では、とイケメン眼鏡が話しかけてきた。まあこの中では彼が一番普通に話しやすい。
「まずは名前の交換、と行きたいのですが、いい加減疑問の解決も行いたいでしょう。ですので説明を先に済ませようと思うのですが構いませんか?」
「ああ、頼むよ」
「では疑問がありましたら、都度質問して下さい。こちらも気になった事があれば聞きます。
早速こちらからの質問で申し訳無いのですが、蕭何殿は識、管理者についてどこまでご存知ですか?」
「んー何も知らないと言って良いレベルだな、識と会って話したのは四百年前の一度きりだし。
今から遥か未来の日本でサラリーマンをしていた俺が何故だか別人に転生する。何故かは話せないが二千年後の知識を詰め込めたから頑張って生きろ。使命を果たさなければ外史に縛られるから。ってぶっ飛んだ内容を聞かされただけだ。
使命なんかに対する説明は一切なく、転生してから四百年余り、俺はずっと大陸中を彷徨ってここまで来た訳だ」
「そう、ですか、本当に何も知らない状態なんですね……。
ならばどこまで説明しても良いのか線引が難しい所です。話してはいけない事を話してしまうと、どうなってしまうのか想像がつきません」
「どうなるのか想像できないって?」
「最悪存在が消される可能性もあり、逆に何のお咎めもない可能性もあります」
「マジで?!極端だな!」
「貴方は重要なファクターのようなので、存在抹消などの厳罰はされないでしょう。せいぜいが記憶を真っ更にされるぐらいでしょうか。でも抹消も有り得なくはないので、全てをありのままに話す事はやめましょう」
「おーけー、わかったよ」
「説明しにくい物は例え話などにして誤魔化しの利く形を探りながら、出来るだけの説明をしようと思います」
「気遣い感謝するよ」
「では単語の説明から致しましょう。
今まで上がったものは、外史、収束率、管理者、観測者、識ですかね。
まずは外史について説明します。
外史とは世界線の----、アーカ----。……やはり伝えられないみたいですね」
「おまっ!あんだけ脅しておいて何平然と試してんだ!」
「大事な確認ですよ、では舞台を例えにして話しましょう。
外史とは演目の決められた物語、収束率は物語の完遂率、管理者とは大道具や黒子などの裏方、観測者は主演、識は舞台を行う為の劇場のオーナーと言う所ですか。
この中で最も大切なのは収束率です。収束率は物事を確定させ、演目を完結に導く事で上昇します。収束率が100%にならなければ、公演は失敗したと見做され、舞台は続ける事が出来なくなって消え去ります」
「消え去るって、どうなるんだ?」
「文字通りです、外史は消滅して無に帰します。そして管理者は役立たずの烙印を押されて消されます」
「そんな理不尽な!」
「確かにそこだけ見れば理不尽な話です、ですが説明できない部分に該当するのですが、これは妥当な処理なのです。
そもそも物語が完結しない確率はかなり低いんですよ」
「しかし今回はかなり危なかったんじゃないか?」
「今回のような事例は非常に珍しいのです。原因がわからないミスなど私達管理者一同が聞いた事もないハプニングでした。本来舞台を貸し出した後は劇団が消失しようと関わりを持たない識が、強引なやり方でフォローを寄越す程の珍事です。
識と蕭何殿のフォローがなければ、この外史そのものが無くなっていたでしょう。貴方はまさしく救世主なのですよ。管輅からしたら、希望の見えない未来を切り裂いた白馬の王子様に見えたでしょうね」
「マジでか」
「マジです。現在の状況にも触れますが、収束率は凡そ六割に達しています。これは本当に限界だったのです。
管輅の未来視で残りの四割は役者が足りないのでどうしても埋めれない事は分かっていました。だからどう誤魔化すかに私達は腐心し、苦心し続けました。
