今昔夢想   作:薬丸

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二話更新です。
超展開の始まり。


59.歌姫三姉妹

 待っていてくれと言われ、まーちゃんからも請われたので素直に待つ事に。

 天幕内から姦しい声が聞こえてくるのをBGMに、まーちゃんと世情についてなど適当な情報交換をし始める。十分も話をしているとまーちゃんの聡明さに興が乗り始め、匈奴の話題にまーちゃんが食いつき始める。その勢いのまま五十分程して話が一段落着くと、まーちゃんと俺の間に、こいつ、出来る! みたいな信頼関係が生まれていた。

 と、そんなこんなで一時間、ようやく天幕からアクションがあった。

 

「あの、入ってきて大丈夫です」

 

 先ほどの少女の声を聞いてまーちゃんが先に動き出す。彼女は他の者に周囲の警戒を命令し、天幕に入っていった。そして改めてまーちゃんが顔を出し、入っても大丈夫です、と言われたので中に入る。

 

 まーちゃんが手前にいて、奥に三人の美少女がいる。美少女と美女が目の前にいる心ときめく場面であるはずなのに、周りがごちゃごちゃとし過ぎていて感動が半減している。

 机や椅子に化粧台、衣装ハンガーらしき物、舞台の小道具や装飾品等が多数詰め込まれており、外から見た天幕はそこそこの広さが合った筈なのだが、雑多な様子が中を狭く見せていた。

 

 目の前にいる美少女三人と美女一人が霞んでしまうのだから、部屋の印象とは大事なんだなーと場違いな事を考えてしまった。

 女性を前にして周囲を観察するなど失態以外の何者でもない。慌てて少女達に注意をやると、彼女達は俺の事を見ていた。嬉しさ、悲しさ、苦しさ、懐かしさ、万感の感情を表情、瞳、溢れる涙に込めて俺をただ見ていた。

 その様子に俺とまーちゃんはぎょっとし、慌てる。

 

「お三方、どうされました?!」

 

「まーちゃん、急にごめんね。でも大丈夫だから。それでね、ちょっと天幕から離れてもらっても良いかな」

 

「それは、警護任務上出来かねます」

 

「まーさん、お願いします。これは私達姉妹にとってとても大事な事なんです」

 

「だから外にいる皆も会話が聞き取れない程度に離れさせて、お願い」

 

 そうして三姉妹とまーちゃんが睨み合う事数分、まーちゃんの方が折れた。

 

「……あーもう! 分かりました! ですが昼ご飯の時間までです。朝から何も食べてないですから、昼ご飯はしっかり食べないと午後の練習と夜の公演に差し支えます。

 後、この天幕は道具搬入の為頻繁に出入りしなければいけませんから会話もし辛いでしょう。今新しく天幕を張ってきますので、しばらくお待ちを」

 

「ありがとまーちゃん!」

 

 そうしてまーちゃんは天幕を出て行った。出て行ってしまった。

 残された俺はどうしようかと頭を悩ませる。

 彼女達の反応、はっきりとしない心当たり、黄巾党関係者なのではという猜疑心、まーちゃんとの詮索しないという約束、見慣れぬ大掛かりな舞台装置。

 気になる事が多すぎて完全に気が散ってしまっている。

 過去を振り返り、ここまで混乱して流されっぱなしなのは何時以来だろうか。もしかして四百年前こちらにやってきたばかりの時以来ではなかろうか?

 ともかく、こういう時は下手に足掻くと泥沼に嵌まると相場は決まっているので、俺から積極的にアクションを起こすのは控える。会話も先を促す程度に留めて、主導権は全て彼女達に譲ろう。

 

 彼女達は涙を拭き、アイコンタクトで意思疎通をし、そして一番年長だろう少女が話しだした。

 

「あの、詳しくは天幕に移ってから話そうと思うんですけど、時間も多少掛かると思うの。まずは自己紹介させてもらっても良いですか?」

 

「ああ、なら私から先に済ませよう。

 姓名を謙信、曹操様の命で北との交易を主導していた。

 ここには馬を休ませる為に寄ったのだが、何やら街が騒がしいと違和感を感じたので調査をしていた」

 

