今昔夢想   作:薬丸

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前回のあらすじ:蓮っ葉な言葉遣いで話す美女は劉邦さんでした。

改稿済み。


6.始まったと思ったら終わった

「いやはや、家長を差し置いて上座に座って申し訳ない。ただの客人として来たんだが、曹参が堅くてなぁ」

 

「貴女はこの沛県で一番の権力者なんですから。この待遇ですら相当失礼に当たる物なんですよ?」

 

「はいはい、譲歩ありがとよ。まあとりあえず皆座ってくれ」

 

 曹参さんと気安い感じで会話をする劉邦さんに、俺とお婆さんは目を丸くしてしまっている。

 お婆さんは噂で聞いていた話と目の前の二人の様子が一致しない事に、俺は劉邦さんが目も覚めるような美女である事に驚いていた。

 

「しかし、二人は何をそんなに目を丸くしてるんだ?まだ驚くような話はしてないが……」

 

「劉邦様が来られるという事をそもそも話せていません」

 

「ふむ、そこからか。しかし曹参、そこのお嬢ちゃんはなんだ?どうして連れて来た?」

 

「劉邦殿に見てもらおうと思いまして」

 

「あん?どういう事だ?」

 

「この人は白さんと言いまして、昨日母さんが見つけた記憶喪失の少女です」

 

「ほう、それで?」

 

「私にはどうにも見透かす事が出来ませんでした。ですので、人を見る目を持った劉邦殿に見ていただこうと思いまして」

 

「見た感じ良い奴だと思うが?」

 

「それだけだと不安なので、もっとちゃんと見ていただきたいのですが?」

 

「はぁ、分かったよ、請け負おうじゃないか。それじゃあ白とやら、少しいいかい?」

 

「はい、勿論構いません」

 

「そうか、それじゃあ曹参、そっちは母殿に事情の説明をしておいてくれ」

 

「任されました」

 

 そうして曹参さんはお婆さんの隣に言って説明を始め、俺は劉邦さんに近付いて対面する形に。

 

「それじゃああまり意識せず、普通に会話をしてくれると助かる。聞きたい事があれば聞いてくれて構わないし、話しにくい事は話さなくてもいいからな」

 

「はい、わかりました」

 

「まずは自己紹介と行こう。私は劉邦、一年前に沛県の県令についた者だ」

 

「私は白と言います。昨日お婆さんの家の裏の小川で溺れている所を発見され、記憶喪失になっている事に気付き、そのままお世話になっている怪しい者です。白と言うのは、私が着ていた白い服から取った仮名です」

 

「中々波乱万丈な人生だな。記憶喪失と言ったが、何も覚えてないのか?」

 

「私自身の事、川で溺れていた経緯、この国の事、何も分かりませんでした」

 

「嘘じゃあない、か。昨日今日と曹参の母殿と一緒に過ごしていた様だが、どうだった?どう思った?」

 

「とても充実していましたよ。本当にお婆さんには感謝してもしきれません。怪しい私を拾ってくれたのもそうですし、色々お世話を焼いてくれてました。この恩は必ず返します」

 

「本心だな。なんだ、記憶も心根も本当に真っ白じゃないか」

 

「……わかるんですか?」

 

「なんとなくではあるけどな。それじゃあ記憶喪失の相手にこれ以上聞く事もないって事で、お嬢ちゃんから聞きたい事はあるか?」

 

「聞きたい事言いたい事それぞれ一個ずつあります。聞きたい事は反乱の事ですね、言いたい事は私が少女ではなく」

 

「劉邦殿、こちらの反乱時の説明と説得は終わりました。そちらはどうです?」

 

「大体終わったな。この子は記憶も性格も真っ白で間違いない。後は反乱の事について聞かれたんだが……なあ曹参、このお嬢ちゃんと私を引き合わせた理由ってのは人物鑑定するだけって訳じゃないんだろ?」

 

「ええ、劉邦殿が見初め、白さんが受けるならばの話ですが、私達の未来に巻き込んでしまおうと思っています」

 

 なんと、巻き込むとはっきりと言うのね。

 まあそういうの、嫌いじゃないよ。

 