舞台の一演目はおよそ五~十年前後、新要素を一つだけ織り交ぜ、欠けた役者を別の人間で補い、”ほぼ”同演目の公演を繰り返し、徐々に収束率を上げて行きました。
きっと異常に気付いた識が助けてくれると祈りながらの作業は、恐ろしく心を摩耗させましたよ」
「管輅も言っていたが、演目を繰り返すって事は……」
「ええ、私達は貴方とは違った形で四百年を歩んでいたのです」
「そうなのか、管輅は俺の事については分からなかったのか?」
「未来視過去視を持つ管輅も、さすがに世界線を越えた事象まで把握できるわけではありません。
なので恐らく、蕭何殿が全ての事象を確定させるまでは世界が切り離された状態だったのでしょう。
先ほど管輅が盧植を育て上げた後に貴方は転移してきたと言っていましたが、正しいですか?」
「ああ、私塾を解散した直後だったな」
「そうですか、ならばやはり正しいと思われます。演目開始時、既に盧植は要職についてしばらく経っている筈なので、私塾解散直後とは恐らく十年単位で誤差が出ています。
この大幅なズレは……イメージ的な説明になりますが、欠損部分を範囲指定して、修復した歴史を直接貼り付けた。問題なく動いたので接続部分の不自然さはそのままされた、といった感じでしょうか」
「イメージ的にさっきより多少は分り易い。しかし世界の統合なんて出来るのか?」
「そのような無茶が出来るのが識という存在なのですよ。とはいえ行うにはかなりの制限を受けますし、乱用は出来ないようになっていますがね」
「それじゃあ次は人物について聞きたい」
「では引き続き舞台を引き合いにして説明します。
この外史には大勢の役者が配役を与えられて舞台が出来上がっています。
そして与えられた配役は変わりませんが、演目毎に立ち位置、役割は変化します。新たに加わった劉備玄徳も他陣営のトップから鑑みるに、ヒーローを支えるヒロイン、またはヒーローに立ち塞がるラスボスの役割を演じると思います。
演目が変わっても役割が変化しないのは北郷一刀だけですね」
「それまた何でだ?」
「それは物語の前提に、北郷一刀が二千年後の日本から三国志時代に連れて来られる、という内容が組み込まれている為です」
「ふむ、不変の立ち位置があるからこそ、観測者と呼ばれているのか」
「まさしくその通りです。貴方にもその可能性があるらしいのですが、管輅にも分からなかったとなれば、私達にも分かりません」
「俺が観測者だった場合、何か行動に変化があったりするのか?」
「私達が動きやすくなる、という以上はないに思います。
私達管理者も入れ替わり立ち代わり敵を演じ、味方を演じ、中立を演じ、裏方で働いたりしているのですが、三国の中に入り込める役を持った人間が居ないので、動くにあたって実質的な制限が掛かった状況です。
だから役に縛られず自由に動き回れる観測者は便利な駒…もとい心強い仲間と言えます」
「…言い換えても遅いから」
「…では以上を踏まえて、自己紹介と行きましょう。
私は于吉という三国志の人間の配役をもらいました」
「ちょいと待ってくれ、あんたら管理者にも役ってのが必要なのか?後、持ってる知識ってどうなってんの?」
「役を与えられて初めて舞台に上がる資格を得る、これは管理者であろうと例外ではありません。
与えられた役が持つ力を引き継ぎ、役が持つ仕事も行いつつ、管理者の役割もこなさなければいけない、私達管理者の辛い所です。
管理者知識以外はセーブされています。北郷一刀に合わされているのでしょうが、大体日本の学生が持っているだろう知識はありますね。
では自己紹介の続きです。
于吉には道士、医師、人心を惑わす妖術使い、祈祷師、悪霊という配役による逸話補正が有ります。
