今昔夢想   作:薬丸

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改稿済み。


5.始動

「ああ、わざわざありがとうね。ご飯は食べていくかい? そうなのかい? なんじゃあ、慌しいねぇ。あんまり無理するんじゃないよ。それじゃあね」

 

 外からお婆さんの威勢の良い声と困ったような男性の微かな声が聞こえてくる。

 まだ少し眠いがここはよそ様の家である、二度寝の誘惑に負けてはいけない。

 寝ぼけ眼を擦りながら、入り口に目を向けると、お婆さんと目が合った。

 

「こりゃすまないねぇ、起こしてしまったかい?」

 

 戻ってきたお婆さんは申し訳なさそうに言うが、入り口から見える外は微かに明るい。現代人にとって起きるには早過ぎる時間なのだろうが、光源の乏しいこの時代の人だったら、太陽を目いっぱい利用するためにこの時間から活動していてもおかしくない。

 ならこのサイクルに慣れなきゃならない。気合を入れて身体を起こす。

 

「丁度目が覚めました。さっき男性の声が聞こえましたけど、曹参さんですか?」

 

「ああそうだよ。朝から息子が鶏と卵を持って来てくれてねぇ。色々と嬉しくて声が大きくなってしまったようじゃな」

 

「そうでしたか、それは嬉しいですね」

 

 満面の笑みのお婆さんにこちらも笑顔を返し、思いっきり伸びをする。

 

「んーーーっ、それじゃあ朝食のお手伝いしますね!」

 

「いいのかい? 考え事であまり眠れてないなら、もう少し寝ていてもいいんじゃよ?」

 

「いえ、色々と慣れていきたいので、是非手伝わせてください」

 

「そうかい、助かるねぇ。朝真っ先にする仕事は裏の小川から水を汲んで、大甕を満たす事だね。朝一番じゃないと大きな動物と出会う可能性が出てくる、出来るだけ早く汲まなきゃならん。これが一日の中で一番の重労働になる。それから火を起こして朝食の準備だね」

 

 お婆さんが色々説明しながらやる事を教えてくれる。これが本当に助かる。

 

「分かりました。それじゃあ私が水を汲んでくるので、お婆さんは火を起こしてくれますか? 多分そっちの方が効率的ですよね」

 

「確かにそうじゃが、白よ、水というのは思うよりも重たいんじゃよ。あんたの細っこい腕と足じゃあどれだけ時間がかかるか……」

 

「大丈夫ですよ」

 

 そう言って俺はキッチンスペース横に置かれた大甕の傍に行く。大甕の大きさは高さ1mと少し、幅1m弱ぐらいのかなりしっかりとした作りの物。

 その隣に木で作られた手桶が2つある。高さ50cm弱幅40cmちょっとと、これまたがっしりしっかりとした物だ。

 おそらくこの手桶で俺が落ちていた小川から水を汲んでくるんだろうけど……手桶に水を満杯にして往復なんてしたら、大の男ですらへとへとになるだろう重労働だ。

 けどね、

 

「それじゃあ行ってきます」

 

 俺は手桶じゃなく、大甕を持ち上げる。

 3桁kgは余裕でありそうな大甕がちょっと重いかな? ぐらいの感覚で持ち上がるこの身体のチートスペックよ。

 傍でお婆さんがあんぐりと口を開けている。

 

 うん、驚かせて申し訳ない。正直冗談だったんだよ。

 浮かせるぐらいは出来るかな? と思って、重さを確かめる為に触ってみたら、持ち上げられちゃったんだよね。

 これ、もう突っ走るしかないよね?

 

「裏の小川からでいいんですよね?」

 

「あ、ああ」

 

 そしてそのまま水を入れてくるのであった。

 

 

 やはり水を入れるとかなり重くなる。

 が、持てない程ではなかったので一安心である。

 甕を落とさない様に水を零さない様にゆっくり歩いて戻る。

 

「入りますよー」

 

 一声かけて家に入ると、お婆さんは口を開けたままの姿で固まっていた。

 

「よっこいしょ」

 

 と定番の掛け声と共に甕を下ろし、お婆さんの指示をもらう。

 

「水汲みが終わったんですけど、次はどうしましょう?」

 

