さて、十五人の若人を三年間育て上げ、前回と同じ旨を生徒達に言って別れる。
別れる文言は前回とほぼ変わらない、ただ集合場所が変わるだけだ。今度は長沙付近にしておく。
そうしてまた適当に仕事をしつつ鍛えつつ、村々を渡り歩いて行く。
もう馬とか使わない。時間と力だけは有り余っているので徒歩だ。
しかし病気も筋肉痛とも無縁の俺は、遠回り寄り道をしまくっても二年程度で長沙に辿り着いてしまう。
この一年をどう過ごそう?と考えて、一つ思いつく。
そうだ、町中に場所を確保するのも手続きが面倒になってきたから、長沙近くの山の中に家でも立てよう。農学と畜産の実習が捗るな!と思い至り、ここにきてまさかの家造りを始めた。
半年程で完成し、周囲の環境も整えた、牛と豚だって完備だぜ!と意気揚々と長沙に舞い戻り、スカウトと割符の回収に勤しんだ。
三年間育てた生徒と別れ、三年間適当に過ごし、インターバル終了が近くなれば目的地近辺で学び舎を作り、また新たな生徒達に三年間学ばせる。そんなルーチンを数十回繰り返した。
国中を周り、国中に人材を配り、国中に別荘を作る日々。
代わり映えしなくなった日常にアクビを零す毎日だったのだが、ある日とても面白い子供と出会い、久々に奮闘する事となった。
国がもうどうしようもない所まで腐っており、俺の生徒達だけではもはや太刀打ち出来ないレベルにまで行ってしまった。官吏は悪徳にねじ曲がり、盗賊は跳梁跋扈し、商人は力ある悪者と癒着し、農民は盗賊になるかただ震えるのみ。
そんな世紀末の状況。
儒教を排そうとも、職人を保証しようとも、人材を送ろうとも、国が腐るのを止める事は叶わなかった。
そんな世情も有って俺の生徒はついにゼロ人になってしまった。
最後の生徒達二十人を送り出した時にはもう世紀末は始まっていて、有望そうな奴がいたら手元において使い潰す勢いで育てないと現状が保てなくなっており、割符が機能しなくなったのだ。
街でスカウトしようにも、有望そうな奴は片っ端から何処かに連れ去られているか売られてしまっており、適当に見繕おうにも、皆家に引き篭もってしまって交渉に応じてもくれない。
私塾が作れないとなると、次の目的を見失ってしまう。
あー俺の教師ライフも終了かなーまあもう惰性でやってた部分あるし丁度いいかなーもう日本にでも行ってみるかーけど使命がなーというか使命ってなんなんだよ!ああもう日本マジで行ってみるか!行けなかったらその時考えよう!と思い立ち、町医者をやって資金集めをし始めた。
そんな時だった、面白い子供と出会ったのは。
物凄く適当な理由から始めていた町医者だが、診療に関して手を抜いていた訳ではない。ちゃんと良心に基づき経営した。
なので安い、早い、上手い、お医者様が美しいの四拍子が揃った診療所だと周囲に認められ、評判も着実に広がっていた。
ある日その評判を聞きつけ、重病で診療所までこれない息子の為に出張医を頼みたいという親御さんがやってきた。
聞けば劉の名を持つ貴族らしいのだがどうにも貧乏らしく、安いとの評判を聞きつけて直々にウチを訪れたらしい。
このまま居ても爺婆の世間話に付き合わされるだけだし、貴族なのに物腰の柔らかい人達に興味を持ったので彼らの家までお邪魔する事にした。
そこそこ大きいが、管理が出来ていないのか所々に破損が目立つ家につき、中に通される。
中も外と同様の有り様で、破損部には板が上から貼り付けられたり、布で隠されていたりと、中々見応えのある応急処置が施されていた。
息子さんの部屋に通された。するとそこは意外にも綺麗に整えられており、布団もとても清潔だった。
なんだかアンバランスな家だなーと思いつつ、息子さんの診療に入る。
感染症などではなく風邪を拗らせただけのようだが、念には念を入れて療法する。合併症を引き起こし、肺炎なんかを発症させては命に関わる。
俺は漢方を処方し、気を使って整調する。体温が適温を維持できるよう、家にある物を使わせてもらい、色々と手を尽くした。
その時に積極的に動いてくれたのが、病気の子の弟である劉秀という五歳の子だった。
風邪がうつってはいけないからとやめさせようとしたのだが、先生の治療が見たい!と目をキラキラさせて聞かなかったので、仕方なく色々手伝ってもらった。