これによって私は気を巧みに扱え、医学と薬学に聡く、催眠を得意とし、天候をある程度操り、悪意を飛ばす事が出来ます。
役の逸話も相まって、役割はもっぱら悪役ですね、基本的に北郷一刀と対立し、彼を盛り立てるのが私の仕事です。人を兎や鼠に変えたり、超常の存在を復活させたりと突飛な仕事をしてきました」
「逸話補正、久々に聞いたな。しかし、多才だがなんとも言えない役割だなぁ」
「私もそう思います。では次に貂蝉、貴方が自己紹介なさい」
「はいはい、長尺の説明ありがとねん于吉ちゃん。
次はわたし、貂蝉についてのご説明。
補正は美貌、謀略、導き手、正体不明ね。逸話が少ないけどインパクトがあるでしょう?だから補正は極端に偏っちゃって、絶世の美女で傾国の悪女になっちゃったわぁ。
役割は北郷一刀側の裏方かしらね。表には出れるけれど、正体を明かせないから輪に溶け込む程度しか出来ないわ。私としてはもっと皆の傍にいたいのに、運命は残酷だわぁん」
「次は俺か。俺は左慈、道士だ。幻術、変化、気術、転送の逸話補正がある。
気を操る全般の技術、人の認識を操る幻術、身のこなしには自信がある。役割としては基本的に敵役だ。
…最初の無礼、ここで詫びさせてもらう。すまなかった」
おお、予想以上に素直だ。
「別にいいよ、気が立ってても仕方ない事情ってのはわかったし。
それじゃあ俺の自己紹介だな。
略歴は管輅が話してくれた通りだな、配役は、多分上杉謙信だ。識に誰に生まれ変わりたい?という質問にそう答えたからな。
逸話の補正はどう羅列したら良いのか分からん。上杉謙信だったら学生の知識にあるだろうから、大体そんな感じと思ってくれ」
「戦の神であり、福の神であり、無病息災の神である毘沙門天の加護を受けたという逸話補正ならば、蕭何殿の八面六臂の活躍にも理解が及びます。それにその姿は女性説ですか?」
「おお、知ってるとは思わなかっ」
「あら素敵!私達お仲間さんだったのねぇん!」
「断じて違う!容姿だけ引っ張られたんだ!ちゃんとついてるし女が好きだっての!」
「あらん、それは私も一緒よぉん?」
「アンタのは友好の意味だろ?絶対そうだろ?ラブの方は違うだろ?って、この話題はややこしくなるからやめだやめ!」
「ふぅむん、仲良くやっているようではないか」
「あら卑弥呼、終ったの?」
「結構長かったな」
「未来を詳細に見、どう動くか議論しつつなのでな、時間は取られるものよ。次は于吉、お前が行くと良い」
「では、席を外させてもらいましょう」
「次は私が自己紹介する番か。
私は卑弥呼。鬼道、扇動者、指導者、占術の逸話補正を持つ。
だが私は何故か日本から引っ張ってこられたのでな、三国志での役割は持たぬのゆえ表舞台にはほとんど出れん。もっぱら裏方仕事をこなしておる。
管輅に彼女の逸話補正と役割も話しておくよう頼まれたので、彼女についても話すぞ。
管輅は占術と預言者の逸話補正を持つ。極端で強力な補正から、未来視と過去視すら可能にする。
とはいえ北郷一刀が来訪する最初の予言を行わなければならず、表舞台で動くにはかなりの制限がかかる。
仕事が終われば私と二人でペアを組んで歴史に流れを作る裏方仕事をやっている。
私も管輅もお主を好意的に受け入れている、どうぞよしなに頼む」
「これで一通りの説明は終ったかしらん?」
「まあ聞きたい事については……今はもうないな」
「なら私と管輅が立てた今回の計画方針について説明しよう。
先に言っておくが、今回は憶測が多くなってしまうので、気に留めるという程度で聞くと良い」
「あら、何時になく弱気な発言ねぇ」
「うむ、世界が統合されたばかりだからか、自由に動ける観測者が二人いるからか、どうにも管輅の力が十全に発揮できぬ状況らしいのだ。見える映像は何時にも増して断片的で、不安定な物が多かったみたいでな、それを頭から信じて行動するのは些か不安に過ぎる」