 はっとした顔のお婆さん。うんうん、ちゃんと瞳に光が戻った。

 

「……うん、考えるのは後にしようそうしよう。何時の間にやら水が満杯になっておるし、火を起こすか鶏を捌くとしよう」

 

 多分火を起こす方が大変だし、そっちをやればお婆さんの負担は軽くなる。

 けど、少し考えていた事がある。

 

「昨日曹参さんに説明してもらった事を実践したいので、一人で鶏を捌こうと思います」

 

「大丈夫かい?」

 

「これも訓練ですよ、もし分からなければすぐに聞きに来ます」

 

「そうかい、なら頼もうかね。火起しはまた次に教えよう。それじゃあ火を起こすにも時間がかかる、ゆっくりでやっておいで」

 

「はい」

 

 俺は鶏二羽を持って裏庭に行く。

 小さい納屋っぽいものがあり、そこには道具が全て揃っていた。

 俺は小さく深呼吸をする。

 気絶している鶏を二羽とも吊るし、しばらく待つ。

 血が頭に下りた事を確認し、包丁を手に取る。

 わざと力を込めず、包丁を押し付ける。

 今の俺が力を入れて包丁を引けば、いとも簡単に首は落ちるだろうが、それでは駄目だ。

 暴れる鶏を手で押さえつけ、がりごりと首根を押し潰す。

 一匹目の鶏の首が落ちる。

 二匹目の鶏も同様に取り掛かる。

 首を落としてしばらくは血が抜けるの見つめる。

 その後は羽を毟り、内臓を丁寧に処理する。

 こうして鶏の下処理は終了である。

 

 綺麗に手を洗いながら、一息をつく。

 なんで俺が鶏を進んで捌こうとしたのか、分かる人は簡単に分かるだろう。

 人を殺す為の準備である。

 こんな事で準備になるのかよと思うが、少なくとも、暴れる鶏を押さえている時にこみ上げてくる物はあった。だから無駄ではないと思う。想像は耐性を作る。

 目を閉じ、人を思い浮かべ、手に残った首を切り、内臓を取り出した感触をその想像に当てはめる。

 再び、こみ上げる物がある。

 

「ぐぅっ」

 

 けれど胃は空っぽで、こみ上げてきたのは液体だけだった。

 口に広がった酸っぱい液体を吐き捨て、深呼吸。

 これ以上は朝食を食べるのに支障を来たす。

 お婆さんの所に鶏を持って行こう。

 

 

 

「おお、綺麗に処理できているねぇ。丁度火も安定してきたから、調理を始めるかね」

 

 料理の大部分はお婆さんに任せる。

 というか手伝いを申し出ても全く任せてくれない。

 まあ絶賛記憶喪失中で、しかも料理を全くした事がなさそうな手をしてるし、仕方ないね。

 とりあえず邪魔にならない所で見ながら、調理方法と食材の説明をしてもらう。

 料理はほどなく出来上がった。

 

「それじゃあ頂こうかね」

 

「はい、いただきます」

 

 いただきますの言葉に普段には無かった重みがあったと思う。

 頂いた鶏のスープと卵と鶏のおじやは心底美味しかったです。

 ごちそうさまでした。

 

 

 

「それじゃあ朝食を食べ終わったら、脱穀の手伝いにでも行こうか」

 

 木の食器を洗って一息ついていた時、お婆さんがそう言った。

 勿論お手伝いはやぶさかではない。

 お婆さんは立ち上がり、壁にあった木の棒を持って外に向かう。

 

「はい、行きましょう」

 

 そうして連れられて行った場所にはもう数人の人が集まっていた。

 

「黄さん、おはようございます」

 

 気付いた人が真っ先にお婆さんに声をかけてくる、人望あるね。

 

「ああ、おはようさん。今日は私の所の客人が手伝ってくれる事になってね」

 

「白と言います。今日はよろしくお願いします」

 

 一歩進み出て、先制ご挨拶。

 

「おお、そうなのかい? よろしくねぇ」

 

「えらい別嬪さんだねぇ。脱穀は大変だけど、頑張りましょうねえ」

 