 名前、曹操軍所属、何用でこの街にいるのかを簡単に明言しておく。

 

「謙信さん、ですね。わたしは数え役満姉妹の長女、天和だよ……です。

 曹操様からは歌と踊りで民を元気付けてあげてと、出来れば兵隊さんを集める手伝いをしてと頼まれて、ます」

 

 慣れないけど頑張って敬語を使ってます! という様子が何ともあざとい。うん、嫌いじゃない。

 

「ちぃは次女の地和よ! 姉妹の中では踊りと舞台演出担当!」

 

 立ち上がり、ビシィと人指を突き付けて言って来た。

 元気な小悪魔ポジだろうか、けど切り替えができていないのか、ちょっと足が震えているのが可愛い。

 

「私は三女の人和。担当は雑務や交渉といった舞台外の全般。姉妹共々宜しくお願いします」

 

 この子が一番冷静なのだろう、声の震えもなく普通にしているように思ったのだが、微かに手が震えているようだ。

 何が彼女達をここまで気負わせているのだろう。

 

「それでね、違くて、そうしまして」

 

「あー敬語は要らない。互いに曹操様から任務を受けてる立場のようだし、どちらが上という訳でもないだろう。公演前に疲れてしまっても困る、だから出来るだけ気楽に喋ろう」

 

「あっ、はい、ありがとうございますです」

 

「天和姉さん、混乱しすぎ」

 

「う、うん。それで聞きたい事なんだけどね、謙信さんって男の人、だよね?もし間違ってたらごめんなさい」

 

「おお、一目で見抜かれたのは初めてかな。わざと誤認させてる訳じゃないんだけど、案外皆気付かなくてな。

 しかしそれがどうかしたのか?」

 

「うん、すっごく大事なこと。やっぱり貴方はわたし達の運命の人だった!」

 

 ……あれ、似たような言葉を以前管輅から聞いた事があるような。

 管輅には未来視過去視があり、しかも唐突な出会いだったから電波…もとい乙女発言が口から飛び出したのも已む無しと言えた。けれど彼女達からそう言われる謂れがない。これはもしや不思議ちゃんや電波の香り?

 

「天和姉さん、情報を端折り過ぎ。謙信さん困ってる」

 

「あ、うん、そだね。興奮しちゃって言葉が止まらなかった、てへっ」

 

「……あたしも聞きたい事があるの。謙信さんは三年ほど前に陳留にいた?」

 

「ちょ、ちょっとちーちゃん!その話はもうしないって!」

 

「ちー姉さん、それを聞いたからってもう何も変わらない。それは後悔するだけの質問」

 

「駄目、これはけじめだもん。ねえ謙信さん、嘘偽りなく答えて」

 

「……三ヶ月ほど滞在していたよ。曹操様と街に出ていたりもしたから、多少目立っていたかな」

 

「そっか、ああ、あたしってほんと馬鹿。

 姉さん、れんほー、ごめん。あたしは二人になんて遠回りをさせたの……。

 あの時天和姉さんの言う事を聞いていればっ、こんな事には!

 黄巾の皆、大陸中の人達、本当にごめんなさい。あたしの馬鹿に巻き込んじゃって……本当にごめんなさい」

 

 呻くように絞り出されたその言葉を聞いて、彼女達の正体が分かった。

 彼女達を可哀想には思う。運命の流れに翻弄され、太平要術の書に操られ、周囲の人間に祭り上げられ、死にかけた。管輅や卑弥呼から裏を聞き、その救いようの無さを知る俺だからこそ、純粋に同情が出来てしまう。

 だが事情を話せない俺が今ここで何を言えるというのか。

 結局俺は沈黙に徹する他なかった。

 

「ちーちゃん、それはもう話し合ったでしょ。

 わたし達三人が悪い、だから皆で大陸の人達を笑顔にするの。

 巻き込んじゃった人達の十倍二十倍の人を幸せにするの。

 それで大陸中の人を笑顔にしたら、わたし達もきっと幸せになれるんだって。

 わたし達なら出来るの。だから、もう泣かないで」

 

「て、天和姉さん……ごめん、すぐ、泣き止むから……」

 

