今昔夢想   作:薬丸

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改稿済み。


31.潮流に乗る者達

 張昭と合流して一年、袁術について掴み始め、さあこれからどう調教してやろうと思っていた矢先、何やら大層な噂話が広がったと思ったら、黄巾賊という輩が跋扈し始めた。

 ここ数年唐突な出来事ばかりが起こる。

 

「ねえ周瑜、これって意図的な物?」

 

「確証はないが、だろうと思う。国が末期に近づきつつあったのは間違いないが、終焉までの流れが早くなり過ぎているし、終わりの過程が整い過ぎている。何者かの意志が介在していると考えるのが妥当だろう」

 

「そうよねぇ、ここ四五年で国の寿命は縮み過ぎだし、国の惨状が民に知れ渡る時期に天の御遣いの予言が広がって、黄巾賊が唐突に台頭して各地を跋扈し、これ幸いと群雄は武力を持ちはじめて反乱の芽がいつ芽吹くとも知れない。無駄のない崩壊の流れは最早美しいとすら言えるわよね。

 じゃあさ、この作られた流れに乗るべきだと思う?」

 

「乗らざるを得ない、と言うべきだな。誰の奸計かはわからんが、緻密に作られた流れはもはや誰にも止められん。中央の力も弱まり、民の人気が取れるこの状況は群雄にしてみればただの好機だ、目敏い者なら迷わず流れに乗る。そして乗り遅れれば大波に呑まれる」

 

「むしろ乗り遅れないように気をつけなきゃいけない、と。けど私達は首輪付きなのよねぇ」

 

「首輪は後ろ盾とも言える、万が一時流を読み違えた時に灰を被ってもらえるのだと前向きに考えよう。

 それに功名の大半は袁家に取られても、その名前と物資をある程度融通して貰える上、実際に行動して実利を得るのは私達と良い面も多い」

 

「考え方も行動もこれまでとあまり変わらないわけね」

 

「そうだな、獲物がありふれた盗賊から国賊認定された贄になっただけだ」

 

「そう、ならいつもより豪勢な狩りに出かけましょうか。ついでに潮流に引き寄せられた輩を見に行きますか」

 

「私としてはそちらが本命だな。この時流に乗って羽撃く者こそが戦乱の最後に立つ者達だと私は考える。見極めなければならんだろう」

 

「この大舞台に上がらない者なんて歯牙にかける価値も無いしね。ふふっ、早く飛翔する群雄達が見たいわ! 彼ら彼女らの翼は私達よりも高く飛べるのかしら?」

 

「財力、人材、領土、歴史、全ての要素を兼ね揃えている大翼を持つ者は多い。だが十年も前から飛翔のための用意していた私達には他にない勢いがある。大翼だからこそ初速に劣る彼らを置き去りにすれば、私達の勝ちだ」

 

「勝算は?」

 

「この戦いでは間違いなく良き成果をもぎ取れる。借り物とはいえ看板あり、隠し戦力として水軍あり、鍛え上げた精鋭あり、袁隗と張昭殿の伝で中央への足掛かりあり、敵の現れた位置も南陽近郊と悪くなく、作り上げた情報網もしっかり機能している。穴は無いとはっきり言おう」

 

「なら狩りに行きましょうと言った言葉を言い換えようかしら。

 周瑜、勝ち取りに行くわよ」

 

「ああ、勝って全てを得に行こう」

 

 

 その後、私達は袁術から汝南周辺の賊を打ち払え、といういつもの命を受けた。

 始めはまとまりもなかった盗賊共だったのだが、黄色い布を身に付ける輩が出始めてからは多少の歯応えがある敵となった。

 そして袁術に黄巾賊がついに現れたぞと伝え、不安と期待を煽りに煽る。

 袁隗から継いだ領地に国賊が現れた、国や貴族を批判する旨を堂々と発表している、このままでは袁隗の怒りを買ってしまうぞ。と大げさに怖がらせる。

 けれども国賊認定された黄巾賊を誅すればお褒めの言葉どころか感謝の品々が届く筈。と飴を与えれば、袁術は黄巾賊討伐に最大限の援助をすると確約をくれた。

 これで孫権との合流も果たせる。先生は…どこにいるのか分からないから合流はまだ先になりそう。

 ともかくここで名を挙げて、母と先生には安心してもらいたい。

 

