それから本当に色々な話をした。
自己紹介、改めての謝罪、記憶を失ってから二年間の事、記憶を失う前の事、出会いの話。孫策のあれやこれやを聞かされた。
他の皆から聞き及んでいた部分は多かったが、孫策から語られる過去というのもまた面白かった。同じ場面についてでも、彼女の視点は独特で、より核心をついていたりと違いを感じられて聞き飽きない。
孫策の詳細を聞いていたら、いつの間にか昼になっていた。
昼飯を作ろうと立ち上がると、丁度来客の声が響いた。
何だろう、と思って玄関に向かうと、良く連絡員として来る兵士さんが居た。
なんでも、孫策様が行方不明なのだがこっちに来ていないか、との事。
おいおい、城に何も知らせず来たのかよ、と溜息がこぼれる。
すると後ろで隠れていた孫策が現れ「私はここにいる、出立の明朝には戻る、他の皆には一切ここへ近寄らせるな」と一方的に告げて兵士さんを追い返してしまった。
面倒にならなきゃいいがなーと思いつつ、ほうほうの体で戻る兵士さんの背中に、薬とか荷物を渡したいから、城から兵を寄越してーと声をかける。
料理を作り、食べながら話を再開する。
今度は俺の二年間についてだ。誰とどんな話をしたのか、管輅とは日頃どうしているのか、診療所について、客の雰囲気や話す内容など、あれやこれやと上手に聞いてくる。
ご飯を食べ終え、次は俺の過去について本格的な話を始める。
冥琳に色々と話して、何が何処まで話せるのか実験済みなので、ループ以外について包み隠さず話す。
孫策は全て本当の話だと信じると言い切ってくれた。
劉邦様について。
「そっか、謙信は大事な人を目の前で失ったんだ。私も失いかけたから、その怖さと無念は想像できるわ」
項羽との出会いについて。
「項羽って本物の覇王だったのね。前に項羽と光武帝の次に強かったって褒めてくれたのは、もっと誇っていい事だったのね」
漢建国の元勲について。
「私塾を開いていたのは元勲達の功績だったのね。うん、それって多分国にとって最大の偉業よね。
南海覇王が樊カイの武器って事は、彼は私の先祖になるのね。元勲の子孫である私と謙信の出会いには、やっぱり運命を感じるわ。後ちょっと気になったんだけど、なんとなく曹参は冥琳に、樊カイは蓮花に似てるわよね」
張術について。
「謙信は漢中五斗米道の流れを組んでいると思ってたけど、逆だったのね、医聖のお師匠様だったとは」
銅板について。
「さっき見かけた銅板にはそういう意味が込められてたんだ。……ならきっとあれも、という事はあれは元々謙信の……うん、良い事を聞けたわ!」
光武帝について。
「嘘臭いとすら言える彼の偉業はほとんどが実話だったなんてね。謙信もあまり手伝っていないっていうなら、事実は噂よりも奇なりね」
四百年について。
「人の中にあっても孤独、四百年間一人きりだったって……ええ、けれどもう大丈夫、ここには皆がいるわ!」
そんな感じで、孫策は言葉と相槌を上手く入れて聞き役に徹し、俺は話し続けた。
聞かれた事に答え続け、もう話す事も無くなってきた頃、気付けば外はとっぷりと日が暮れていた。
「もう大分良い時間だな」
「えっ、もう? って、外暗っ!」
「晩飯作るが食べていくか?」
「もっちろん!」
「んじゃちょっと待っててくれ」
そうは言ったが、しかし二人分の晩飯を作る材料が手元に無い。管輅は決戦前の管理者の集いに出掛けているので、今日は一人分で大丈夫だと高をくくっていたからだ。
これは積み込んだ荷を少しばかり解かなきゃいけないかーと思って玄関に向かうと、覚えのある気配が幾つも近づいてくるのに気づいた。
お迎えかなーと思って待っていると、がっしゃーんと無遠慮に玄関扉が開いた。
「せんせー! ウチの殿と準備してくれてたってゆー荷物を引き取りに来たぜー! って先生じゃん」
「また勝手かつ無意味に力強く戸を開けてからに……あっ謙信殿、失礼します」
突撃大将の祖茂と調整将軍の韓当とばったり対面。
「おう、いらっしゃい」
俺が顔を見せると、後ろに控えていたメンバーがぞろぞろと顔を覗かせる。
「あら、随分早いお出ましね」
「そろそろ晩飯を作ろうと思ってな、材料の調達に行こうとしてたんだ」
「なら好都合じゃの、姫のお迎えついでに謙信殿に酒のつまみでも作ってもらおうと思ってのぅ」
「謙信先生、申し訳ないのですが、私の力では皆を止める事がかないませんでした」