 おお、好意的に受け入れられている。さすがの村長母パワーだね。

 軽く雑談をしていると更に人が集まってきて、老若男女数十人程やって来た所で開始の合図がかかった。

 お婆さんが大きな蔵のような建物に近づいていき、エジプト錠のかかった扉を開ける。お婆さんが持っていた木の棒は鍵だったらしい。

 中には収穫された麦が山のように積んであった。

 それを両手いっぱいに持って外に出る。

 何度か往復して地面に麦を穂先を揃えて敷き詰める。

 建物の中にあった長い木の棒とヌンチャクのような二本の短い木の棒が蔓で繋がった物を持ってくる。

 そして長い棒で地面に敷き詰めた麦を叩く。

 ある程度叩いたら、ヌンチャクっぽい木の棒、扱ぎ箸というそれで麦を扱いていく。

 地味ですげー大変な作業である。

 

 作業は一時間ほど行われ、長めの休憩が宣言された。

 ほとんどの人は手をぷらぷらと振っている。あれ、相当に握力要るもんね。

 

 あまりに地味で苦労する作業の中で、俺はもうやっちゃう決心をしていた。

 千歯扱ぎを作ろう、と。

 

「あの、木を切る道具を貸してもらえませんか?」

 

「扱ぎ箸を作るために蔵の中に置いとるが、どうするんじゃ?」

 

「脱穀の道具を作ろうと思います」

 

「道具?何か思いついたんかい?」

 

「はい、後木と竹も使いたいんですが……」

 

「んーあるにはあるけどねぇ……」

 

「決して無駄にはしませんから!」

 

 お婆さんの目をしっかりと見て、懇願する。

 

「まあ、いいかのぅ。いきなり辛い作業をやらせてしまったし、お詫びじゃの」

 

「ありがとうございます。早速かからせてもらいますね」

 

 

 

 長さ1m直径20cmほどの丸太に長さ2mほどの乾いた竹、手斧がある。

 うん、十分だ。

 まずは竹を切って行こう。

 節の部分を切れば、長さは十分。節の仕切りを取り除き、後は細くなりすぎない様気をつけつつ、縦に何度も割っていく。

 出来た長方形の竹を、今度は笹の葉の様な形に整えていく。

 よし、これで歯の部分は完成。

 次いで丸太を縦に一刀両断する。うん、綺麗に真っ二つである。さすがチートスペックだ。

 もう二回縦に切れば、平坦な板が出来上がった。

 いえす、これにて完成。

 本来は歯を金属にして、歯を木に打ちつけて固定するのが一番なのだろうが、青銅なり鉄なりを使うには実績がいる。

 

 俺は道具を持ってお婆さんの元に戻ってきた。

 

「なんだい、もう出来たのかい?」

 

「ええ、形だけですけどね。これが上手く行ったらちゃんと完成させましょう」

 

 そう言って俺は道具を準備する。

 土と石を盛って30cmぐらいの台を作り、その上に板を置く。

 板の上に乗って土台がしっかりしているか確認をし、板が地面と平行になるよう調整する。

 そして板の上に歯となる竹を並べていく。並べ終えたらその上に板を載せて、最後に適当な二人に板の両端をしっかりと押さえてもらうよう頼み、俺が麦を持って板に乗っかれば準備完了である。

 後は板から飛び出た竹の歯の間に穂先を通し、下から上に引けば……

 

 パラパラパラパラ

 

 三度ほど引けば麦からは穂が綺麗に取れている。

 おお、簡易型とはいえ取れるもんだな!

 

「おおぉー」

 

 と周囲がどよめいた。

 気付けば脱穀作業をしていた全員が俺の周囲にやってきていた。

 皆興奮しているようで、子供達からはやりたいコールが起きている。

 

「これは便利だねぇ、扱ぎ箸よりずっと楽で速い。作り方も簡単そうだ。白や、すごい物を作ったねぇ」

 

「思い付きだったんですが、上手く行きました。この竹の部分を金属にして、それをしっかり木で枠組みを作ってくっつければ、もっと楽になりますよね」

 

「木組みの台は作れるだろうが、銅は貴重品だから無理じゃな。しかし竹でも十分に使えそうじゃないか。白や、木材も竹も使って良いから、これをもっと作ってくれないかい?」

 

「お安い御用で」

 

 手斧は一つしかないので、その後俺はひたすらに木と竹を切っていくのであった。

 

 

 

「皆、お疲れ様」

 