 

 私達は周瑜の進言もあり、戦功を立てるより情報を収集する事に重きを置いて行動した。

 拙速をもって各地を回り、気になる陣営がいる所に馳せ参じては戦闘支援と物資の交換などを行って陣営の柄や能力を計る日々。

 勿論賊は苛烈に攻め立て、民には癒しと糧食の施しを行い、私達と袁術の功を積み重ねる事は忘れていない。

 そうして名と顔を売る日々が半年程続いた頃、黄巾賊首領討伐の大舞台へ至る事が出来た。

 

「周瑜、黄蓋、ここまで来てどうだった?」

 

「順調の一言だな。武力も十二分に示したし、民にも軍にも糧食を提供して徳も示した、そして第二の目的である情報収集と仮想敵の具体化も出来た」

 

「そうじゃの、完璧という言葉が相応しかろう。じゃが、つまらんかったな」

 

「つまらないのは策が上手くいった証です、甘受して頂きたい」

 

「ねぇねぇ、このまま敵大将の首も取っちゃう?」

 

「ここまで大勢が決してしまえば危険も少ない、お前の武威があれば首も取れるかもしれんが……いや、やめておこう。現段階で妬み嫉みに至るのはまずいし、力を出しすぎて目をつけられるのも面白く無い。それにここまで来たら、味方が敵になる可能性も否定出来ない」

 

「そお? 周瑜がそこまで言うならやめとこうかな。けど目をつけられないように、というのは少し遅いかも」

 

「なに? 目がありそうな場面では抑えていた筈だが……」

 

「抑えていると感じ取れる傑物が居たというだけよ。あのおチビちゃん、曹操といったかしら?」

 

「ふむ、あれほどの人物なら裏を感じ取るぐらい出来てしまうじゃろうな」

 

「曹操の所は、将、兵、どれも極限まで鍛えられていたし規律も厳しく守っているようだったわ。曹操自身の覇気も才もとても輝いて見えたし、あれは間違いなく強大な敵になるわね」

 

「お前が出会った直後に手放しでそこまで褒めるからと陳留方面の細作を増員してみたが……なしのつぶてだったよ。

 強力な諜報対策、こちらの力量を看破する能力、才ある主君、付き従う強兵、間違いなく最後まで生き残るな。出来れば事前に情報収集したかったな」

 

「周泰を送ればどうにかなるかもね。まあ危険の方が大きいからやらせないけど」

 

「確かに現時点での優先順位を考えると周泰の命とは全く釣り合いが取れん。防諜対策すら完璧だと知れただけでも十分か」

 

「儂もそう思う、周泰は得難い存在じゃ。と、ゆっくりと空気が変わり始めたな。周瑜よ、此度の戦いはどうするんじゃ?」

 

「そうですね、前に出ないならば上の覚えが目出度くなるよう露払いにでも専念しましょう。国は死に体ですが、今回の件を褒賞なしとは行きません。上に媚を売って最後の国財を頂戴するのがここでは賢明でしょう」

 

「露払いだけなら危険も少ない訳だし、孫権の大将初陣の場にしちゃう?」

 

「ふむ、確かに良い機会かもしれんな……けれど策殿、大将の任が無いからといって無茶はしないと約束して貰えるか?」

 

「ぐっ、見破られてる……」

 

「大将首を諦めろと言った時にあっさりと了承した時点で私も黄蓋殿も裏があると察したよ」

 

「ぐぬぬ、まあいいわ。大事な妹の初陣にけちを付けたくないもの、ちゃんと見守ってるわよ」

 