「泣くのもだけど、ごめんももう終わり。謝罪や涙では人を笑顔にできないわ。私はいつも元気で輝くような笑顔を振りまくちー姉さんが大好きよ」

 

「れんほー……うん、ありがと! がんがん頑張ってがんがん皆で幸せになろうね!」

 

 三人が涙を流し、抱き合って互いを救い合っている様子に涙が出そうになる。

 でもなんというか、蚊帳の外感が半端ないなぁ。

 しばらくその様子を眺めていると、外からまーちゃんの声が聞こえてきた。

 

「天幕の設営が終わりました、移動して下さい。後一時間ほどで昼時になりますので、頃合いになりましたら声をかけます」

 

「うん、ありがと! まーちゃん!」

 

 

 そして四人で別の天幕に移動する。

 机と四つの椅子が置かれた簡素な室内だった。

 

「さっきはごめんなさい、あまり気にしないでくれると嬉しいな」

 

「ああ、君達がそう言うならそうしよう」

 

「ありがと、謙信さんはとても優しいね。さっきも色々と気付いたんだろうけど、何も言わずに聞いててくれた」

 

「言える事が無かっただけだよ」

 

「んーけどね、わたし達に気付いて反応を変えなかったってだけで、大分救われたの。だからありがと」

 

 天和はそう言って弾けるような笑顔をくれた。

 それは何かが満たされるような素敵な笑顔だった。

 

「それでね、わたし達の話を聞いて欲しいの。良いかな?」

 

「ここまで来たら否はないさ」

 

「それじゃあ最初から話すね」

 

 それから彼女達の長い自分語りが始まった。

 

 

 

 彼女達は漢中で生まれた。

 漢中といえば医者の街と言われる医学の最先端を突き進む場所である。

 現在では様々な流派、派閥などに別れているが、どの流れにも四百年前にいた医聖の教えが根本にあるのだそうだ。

 その中にあって、彼女達の生まれた家は特殊だった。

 医聖が知見を広げる為に収集していたと言われる呪術等の知識を管理する家柄だった。

 医者の街には似つかわしくないが、それも医聖の残した知識であり、四百年受け継がれてきた歴史もあり、公然の秘密のような形で家は存続していた。

 だが近年医学進歩の停滞に陥り、彼女達は排斥されてしまった。

 医学に呪術は必要ないから、置いておく余裕が無いから、停滞は彼女らのせいなのでは。

 そんな理由で彼女の一家は離散させられた。

 

「あの街にいる必要なんて何処にも無かったし、呪術師としても、医者としてもやっていける知識も腕もあったし、私達は喜んで漢中を出たわ」

 

 人和は冷静にそう言った。

 

「父さん母さんは知識を深める為に異国に渡ると言ってたわ。西か南、占術で適当に決めて行っちゃった」

 

 地和は面白そうに言った。

 

「勿論わたし達も誘われたよ? けど姉妹三人で話し合って、わたし達は残る事にしたの。

 わたし達には小さい頃からの共通の夢があって、それを追いかける未来を選んだの。

 そしたらお父さんもお母さんも残る事に反対しなくて、皆夢を追いかける道を選んだんだね、やっぱりわたし達は家族だね。ってむしろ笑って賛成してくれたんだ」

 

 天和は笑顔でそう言った。

 

「末っ子の私も十四になっていたし、祝言とか呪いを必要とする遠方に連れて行かれたりもしてて、旅慣れてたっていう理由が前提にあったからだけどね」

 

 そして彼女達は親と別れて旅に出る決意をした。

 

「物心つく前から夢に出てきた、とても大事な人に会う為に」

 

 不思議な事に三姉妹は同じ夢を見る事が多くあったという。

 自分ではなく、今ではない。そんな昔の誰かとなっている夢。

 その誰かは医者であり教師だった。見る光景は大抵が医者として人を癒やしていたり、医学を教えていたり、研究をしていたりであった。

 