「心根は真っ直ぐ、聡明な受け答え、確かに伸び代はある人物だとは思う、が、過去が分からないと言うのはかなりでかい不安要素だ。それを払拭する何かがお嬢ちゃんにあるのか?」

 

「白さんは劉邦殿もおっしゃられた通り、非常に聡明で胆力もある人材です。ですがなにより、脱穀の効率を数倍に引き上げる発明をしながら、それを国益の為に公の物としようと言った点は高く評価されるべき長所でありましょう」

 

「おいおい、お嬢ちゃんは記憶喪失なんだぜ?そんな事あるはず」

 

「息子が言っているのは本当です、白は仁智力全てにおいて優れております。わたしもこのような狭い村の中で過ごさせるのは勿体無いと考えておりました」

 

 二人からの熱い持ち上げ。照れるね!

 

「んー二人のお墨付きって訳か。しかしだ、お嬢ちゃんの意志ってのを聞かない訳にはいかない」

 

 ふむ、身内だけじゃなく相手の話もしっかり聞くというのは、偉い身分になるとどうにも難しくなるっていうのに、平然とやってのけるのね。

 為政者として中々素晴らしい素養をお持ちのようで。

 

「記憶が戻るまで無理をせず、曹親子のご恩に報いる為に村に残るというのが常道なのでしょう。ですが恩人二人が外を見る事を勧めるならば、劉邦様に付いて行き、外の世界に目を向ける事こそが正道なのでしょう」

 

「では?」

 

「恩義に報いた後、劉邦様のお役に立ちに参上する事をここに誓わせてもらいます」

 

「本当に良いのか?私の事を現時点ではほとんど知らないだろ?」

 

「そうですね。けれど貴女が、素性も知れぬ怪しい私を良い人であると断じて受け入れてくれる、そんな良い人である事は理解しております」

 

「頭が回るだけじゃなく、弁までしっかり回るのか。こりゃ確かに得難い人材だわな。

 あい分かった!それじゃあ反乱についてと、これからの事について話させてもらおうじゃないか。曹参、母殿にはどこまで話した?」

 

「劉邦殿が私を村に追いやったのではなく、私の意志で村に戻ってきていたという所までです」

 

「なら念の為に導入の部分からしっかり説明しようかね」

 

 

 話を聞くに、クーデターを企んだのは曹参さんの方で、劉邦さんは事が起こる直前になって話の全容を聞いたらしい。

 そしてその全容とは、曹参さんを中心に手を汚していない役人数人で手を組み、一人の役人を数年をかけてでっち上げる。そして国から派遣された人間をやっちまって、その作り上げた役人に全ての責任押し付け、人望に厚い劉邦さんがトップにつくという計画であった。

 

 お婆さんは目を見開いて驚いている。そりゃそうだ、反乱の首謀者が自分の息子だったんだから。国に忠誠を誓っているなら憤死物じゃない?

 まあ昨日さんざん国に対して文句言ってたから、それはないんだろうけど。

 んーしかし気になるね、その作り上げた人物って誰じゃろ?

 

「その虚像として作り上げた人物の名前は何と?」

 

「蕭何と名をつけました」

 

 マジか?!

 

「えっと、その蕭何って、基になった人とかっていますか?」

 

「いえ、無辜の民に迷惑をかけてはいけませんから、少なくともこの沛県近郊にはいない姓と名で作りましたよ」

 

「ああ、そうなんですか。それは一安心です」

 

 うんうん、一安心。

 じゃねぇぇぇぇ!三傑の一人が欠けちゃってるよ!めっちゃ重要人物が……

 ん?

 あれ、この流れはもしかして俺が蕭何ポジって事?