「だが行動の指針は必要だ、話せ」
「うむ、今回は蜀に流れがあるようだな。
北郷一刀は蜀に拾われ、赤壁の戦いに勝ち、いずれ三国同盟をなす。というのが私、管輅、蕭何殿を通して見た未来視の大まかな流れだ。
皆の未来視を済ませておらぬから詳細はまだ分からんはっきりとは言えんが、恐らく蕭何殿を除いて皆裏方に回ると思われる」
「俺を除いて?」
「蕭何殿は管輅の力を持ってしても確定した未来が相当見辛いらしくてな、呉の人物と居た、赤壁の戦いで蜀と手を結ぶ手助けをした、という事ぐらいしか分からなかったようだ。
しかもそれすらも変わる可能性が高いという話だから、話半分で良い」
「そんな適当な」
「そうせざるを得ないというのが実情だ。
ともかく蕭何殿には呉に赴いてもらい、蜀呉が魏に勝つよう働きかけて欲しい。それ以外は人の生死にあまり関わらないのなら好きに動いてくれて構わない」
「随分とアバウトだな」
「蕭何殿程のイイオノコならば、見えぬ事に怯えて無難に事を収めさせようなど逆に悪手になる。ならば自由に動き回ってもらい、貪欲に最善を目指してもらった方が良い結果を招くと私が推した」
「……期待に添えるか分からんが、やれるだけはやろう。しかし人の生死に直接関わらないってのはなんだ?」
「自由にしてくれといった手前ではあるのだが、蕭何殿が戦場に出てしまうとそれだけで事が済みかねん。それでは物語が動かんし、収束率の回収効率も悪くなってしまう。
ゆえに人の直接的な殺生は禁じ、更に主要人物には殺生だけでなく生かす事も極力避けてもらいたいのだ」
「ここでの主役は北郷一刀と三国志勢だから、俺が直接手を出すのはご法度って事ね。了解した」
「うむ、よろしく頼むぞ、蕭何殿」
「ああいや、俺の事は白と呼んでくれ。仲間ならそっちで呼んで欲しい」
「ぬ、真名という物か。私達には返せる真名がないが……」
「返すものなんてなくて良い、俺がそうしてもらいたいだけだ」
「分かった、その信頼受け取ろう、やはりお主はイイオノコだ」
「さて、全員の未来視を済ませた訳だけど、やはり白様以外は裏方に徹した方がいいわね。
貂蝉は蜀に、于吉と左慈は魏に、私と卑弥呼は中央でその他勢力を操り、勢力のバランスを取る。ここはいつも通りの仕事内容ね。
白様は単独で呉に入り、富国強兵に励んで下さい。管理者としての仕事などは気にせず、いつも通り呉の人達に教育を施すだけでも十分な働きになると思います」
「分かったよ、なんかあったら臨機応変にやってみる」
「貴方なら何があっても大丈夫ですよね。
では、解散!」
管輅の言葉で皆が一斉に目的の場所に飛んで行った。
于吉と左慈は左慈の能力なのか空間転移していったし、貂蝉はぬぅんと地を蹴って一瞬で消え去り、卑弥呼が管輅を抱え、これまたぬわぁーと気合発揮で地を蹴ってはるか彼方へ飛んで行った。
うーん、あいつら人間じゃねぇわ。
俺はいつも通りゆっくりと旅していこう。とりあえずここは中国の中心地点である襄陽近辺らしいので、とりあえず東に向かえばいいらしいが……先に襄陽に寄って情報集めと食事を取りに行こう。
俺は気を溜め、とりゃ!とジャンプする。
十メートルぐらい飛び上がり、周囲を見渡す。
「お、立派な都市発見!まずはあそこだな」
自由落下に任せてズシンと着地。
立ち上がる土煙を片手で払う。大気を掴んで旋風を巻き起こす事で土煙を晴らす。
「うん、十年の誤差というのが怖かったけど、俺自身には特に影響ないみたいだな。
訓練の賜物も衰えてなかったし、もう何も怖くない!っと。
んじゃ、行きますかね」
こうして俺はまた一人、地に足をつけて洋々と歩き出すのだった。