夜、屋台が並び、独特な祭り囃子が響く。 車椅子に人形の様に座っている少女は屋台を見ながら楽しそうに笑っていた。
「何か買うか?」
「うーん……」
俺は少女に尋ねたが、その返答は空に打ち上がった花火の音でかき消された。
番外編 銀の姫君の夏祭り
「……ねえ、史。 やっぱりしないと駄目だよね」
「はい、千早様」
8月も半分を切った頃、史が優雨と陽向に誘われたみたいで何故か僕も夏祭りに行くことになった。
それに関しては気にしないけれど……。
「やっぱり、あれしないと駄目だよね……」
「はい、寮のお二方に会うのですから当たり前です」
「うぅ……」
史の返答に思わず悲しみの声が出る。 僕は男なのだが訳あって聖應「女」学院に転校し、一年間過ごした。 どうやって入学したのかと言われれば……その、女装をして入学した。 今回会う2人はその高校の後輩の優雨と陽向。 つまり、久しぶりに女装しなければならない事を示唆していた。
「ですが、千早様は6月に学院に来ていたので問題無いかと」
「僕は行っていない……」
僕の言葉に史は首を傾げる。 何故か聖應女学院の人達には僕が1回女装して現れたという噂が立って居るみたいだ。 ついでに僕の彼女で元寮生の薫子からは
「ゆ、優雨ちゃんと部屋で2人きりって……千早何してるのぉぉお!」
と悲鳴のような怒声のような電話を浴びてしまった。 どうやら優雨は寮で僕の偽物と遭遇し、自分の部屋に入れたらしい。 純粋無垢な女の子の部屋へ友人と偽って入るとは! 実害は無かった様だが聞いた時は思わず怒り心頭してしまった。
後、僕のドッペルゲンガーはプールで溺れかけた子を華麗に助け、親身になってくれた。 ケイリと意味深な会話をしていた。 私に久々の眩しい笑顔を向けて下さった。 私のハートを盗んで行った等々……様々な行為を史から報告されたが、深層は謎のままになっていた。
「……とりあえず、僕は行ってない。 後、今日は浴衣を着ないで大学の友達に気付かれても言い訳が出来るラフな格好で行くよ。 良い、史?」
「……はい、畏まりました」
史は納得はしていない表情だが一応了承してくれた。 僕はそれに満足をし、祭りの準備をする。
何だかんだ言って後輩に会えることを僕は楽しみにしていた。
「あ、千早お姉さま! 史お姉さま、こっちです!こっち!」
「ちはや、ごきげんよう……」
すっかり日が落ちた後、神社の前で優雨と陽向に合流した。 神社ではもう祭りは始まっており、屋台を見て回る沢山の人の声と祭り囃子が良く聞こえた。
神社の前に居た2人は浴衣を着ていた。 優雨の浴衣は濃いめの青い色合いの浴衣に桃色の朝顔が描かれている。 色合いが大人っぽい感じだが子供みたいな優雨と相まって何処か可愛らしい。 陽向の方は明るい赤に可愛らしい金魚が描かれていて、これも似合っている。
「あれ? 千早お姉さま達、着物じゃないんですか?」
「え、えぇちょっと準備が間に合わなくて……」
「そうですか……」
「ちはやの浴衣、見たかった」
陽向と優雨が2人してがっかりした感じの声を出す。 この声に心が痛まないわけではないが、僕としては女装はギリギリまでしたくないので話題を逸らす。
「それはそうと……2人共浴衣似合っているわね」
「あ、そうですか!」
「ほんと?」
「ええ、とても」
僕の言葉に素直に喜ぶ2人。 その無邪気さに、来て良かったと僕は感じる。
「そういえば、他のお姉さま方は来ないのですね」
「そういえば……薫子さんは家族で旅行だと聞きましたが、香織理さんも初音さんも居ないのですね」
「ああ、はい。 初音お姉さまはアメリカの家族の元へ行っているそうです。 香織理お姉さまには電話を掛けてみましたが駄目でした」
「……一体を何をなさっているのでしょうか」
薫子は家族の仲が「あの一件」以来良くなったみたいで北海道辺りに行くと言っていたが……初音さんはともかく香織理さんは何をしているんだ。
「まあ、大丈夫ですよ。 あの香織理女王様が簡単に倒れるわけ無いじゃないですか~」