「策殿が近くにいれば権殿も安心するじゃろうし、そうしてくれると助かるんじゃが……本当に頼んでよいのかの?」

 

「信用ないなぁ、そこまで言われたらさすがにちゃんとお仕事しますぅ」

 

「そうふて腐るな。国の威信を貶めたこの戦いは前段階に過ぎない、次に本命たる国崩しの一打が来るに違いない。そうすればこれよりももっと大きな戦場が待ち受けているさ。お前の真なる出番はそこからだよ」

 

「周瑜がそう言うならそうなるのじゃろうな、しかし、そこまで読んでる輩が今どれだけいるものなのやら」

 

「国が終わる流れにあると知る者は多いですが、それが意図的な物だと気付いている者は少ないでしょう。曹操陣営と天の御遣い陣営ぐらいでは無いかと」

 

「ああ、天の御遣い君ねぇ、彼個人は可愛い優男としか感じなかったなぁ。でもこっちを少なからず気にしていたのはちょっと引っかかるのよね。

 あっ、でも彼個人は評価しにくいけど、周りは皆が皆ぐっと来るものを持ってたわね」

 

「脇を固める人材は誰もが確かな天賦を持ち合わせている、と周泰から報告が上がっておる。人材集めも天の御遣いという言葉をうまく利用しているのだろうな、儂はそういう意味でも十分評価と警戒に値すると思うぞ。しかも策殿が気にかける人物が多いというのなら、あやつらもまた一廉の勢力となるのは間違いないだろうな」

 

「十分あり得るわ。遠目から観察しただけなんだけど、あの子達からも曹操の時のような沸き立つ物を感じたのよね。曹操陣営のような際立つ個から生まれる連携ではなく、群となった時に本領以上を発揮するような集団の怖さを感じたわ。って改めて比べてみると、曹操陣営と御遣い陣営は真逆の印象になるわね」

 

「そうじゃの、儂らはその真ん中という感じか」

 

「以前は母様を筆頭とした群の強さが際立ってたけど、今では分断されて個としての強さも鍛えられたものね」

 

「辛く苦しい飼い犬時代だったが得る物も多かったと、今ならそう思えるな」

 

「今日の頑張り次第で、皆が一同に集い、互いに辛さを語り合って笑い話に出来る日も近くなる。

 じゃあそろそろ始まりそうだし、皆準備しましょ!」

 

「そうじゃの、権殿には儂から言ってそのまま傍につこう」

 

「私は最後の詰めを確認しに行くとしよう。孫策、くれぐれも」

 

「もう! それ以上言うとさすがに拗ねるわよ!」

 

 

 その後の決着と収束は早かった。

 黄巾賊は首領を討たれ、急速に規模を縮小。黄色の賊は居なくなり、国の衰退は目に見え、戦いの後に残ったのは勇名を馳せた群雄達だけ。

 そんな名を馳せた群雄の一員である私達は、国崩し最後の一撃に向けてしばし力を貯め込む作業に入っていた。

 情報収集、人脈の拡大、新兵の鍛錬に明け暮れ、その時に備えて虎視眈々と準備を進めていた。

 

 先生を探すチャンスだったのだが……あの風来坊はどうやら揚州を中心に各地を周って治療を行っているらしい、としか分からなかった。

 基本単独行動だから足が早くて捕まらないし、情報を漏らさないよう先生に頼まれているせいで誰も口を割らないのだ。揚州は私達の本拠であり、かなりの影響力を持っていた筈なのに……功徳を積みまくって私達の影響力を追い越した先生の凄さに思わず苦笑いが溢れる。

 なのでとりあえず今は放置。会いに来てくれるまで待つ! 決めた!