 

「そして蕭何は姿を眩ませた事にして、国の目を逸らしたって訳だ。その後、県令についた私は悪徳役人の首切りと財産回収、人員の補充に走って」

 

「私を含めた役人達は、沛県中央に残っては疑いの目を向けられてしまうので、一旦その他大勢の役人のように近くの村や町に左遷させられたように見せ掛けました。そして各地で糧食やその他諸々の必要な物資を集める為に奔走していたという訳です」

 

「これがここ二年弱をまとめた話になるな」

 

「二年の出来事なのですか。何か、急いでいるような印象を受けますね」

 

「そこは、これからやろうとしている事に繋がるな。私達は今出来つつある反秦連合に参加しようと思っている」

 

 これまた、ぶっちゃけたな。

 

「そんな大事な事を言ってしまって良かったのですか?」

 

「吹聴しないだろうと信頼しているしな、それに筋を通すなら避けられん話だ。母殿、少し話がしたい」

 

「何でしょうか?」

 

「その反秦連合に貴女の息子を連れていく。多くの危険に見舞われるだろう、最悪死ぬかもしれない。私はそんな所に貴女の最愛の息子を連れて行かなければいけない」

 

「筋を通す、ですか。沛県の情報を定期的に持ってこさせてる人間の仕事を奪って無理やりやってきたのは、そう言う事だったんですね。

 なら私も腹を割らなければいけない。

 母さん、一人になった母さんを残していくのは心苦しいけど、劉邦殿を担ぎ上げた責任を取らなくちゃいけない。だから俺は、村を出る時に父さんと母さんに誓った覚悟を、今度こそ果たしに行く。どうか認めて欲しい」

 

 劉邦さんと曹参さんはそう言って深く頭を下げた。

 

「……二人とも顔を上げてください。

 劉邦様、息子が決めた事ですから、わたしに頭を下げる必要はありません。息子を頼みます。

 私の最愛の息子よ。貴方が話した覚悟をわたしは今も覚えているよ。それを果たすというなら、わたしは止めない。しっかりやっておいで」

 

「しかと承った」

 

「分かったよ、母さん」

 

 なんというか、すごく良い場面に立ち会えたね!

 あっ、空気を読める俺は完全に気配を消して傍観者に徹してたよ。

 

「それでお嬢ちゃん……お嬢ちゃん?」

 

 おっと、気配を上手く消しすぎた。

 

「はい、なんでしょう?」

 

「少し違和感があったんだが……気のせいか?

 それでお嬢ちゃん、私らはこういう物騒な訳ありなんだわ。さっきの誓い、今なら訂正してもらっても構わないぜ」

 

「反故にするつもりは全くありませんよ。それに私は強い男なので、戦場に連れて行ってくれて構いません」

 

「そうか、その覚悟受け取らせてもらう。だから、そんなに強がらなくても平気だからな。私達が期待しているのは頭の方だから、そういうのは私達に任せろ」

 

 すげー良い笑顔を向けられた。何故なのか。

 

「と、そろそろ戻らないと門が閉まるな。それでは曹参、母殿、白、今日ここで会えた事に無上の喜びと感謝を」

 

 劉邦さんはそう言って立ち上がる。

 お婆さんが慌てた様に、

 

「今朝やってきて今から帰るなど、そんな無理をなさらず、どうか我が家に泊まっていってくだされ」

 

「誘いは有難いんだが、今日は忍びでやってきて、明日まで空けるという訳にも行かないんだ。今帰れば日が暮れる前に沛県に戻れるしな」

 

「えっ、まさか一人でやって来たんですか?!」

 

 てっきりお付の者が数人いるかと思っていた。

 

「今大きな盗賊掃討作戦が行われていてな、一日で済む用事に手を回す余裕がないのさ。下手に数人付けて目立たせるより、一人で馬を走らせた方が色々と都合が良いと思ったんだ」

 

 まあ確かに、数がいれば目立つ。

 けれどだ、権力者がお忍びで一人で外出。これってすごいフラグな気がするんだが?

