四年前位に生徒の誘拐未遂事件が有った影響で聖應女学院の周りは警備員が見回りをしている……のだが寮に居る生徒等の事を考えてか警備員は中には入らない。
その分、夜の校内の見回りなどを俺が1人で引き受けている。 なので寮に居る人が俺を説得出来れば夜でも校内でやり放題出来る。
「……で、何故天体観測をしたいと?」
「大した理由じゃないよ。 この辺りは東京の中では星が良く見えるからね。 去年も千早達としたんだけど」
「え、ちょっと待て。 それ本当か」
「ああ、陸には話してなかったね」
ケイリの言葉に思わず聞き返すと彼女は悪戯をわざと気付かせた子供のように微笑む。
……ケイリは俺を説得しなくてもやり放題だったようだ。 ……もうちょっと見回りの回数を増やした方が良いかもしれん。
「……まあ、去年は良い。 今年はどうする? 流石に知ってて見逃すのは無理だぞ」
「どうするの? ケイリ」
「大丈夫だよ優雨。 ああ言ってるけど陸は意外と優しいから、納得出来る理由さえあればすんなり許可してくれるよ」
優雨ちゃんに対して優しい声でさり気なく俺を馬鹿にするケイリ……俺の方が有利なはずなのにここまで言って来るか。
「……じゃあ、言って見ろ」
「簡単だよ。 もしも天体観測を駄目だって言ったら。 私が学院長代理に「陸が寮に侵入して来た」って言えば……」
「おい、完全に脅迫じゃないか……」
例え何も起こって無くとも今年のエルダーや寮生達が居る所に学校の職員(男性)が侵入。 ……うん、明らかに宜しくない。 仕事が無くなっても文句は言えない。
「冗談だよ。 冗談」
「お前なあ……」
ケイリが俺の呆れた感じの言葉に思わせぶりな微笑み方をする。 ……全く冗談でもさっきのは心臓にかなり悪い。
俺は「しょうがない」と呟きながら椅子から立ち上がりケイリ達を見渡す。
「……もし他の職員が居たら、俺が同伴する代わりに許可した事にしてやる」
「え、そんな簡単に良いんですか!?」
俺があっさり許可した事に冷泉さんが驚いた声を上げる。
正直に言って天体観測はそこまで反対する理由は無い。 この面々なら(というか聖應の生徒なら)校内で暴れまわる心配は無いし、俺は職を失いたくない。
「別に俺はそこまでルールに厳しくないよ。 そんな頭でっかちはシスターだけで充分だ」
「は、はあ……うたちゃん、本当に良いのかな?」
「まあ、本人がこう言ってるし宜しいのではないですか? それに私としては夜の校舎に入るというので少しドキドキしています」
「あ、うたちゃん少し暴走してる……」
俺の目から見ても期待というかワクワクという擬音が体から外に思いっきり出ているのが分かる哘さんに呆れる冷泉さん……哘さんの意外な一面を見た気がする。 彼女もやはり純粋な女子高生の様だ。
「じゃあ、行きましょうお姉さま方! 私もかなりワクワクです!」
「ひなた、楽しそう」
「そりゃもちろん! 夜の校舎なんて滅多に入れませんから!」
「陽向、天体観測に行くんだからな」
高校生らしく何の理由も無くはしゃぐ彼女達。 俺は彼女達を笑いながら見ていた。
「じゃあ、さっさと行くぞ。 流石に深夜までは駄目だからな」
「分かってるよ、陸」
俺の注意を聞いた時、ケイリは何故か優しそうに笑っていた。
屋上の扉に掛かっていた鍵を開け、前に押すと油が無い時の金属特有の音を発しながら開いた。
時計の針は午後8時。 空は暗く、明るい満月が登り始めている。 そんな少し明るい闇の中、5人の少女と1人の男は屋上に入った。
「……意外と見えるもんだな」
俺は空を見た瞬間、思わず呟いた。
満天の星空……とはいかないものの裸眼でも幾つかの星が輝いているのが見える。 確かにこれなら天体観測も良いかもしれない。
「うん、雲一つ無い良い空だ。 陸、望遠鏡組み立てるの手伝ってくれないかな?」
「ああ、良いぞ」
「あ、陸さん。私が手伝いますから良いですよ!」
「私もやるよ~」
「ありがとう。 じゃあ、この三脚を……」
ケイリ達が望遠鏡を用意し始める。 俺は陽向に止められてしまったのでその様子を眺めていると、どこからかいかにも初期設定な感じの電子音が鳴り響いた。
「あら、お母様から」
「え、哘さんの?」
「はい、白崎さんすみません」
「ん、良いよ」
どうやら着信音の元はさそうさんの携帯だったようだ。 彼女は携帯手に持ち、屋上から一旦降りる。
「……うたちゃん、大丈夫かな?」
「ん? 雪ちゃんどういう事?」
「雅楽乃の家は華道の家元でね。 かなり規則に厳しいみたいだよ」
「へえ~、そうなんだぁ」
彼女達の会話を聞いたところ。 哘さんの家は厳しいみたいだ。 そういえばケイリ達がちょくちょく遊びに来るときにそんな話を聞いた気がする
「もしかしたら、急いで帰らなくちゃいけなくなるかも……」
「そこまで大変なのか」
結構お嬢様っていうのも大変なんだな……と思わずしみじみしていると
「よし、準備完了」
とケイリが言ったのが聞こえ、彼女の方を向く。 そこには三脚と白い大きな筒状のもの……かなりオーソドックスな望遠鏡が夜空の方へ向いて立っていた。
ケイリはその望遠鏡の下の方から覗き込み、調整か何かをしている。