 だが時たま二人旅をしている光景を見た。

 それはそれは幸せな時間だったという。驚く事に夢で残るのは光景だけでなく、その誰かが抱いていた感情もまた強く残っていたのだ。

 人を癒やして笑顔をもらった時、教えた者が大成した時、研究が進捗した時、どれも喜ばしい思いが残っていた。

 だが誰かが誰かと過ごす時間はその喜びの比ではなく、胸を焦がすような強い強い歓感情があった。

 

 だから彼女達は何時しか共通の夢を持っていた。

 夢の人が恋焦がれていた、あの人のような運命の人を自分達も見つけて、夢ではない現実の恋をするのだと。

 

「それから半年ぐらいかな、旅医者の真似事をしながら宛てもなく漢を巡ってたの。

 そしたら段々と人がついて回るようになっちゃって……旅医者の真似事も出来なくなっちゃったんだ」

 

「姉さん達は肉親の欲目を抜いても、とても魅力的。しかも医者の街で必修とされていた医学を学んでいて、夢のおかげで医者としても教育者としても腕が良いとなれば、評判にならない筈無いの。

 何処の街に行っても無理やり引き止められたり、前の街にいた筈の人がわざと傷を負ってやってきたり、面倒ばかりが多くなって仕事にならなくなった」

 

「ちぃと天和姉さんだけじゃなくて、れんほーもとっても可愛いから仕方なかったの!

 それでね、どうしよーかなーって悩むあたし達だったんだけど、ちぃ閃いちゃったの。だったらこの人気を逆手に取って、演者にでもならない? って。

 付いて回る人達の有効活用、じゃなくて、愛情にも応えられるし、もっともっと目立てれば運命の人がちぃ達を見つけてやって来てくれるかもって!」

 

「私達はちー姉さんの発案に乗ったわ、正直もうそれぐらいしか道が無かったし。

 幸い私達は演者としてやっていける土台があった。歌と踊りは祈祷に必須で、人の精神に関する造詣は人一倍深かったから。

 何をどうすればいいのかはある程度練習すれば簡単に掴めた」

 

 それから一年程漢を巡り、ある程度自分達の名前が売れてきたと実感が生まれてきた矢先、事件が起こった。

 陳留で太平要術の書に出会ってしまったのだ。

 

「そこにはちぃ達の望むもっともっと自分達を目立たせる術がいっぱい載ってたの。

 あたしはそれを試さずにはいられなかった。呪術と人の精神に人一倍詳しいあたしが魅せられるなんて、本当に笑えない」

 

「あれは自身の望む物を見せても、本当に必要な物を見せない呪いの書だったの」

 

 そして彼女達は書に魅せられるまま動き、黄巾の乱へと発展していった。

 黄巾が盗賊行為をしていると、誰かの悪意によって遅れに遅れた情報が彼女達の耳に届いた。その時になってようやく目を覚ましたが、事態は既に手の施しようがない所まで来ていた。

 彼女達は訴える事しか出来なかった。平和な世にしようと大声で訴え、歌にもした。けれど全ては曲解されてしまう。

 結局全てが終わるまで、彼女達は踊らされ続けた。

 

 けれど救いの手があった。

 華琳が彼女達に手を伸ばしたのだ。

 生きて罪を贖えと。

 それは華琳の策略だったんだろう。彼女達のカリスマ性は捨てるには惜しすぎる。自分ならば彼女達を上手く操り、力にできると。

 彼女達はそれを知った上で手を取った、自分達が貶めた人達を救いたい一心で。

 

「だから黄色い布を巻いて行動してるんだ。

 盗賊行為をしていた人はもう一度甘い汁が吸えると思ってやってくるから、まーちゃんに捕まえてもらうの。

 純粋に歌を聞いてくれてた人は盛り上げて、元黄巾で更生してる人はわたし達が生きてると知ると喜んでくれるか恨んでくれるかして、その思いを糧にもう一度生きようって思ってくれるの」

 

「そんな理由があるから、曹操様には出来るだけ兵として働くよう言ってくれって頼まれてるけど、進んでは出来ないのよね。

 まーちゃんに言われた時だけ言ってるって感じ」

 

 それからは精力的に方々を巡りに巡った。

 紆余曲折ありつつ、なんだかんだと上手く行ってこの街にやって来て、俺と出会った。

 そう彼女達の自分語りは締め括られた。


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