 お昼過ぎ、作業を休憩して雑談に耽っている所に曹参さんがやってきた。

 皆笑顔で出迎えているところを見ると、相当慕われているのが分かる。

 曹参さんは皆に挨拶を返しつつ、最後に私とお婆さんの二人の前にやってきた。

 

「母さん、白さん、お疲れ様です」

 

「お疲れ様。朝はありがとうねぇ、差し入れ随分と助かったよ」

 

「鶏本当に美味しかったです。ありがとうございました」

 

「ここしばらく親孝行が出来てなかったから、むしろこれぐらいでしか感謝を返せずに申し訳ないぐらいですよ」

 

「すみません、親孝行なのにご相伴に与ってしまって」

 

「あっ、いえ、白さんにはすごく助けられましたから、気にせず頂いてください」

 

 別に助けた覚えは……って、お婆さんと同じ理由かな?

 

「しかし急にどうしたんじゃ? 確か会合があったじゃろ?」

 

「その、実はね、やってきた人物が母さんに会いたいと言ってて」

 

「歯切れが悪いのぅ」

 

「ここでは言いにくいんだ、本宅まで来て欲しいんだけど……」

 

「本宅に……」

 

 お婆さんの目に複雑な色が雑じった。

 少し思い悩むように目を瞑り、唸る。

 しばらくして開かれた目には、決意の色があった。

 

「それは、相当な大事な事なんだね?」

 

「ああ、お願いだ」

 

「はぁ、分かったよ。皆! ちょっと私は用事で出るから、仕事の続きを頼んだよ!」

 

 はーい、とあちこちで声が上がる。

 同時に休憩を切り上げる雰囲気が流れ、準備が始まる。

 

「お手数ですが、白さんにもついてきてもらいたいのです。知人は非常に顔の広い人なので、白さんについて何か気付く事があるかも知れません」

 

 何やら事がとんとん拍子に進むな。

 

「そうなのですか、ではついて行かせてください」

 

 流れるように進む事態にテンションが上がり、自然と明るい笑顔が浮かぶ。

 曹参さんは照れたように目線を逸らし、ふと表情が変わった。

 

「あの、白さんの近くにあるそれらの道具はなんでしょう?」

 

 視線の先には作ったばかりの脱穀道具。

 

「ああ、それは白が作ってくれた脱穀道具じゃよ」

 

 そう言ってお婆さんは麦を持ち、喜々として使い方を実践してくれる。

 

「なんと、これはすごい発明ですよ!」

 

「もっとしっかりとした歯と土台が作れればもっと楽なんですけどね」

 

「……白さんはすごいお人なのですね」

 

 評価がうなぎ登りだ。さっさと使っとくものだね、知識チート。

 

 

 

 一緒に仕事をした皆と惜しまれつつも別れ、曹参さんの家まで歩く。

 歩いてる間に千歯扱ぎもどきについて聞かれる。

 俺が思いついたわけではないが、ここはもう開き直ってしまおう!

 

「扱ぎ箸の閉じた状態をいっぱい作れないかなって発想だけです。そんなに難しい物じゃないですよ?」

 

「確かに機構としては非常に簡易ですよね。何故私達はこんな簡単な形に行き着く事が出来なかったのか……」

 

「人は新しい物が好きな癖、目の前の形という物を変えたがらんからのぅ。今日はそれをはっきりとした形で認識させられたわ」

 

「あの発明は農民の生活を一変させるものです。本当に、どうしようか……」

 

「公開すればいいですよ。それが世の為人の為という物です」

 

「いいのですか?物として売り出すか、国に献上品として差し出せば、白さんの地位は一生安泰ですよ?」

 

「一時間の作業の中で生まれた発想です。どうせ誰かがすぐにでも思いついていましたよ。そんな物に縋って生きるのもどうかと思いますしね」

 

「白さんは大きい人ですね」

 

「あっ、けど発想した人間の権利を保障しないと将来的にまずいか」

 

「権利、ですか」

 

「権利を守り、利用する枠組みを国が作らないと、発想や閃きって世に出てきませんしね」

 

「……白さんは、本当に記憶喪失なのですか?国の政策にまで明るいとは……」

 

 あっ、警戒された? これは喋り過ぎたかも知れないな。

 

「記憶を失う前は学問を極めた仙人でもやってたんですかね?」

 

 冗談っぽく茶化せば何とかなりませんか?