「良し、じゃあ何を見ようか」
「あ、お姉さま。私火星が見たいです!」
「……お月さま、見たい」
「あ、私も見たい!」
「ふふ、みんな色々だね。 陸と雪は?」
「俺は何でも良いよ。 星を見てるだけで充分だ」
「私も何でも良いよ。 星はそんな詳しくないし」
「良し、じゃあ陽向の言うとおり火星を見ようか。 ちょっと待ってね……」
ケイリはそう言いながら再び望遠鏡をのぞき込み始める。
その時、屋上の扉が開く音が聞こえた。
「あ、うたちゃん。 お母さん何だって?」
「大した話では有りませんでした。 明日は家に留守にするとのことで」
「じゃあ、天体観測は続けるのか」
「ええ、それは大丈夫です」
「そう、それは良かった。 あ、陽向、火星見えたよ」
「え、本当ですか!?」
ケイリの一言でみんなが望遠鏡へ集まりそれぞれが驚きの声を上げたりして楽しんでいる。
「……ま、こんな日も良いか」
いつも1人だし、今日みたいに騒がしい日も1日位有っても良いかもしれないな。
それから約30分間、みんなで上を向きながら星を見たり、望遠鏡を覗いたりしながら各々の時間を過ごしていた。
「あ、あれがベガですよね!」
「そうだね。 そしてあれがデネブにアルタイル。 夏の大三角形だ」
「ねえ、うたちゃん。 北極星ってどれ?」
「北極星は……あれではないかと」
ケイリ達はシートを用意したようで、4人は寝ながら見ている。 因みに俺はそんな女子高生の中に入るのは精神的に厳しいので少し離れて、立ちながら星を見ている。
そういえば優雨ちゃんはシートに居ない。 一体何処に?と疑問を持ち屋上を見渡す。 すると望遠鏡の所で優雨ちゃん達を見つけた。 どうやら望遠鏡で何かを見ているようだ。
「優雨ちゃん、何見てるんだ?」
「……うさぎさん」
優雨ちゃんは望遠鏡からは目を離さず、まるで呟くように言った。
「兎……ああ月か」
「うん、後天使さまを、探してる」
「……ん?」
天使? 月に兎は分かるが……天使はいまいち接点が不明だ。
「あ、それってちーちゃんのお人形さんの……」
「ん?」
「お人形?」
「あ、えへへ、何でもない何でもない」
笑って誤魔化されたような気がするが……。 恐らく優雨ちゃんの天使さまというのは昔、お月様関係の絵本かなにかに描かれていたのだろう。 俺はそう自分の中で納得させると上を向く。 会話をするときに俺の顔を見ていた優雨ちゃん達も上を向き、星が綺麗な夜空を見る。
「にしても今日はいい天気だな」
「うん」
優雨ちゃんがそう呟いた瞬間、夜空を小さな何かがまるで俺たちに姿を見せるかの如く通り抜けていった。
「おおっ!」
「流れ星!」
「本当に、有るんだ……」
「生で始めてみました!」
「はい、私も初めてです!」
「どうやら今日はとても幸運な日みたいだね」
少女達が奇跡的に見れた流れ星にまた興奮して盛り上がる。
「けどあんな速さじゃ願い事は言えそうにないな」
「あはは、陸さんは何か願い事とか有りますか?」
「願い事? ……特にないな。c陽向は?」
「私はもちろん立派な小説家になることです!」
俺の質問に陽向は寝ながら堂々と答える。 小説家か……。
「ま、頑張れよ。 駄目だからって魔法の泉とかには頼るなよ」
「大丈夫ですよ。 流石にあんな危険いっぱいの森には入りませんから」
陽向が先程のボードゲームを思い出し笑いながらそう答えると他の子達からも笑いが出て来る。
「どうでしょうか、陽向なら臆することなく入りそうですけど」
「ええ、雅楽乃お姉さま酷いです~!」
「さて、俺はこのまま宿直室に戻るがお前等はどうする?」
「私達はこのまま寮で泊まるよ。 陸もどう?」
「まだ職を無くしたくないから止めとくよ」
「そう」
あの後、流れ星を見れて満足した俺達は望遠鏡やシートを片付け、正面玄関まで来た。 ケイリ達はこの後、寮に泊まりまたゲームをしたりして遊ぶらしい。
「じゃあな。 寮までとはいえ暗いから。 気を付けろよ」
「分かってるよ陸。 じゃあ、御機嫌よう」
「陸さん、わざわざありがとうございました。 御機嫌よう」
「御機嫌よう陸さん」
「……ばいばい」
「ありがとうございました~! またよろしくお願いします」
「本当に楽しかったよ~。 じゃあね~」
それぞれの挨拶をして寮へ帰っていく少女達。 俺は彼女達を正面玄関から見送り宿直室へ戻りシャワーを浴びる。
そして、ソファに寝そべってボードゲームなどの時を思い出した。
「願い事……か」
陽向の時には否定したが、叶えたい願い事は意外は1つあった。 父親と最後に喧嘩をした10年前、あの頃に戻れたら……。 いや、今も楽しい。 ケイリや綾、槐や優雨ちゃんや哘さんに冷泉さん……庭師にならなかったらこんな人達とは仲良くなる機会なんて一度も無かった。 ……でもあのとき、父親が正しいと分かっていれば。
「いや、何にも変わらなかっただろうな」
きっと正しいと理解しても諦めなかった。 そして家を出ただろう。
「くだらない……」
何を考えているんだろうか……。 「朝原美香」の事とかで精神的に疲れているのか? 俺はそう思い、宿直室の明かりを消した。