 

 

 

 待つ事に対する鬱憤を賊で晴らしたりなんだりしていると、素敵な招待状が届いた。

 

 中央で奮闘していた袁隗を不法逮捕し、それを皮切りに一気呵成に洛陽を支配下へ置いた董卓に対し、袁紹が怒りの檄文を各陣営に送ったのだ。そして黄巾賊討伐でそれなりに目立っていた私達にも色々と脚色された檄文が届いた訳である。

 様々な意味で待ちに待った知らせだった。

 勿論元雇い主の不幸であるし、現雇い主の袁術も憤慨している。私達は何の柵もなく反董卓連合軍へ参加するのだった。

 

 これで袁家の枷が一つ取れた訳だ。

 私達は反董卓連合に参加するための準備を行いつつ、周泰を袁の本家に送り込んだ。

 優秀な仲間が一人減るのは痛手だが、それ以上に知りたい真実があったのだ。それは袁家の注意が全て逸れている今しか探れない秘中の情報。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか、楽しみである。

 

 

 準備を済ませ、袁術の軍と合流し、集合先である河内近郊に足を踏み入れた。

 河内は地理的に近かったのだが、武漢に控えていた私達と袁術の合流及び袁術の予想以上の気の入れように振り回されて少し遅目の到着になってしまった。

 慕っている袁隗を救うのだという気負いが戦いを知らないあの子を良くない形で奮起させてしまった。あれもこれもそれもどれもを持って行こうと不必要な物まで山と抱えて行こうとするのを止めるのは骨が折れた。

 戦いというものとは、という所から話し、理路整然と必要なもの不必要なものを一つ一つ説明してようやく納得させて出発となったのだが……

 今度は行軍が遅いもっと速度を上げさせろ、あと馬車の中が暇だし揺れるしどうにかしろ! と来た。

 そこそこの人数を連れての行軍で、無理に急かして体力を消耗させて風邪等の危険を抱え込む可能性がある無茶をさせる場面でもなく、そしてそんなに鍛えられていない袁術軍が大多数、どうして速度など上げらようか。

 

 そして目的地の道中に寄った村の物資を無理やり徴収しようとしたり、徴兵しようとしたりするので諌めるのが大変だった。汝南袁氏の影響力がある程度及ぶとはいえ、そんな無茶をしたら袁本家も司隷の諸侯も顔に泥を塗られたと憤慨するのは想像に難くない。

 必死に執り成しを図っているとまた行軍が遅くなり、速度を上げろと言われる悪循環。

 全くもって首輪付きというのは、無能な上司の出しゃばる場面での面倒事が多すぎて駄目だ。

 袁術のやる気を削いだり逸したりさせて上手く操っていた張昭に改めて感謝しなきゃだわ。

 

 とまあそういった訳で、なんだかんだと到着が遅れてしまった次第である。

 

 

 反董卓連合の集合場所には凄まじい数の天幕が並び立っていた。

 これが私達の味方でもあり敵だと思うと、少し圧倒されそうになってしまう。

 

 そもそも私達が反董卓連合に参加した真の目的は名という風を得ることである。

 政と武の強き両翼は手に入れた、飛ぶ力も十二分に溜め込んだ、後はそれを後押しする風、民意が欲しい。

 これまでは名の多くを袁術に渡してきたが、ここからは全てを得に行く。

 故に目の前に居る数万数十万に膨れ上がった彼らは私達の目的を阻む敵でもある訳だ。

 

 私は圧倒されてしまった心を叱咤し、むしろ壁が高いほうがやる気が出る、全員出し抜いてやる! と気合を入れて笑みを作る。

 この中に私よりも純粋に勝ちたいと思っている人間がどれほど居るというのか。

 孫家頭領の面子、母の悲願、仲間との目標、愛する人への報告、首輪付きの鬱憤、生来の負けず嫌い等等。一つでも思い起こせば怯えなど吹き飛ぶというのに、屈さぬ理由が両手の指で足りない程あるのだ。ならば大軍を前にして笑みを浮かべるなど造作も無い。

 いつでも冷静沈着な周瑜は私の突然の笑みに引いてたけど、大軍に呑まれていた新兵と袁術の兵達には効果があったようで、その後の準備はとても円滑に進んだ。


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