やる事なす事に、それは何?今何をしているの?と聞いてきて、俺は一々それに答えてあげた。
教師生活を百年以上続けてきたせいで、解説しながら作業をするのが癖になっていたのだ。
彼の知的好奇心は留まる事を知らなかったが、治療が終われば質問タイムは強制終了である。
しょんぼりしていたが、お兄ちゃんの様子を見る為にまた明日も来る、その時にまた色々話そう。と言うと飛び跳ねて喜んでくれた。
翌日の午後、俺は劉家にお邪魔していた。
出迎えてくれたのは劉秀くんのみだった、どうやら両親はとても忙しいらしい。
おいおい、このご時世に子供一人残すって。
劉秀くんから「仕方ないです、それにここは貧乏だと周囲に知れ渡っていますから」と五歳が言うレベルじゃないセリフを頂いた。
お兄ちゃんの様態も順調な経過を見せているので、特に何かする事もない。新しい薬を処方したぐらいだ。
その後は劉秀くんと気になった事を互いに話し合っていた。
劉秀くんは自分が日頃から疑問に思っていた世情から漢方の事まで色々と聞いてきて、俺は劉秀くんの家について聞いた。
彼の家は侯家の流れにあるかなり上位の爵位持ちだった。何故こんな赤貧暮らししてんの?と聞けば、政変に巻き込まれそうだから貧乏な振りをして周囲を欺き、将来の為に金を隠し貯めいていると返ってきた。
それをちゃんと説明できるとは子供らしからぬ見識だ。でもそれって付き合い二日目の俺に話してよかったの?もしかして俺のこと試してるの?
けどその後、攫われたりしないように家に引き篭もりっぱなしでとても窮屈、久々の会話で色々話しちゃったと子供らしい一面を見せてくれた。
俺を試していた訳ではなく、子供らしい無防備さゆえ色々話したらしい。
とまあそんな感じで色々な事を話した。
人の不幸を聞いてこういう感情を抱くのは不謹慎かもしれないが、正直に言うと、これは面白そうだと思った。
俺はその後、良かったら君の家庭教師がしたいと申し出た。彼は喜んで!と答えてくれた。
彼の両親が帰宅した際に、泊まり込みで劉秀君の家庭教師をしても良いか?と劉秀君と一緒に頼み込んだ。
とても訝しんだご両親だったが最終的に『我が子の久々の我儘だし』と聞き入れてくれた。
自分達の状況もしっかり話してくれて、危ういお家事情がありますが構いませんか?と誠実な対応をしてくれたので、その誠意にはしっかり応える約束をした。
幾つか空いていた無事な部屋を借りて彼の家に泊まり込み、午前中は診療所に行き、それ以外の時間は全て劉秀くんの授業に当てた。
授業は武技から勉学から俺が教えれる全てを教え、彼はその全てを吸収した。
途中からは彼の兄と、養子である女の子、従兄弟君も含めて物を教えた。
お兄ちゃんの方は武技と興味のある事以外は欠席して街に遊びに行っていたが、興味のある分野においては抜きん出ていた。
後の二人はとても真面目で、劉秀くんより飲み込みは遅かったが、それでも他の子よりは余程優秀で、中々教え応えがあった。
俺は八年ほど彼らの家庭教師をした。
教えられる事は教えたし、俺がいなくなった後必要になりそうな様々な事は本にまとめた。
そしてそろそろ潮時だ、俺の不老が疑われ始める限界の時期が来た。
日本旅行の資金も十分に貯まったので、俺は彼らに別れる旨を告げた。
全員が泣いて引き止めてくれたが、仕方ない事なんだと言って、大量の教科書とヤバい道を渡って手に入れた玉鋼を鍛造した特別製の刀剣をプレゼントして旅に出た。
のだが、旅を出た直後に彼の家が侯位を剥奪されたと聞いた。
どういうこっちゃとかつての伝を使って調べてみれば、劉家が皇位を禅譲し、漢が終わっていた。
あちゃーちょっと授業に熱を入れすぎて世情に触れてなかった、と後悔。
とはいえ正直な所、漢が終わったことについては少し寂しい以上の感慨はない。俺は国ではなく、国を作った彼女と彼らにこそ思い入れがあり、そして皆との約束はこの二百年で十分に果たしたと思っているからだ。
しかしそんなこんなの状況を知り、日本に行く気満々だった俺は足を止めた。
漢はもう仕方ないとなんとか諦められる、だが最後になるかも知れない生徒が特級の苦境に立たされている状況を見過ごすのはなんとも後味が悪い。そういえば、もしかしたらこれこそ使命かもしれない。
そう思った俺は身を翻して彼らを助ける事にした。
のだが、なんと劉秀は親の伝を頼ってどこぞの役人の元にお勤めに行ったらしい。
