「ちはや?」
「ああ、優雨ちゃ……優雨、ごきげんよう」
寮の扉がゆっくりと開かれそこから優雨ちゃんが顔を出して俺の方を見てきたので簡単に挨拶をする。 すると優雨ちゃんは照れたように頬を赤くしながら
「ご、ごきげんよう……」
と返してくれた。 このちょっと相手を伺いながらの挨拶、中々可愛らしい。
「急に来てしまって。 ごめんなさい優雨」
「ううん、別にいいよ、ちはや」
俺が謝ったのを聞いて慌てて言葉を返す優雨ちゃん。 やっぱり優雨ちゃんは優しい子だな~なんて思いつつ俺は優雨ちゃんと会話する。
「そういえば優雨は何で寮に居るのかしら? 今日は通常授業が有るわよね?」
「ん、ちょっと……熱っぽくて」
「あら、そうなの?」
俺は昼に出会っているし知っていたが、あえて初めて聞いた様なフリをする。 まあ、見た目は「妃宮千早」だし当たり前だが。
「じゃあ、部屋で寝てなきゃ……」
「けど、ちはやが来たから」
優雨ちゃんが俺の顔を見ながら言ってくる。 どうやら優雨ちゃんは久しぶりに会った「妃宮千早」と話していたいから起きていたいようだ。 だがそれは俺の精神と優雨ちゃんの体に悪いので何とか優雨ちゃんには寝てもらわないと……。
「そうね……じゃあ、優雨の部屋でお話ししましょうか」
「私の、部屋で?」
「そう、優雨はベッドに寝ながらで私とお話をしませんか?」
何か違和感がするお嬢さま言葉で何とか優雨ちゃんに意見を言う。 すると優雨ちゃんは首をコクリと縦に振った。
「うん、私の部屋で、お話」
「じゃあ、お邪魔するわね」
俺は優雨ちゃんが少しだけ開けている扉をゆっくり開けながら寮の中に入るのであった。
寮には優雨ちゃん以外誰も居なかった。 寮母とかは居るんじゃないかと思っていたが、どうやら買い物で居ないらしい。 優雨ちゃん部屋はさっき見た限り二階だったので2人で古い階段を上がる。 優雨ちゃんは一見すると健康そうだったが、歩いているとフラフラしながら歩いていて、俺は見ていてヒヤヒヤしていたがどうやら彼女にはこれくらい日常茶飯事なのか何もいわず歩いていく。 そして一室の前に優雨ちゃんは立ち止まる。
「ここが、優雨の部屋?」
「?うん、私の、部屋」
俺が聞くと優雨ちゃんは首を傾げる。 あ、「妃宮千早」は優雨ちゃんの部屋だって知ってるだろうし不思議に思うのも無理はないか……何て言うかちょくちょくミスしてるな俺。
「じゃあ、入ってよろしいかしら?」
「うん、いいよ」
優雨ちゃんが可愛らしく首を振り、部屋の扉を開く。 そこには可愛らしい女子の部屋っていう感じが満載の部屋だった。 木製の机に、ぬいぐるみが置いてあるベッド……どちらかと言えば女の子って感じかもな。
「じゃあ、優雨どんな話ししましょうか」
優雨ちゃんがベッドに座った所で俺は優雨ちゃんに話しかける。 ちなみに俺は机にあった椅子を取り、俺のイメージでの礼儀正しい座り方をし、優雨ちゃんの方を向く。 ちょこんと座っている優雨ちゃんは俺を見ながら口を開き
「ちはや、大学はどんな感じ?」
「……」
いきなり答えづらい質問をされた。
「ちはや?」
「え、えぇ……大学、大学よね」
さて、どう答えるべきか……そもそも「妃宮千早」は何処の大学に行ったんだ?なんて悩んだが取りあえず優雨ちゃんに言葉を返そうとして
「まあ、楽しくやってるわよ」
かなり抽象的な答えになってしまった。
「そうなの?」
「えぇ、勉強も楽しいし、友達も出来ましたから」
こんな答えで本当に大丈夫か?とは思いつつも優雨に話す。
「うん、ちはや。 とても楽しそう」
何て答えが返ってきた。 俺、「妃宮千早」じゃないけどな。
「何で楽しそうだと思ったの?」
「だってちはや、前よりも明るく見える。 目がまるでりくみたい」
「りく?」
優雨ちゃんから俺の話題が出てきてつい聞き返す。
「うん、りく。 絵を描く時は楽しそうな目をしてる」
「りく……優雨のお友達かしら?」
「うん、友達。 いつも絵を描いてる」
優雨ちゃんは陸(俺)の話をしてくる。 目の前で自分の話をされるとかなり恥ずかしいな。
「どんな人?」
「とても優しい人、けど寂しそうな顔をしてる時がある」
「寂しそう……」
俺、そんな顔をしてたのか……何て思いつつも優雨ちゃんの言葉に耳を傾けていた。 その時、優雨ちゃんは小さく欠伸をした。
「優雨、眠いのかしら」
「……うん」
どうやら優雨ちゃんは熱っぽい影響もあってか眠くなってしまったようだ。
「じゃあ、私はもう失礼するわ」
「え?」
「だって私が居たら優雨、安心して眠れないじゃない」
「……やだ」
俺が椅子から立ち、部屋から出て行こうとした所で俺は立ち止まる。 ……今、優雨ちゃん「やだ」って言った?
