幻想郷——外界から隔離され、人間と妖怪が共に生きる場所。
結界によって外の世界との繋がりが遮断されていて、基本的に外の世界の人間はこちら側に来ることは出来ない。幻想郷に住む者も、外に出ることは適わない。故に、幻想郷の住民は外の世界とは違う秩序の中で生活している。
生活の様相は違っていても、幻想郷では外の世界と同じように時間が流れる。つまり昼と夜があるし、四季もある。外の世界が春になれば、幻想郷でも春が訪れるようになっているのだ。
幻想郷の東端に位置する、博麗神社。紅と白の巫女服を来た少女は、参道に落ちた桜の花びらを昼間から竹箒で気怠そうに掃き集めていた。
「はぁ……あれだけ綺麗だった桜も、散ってしまったらただのゴミと同じね」
一カ所に集められ山盛りになった桜の花びらを見て、少女は溜め息をついた。
幻想郷内屈指の花見スポットとして毎日のように宴会が行われた神社なのだが、今はもうどの桜の木もほとんど花を散らせていて、青々しい葉が茂っていた。
花見の時はともかく、落ちた花びらを片付けるのは神社の持ち主の仕事。神主がいないため、巫女である彼女が掃除しなければならない。
「さてと……これで最後ね。あとは強風さえ吹かなければいいんだけど」
そんな願いを余所に、突風が吹き、目の前を黒い何かが通り抜けた……と思えばすぐさま旋回し、少女の後ろ側に着地した。
「ふぃ〜……こんな気持ちいい天気の日の空中散歩は最高だぜ。よっ霊夢、気分はどうだ?」
「最悪な気分よ」
霊夢と呼ばれた少女は、集めておいた花びらがそこら中に散らばっているのを横目に見て、ため息をつく。振り向かずとも、その声と行動に覚えのある霊夢には誰なのかはっきりとわかった。
「何の用よ、魔理沙」
魔理沙と呼ばれた少女は悪びれもせず、「別に用があって来たわけではないぜ」と言った。
魔法使いらしい格好をイメージしているらしく、やや多めの黒とほんの少しの白で彩られた洋服を着ている。同様の色でツバの大きい三角帽子をかぶっていて、男勝りな言葉使いが特徴的な少女だ。
人間ではあるが、自称ではなくれっきとした魔法使いである。
「ちょうどいいわね。せっかく集めた花びらを誰かさんが風で撒き散らしちゃったから、あんたの手に持ってるそれで片付けてくれない?」
霊夢は魔理沙の右手に持っている箒を指して言う。魔理沙はこの箒に乗って高速で空を飛んでいたのだ。特別に改造されたものらしく、何かと謎が多い箒である。
「すまないな。この箒は掃除する用じゃないんだ」
「だったら私の箒を使いなさい」
「……ああそうだ、用があったのを思い出した。霊夢のところで茶菓子を貰うつもりだったんだ」
「掃除が終わったら食べていいわよ」
魔理沙は渋々といった様子で霊夢から竹箒を受け取ると、散乱してしまった桜の花びらを一カ所に集めるふりをし始めた。
「客なのに掃除をさせられるとは思っていなかったな……」
「仕方ないでしょ、あんたが仕事増やしちゃったんだから。因果応報よ」
霊夢は縁側に座り、ほうと息を吐いた。
「ここのところ調子が悪くってね……身体が重く感じるっていうか。風邪ではないみたいなんだけど」
「珍しいな、霊夢が体調崩すなんて。何か悪いものでも食ったんじゃないか?」
「アンタじゃないんだから……って、魔理沙。それで掃除してるつもり? さっきより散らかってるじゃないの!」
花びらを集めているというより、散らばった花びらをさらに拡げているように見えた。もっとも、魔理沙は掃除をするふりをしているだけなので何も考えていない。
「霊夢、桜の花は散っても綺麗なんだぜ。こう地面に落ちているのも風流があるだろ?」
「だからって、参道が汚れてたら参拝客が来ないでしょうが」
「汚れてなくたって来ないだろ……いてっ」
魔理沙が反論した次の瞬間、お祓い棒を投擲された。当たり前だが、そんな使い方をする道具ではない。
「魔理沙に任せたのが失敗だったわね……もういいわ。私がやるから魔理沙は邪魔しないで……うっ」
立ち上がろうとしたその時、強烈な頭痛が霊夢に襲いかかった。よろめき、再び縁側に座り込んでこめかみを押さえる。
「なんだ、立ちくらみか?」
「……そうかも。なんか、強い光を見たときみたいな頭痛がしたわ」
「今日はもう休んだ方がいいな。二日酔いかもしれんし」
「酔ってないわよ。最後の宴会から何日経ってると思ってんの。……でも、そうね。言うとおりにした方が良さそう」
霊夢はどこか力のない声で言うと、一人母屋の方へ歩いて行った。その背中を見て、魔理沙は呟いた。
「霊夢じゃないが……なんか嫌な予感がするな」
これが幻想郷の歴史を揺るがす異変の予兆であることに、誰も気づかなかった。ただ一人、幻想郷の行く先を見守る者を除いては——。
感想はどなたでもお気軽に……とはいえまだプロローグなので、できる限り早く一話目を投稿したいと思います。今しばらくお待ちください。