と思いきや、それは親を納得させる為の嘘で、実は俺の後を追うように大陸を見て回る旅に出たという。
色々な急展開に目が回りそうだったが、ともかくやる気に満ち溢れていた俺は残っていた生徒三人に指示を出した。
お兄ちゃんには仲間作りを、養子ちゃんには金策を、従兄弟君には劉秀を探しに行ってもらった。
あれよあれよと兵を集めて資金源を作り上げ、従兄弟君が劉秀を連れて戻ってきた三年の間に、向こう十年は戦える立派な軍隊と物資が出来上がっていた。
戸惑う劉秀に、お膳立てはした、さあやれ!と言ってあげたら、彼はさくっと漢を立て直した。
俺も多少手助けしたが、彼は俺の教育と大陸を旅した経験で項羽殿並のチートキャラへと成長していたのだ。
抵抗勢力に多少手こずらされる事はあったが、劉邦様のような大英雄級の敵もいなかったので、驚異的な速度で国は攻略された。
俺はその様子を見て満足し、褒章と士官の話を蹴っ飛ばして再び旅に出た。
俺は再び教育と自己鍛錬の旅をしながら、賑わう国を周行する。
劉秀という人材が生まれるこの国はやはり面白い、離れるのはもう少し後にしよう。
しかしあれだ、国の終焉と建国に二度も居合わせたのは歴史上俺だけだろうなー。
なんて深い満足感を感じながら、月日は過ぎていくのだった。
さて、再び二百年の時が経った。
光武帝との邂逅も使命では無かったようで、俺は依然不老のままである。
俺はまたおざなりになりかけている教育を続けながら国をぐるぐる回っていた。
この二百年は劉秀のような優秀な人材にも巡り会わず、ただただ人に物を教え、鍛錬し、趣味に没頭する日々だった。
ここまで来ると気が狂いそうな代わり映えのなさだが、一つの大きな楽しみがあったのでここまでやってこれた。
それは三国時代の到来である。
いやー生劉邦様も衝撃だったけど、生劉備や生曹操に会えるなら百年ぐらい余裕で待てる。
……うん、生光武帝も嬉しかったよ?光武帝と周囲から呼ばれ始めてようやく気が付いたんだけどさ。
わくわくしながら待つ事数年、俺はようやく三国志に触れた。
割符を持ってきた生徒に盧植という女の子がいたのだ。
詳しくは覚えてないけど、彼女は劉備の先生だった筈!
うおーと意欲に燃えた俺は、この世代の生徒に対してとても熱心に教育を施した。盧植だけ見るのは不公平になるし、彼女の為にもならないからな。
後、俺はこれを機に一旦教育家業をやめて三国時代を満喫しようと思ってるから、殊更熱を入れて授業を行う。
しかしそんな理由は無くても、生徒は十人ちょっといたのだが、皆とても可愛い女の子達ですごい優秀な娘達だったから、熱が入りやすかった事は否めない。
司馬徽という生徒は想像力と理解力に秀でていたし、皇甫嵩は戦略論に強く、司馬防は公正明大で政経に長け、丁原は戦闘戦術論が良く伸び、張昭は政治力に特化し、馬騰は外交手腕と動物の世話が上手く、袁隗は政治力と謀略に特筆すべき点があった。
何人か聞いた事のあるような名前がちらほらあるが……しかし三国志に限らず古代中国の有名人って姓名被りまくってるから、気のせいって線もかなり濃厚なんだよなぁ。
まあ置いとこう、俺が授業する上では何の関係もない事だ。
ともかく前世の知識としては盧植が来たことに驚いて、現世の知識としては末子とはいえ飛ぶ鳥を落とす勢いの汝南袁氏までウチへ来た事に驚きを隠せなかった。
一度リセットされたとはいえ、二百年も続く割符システムの凄まじき所は、どういった流れかはわからないけどかなり高位の爵位持ちであったり大豪族であったりと縁が結べてしまう所だよな。
まあ家柄に躊躇ったりはしないけどね。牛の世話だってさせるし、ゲンコツだって落とします。
そんなこんなで三年間、得意分野を伸ばす形で貴賎無くみっちり教えてやりましたよ。
そうして私塾最後の日、俺は割符を渡さず、普通に卒業式だけをした。
最初は家柄の関係で仲の悪かった娘達もいたのだが、最後は皆抱き合って泣いている。
うんうん、仲良きは美しきかな。久々に情熱を傾けたからか、ちょっとウルリときた。
最後の生徒達も手を振って送り出し、早速旅の用意を済ませる。
薬、旅具、武器等を鞄に入れて背負い、さあ何処に行こうか?と思っていると、目の前が見慣れぬ草原風景に切り替わった。
はい?何が起きた?
