はとても仲が宜しいのですね」
哘さんが俺達のやり取りを微笑みながら見ていた。
「ご、御前様が生徒相談室に……」
ちなみにこの日もまた外で誰かが生徒相談室を見ていたのには気づかなかった。