呉の宿将メンバーと孫権、その後ろにも呉の高官連中がずらずらといる。
「いや、けどお前ら、明日朝早くに出るんだろ?」
「だいじょぶだいじょぶ、明日すぐに戦うわけじゃないんだからさ! 雪蓮に時間をあげたんだから、次は私達を構ってよ!」
「太史慈、気遣いと我儘を同時に口に出すでない。謙信様、皆で集まる最後の機会かも知れないのです、また場所と時間をお借りしても宜しいですか?」
「あー張昭に頼まれると弱いな。いいよ、材料があるなら大歓迎だ」
「わーい、白は話が分かるから大好きっ!」
「尚香、孫策が真名を交わすまでは真名呼びは慎めと……」
「えっ、気の合う男女が一日過ごしたんだよ? さすがにもう大丈夫でしょ?」
「あいつは変な所で弱腰の乙女だからな、踏み切れていない可能性は十分にある」
「ちょっと冥琳! 聞こえてるんだけど!」
「っと聞こえていたか、すまんすまん」
とまあそんなこんなで、騒がしい宴が確定した。
宴の様子は語るまい。
晒してはいけないラインを超えた乙女が大勢いたので、彼女達の今後のためにも今日のことは墓まで持って行こうと思う。
そんな訳で、朝日がそろそろ顔を覗かせようという時間になり、宴は終了した。
黄蓋、程普、孫策といった酒に強い奴らが、俺のまとめた荷の上に潰れた連中を積み込み、持って帰った。
俺はそれを見送った後、若干ふらつきながら宴の後始末に移る。
うへーと思いながら一時間ほど掛かって宴の片付けを済ました所で、表に気配を感じた。
なんだろうと出迎えに行くと、そこには孫策の姿があった。
「どうした?」
「あーうん、借りてた物を返しに来たのと、頼みごとをね」
「俺、なんか借りてたっけか?記憶を失う前のか?」
「借りてたっていうのは建前というか……ちょっと上がっていい?」
「良いけど、時間大丈夫か?」
「うん、出立まで後二時間ほどあるから」
「お前は大丈夫か知らんが、潰れた奴らは後二時間で再起出来るのか?」
「気合で頑張ってもらうわ、それじゃあお邪魔するわね」
孫策を居間に通し、俺は濃い目の緑茶を入れて持って行く。
「酔いに効く茶だ。孫策は酒に強いみたいだけど、一応飲んどけ」
「ありがとう、頂くわ」
孫策はお茶を飲み、ほっと一息をついた。
そして彼女は手に持つ湯呑みを眺めながら、ゆっくりと語りだした。
「このお茶のように、私達は色々な物を先生から貰ってきたわね。薬、保存食、民の慰撫、教導、貰ったものは多岐に渡る。しかも二十年近く呉に時間を費やしてくれた。
けど、私達からは何も返せていない。
皆何か返したかったけど、以前言われた禁に触れるのではないかと躊躇していたの。
献上は良くあるから大丈夫なのかもしれないけど、下賜となるとどうしても目につく。個人的に返そうにも自分達は呉の高官で、物や金を渡すとなればどうしても意図があると見られかねない。
だから皆無理やり用事を作ってはここに足繁く通い、困ってそうな事があれば強引に介入して解決したり、ご馳走になったらその材料費や手間賃と言って多めに返して地道な恩返しをしていた」
「皆やたらここに来るなーとは思ってたけど、そういう意図があったのか。それじゃあココらへんが妙に治安良いのとか、多種多様な店が充実してるのって」
「まあ武官文官誰かの指示でしょうね。迂遠なやり方だけど、そうしないと謙信に迷惑がかかると思ってそういう形に落ち着いたのよ」
「そっか、知らず知らずの内に色々としてもらってたんだなぁ」
「とはいえ、それだけで大恩に報いているとは思っていないわ。これからも地道に恩は返し続けるけど、とりあえず目に見える形で何かを渡したいと常々思っていたの。だからこれを、貴方に返しに来た」
そうして差し出されたのは二枚の銅板。
「南海覇王と、この銅板を貴方に返すわ。
南海覇王が戦や身内の騒動で失われても、必ずこの銅板の元に帰ってきたと言い伝えられていて、頭領は南海覇王を、支える者はこの銅板を代々受け継いできたの。
だから孫家の隆盛を支え続けたこの銅板と南海覇王が、孫家として差し出せる最大の宝よ。けれど南海覇王はまだ使わせて欲しいから、役目が終わってから渡させて欲しいんだけど。
後もう一つの銅板は袁術討伐時に張勲から受け取った銅板、これはついでね。三つとも元々は貴方の物なんだから、渡しても問題無いわよね?