そんな当然の戸惑いはすぐに消え去った、俺はこんな状況を幾度も経験している。
長らく経験していなかった巻き戻しの感覚に似ていると気が付いた時点で、戸惑いは胸を締め付ける不安感に変化した。
くそ、何の因果で巻き戻った、生徒関連か?しかし私塾を解散するまで巻き戻らなかった意味が分からん。
一人で頭を抱えていると、目の前から特異な気配を感じ、反射的にバックステップをして二十歩分距離を取る。周囲を見回すが、届く範囲に隠れる場所はない。俺は巻き戻っても何故か背負ったままだった荷物を下ろして傍に置き、草が茂る地面に伏せて極力気配を殺す事にした。
そして前を注視した途端に、五人の人間が唐突に現れた。
おいおい、ここまで露骨なファンタジー展開初めてだぞ!
俺は意表を突かれたが、すぐに気を引き締めてあちらの動向を伺う。
待ちの間に密かに所持品を探り、腰に括りつけてあった愛用の刀に変化がないこと、愛用していた旅行用リュックには先程用意していた物が全てある事を確認する。
「あら、今回は珍しいパターンねぇ」
「そうであるな、五人が揃って同じ場所に舞い降りるとは初回以来じゃな」
「そうですね、ですが珍しいパターンならとりあえずは喜ぶべき事です。収束率が上がる可能性に芽が出てきた証かも知れません」
「だといいがな、もうそろそろ肩透かしのぬか喜びはしたくない」
「……」
五人の内四人は普通に会話をしている。
俺はパターンという言葉に驚きを隠せなかったのだが……もっと驚き、動揺を隠せなかったのは、五人の内ただ一人の女性と目がバッチリあっていた事だ。
俺の隠形は目の前にいても意識しなければ目に映らないレベルに達している。
それを平然と見抜くとは、あいつ何者だよ。
警戒レベルを最大限まで引き上げ、俺は様子見をやめて立ち上がる。
すると四人はようやく俺に気づき、こちらを見て構えた。
ピンッと空気が張り詰める。俺もいつでも剣を抜けるよう構え、疑問を飛ばす。
「俺にはあんたらが唐突に目の前に現れたように見えたんだが、気のせいかい?あんたら何者よ?」
「……俺にはお前こそ唐突に現れたように見えた、お前何者だ?」
「こちらが先に聞いたんだが、まあいい。俺はただの旅人さ、妙な気配を感じたから気配を消して伏せてただけだ。まあそっちのお嬢ちゃんにはバレてたみたいだけどな」
「ただの旅人ねぇ。私達にバレない隠形をする人なんて早々いないんだけど。けど管輅ちゃんには見えてたのね、さすが預言者だわぁ」
「……」
「管輅、先程から何故何も喋らないのです?貴方がさっさと彼女の存在を教えていたら、私達も不用意な発言はしなかったものを」
「ともかく、発言を聞かれたのなら殺すしかないな」
「やめんか、命は取らずとも記憶だけ消すなど手段はある。若者がそう短絡的ではいかんぞ」
何だろうか、彼らの間には微妙な温度差みたいな物がある。
だがまあ俺と敵対するのは変わらないみたいだし、さっさと先制攻撃を仕掛けて無力化しよう。
しかしいざ仕掛けようとした所で、一言も喋らずにいた管輅と呼ばれた女性がこちらを指差した。
機先を制された形になり、動き出しが止まってしまった。
えっ、なに、もしかしてビームとか出す?ファンタジーの住人ぽいあいつらならやりかねないな、注意しよう。
俺は攻める選択肢を捨て、後手に集中する。
俺が注視する中、女性はゆっくりと口を開き、こう言った。
「私達の王子様、ようやく見つけたわ」