「ひなた、後ろ」
「え、ゆ、優雨ちゃん?」
「……冗談」
「もう、驚かせないで下さい!」
優雨が陽向をからかっているという去年は見られなかった光景に少し驚く。 僕が卒業してからしばらく経つが、彼女達も変わって無いようで色々変わって居るみたいだ。 何というか嬉しいような悲しいような……少し不思議な感じがする。
「じゃ、行きましょうか」
僕はまるで子供を見る父親みたいだと苦笑しながら彼女達に声を掛ける。
「水飴って手がベタベタになっちゃうからあんまり好きじゃないんですけど、つい買っちゃうんですよね~」
「そういうの有るわね。 あ、優雨、かき氷食べる?」
「うん……」
「では、私が買ってきます」
屋台を見ながら花火が見える場所まで4人で歩く。 去年は雅楽乃と雪ちゃんと史の4人で外国人みたいな2人と大和撫子とメイドという不思議なメンバーだったが、今回は何というか身長が小さい可愛らしい面々だと心の中で思う。 こんな事言ったら陽向から苦情が来そうだし言わないけど。
「ところで今年の寮は4人だと言っていましたが、他のお二方は?」
「ああ、綾ちゃんと槐ちゃんですか? 良い子達ですよ」
「うん、とっても……」
「へえ、どんな子達なの?」
寮生は僕が卒業してから4人になった。 そのこと自体はメールで聞いていたが、どんな子は知らなかったので僕は純粋に興味が湧いた。
「えーっと、まず槐ちゃんはですね……」
「ひなたにそっくり」
「まあ、そんな感じです」
「……へ、へえ」
陽向と優雨の見事なコンビで分かり易く説明してくれた。 うん、イメージが湧きやすい。
「まさか親が玉の輿なんていうのも同じだとは思いませんでした」
「そうなのですか?」
「はい、一度少し相談されたのでお姉さまらしくスパッと解決したんですよ~」
「そ、そうなの……」
相変わらず重たい問題を明るく答える陽向。 けど陽向にそっくりなら寮はまだまだ明るく楽しそうだ。
「じゃあ、綾さんという方は?」
その後、しばらく槐に関するドタバタエピソードを語った後、史がもう片方の寮生について尋ねた。
「綾ちゃんはですね……って千早お姉さまは前、学院でお会いになりましたよね?」
「え? そ、そうかしら?」
陽向からの思わぬ言葉に少し慌てる僕。 学院で?と悩んだが、直ぐに「ああ、僕の偽物か」と頭に浮かび冷静になる。
「そ、そうね。 でもどんな子はちょっと分からないわ」
「ああ、確かにそうですね」
「良く思ったら余り会話してませんからね」と疑わずに陽向は話を進めてくれた。
「何というか……とても、お嬢さまです」
「は、はあ……」
陽向の言葉に思わず声が出る。 陽向が言うからには余程お嬢さまなのだろうか?
「ええ、何と言いますか……箱入り娘、ですかね?世間のことをさっぱり知らないみたいでして……この前は驚きましたよ」
「この前?」
「ええ、槐ちゃんと水着に買いに行ったらしいんですけどね。それが寮に来てから初めての外出で、お店に入ったのも初めてだと行ってましたから……」
それ、箱入り娘というレベルで済ませて良いのだろうか?と内心陽向の言葉に思ってしまう。 聖應女学院には家族が金持ちだからか、「お嬢さま」と呼ばれる人達は一杯居る。 だが流石にそんな人達でも聖應女学院は大半は家に徒歩や電車で帰る子も多いのし、世間知らずは滅多に居ない。
だから、彼女はよっぽど世間から離れた暮らしをしていたのだろう。 流石にお店に入ったことが無い。 何て言うのは初めて聞いた。
「あ、そういえば彼女達も寮に居たんで、夏祭りに誘ったんですけど……」
「あやが、きぜつするからって……寮の前で、花火タイム」
「は、花火で、ですか……」
あ、史が驚いてる。 けどそこまで世間を知らないのならば、打ち上げ花火なんて見たら気絶しかねないのかも知れない。 まあ、そんなに箱入り娘な人を僕は知らないが。
「でも、その様子だと仲良くやってるみたいね」
「うん、毎日楽しい」
俺の言葉に対する優雨の笑顔を見ると、どうやら寮は今年も今年で楽しくやってるみたいだ。