持ち主に物を返して、恩を返したというのは道理に反するんでしょうけど」
「南海覇王は人に渡した物で、それはしっかりと正しい持ち主へと引き継がれている。なら俺がどうこう言う事はないさ。だから銅板だけ貰い受けたい」
「そう、分かったわ。……ちょっと気になったんだけど、ここに描かれているのって誰なの?」
「一つは樊カイさんの、もう一つは呂雉のだな」
「へぇ、やっぱりそうなんだ。で、こっちは呂雉、高祖様を病むほど好きな大悪人……あーぴったりな人物の手に渡ってたわね」
「そうか、全ては渡るべき人間の元に渡っているんだなぁ。
しかし、一気に二枚か。俺の宿願に大躍進だ」
「宿願?」
「これは元々一枚の絵でな、昔の仲間達が一堂に会した最後の光景を描いた物なんだよ。だから銅板を全部集めて、元の形に戻すのが俺の宿命だと思ってるんだわ」
「そっか、謙信の助けになれて本当に嬉しいわ。
借り物はひとまずこれで返せた、次にお願いなんだけど……」
「ん?ここに至っちゃ何でも聞くぞ」
「真名を交わしたい、です。
二年前に迷惑をかけてるし、それで会いに来ない無礼者だし、今日も色々やらかしちゃったし、謙信からすれば会って二日目の女が何言ってんだ、って思うのは分かってるんだけど」
「おう、いいぞ」
「戦いに行く前に心残りを一つでも消しておきたい……って、あーそうよね、謙信なら簡単に言っちゃうわよね。ほんと、事の重大さが分かってるのかしら? 一国の王が求婚してるのよ?」
「それを覚悟の上で受けている。俺は白、四百年間変わらない名前だ」
「もう、急に真面目な顔して……。私は雪蓮。大好きな母がつけてくれた名前よ。白、これからよろしくね」
「よろしく、雪蓮」
「ふぅ、それじゃあ全部やりたい事、言いたい事も終わったし、行くわね」
「そうか。それじゃあ雪蓮、勝って無事に帰って来いよ」
「あったり前じゃない。無事に帰ってきたその時には、白への大攻勢に移るんだから! 首を洗って待ってなさいよ! 後さ、私達全員生きて帰るから、絵も描いてね!」
えへへっと天真爛漫に笑った雪蓮の顔は、とても綺麗で、とても活力に満ちていて、遠い昔の愛しい人が重なった。
「ああ、分かった、準備しておくよ」
そうして俺達は笑顔で別れるのだった。
俺は去っていく雪蓮の後ろ姿を見送りながら、深く納得していた。
記憶を失う前の俺が命をかけた理由が今わかった、愛しい人をまた毒で失うなんて事になれば気が狂うよな。
雪蓮は鋭そうだから、灯華様を重ねているとバレそう。そんでバレたら刺されそう。
でも危険を承知で灯華様との相違点を見つけて雪蓮自身を見出していくのも面白そうだ。それはそれはとても刺激的な付き合いになるだろう。
呉の皆が旅立って数日後、管輅が帰ってきた。
仕込みを全て終えたので、後は他の管理者に任せて帰ってきたらしい。
「今ループはこれにて仕事納めです。上手く行けば後二ヶ月程でループとなるでしょう。
しかし懸念が一つあります、この物語の終わりに白様がどうなるかは分かっていません。
劉備を世に出した事が使命だったとするなら、任を解かれて以後普通の生活に戻るという事も有り得ます。
私達と収束率を上げる為、ループに付き合わされる可能性もあります。
普通の生活に戻るのであれば、もう収束率などは気にせず過ごしてくださっても大丈夫だと思います。ただし私達の事は他言無用に願います。
唐突な切り替えがあった場合はほぼループが起こった証だと思ってください。その場合白様は物語に組み込まれていると思いますので、今ループにて最寄りの都市で孫堅と出会った時のように、必然の流れに乗ってください。
そして天の御遣い降臨の噂が駆け巡ったなら、中央に来ていただいて管理者とのコンタクトを願います」
「分かった。ループした場合は近隣を巡って三国志に関わってきそうな事を探す、しばらく居着いて報が届けば中央に向う、これで良いんだな」
「はい、お願いします。白様に関しては不確定な事が多いので、裁量に任せきりになるとは思いますが、貴方なら出来ると信じております」
「俺としては使命が果たされている事を願うが、もしループしたなら管輅の期待に添えるよう頑張るよ。
それじゃあそれまで、普通に過ごすとしますかね」
そうして一ヶ月と少し時が経ち、管輅が水晶球を何処からか持ってきた。
なんぞそれ? と聞いてみると、左慈と宇吉が作った映像投影機らしい。
えっ、何そのオーバーテクノロジー? えっ、呪術、妖術の才能があれば管理者じゃなくても出来る? マジカ、俺これが終わったらすぐ呪術習おう。
というか何で今まで見せてくれなかったの? ……傷付いた人を見たら反応して飛び出していくかも? 否定出来ないですね。最後だから特別に見せてくれた訳ですね。
と驚いている所で、呉蜀と曹魏が対立している最中に荒ぶる五胡勢がやってきた。
三国を纏めるには最適のデウスエクスマキナがご登場したなーと思っていると、バトルが始まった。
声がないので名乗りなども聞けず、どうしてこうなったのか分からないんだが……これって管理者の仕込み?