 

「仙人……私はそれが真実かもしれないと、半ば思っておるよ」

 

「えっ?」

 

 俺と曹参さんは同時にお婆さんを見つめる。

 

「いや、馬鹿げた事を言ったよ。冗談じゃ冗談。ほら、急ごう、客人を待たせとるんじゃろ?」

 

「いきなりどうしたんだよ? ちょっと、母さん?!」

 

 お婆さんはスタスタと早足で行ってしまった。

 大甕を平気な顔で持ち上げてた所も見られてたし、お婆さんからしたら冗談には聞こえなかったんだろうな。

 

 

 そして程なく、やたらめったら大きいお屋敷までやってきた。

 今まであった竪穴式住居ではなく、平屋型の住居である。

 周囲一帯を囲む塀があり、敷地内には大きな土蔵が幾つもある。

 大きな蔵には収穫され、籾が剥かれた状態の米や小麦が入っているらしい。

 つまり曹参さん一家はただの村長一家ではなく、豪農的な立ち位置っぽい。

 

「ふぁー、大きい建物ですねぇ」

 

「客人は客間かい?」

 

「ああ、待っててもらっているよ」

 

「ふぅ、客間なら大丈夫かね。それじゃあ作業も残っとるし、早く終わらせよう」

 

 お婆さん的には作業云々より、家自体に長居したくないんだろうな。

 

「それじゃあ行こう。それと、前もって言っておきたい事があるんだ」

 

 曹参さんが前を歩きながら、言いにくそうに切り出した。

 

「誰がいてもどんな内容の話でも騒がず、一先ずは最後まで話を聞いて欲しい」

 

「そこまで念を押す何かを誰かと話すんだね。ちゃんと心積もりはしておくよ」

 

「私は状況も良く分かってませんので、聞き手に徹します」

 

「ありがとうございます」

 

 そうして一つの部屋の前で足を止めた。

 

「劉邦様、母を連れてきました」

 

「?!」

 

 お婆さんが驚いた様子を見せるが、先ほど約束をした手前、そのまま声を荒げる事はしなかった。

 けど、分かりやすいぐらいに不機嫌な表情と雰囲気を振りまいている。

 

「おお、わざわざすまない。というか、早く入ってこいよ。ここはお前の家だ、何を気遣う必要がある」

 

 ここにきて少しの違和感。

 

「そういう訳にも行きません。それでは失礼します」

 

「……」

 

「失礼します」

 

 お婆さんは無言で、私は一応一言かけて頭を下げて入室する。

 頭を上げれば、目の前に美女が一人いる。

 十畳ほどの広い部屋の中央には大きな丸机が置いてあり、その奥に美女がいる。

 左手に曹参さん、右手にお婆さん、奥に美女がいる。

 何度だって繰り返す。

 部屋の中には俺、お婆さん、曹参さん、ほりの深い顔立ちで、柳眉と赤茶けた艶やかな髪が特徴の、とても美しい女性しかいない。

 あれ? 劉邦さんは? なんてきょろきょろと周囲を見渡して現実逃避をしていた俺は、美女の放った一言に現実を突きつけられる。

 

「初めまして。私は劉邦と言う者だ。いきなり呼びつけてしまって申し訳ない」

 

 ああ、やはり聞き間違えではなかったようだ。

 ……

 ああもう! なにがどうなってんだよ! 史実物だと思ったら恋姫無双だったのかよ?!

 歴史を多少なりとも知っているという大きな武器が失われる恐怖と不安に、頭がぐるぐるとし始める。

 が、もしかしたら歴史のあれやこれやなんだかんだで、劉邦が男とされただけなのかも知れない。と気付いて少し落ち着く。

 

 色々と生まれる矛盾を一切無視しての、無理やりの納得ではあったが心に余裕は生まれた。

 そして一つ確信したことがある。

 転生時に言われた俺の使命とはきっと、この人を皇帝にする事に違いない。

 ここに至るまでの妙な流れの良さに、それだけは理解できた。

 

 ならここはいっちょ、この人について見極めようか。




お気づきでしょうが、出だしが三国志じゃないという罠。

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