「ちはや、行かないで」
「……」
流石にこんな頼まれて行くのは男としてどうかと思い、優雨ちゃんの所に方向転換する。
「分かったわ、じゃあ優雨が寝るまでね。 私にも用事があるから……」
「……うん、分かった」
心配そうに俺を見る優雨ちゃん。……女の子にこんな顔されたらここに居るしかないなっと頭の中で言い訳をしながら俺は椅子に座り直す。 その後、俺も優雨ちゃんも何もしゃべらず静かに時間は過ぎていった。
チャイムの音が俺の耳に聞こえた。
「……ん?」
俺はどうやら優雨ちゃんの部屋で寝てしまっていたようだ。 ベッドにはスヤスヤと寝ている優雨ちゃんが居る。
「……」
俺は優雨ちゃんを見てどうしようか考える。 このまま黙って出て行くのはちょっと気が引けるが、流石にケイリを探さなければいけない。
「……って俺は「妃宮千早」じゃないんだ。 下手に関わるのは避けないとな……」
かなり今更な理由で無理やり言い訳をし、俺は優雨ちゃんの部屋から出て、ケイリを探しに聖應女学院へ向かった。
「……では、千早様は学院には来てないと?」
「……?」
先程のチャイムは6時間目の終わりを告げる物だった。 つまり今は放課後、そして俺が廊下を歩いていた所少女の声が耳に入った。 ……千早って言っていたかな? 何か関わると面倒くさそうだな。
「ですが今日、学院で千早様を見たって話を幾つも聞きますので見間違いはないかと」
千早って言葉が出てくるからやっぱり俺がらみか……。
「では、千早様は聖應には来ていないのですね?」
廊下には少女が1人で話しているのが遠目で見えた……つまり携帯か何かを使っているのか?
「はい、失礼しました千早様」
そう言って少女が何かをポケットに入れるのが見えた。 そして少女がこっちを向く。 ……やば!俺の姿が見られるかも! っと思いちょっと駆け足で廊下を少女とは反対の方向へ走り出す。
「……!? 千早様!?」
あれ?見つかったぽい? とは思いつつも俺は全速力で走る。 見つかったが何か言われて足止めされるのはゴメンだしな。 俺は後ろの少女に心の中で謝罪しつつ少女の姿が見えなくなるまで走った……が。
「……美術室」
目の前には少女の声が中から聞こえる扉があり、見事に行き止まりになっていた。
「ち、千早様! いきなり何走って居るんですか」
俺は立ち止まり、どうしようか悩んでいると後ろから少女が追いついてきてしまった……そういえば千早様?この子はお姉さまとは言わないのか。 俺は少女の方に振り返る。 そこにはメイドが着けるようなカチューシャを頭に着けている小柄な少女が居た。 その少女に対して俺は今日良く使う挨拶をする。
「ああ、ごきげんよう」
「ち、千早様? どうなされたんですか?」
あれ?挨拶をしたら、少女が驚愕の表情を浮かべた。 何か間違えたのか?
「え、えぇっと……私何か粗そうを?」
「千早様? ……わ、私の名前は判りますか?」
カチューシャの少女が不安そうな声を上げて俺に聞いてくる。 ……しかしこの少女は誰だ? 口調はともかく「妃宮千早」とは知り合いのようだ。
「え、えぇっと……」
「ち、千早様?」
少女の正体が判らず俺が悩んでいると、少女も益々困惑している。 こうなったら正直に言おうと俺は決心を決める。
「すみません……あなたはどちら様でしたっけ?」
「……!?」
俺の答えに少女が絶望したような表情になる。 あ、流石に憧れのお姉さまから「知らない」発言は傷つくか。 しまった、少しはオブラートに包むべきだったな。
「ち、千早様……もしかして頭に何か患って?」
「え?それは多分無いと思うわ」
「しかし……」
「そうだ、ねえあなた」
「……はい?」
俺は少女のよく分からない質問に返したところで逆に質問をする事にした。 内容は今探しているケイリの事だ。
「ケイリがどちらにいらっしゃるかあなたは分かるかしら?」
「え……は、はい。 ケイリでしたら多分プールにいらっしゃるかと」
「そう、ありがとう」
俺は少女からやっとケイリの居場所を掴むと、美術室の前から遠ざかろうとする。 少女は俺の後ろに慌てて着いてくる。
「千早様、私もご一緒してよろしいでしょうか」
「?えぇ、いいですよ」
何か少女の声が雰囲気が微妙に変わったような気もするが気のせいかな? まあ、そんな事よりも俺はケイリの居場所がようやく分かった。
「もしや、千早様は記憶喪失に……ですが電話の時には普通に答えて……」
少女が何か呟いているが、元の姿に戻れるかもしれないという期待のせいで、少女の言葉が全く聞こえなくなっていたのだった。