 

「本当に大丈夫なのですか?」

 

「ここらは曹参の膝元だから、かなり治安が良い。自衛団もしっかり組織しているし、時折森狩りもしているから、盗賊連中にとっちゃ近寄り難い場所だ」

 

「とはいえこんな無茶はもうやめて頂きたい。明日には戻らなくてはいけないというのも理解していますが、そもそもちゃんと時間は取れた筈です」

 

「時間の有効活用だ。盗賊狩りへの同行を断られて、どうにも暇だったんだよ」

 

「貴女に暇などあるはずないでしょうが。書類仕事も視察も交渉も、貴女にしか出来ない事は山ほどあるはずです」

 

「あ、やぶ蛇だった。じゃあ私はもう行くから!」

 

 そうして劉邦さんは慌てた様子で剣を佩き、部屋を出て行った。

 なんというか、奔放な人だな。しかし、愛嬌があって憎めない。

 

「なんとも嵐のようなお人じゃったな」

 

「そうですねぇ」

 

「しかし、あの人は大成しおるな」

 

「あっ、お婆さんもそう思いますか。私もそんな予感がしてます」

 

 そう言ってお婆さんと私は笑いあった。

 曹参さんは苦笑いだけど、俺とお婆さんの言に大きく頷いていた。

 

 

 

 劉邦さんが去った後、曹参さんは家で帳簿をつける作業に入り、俺とお婆さんは脱穀作業に戻る事にした。

 

 家を出た時、お婆さんに再びお礼を言われた。

 俺がいなければ、お婆さんは家に帰ろうとは思わなかったと。息子さんの覚悟と劉邦さんに対する誤解は宙に浮いたままだっただろうと。

 俺は何もしていないけど、とりあえずお礼を受け取り、微笑んでおいた。それ以外出来ないしね。

 

 

 その後、家に行って吹っ切れたのか、作業場に戻る道中も作業場について作業に入ってからも、旦那さんの話を延々聞き続ける羽目になった。

 そして日が赤くなり始めた頃、お婆さんが作業の終わりを告げる。

 皆が腰を叩いたり伸びをしたりして互いを労いつつ談笑している。

 その様子があまりに平和で、すぐそこまでやってきているはずの大乱が遥か遠くに感じられる。

 

 目を細め、大乱の中心人物になる劉邦さんがいるであろう方角を眺める。

 あの人は無事に沛県につけただろうか。まあここらは盗賊には美味しい場所じゃないっぽいし、大丈夫だよな。

 などと思って、視線を切った。

 

 

 その瞬間、

 

 

 ひゅーばしゃり

 落下後着水。

 

 

 何が起こった?!

 昨日感じた物と同じ衝撃が俺を襲う。

 

「ちょ、ま、溺れる!」

 

 とりあえず落ち着け!昨日のように小川という可能性がある!

 と、落ち着いてみれば、尻が底に着き、水深は胸に届かないと理解出来た。

 俺は立ち上がり、深呼吸をして、顔に張り付いた水滴と髪の毛を手で拭った。

 視界が開けたのと同時に、人の声が聞こえてきた。

 

「大きな音がしたと思ってきてみりぁ、あんた、そこで何をしよるんじゃ?」

 

 もう、何に驚愕すればいいのかわからなくなった。

 ぽっかりと空いた思考の隙間に、ある言葉がするりと入ってきた。

 

『最後の独り言だけど、君には果たさなきゃいけない使命があるから。それを果たさない限り外史に縛られ続けるのでよろしく』

 

 つまり、そういう事なのか?

 俺は振り返り、お婆さんと対峙した。

 お婆さんは怪訝な表情で俺の事を見ている。

 

「お婆さん、つかぬ事をお聞きしたいのですが、ここはどこでしょうか?」

 

「ん、なんじゃよく分からん事を聞くの。ここは沛県近くの村じゃよ」

 

「そうなのですか、もう一つ聞きたいのですが、私は誰でしょうか?」

 

「そんなもの知らんよ。なんじゃ?川に落ちた拍子に頭をどっかにぶつけたのかい?」

 

「かも知れません」

 

 胸に去来するのは悲しみと虚しさだ。

 先ほどまであった笑い声と穏やかな雰囲気との落差に、心が悲鳴を上げる。

 さっきまでの出来事は、全て消えてしまった。死んでしまった。

 それを理解してしまった。

 

 ああ、全身が濡れそぼっていて助かった。

 おかげで溢れる涙を誤魔化せる。




話が動かない所か戻りました。

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