あっ、違うんだ、煽るんじゃなくてむしろ今の今まで抑えてたのね。
そっか、四百年前のしわ寄せがこんな所に来た訳か。俺がずっと目を背けて放置していたから起きた事態、管理者にも当事者達にも迷惑をかけてしまって罪悪感が湧く。
ループするしないに関わらず、彼らとの付き合いについては今後気に掛けようと胸に刻む。
そして五胡との激戦が始まる。
が、何度も激突してきた三国は、勝手知ったるといった感じで突然の共闘となっても見事な連携を見せる。
呉の連中の実戦を初めて見るが、俺の教えが見て取れてとても嬉しい。
唐突に始まった戦闘は三国の勇士が敵の大将を討ち取り、見事に収束した。
そしてここで三国の戦いも終結する。
劉備と天の御遣い、孫策と孫権、曹操と夏侯姉妹が大戦の終結を宣言した。
良い大団円だった、というか劉備と教えられた子が灯華様にめちゃくちゃ似ててびっくりした。もう少しツリ目な感じだったら本人だと思ってたよ。
なんて終戦を他人事のように見ていたら、感覚が徐々になくなり、そして周囲が一変した。
あーそっちか、そっちだったか。
色々と胸に去来する物がある。
呉の皆との関係がリセットされた空虚感、約束が果たせない罪悪感、いつまでこれが続くのかという恐怖。まあ大体が負の感情だ。
とはいえ、もう慣れている、慣れてしまっている。
俺は胸の内の一切を殺し、自身を精査する。
荷物等は管理者と会った頃と同じ、最後の私塾を終えて旅立つ時と同じ装備をしていた。
各種薬と道具、簡易テントと毛布、水筒と保存食、鍛えに鍛えた刀。
とりあえず最低限必要な物はあるのが幸い、次いで鍛え直した身体能力がどうなってるのか試してみる。
んー気の巡りは良いが、身体は若干鈍っている気がする。
身体の状態はリセットされて、記憶と感覚だけ引き継がれている感じか。
なんとも残念、いや、無茶をしてもループすれば元通りになると思えばだいぶ救われるか。
自身の状態が分かったので、次は状況の把握である。
とはいえ、状況よりも先に自分の状態を気にしたのには訳がある。
周りにそれはもう何もないである。
中国全土に転がっているであろうありふれた光景で、村も立て札も道も特徴的な自然物も、手がかりになりそうな物が何も見られないのだ。
なにか無いかとキョロキョロウロウロと周囲を探索すると、遠くに道っぽい轍が伸びているのを見つけた。
「おお、とりあえずこれをどっちかに辿れば村だか街につくはず」
さてどちらに向かおうか、と悩んでいると、道の遥か彼方に人影が見えた。良かった、短慮に跳んでいたら言い訳のしようもなかった。
胸をなでおろした俺は場所を聞き出すべく人影の見えた方向へ進路を取るのだった。
これにて呉&説明編終了です。
諸々妄想して詰め込んでいたら、ダイジェストと言いながら十万文字を超えてしまうていたらく。
ややこしい説明、無茶なこじつけ、冗長、描写不足、色々とあったと思いますが、ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございました。
次話もお付き合い頂けたら幸いです。